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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第6節 12月編
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12月編 第2話 葛藤、そしてヒント

「はあ……」


 俺は病室のベッドに戻った瞬間に、ため息が漏れ出た。


「洋一くん、どうしたの?」


 絶対に言えない。特に玲衣に話したら嫌われてしまうかもしれない。許してもらえないかもしれない。犯罪者の息子だからともう話すらできなくなるかもしれない。

 そう思うと怖いのだ。


「いや……なんでもないよ」


 だが、玲衣にこのことがバレるのも時間の問題なのかもしれない。

 とにかく今は絶対に知られてはいけないのだ。


「でもさっき、ため息をついてたよ?」


 風子も話に参加してくる。


「ちょっと疲れたからかもな。ちょっと休めば大丈夫だよ」


 俺は無意識にカーテンを閉めていた。

 玲衣と風子を拒絶してしまった。


 何やってるんだろうな……俺。どうして話せないんだろう……。

 今のこの状況が悔しい。


「洋一くん……」


 心配そうに玲衣が声をかけてくれているが、返事をするのも辛い。


「玲衣さん、今は一人にさせてあげよう」


「う、うん」


 心細い声が聞こえてくる。

 風子と玲衣はいつのまにか仲良くなっていたらしく、タメ口になっているのには驚いたが、今はそんなことどうでもいい。


「……ごめんな」


 誰にも聞こえないようにボソリと謝る。


 植田が言っていたことが本当ならば、どうしてこんな犯罪を犯したのだろうか。

 父の記憶がない今、わかるのは名前だけだ。

 悔しいものだ。実の父の顔すら思い出せない。どんな声だったのか、どんな性格だったのか。

 知りたいと思うほどに、頭が痛くなる。

 今だけはこの病気──《メモリーイーター》──を恨みたかった。


「洋一さん、植田さんがお呼びです」


 遼子にカーテンを開けられ、日の光が差し込む。


「植田さんには治療中と伝えてください。心の準備ができていないんです」


 苦しい言い訳だが、今は事件については何も思い出したくないのだ。


「わかりました。植田さんにはそう伝えておきます」


 遼子が一礼をしてカーテンを閉め、また日の光が遮られる。


 足音が少しずつ遠ざかっていく。


「風子さん、やっぱり洋一くんの様子がおかしいよね?」


「うん。洋一くん、なんか苦しそう……」


 そんな会話が聞こえてくる。

 お願いだから今は一人にさせてくれ。


 俺は布団を頭までかぶり、耳を塞いで完全に外の世界の情報をカットする。

 それと同時に、一気に悲しさが押し寄せて来た。


「どうして……父さん」


 無意識に呟いたその言葉は、玲衣たちには聞こえていないことを祈るのみだ。


「洋一くん……」


 今の俺には誰の声も聞こえない。

 玲衣の声だって今は聞こえない。外で心配そうにしているのは彼女の性格からしてよくわかる。


 彼女にとって俺はどんな存在なんだろうか。

 ふと脳裏に浮かび上がる玲衣の笑顔。

 大切な存在なのだろうか。それともただのルームメイト。


 そんなことを考えているうちに、少しずつマイナスな方向に進んでいった。

 もしかしたら玲衣は俺の父が両親を殺したことを知っているのかもしれない。わかっていて俺に接しているのだろうか。

 両親を殺した犯人の息子が目の前にいる。

 本当は俺を殺したいのかもしれない。そんな気持ちを抑えながらこの入院生活を送っているのかもしれない。


 そう考えると、俺はこの病室にとって邪魔な存在なのだろうか。


『それは違うよ』


 どこからか声が聞こえてくる。いつもの優しい声だ。

 誰だろう。


『風子だよ』


 どうしてここにいるんだ?


『私はあなたの深層心理にいる風子だよ。前言わなかったっけ?』


 それはわかってる。どうしてこんな時に出て来たんだよ。


『それはね、ちょっとしたヒントを与えようと思って』


 ヒント?


『そう。玲衣さんの両親を殺したあの事件のヒントをね』


 今はいい。

 あの事件に今は首を突っ込みたくないんだ。


『今しか教えられないんだ。私にも限界があるんだよ』


 何を言ってるんだ?こうやって話すことができる回数が決まっているって言うのか?


『ううん、違うの。私の肉体の限界が近いってことなの』


 肉体の限界って……。


『うん、今入院している風間風子の肉体だよ。私にはわかるんだ』


 嘘……だよね?


『嘘じゃないよ。入院初日に言ってなかった?余命は長くても3ヶ月だろうって』


 確かに言っていた気がする。だが、それでも風子は救いたいと思っているのだ。


 だけど……。


『だからね、もうこうやって話せる機会も少なくなっちゃってるんだよ。確実に……ね』


 風子は辛そうに言う。俺だって別れは嫌なのだ。しかも仲間の死を乗り越えるということはそう簡単ではない。


 わかった。あの事件のヒントを教えてくれ。


『うん、それじゃあ言うよ。あの事件に洋一くんのお父さんの名前が上がってるのは……』


 唾をゴクリと飲む。


『利用されただけだよ。だから犯人は別にいる。それも立てこもり事件の犯人とは別にね』


 まずは安心だ。父が事件に関与していないのがわかったのだ。そして、もう一つ重要なことを風子は言った。

 立てこもり事件の犯人が、玲衣の両親を殺した犯人ではないと言うことだ。


『その犯人は意外にも近くにいる。だから注意して』


 驚愕の事実だ。犯人が身近なところにいると言うのだ。


 わかった、注意する。風子さんもできるだけ長く生きてほしい。


『努力はするけど、難しいかな。それでも懸命に生きてみるよ』


 それでいい。


『それじゃあ、またいつかどこかで。現実の風子もよろしくね』


 ああ。


 そうして声が聞こえなくなった。

 この事実が分かっただけでも安心だが、玲衣たちには申し訳ないことをしてしまった。


 まずは謝ろう……。

 布団を跳ね除け、起き上がる。

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