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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第6節 12月編
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12月編 第1話 思い込み、そして衝撃

 12月に入り本格的に寒くなってきた頃になっても、引きこもり事件の真相は掴めないままだった。


「洋一さん、薬の投与の時間ですよ」


 ボーッとしていたところに遼子が話しかけてきたのでふと我に返る。


「あ、はい」


 細かく返事を返し、右腕の袖をまくり腕を伸ばす。


「それじゃあ、始めますね」


「はい、お願いします」


「やっぱり心配ですか?」


 俺は頷く。

 玲衣の両親を殺した犯人がいたのかもしれない。だが、植田の話によると未だに口を割っていないらしい。


「今の玲衣さんは元気ですし、大丈夫ですよ。今も気分転換に外の空気を吸うって屋上に行ってますから」


「屋上に?」


 嫌な予感がする。見た目では大丈夫そうにしているが、心はまだ癒えていないはずなのだ。

 事件当日に会ったことは玲衣にとってショックでしかないのだ。


 だからこそ俺が癒してあげないといけないのだが、ここ数日は俺の中でもピリピリしてしまい、玲衣と笑い合って話す機会が減ってしまった。


「俺、ちょっと見てきます」


 俺が針を腕に刺される前に動き出したため、遼子も慌てて俺の後を追う。


「ちょっと……待ってください!」


 急いで階段を上り、屋上へと繋がる扉を思いきり開ける。


「玲衣!!」


 玲衣は柵に身を任せてため息をついている。

 俺に気づいたのかこちらを見て目を丸くしていた。


「洋一くん?」


 ゆっくりと玲衣に近づく。


「どうしたの?」


 玲衣は今何が起きているのか理解できていないように見える。


「ごめんな」


 俺は頭を下げた。


「え?」


「謝りたかったんだ。あの事件があってから玲衣と話す機会が減っちゃって……精神的な支えができなかったから──」


 玲衣は首を振る。


「ううん、洋一くんがそばにいてくれてるだけで私は嬉しいよ。だから、今洋一くんが思っていることは全部違うの。遼子さんから外の空気を吸いに行ったって聞いて駆けつけてきてくれたんだよね?」


「う、うん」


「本当に外の空気が吸いたかっただけなの。12月に入ってからヒーターがつき始めて、空気が悪く感じたんだけど窓開けると洋一くんや風子さんに悪いかなって思って……」


 そうだったのか。

 俺の単なる思い込みだったのだ。

 少しだけ恥ずかしさがこみ上げてくる。


「俺の思い違いで……ごめん」


「ううん、私も細かいことは言ってなかったから……ごめんね」


 そしてそのまま俺たちは黙る。


「……くしゅん」


 少し経って俺たちは同時にくしゃみをした。


「くすっ」


 後ろで誰かが笑う声が聞こえた。

 振り返ってみると、遼子が俺たちをドアの影から見ている。


「遼子さん、いつから見てたんですか」


 俺が聞いても遼子は何も言わず、ただ笑っているだけだ。


 遼子に見られていたという事実を知り、俺は恥ずかしくて良子の顔が見られない。


「ふふっ」


 玲衣も笑い出した。

 そこまできたら恥ずかしさよりも楽しさの方が勝つに決まっている。


「ははは」


 久々にみんなで笑い合ったような気がする。

 あの事件以来、心の底から楽しいと思えることがなかったのが原因だろうが、今はそんなことも忘れてただただ笑っていた。


「洋一さん、玲衣さん、戻りますよ。特に洋一さんは薬の投与がありますからね」


「あ、忘れてた」


「洋一くんったらおっちょこちょいなんだから」


「玲衣のために急いで駆けつけたんだぞ?」


 玲衣の顔がぽっと赤くなる。


「わ、私のために?」


「はいそこ、二人だけで熱くならない。早く戻りますよ」


 そして俺たちは病室へと戻った。



「お久しぶりです」


 病室に戻った時、植田が俺を訪ねに来ていた。

 12月ということで、黒い上着を腕にかけて立っている。


「今日はどう言ったご用件で?」


「例の件です」


 例の件というのは玲衣の両親を殺した事件のことだ。


「わかりました。その前に薬の投与だけさせてください。後で伺いますので、カウンセリング室で待っててください」


「わかりました、それではお待ちしています」


 植田が病室を出ていくと、遼子に薬の投与をしてもらい、すぐにカウンセリング室へ向かう。


「失礼します」


 点滴用のスタンドを引きながら部屋に入ると、植田はパソコンを開いて何か作業をしていた。


「片瀬さん、犯人がついに口を割りました」


 机に手をついて前のめりになる。


「本当ですか!?」


 植田はカバンから透明なクリアファイルを取り出す。

 ファイルの中に入っている書類には赤文字で「秘」と書かれている。


「今から言うことは絶対に外部に漏らしてはいけないものです。情報の扱いには十分気をつけてください」


「わ、わかりました」


 俺は植田から渡された書類に目を向ける。

 そこには殺人事件に関する取り調べの内容が書かれている。


「嘘……ですよね?」


「残念ながら、ここに書かれていることは真実です」


 そこに書かれている名前に聞き覚え──実際には名前を見たことしか覚えていない──があった。


片瀬(かたせ)和弘(かずひろ)


 俺の父親の名前だった。


「どう……して」


「まだ信憑生は低いですが……恐らくこの病院を襲撃する際に下調べをしていたのでしょう。そこで出た名前をでたらめに出した可能性もあります」


「父がそんなことをするはずがありません!」


 信じられなかった。

 いや、信じたくないのだ。


 玲衣の家族を壊すことに関わっていたことに……。

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