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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第5節 11月編
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11月編 第9話 幻覚再来

 目を覚ますと、眠るまでは晴れていたはずの天気が大雨になっていた。


 この現象は……。

 やはり幻覚を見てしまっているようだ。


「やあ、洋一くん。目覚めたかい?」


 玲衣の口調がいつもと違う。


「あ、ああ。どれくらい眠っていたんだ?」


 玲衣は時計を指さす。


「軽く1週間ほどかな」


 1週間!? 嘘だろ……。

 いや、惑わされるな。これは幻覚だ。

 早く目を覚ますんだ。

 風子さん!


『…………』


 夢の風子に語りかけても反応がない。


 確か前に言っていた。

 俺が幻覚を見ている時は風子の声が届かなかったらしい。

 だが、これで確信がついた。


「今度こそ負けない!」


 俺は気合とともに立ち上がる。


「洋一くん?」


 玲衣も一緒に立ち上がる。右手には……。

 ギラリと光る鋭いものを持っていた。


「な、ナイフ……」


 なぜそれを俺に向けるんだ……。


「や、やめてくれ!」


「やめないよ? 洋一くんのせいでこんなことになったんだから」


 玲衣が指差す先には、無惨にも何箇所も拳銃で撃たれ、血まみれになって倒れている遼子と風子の姿があった。


「……え?」


 何がなんだかわからなかった。何が起きている?

 ピクリとも動かない2人。

 その横には拳銃を俺に向ける犯人がいた。


「やっと理解してくれた? 洋一くんが治験なんかするからこうやって2人は殺されたんだよ。だから、2人の命を奪った罰を受けてもらうよ!!」


 玲衣が俺に向かって走ってくる。


「ま、待て!」


 俺に密着すると左手は背中に触れ、ナイフを持った右手は俺の腹部にあった。


 ナイフから滴り落ちる赤い液体。

 燃えるように熱い腹部。

 こ、殺される……。

 俺に刺さったままのナイフ。

 それを抜き、腹部を抑える。そして、赤く濡れた刀身を玲衣に向けた。


「ど、どういうつもりなの?」


「玲衣がやったことをそのまま返すんだよ」


「そう……やりたければやるがいいよ。だけど、後悔するのは洋一くんだと思うな」


「それでも……これが幻覚だとしても……今はやらなくちゃいけないんだ!」


 やるんだ。たとえ俺が死のうとも……奴だけは!


「うりゃあぁぁぁ!」


 気合とともに突っ込む。


 その先は玲衣ではなく、立てこもりの犯人だ。

 手応えがあまりないが、確かに刺さった。


「貴様……なんのつもりだ!」


 犯人が腹部を押さえながら俺に拳銃を向け、引き金を引いた。


 その刹那、流れる時間が極端に遅くなったように感じた。


 な、何が起こったいるんだ。俺の動きだけが普通に動く。

 銃弾が見える。弾道は俺の頭に向いている。


「頭を狙おうってのか。上等じゃねえか、避けてやるよ」


 俺は体を右側に反らした。

 そして、時間は元に戻る。

 弾は壁に当たり、弾痕が残った。


「な!? 貴様、あの距離で避けたというのか!?」


 犯人も驚いているが、避けられた俺が一番驚いた。

 だが、これは幻覚の世界。

 これが本当のこととは限らないが、今の動きは常識を超えている。


「──くん!」


 どこかで俺を呼ぶ声が聞こえる。


「洋一くん、伏せて!」


 玲衣の声だ。

 とにかく今は玲衣に言われた通り、伏せることにした。


「パンッ!」


 乾いた音が響く。

 またも弾丸は壁に当たる。


「洋一くん、早く目を覚まして!」


 眠る前の暖かさを左腕に感じる。

 そうだ。玲衣も風子も俺を信じて待ってくれているんだ。


 この薬に負けない!


「今行く!」


 仲間を信じるんだ。俺ならできる。

 そう思えた瞬間、周りの風景にヒビが入った。


 犯人が撃った弾丸が景色にヒビを入れたのだろう。ここからなら脱出ができる。

 俺は無我夢中でその亀裂に飛び込んだ。


 そして、周りの風景が割られ、本物の世界が俺の視界に広がった。


「大丈夫か!」


 帰ってきたんだ。あの幻覚から。だけど、確かめたいことがあった。


 まずは腹部の痛み。これはなんだったんだろう。

 今も少し痛むが血が出ているわけではない。

 そして遼子たちの安否は……。


「私たちは大丈夫です」


「平気だよ!」


 よかった。だが、人質にとられているのか、ロープで縛られている。


 玲衣だけは解放してくれていたらしく、ずっと寄り添ってくれたみたいだ。


「ありがとな、玲衣」


「ううん、私もこの薬がなかったら洋一くんを戻すことはできなかったんだよ」


「この薬?」


「うん、精神安定剤みたいなものなんだけど、暴れるといけないからって注射器を使用することになったんだ」


 ……てことは俺の腹部に刺した武器っていうのは、ただの注射器だったというのか。

 なのに俺は幻覚に惑わされてその注射器をナイフと勘違いしてしまった。


「悪かったな……俺が幻覚に惑わされたせいで……」


「ううん、そのおかげで私たちは助けられたの。ほら」


 玲衣が指差した方を見ると、犯人が腹部を押さえて倒れていた。

 あの時か? ナイフを犯人に刺したあの時なのか?


「ぐ……痛い……」


「しかも洋一くんすごいんだよ。犯人が撃った弾を避けたんだよ。しかも2回も」


 じゃああの幻覚は本物だったのか。

 とりあえず今は助かったことを、幻覚から無事に生還できたことを喜ぶべきだろう。


「無我夢中だったからな」


「そうかもね。もうすぐ警察の人が突入してくるみたいだから」


 複数の足音がこちらに近づいてきた。


「観念しろ! 警察だ!」


 犯人は両手を上げて降伏した。

 すぐに手錠をかけられ、連行された。


 立てこもりから2時間後のことだった。

 地獄の2時間が終わったのだ。

 とりあえず今は安心した。

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