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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第5節 11月編
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11月編 第8話 地獄の始まり

 犯人が立てこもりを始めてから1時間後、警察が病院を包囲し、突入の準備を進めていた。


「突入の準備は整ったか!?」


「まだ物資が届きません!」


「届くまであとどれくらいかかるんだ?」


「1,2時間はかかるかと。今日は市民マラソンが開催されていて迂回をしないといけないので……」


「わかった。極力急ぐように伝えておけ!」


「了解です!」


 病院の外では慌ただしく警官たちが動いていた。



 一方、立てこもりの現場である俺たちの病室でも動きがあった。


「よし治験者、治験をやるぞ。看護師、ニセの薬を持ってこい!」


「……わかりました」


 そんな……。またあの幻覚作用を引き起こす薬を投与されるのか。


「洋一くん……」


「大丈夫だ。俺もなんとか耐えるから」


 俺自身、もう一度投与されたらどうなるかわからない。


 だが、今の状況で玲衣たちをさらに不安に追い込みたくない。

 少しでも安心させたいのだ。


「持ってきました!」


 遼子が大きなワゴンとともに病室に入ってきた。


「よし、薬を治験者に投与しろ」


「は、はい」


 遼子は悔しそうな表情をしながら、点滴の準備を進める。


「洋一さん、ごめんなさい……」


 遼子が犯人には聞こえないほどの大きさの声で謝った。


「いいんです。今は聞くしかないんですから」


 俺はかぶりを振る。


「それじゃあ、投与を始めます」


 点滴用の針が俺の腕に刺され、薬の弁を開く。

 今回は負けない。玲衣たちを不安にさせないためにも……。


「洋一くん、私たちはずっとここにいるから……大丈夫だよ」


「ああ、信じる。今度は負けない!」


「私も信じてるからね」


 風子が俺の右手を握ってくれた。

 玲衣もすかさずもう片方の手を握る。


「脈拍は正常です」


「よし、このまま続けろ」


「わかりました」


 悪夢の時間がまた始まる。

 病室内に響く心電図の音。

 そして、薬が回っていき少しずつ眠くなっていった。


「また暴れ出したら……頼む……」


 俺はそう言い残して眠りについた。



 洋一くんがまたあの薬を使うことになってしまった。


 あの時みたいにまたなってしまうのだろうか。

 今から心配になる。

 今は薬が回って眠っているが、目を覚ました時が本番だ。

 また人間不信に陥ってしまうのだろう。


 その時はまた私が助けてあげるからね。

 洋一の手を私は握り続ける。

 いつもの洋一でいてもらうために……。


「頑張って……洋一くん」


 眠りにつく瞬間、私は洋一に声をかける。


 無責任な言葉なのかもしれない。だけどこれくらいしか私にできることはないんだ。


 どうか……無事で。



 俺は眠りにつき、夢の中に迷い込む。

 両手は暖かい何かに包まれている。

 玲衣と風子が今も手を握っていてくれているのだろう。

 俺は一人学校の屋上で風に当たっていた。


『一人じゃないよ』


 聞き覚えのある声。

 後ろを振り返ってみる。


「葉月!」


 俺は葉月の元へ走る。そして強く抱きついた。


『く、苦しいよ。それと私はもう葉月じゃない』


 そうだ。葉月の本当の名前はもう知っているじゃないか。


「そうだったな、風子さん」


 俺の腕の中で風子は頷いた。


『うん、それが私の本当の名前。洋一くんが覚えていてくれなかったのは残念だけど、私は出会えて嬉しかったな』


 本当なら感動の再会だったはずなのに、俺が病気に侵されたせいで風子のことを忘れてしまっていた。

 風子からしたら悲しかっただろうな……。


「ごめんな、俺が病気なんかにならなかったら……風子さんのことを覚えていたら……」


 風子は首を横に振った。


『私だって覚悟はしていたよ。洋一くんがこの病気になった時から……』


 風子は体を震わせていた。泣きたいのだろう。


「泣きたい時は泣くけばいいさ。今は俺が受け止めてやる」


 すると風子は嗚咽を漏らし始めた。


『う……うぅ……うわあぁぁぁん!!』


「大変だったよな……」


 風子の背中をさすってやる。


 俺の腕の中で、風子は大きな声をあげて泣いた。

 運命というものはあまりにも残酷だ。


 俺だったらこんな運命は受け入れられない。

 かつての友達を忘れ、別人のように振る舞われたら耐えられないだろう。


 だから今の風子の気持ちは痛いほどわかる。そして、記憶をなくすということも忘れられるのと同じくらい辛い時もあるのだ。


 思い出したいのに思い出せない。

 特に重大なことを忘れた時は俺自身を恨んだこともあった。


「ありがとな、風子さん」


『私、何もしてないよ?』


「いいや、風子はいつも大事な時に助けてくれた」


『ううん、私にできることがあったまでだよ。だからお礼なんて言われる必要はないんだよ』


「でも、今は言わせてくれ。たった5文字の言葉だけど、言わないと俺の気が済まないんだ。ありがとう」


『今回は聞いてあげる。今度は私を助けてよね!』


 俺の腕から離れて、ニコリと笑う。


「ああ、もちろんだ!」


 風子はもう助からないということは知っている。だけど、少しでも楽にしてあげたい。

 だからできないかもしれないけど、約束はするんだ。


『待ってるね!』


 そうして俺は光に包まれた。あの笑顔を現実でも見ることができる日を信じて……。

 目が覚めたらまた幻覚に惑わされるのだろうか。


 それでも前とは違う。信じるということをするんだ。

 そうすれば道は開けるんだから。

 さあ、現実の世界にいこう。

 この病気に勝つために……。

 この困難に打ち勝つために……。


 両手の暖かさが残る中、俺は目を覚ます。

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