11月編 第5話 風子
葉月ではなく、風子と名乗った少女。
この少女に隠されたものはなんなのだろうか。
彼女なら何か俺に関することを知っているのか?
「初めまして、白川玲衣です。よろしくお願いします」
玲衣も初めて会うようだ。
なのにどうしてだろう、すごく懐かしいのだ。
「それじゃあ風子さん、ベッドの方に案内しますね」
そう言って遼子はこれから風子が使用するベッドに進む。
その時、風子が俺に向かって微笑んだ。
やはりどこかで会ったことがある気がする。
なのに俺は何も覚えていない。
唯一頭の中に引っかかるのはあの夢の中で出会った少女、葉月の名前だけだ。
葉月は言っていた。
『私は覚えている』
この言葉が意味することは今でもわかっていない。
そして、葉月という存在が俺に対してどんな関わりがあるのか、玲衣に対してもどんな関わりがあるのかわからないままだ。
「それじゃあ、失礼します。また治療薬を持ってきますね」
ドアの前で一礼してから病室を後にした。
「風間さん」
勇気を出して風子に話しかけてみる。
「風子でいいよ。洋一くん」
風子がニコッと笑う。
笑い方から口調まで葉月に酷似している。
本当は葉月なのではないか。
そう錯覚してしまうほどだ。
「風子さん、どうしてこの病院に?」
「それは私から説明するね」
どうして玲衣が知っているのだろう。
「私がこの病院に入院できないか遼子さんに頼んだの。洋一くんがHCUに入っていた時に声が聞こえたんだ。私を助けてって」
葉月は言っていた。
玲衣ともコンタクトができたと。
「その声って……」
「洋一くんならわかると思うけど、例の人だよ」
やはり。
葉月という名前は仮の名前のはず。
「だけど、本名は俺だって知らない。玲衣は名前を聞き出したの?」
玲衣は首を横に振る。
「私も本名は知らなかった。だけど、遼子さんにその名前を出したら驚いた顔をしていたの」
遼子も葉月の存在を知っている……ということか。
「あの……私のことを知っているんですか?洋一くんのことは知っていましたが、玲衣さんのことは何も……」
本人は自覚していない!?
そして今、風子はとても重要なことを言っていた。
「俺のことを知っている?」
「うん。私は洋一くんの友達だったんだよ」
記憶を探ってもそんな名前の人は覚えていない。
第一母親も俺に女の子の友達はいなかったと言っていた。
「俺は何も覚えていないんです。風子さんのことは何も……」
俺の発言に風子は悲しそうにしていた。
本当に葉月ではないのか、わからなくなってきた。
それなら、今ここで葉月を呼び出してみればわかることではないか。
葉月、今ここにいるか?
『…………』
返答はない。
なんでこんな時に葉月がいないんだ。
「それで、私が風子さんを知っている理由でしたね」
話を本題に戻す。
「私が風子さんの名前を知ったのは遼子さんにお願いをする時です。例の少女の名前を出した時に……」
「例の少女?」
風子は今の状況に理解が追いついていないように見える。
果たして、葉月のことを話してもいいのだろうか。
「風子さん、少しだけ待っててくれますか?」
「うん。大丈夫だよ」
俺は玲衣を呼んで俺のベッドに座らせる。
「葉月のこと、風子さんに話しても大丈夫か?」
玲衣は腕を組んで考える。
「私は話してもいいんじゃないかなって思うよ。だけど、そのことを話すことで風子さんが何か嫌な思いをしてしまうんじゃないかって少しは考えちゃう」
どうすればいいのだろう。
遼子でさえ、葉月の名前を聞くだけでびっくりしているというのに。
「じゃあ、話してみるか。それで風子さんがどんな思いをするのかはやってみなきゃわからないけど、話さないで後悔するよりかは話して後悔したいと思う」
「うん、私も同じ気持ちだよ」
2人の意見は一致した。
再び風子のもとに戻る。
「その例の少女の話なんですけど、名前が葉月って言うんです」
俺が葉月の名前を口にした途端に、風子が大きく目を見開いた。
「どうしてその名前を!?」
逆にどうしてその名前で驚くのだろう。
「たまに聞こえてくる声の主が仮の名前だけど葉月って呼んでって言ってました」
「葉月っていうのは……私の芸名なの」
芸名?
芸能人ということなのか?
「正確にはデビュー直前で契約破棄になった身なんだ。だからこの名前はあんまり出したくなかったの」
「じ、じゃあ遼子さんが葉月さんを知っていたというのは……」
玲衣が風子に詰め寄る。
風子が困ったような顔をしたのでそれを俺が止める。
「実は、この病院にお世話ななるのはこれが2回目なんです。そして、入院したことが契約破棄になった理由でもあります。その時に遼子さんにはお世話になりました」
デビュー前で病気にかかりこの病院に入院したのか。
だから遼子も風子の芸名である《葉月》という名前を知っていたということか。
「そんなことが……なんかすみません。私たち、何も知らずに辛い過去を思い出させちゃって」
風子は首を横に振った。
「いいんです、慣れてますから」
「でも、まだ疑問な点は残っているぞ」
「何かあったっけ?」
玲衣は首を傾げる。
「なぜ葉月は俺たちに夢の中とかでコンタクトができたんだろう?」
1番の疑問。
彼女が俺たちに接触した理由が知りたいところだったが……。
「それは私にもわからない。私自身、洋一くんや玲衣さんには接触した覚えはないの」
それもそうか。
無意識の中で声をかけてくる。
そんな存在を本人が自覚しているわけがない。
「私からも質問です。風子さんは私のことを知らないって言いましたよね?」
「はい、言いました」
「ですが、葉月さんは私を知っていると言っていました」
そんな馬鹿な。
風子は玲衣のことは知らないと言っている。
なのにどうして葉月は知っていると言ったんだ?
答えは一つしかないじゃないか。
「もしかして、今回の入院って……」
「うん。風子さんも私たちと同じ《メモリーイーター》の患者だよ」
それなら風子が玲衣のことを忘れていてもおかしくない。
「じゃあ、風子さんはもうすでに玲衣のことを忘れている可能性がある……」
病気が進んでいるじゃないか。
もしかしたら俺以上に。
「うん。余命は長くて3ヶ月でしょうと先生には言われたよ」
3ヶ月!?
治験は間に合わないぞ。
「だから今回の入院は終末医療も兼ねてのものになるって言われたんだ。少しでも病気の症状は抑えるけど助かる可能性は少ないって」
終末医療?
病院ももう諦めているということなのか?
「もう諦めてるからいいんだ」
「それじゃだめです。諦めずに最後まで今を大切にしてください」
そうだ。期間は違えども、俺たちも余命宣告を受けた身。
だから諦めるよりかは全力で生きることが大事だと考えている。
「ああ、玲衣の言う通りだよ。残りの人生が少なくても全力で今を生きる。これが一番だと思うな」
今の風子はそんな余裕がないのだろう。
あと3ヶ月の命なんだから……。
「……だよね」
風子の見せた笑顔は無理やり作っている笑顔のような気がした。
人間、死ぬのは怖い。
俺たちが最期まで一緒にいてあげるしかない。
一人寂しく死ぬのは誰だって嫌なはず。
皆同じ病気で出会った仲間たちだからこそ、お互いに助け合っていかなければならないはずだ。




