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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第4節 10月編
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10月編 第11話 忌むべき存在

「どうも、国立難病治療研究センター所長の羽栗と申します」


 羽栗……。

 やはりあの忌まわしき存在だ。

 俺たち《メモリーイーター》の患者に治療薬ができたから治験を行うと言って治験を行わせ、最終的に幻覚症状によって俺を精神的に追い詰めた張本人。


「あなたと話すことはありません。帰ってください」


 羽栗の顔なんて見たくない。


 今日は帰って欲しい。

 せっかく笑顔を取り戻したのに、また笑顔をなくしたくない。

 だから頼む、帰ってくれ。

 だが、羽栗たちは帰ろうとする様子はない。


「片瀬君が我々センター職員を恨んでいるのはわかっています」


 わかってるならとっとと帰ってくれ。

 お前の顔なんて見たくないんだよ。


「だったら帰ってください。用があるなら俺じゃなくて遼子さんに言ってください」


 遼子さん、ごめんなさい。

 今は遼子さんが頼りなんです。

 後で説教くらい、いくらでも聞きます。


 だから……今は──。


「いえ、我々は片瀬君に用事があるんです。誰にも話せない、大事なことが……」


 大事なことってなんだよ。

 今聞かなきゃダメなのかよ。

 なんで俺にだけ言うんだよ。


「話すならさっと話してください。俺にも時間がないんでね」


 時間ならたっぷりある。

 嘘をつくことに罪悪感を覚える。

 仕方ないじゃないか。

 俺だって嘘はつきたくないさ。

 それよりも羽栗のことが見たくない。

 センター職員に関わりたくない。

 だから……嘘をついたのだ。


「わかりました。立ち話もあれですから、すぐそこのベンチに座りましょうか」


「わかりました。玲衣は先に戻っててくれ」


 玲衣は頷き、一人病院のドアをくぐって行く。

 俺たちは広場のベンチに腰掛ける。


「……で、話ってなんですか」


「今回の件は申し訳ありませんでした。我々の不手際で幻覚作用がある薬品を使ってしまいました。本来なら同じように病気を治す効果がある薬品があり、そちらを使うはずでした。ですが、私が確認を怠ったせいで幻覚作用がある方を使用することになってしまいました。そして、片瀬君たち治験者にそのまま渡ってしまったということなんです」


 所長のミス。それが理由?

 表情、声色などを見ても、羽栗がミスをする人には見えない。しかも、話しているときの視線が常に動いている。


「嘘……ですね」


 羽栗は驚いたように目を見開いた。


「それは……その……」


 図星か。

 本当のことを言ってくれ。

 治験が中断しているんだぞ!

 俺は早く玲衣を楽にしてやりたい、救いたいんだ!

 その決意を持って挑んだ治験が、お前のせいで……国立難病治療研究センターのせいで無駄になろうとしているんだぞ!


「本当のことを言ってくださいよ!」


「ですが……本当のことを言っても信じてもらえないかと思いましたので……」


 は?

 くだらない理由で嘘をつくんじゃねえ!

 信じてもらえない?

 かつての俺か?

 いや、俺は自分自身を信じなかっただけだ。

 あいつとは違う!

 落ち着くんだ、俺。

 今は羽栗の話を聞こうじゃないか。


「それでも、話してくださいよ。俺は信じますから」


 そう、信じることが世界を変えてくれたんだ。

 羽栗も例外ではないはず。

 信じるという大きな壁を超えてみろ!

 羽栗は数分の間黙り込んだままだ。

 それでも男か?大人か?

 事情を説明するのに黙ったままだとそれは子供のやることだ。

 大人ならそれくらいやりやがれ!

 そして重い口を開いたのは祭りの片付けが終わる頃だった。


「わかりました。話しましょう」


 やっと話してくれる気になったか。

 遅すぎる。

 だが、羽栗の決意は無駄にはしない。

 聞こう。


「当センターは脅されています。本来なら使用するはずの薬品を今回の問題の薬品にすり替えられ、そして今回の騒ぎが起きました。片瀬君だけに……」


 俺だけに?

 他の治験者はなんともないというのか?


「どうして俺だけなんですか?」


「それは言えません。言ったらセンター壊滅の危機に晒すと脅されています飲んで……」


「わかりました。話を続けてください」


「今回の騒ぎが大きくなって欲しくなかったらこの薬のまま『治験を続けろ』と脅迫文がセンターに届きました。それに書かれていた病院がここだったわけです」


 治験を続けろ?

 あの幻覚症状が出る薬を?


「それで、俺に治験を続けさせて欲しいと?」


 羽栗はかぶりを振る。


「いえ、治験はやってもらわなくて結構です。問題の薬に関しては……」


「問題の薬のほかにまだ薬が存在すると?」


「はい、我々がダミーで本来治験を行うべき治療薬を病院に送ります。そちらを使用して欲しいのです」


 つまり、脅迫してきた犯人の目を騙すためにあたかも幻覚が出る治療薬で治験を行なっているように見せろというわけか。


 俺には演技力の自信がない。


「騙せるかはわかりませんが……」


「それでも構いません。とにかく、治験を続けているように見せてください」


「わかりました。ですが、玲衣や遼子さんにはこのことを話すのが条件です」


「構いません。信頼できる人と協力してください」


 信頼できる人……か。

 今の俺には玲衣と遼子しかいない。

 話すのはこの2人だけになるだろうが、協力して犯人を騙すしかない。


「それじゃあ、今後ともよろしくお願いします」


 一礼して俺は病院に入る。


「洋一さんが優しい人でよかったですね、所長」


「ああ、これで奴らの足取りが追える。玲衣さん一家を壊した犯人が──」


 脅迫文には続きがあった。


『白川玲衣を殺されたくなかったら指示に従え』


 こんなことが書いてあるとは当時の俺には知る由もなかった。



 病室に戻り玲衣と遼子に事情を説明する。


「私たちも洋一くんをサポートするよ」


「任せてください。隠蔽なら慣れていますから」


 遼子の言っていることはわけが分からなかったが、協力してくれることには変わりはない。


「じゃあ、このことはオフレコで」


 そうして、秋祭りの翌日から治験は再会された。

今話で10月編は完結です。次話より11月編に入ります。

なお、2月の中旬から続けてまいりました毎日投稿ですが、スケジュールの都合上1週間程度お休みさせていただきます。

その間も執筆はしてまいります。

また1週間後に毎日投稿は再開する予定ですので、11月編から先の洋一たちの活躍を楽しみにしていてください。

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