エピローグ
オーレリアン殿下、と呼び掛けても恥ずかしそうに視線を逸らす。
距離を詰めようとしたら、そっと離れられる。
勢い良く抱き付いたら引き剥がされる。
「殿下、実は本当は私の事、嫌いなの?」
わざと俯きがちに涙声で(もちろん嘘泣きだ)寂しそうな雰囲気を出して問うと、オーレリアン殿下は慌てて首を左右に振った。
「き、嫌いなどではないぞ! 決して!」
そうして殿下はもじもじと、後ろ手に隠し持っていた(もちろん、私にはバレバレ)庭園で摘み取った花を差し出してくる。
「す、すっ……」
顔どころか耳や首筋まで真っ赤にして、懸命に好意を伝えようとしてくるオーレリアン殿下の両手に手を添えて、私は花を受け取った。緊張して握り締めていたのだろう、茎はすっかり潰れている。
「『勇者様』には、あんなに甘々な口説き文句を垂れ流していたくせにー」
「そんなつもりではなかったんだっ!」
「あれは本心ではなかった、と?」
「嘘でもないんだ!」
オーレリアン殿下は今にも泣きそうな顔で、「サーヤ殿は意地悪だ……」と呟く。
じゃあ、せめて。
「だって、いつの間にか『サーヤ殿』呼びに戻っているんだもん」
オーレリアン殿下が無自覚プロポーズをしてくれた辺りから、呼び捨てだったのに。
「サーヤ」
「うん、殿下」
そっと、私の髪に花を飾ってくれながら、殿下はコホンと咳払いを一つ。
「私は『アウル』だ。『殿下』は付けなくて良い」
「アウル……様?」
敬称は、おいおい取れていくと良いのだが。オーレリアン殿下改めアウル様はそう呟くと、私の髪を撫でた。
「大切にする、というのは……存外難しいものだな」
「私はとても大事にされていますよ?」
何か困った事があるとすれば、『わらわ様』が復元してくれたこの身体、発病前を基礎にしているからだろう。必然的に実年齢よりも幼くなっている事だろうか。
若返ったワーイと喜ぶ以前に、どうやら子どもだと思われているようで、アウル様が全く触れてこない。チューぐらいしたって罰は当たりませんよ。
「アウル様大好き」
なので今日も私は自分から抱き付いては、真っ赤な顔をしたアウル様に引き剥がされている。
アウル様はつい先日まで、私を王宮に残して魔物討伐遠征に向かっていて、今日ようやく帰還したばかりだ。私も参加した討伐遠征では魔帝との激戦をくぐり抜けた為に被害も大きく、その際の遠征は予定を断念して帰還を余儀なくされ、日程通りに回れなかったから。
「つ、慎みを持ってくれサーヤ!」
「アウル様に風呂場に連れ込まれて強引に身体を洗われた日に、慎みは捨て去りました」
「~~~っ!!」
私の真顔での打ち明けに、真っ赤になって悶えるアウル様。
「ねえ、抱き締めてくれないんですか?」
下から見上げておねだりすると、アウル様は恐る恐る、といった風情で腕を背中に回してくる。少し震えた手と、早鐘のようにドクドクと忙しく脈打つ鼓動。
胸元に頬を押し当て温もりに身を委ねていたら、うっかり聞き流してしまいそうなほど、小さな小さな掠れた声が、頭上から降ってきた。
「――愛してる、サーヤ。私の天姫」