色彩への追憶 2
中学生へ進級し間もなくした頃――
私は小さな希望を胸に秘めては、難解な医療用語を書き連ねた
医学書を片っ端から手に取るといくつも読み漁っていた。
「何故私だけ「色」とされる物が認識できないのか?」を調べるためでもあったのだが、それよりもどこか心の奥底で「必ずこの障害を治す方法があるに違いない」と幼心にも考えていたからだ。
しかし、現実は違っていた。
どの医学書にも「色盲を治す」という内容は見受けられず、淡々と「遺伝、又は先天的な物である」と結論付けられていた。いつも受診している眼科の名医も
上記と同じことを言っていたが、私はそれを本当だと信じようとはしなかった。
更に深く読み進めていくと、私も初めて知る内容が書かれていた。
気がつけば本を握る手が震えていた。どうしても本心では受け止めたくなかったのだが、その医学書にはご丁重に赤文字でしっかりと認めたくない文章が記載されている。
それは「未だに現代医学の範囲では有効な治療法がまだ確立されていない」という事実であり、何よりも「一生付き合って行かねばならない」ことなのだと。
つまり私の幼心で抱いていた淡い希望など、この世界には元から存在しない。この瞳はどこまで行っても灰色であり、どんなに治療やリハビリなどの努力をしようが、どれ程の時が経とうとも私はこの世界の色を永久に見ることは出来ない。
私の命が朽ちるまで永遠に灰色へと満ち続けて行く。そんな現実が重く心にのしかかり、思わず両手で広げていた医学書を濡らしてしまった。
私の人生にはきっとこの先、華やかな幸せはないのかもしれない。




