こくはく
5月、学校にもすこしずつ慣れてきた。
私は、佐田先輩からチューニングなどの演奏に必要な基礎技術を教えてもらった。
「じゃあ、野巻さん、試しに合奏……他の人達と合わせてみるか」
「え、えぇ!?」
「大丈夫、俺がいる」
合奏中、サポートしてくれたおかげでなんとかなった。
ミスは多かったものの、責めるどころか、
「こうしてみたらどうかな?」
と言ってくれるから、がんばろうって気になる。
所詮、私の思い込みだが。
その日の帰りの電車の中、佐田先輩が
「野巻さんさぁ、今日、どっか食べに行かないか?」
と誘われた。
「……は、はい!」
お互いの定期券が利く範囲内で食べにいくことになった……。
駅近くのファミリーレストランに行き、メニューを注文し終わると、
「部活や大学には、慣れてきた?」
「100%ではないのですが、少しずつ……」
「なら、良かった」
そんな他愛もない話をつづけていると、佐田先輩が、
「なぁ、突然で悪いんだけど」
「は、はい……」
「俺と、付き合ってくれないか?」
「えっ!?」
「……君と出会ったのは奇跡だ。この奇跡を棒に振りたくない! 頼む!」
なんで、こんなに必死なのか、私には正直わからない。
でも、私もこのチャンスを棒には振りたくない……、という思いがあった。
「わ……、わ……、私で良ければ」
「良いよ。こちらこそ……お願いします」
この日を境に、先輩と後輩の関係から、恋人の関係に変わった。
「今日から“野巻さん”から“蝶”って呼んでもいいかな」
「……は、はい!❤」
「じゃあ、俺、下の名前が、悠ゆう太たって言うんだ。だから……、」
「“ゆう”って呼んでもいいですか?」
「いいよ」
まさかの食事のお誘いから告白、今日は異例尽くしだ。
その後の記憶は、ほとんどない。いい意味で。
でも、そんな状況で唯一記憶に残っているのが、
「今日の月…、青いね」
ゆうが言った。
「ほんとだぁ!」
「ブルームーンってやつかな?」
「ブルームーン?」
怪奇現象のようでどこか怖い。
「なんだよ蝶、知らないのか?」
「ごめんなさい」
「ははっ、まぁ、ブルームーンは20年のうち、いつ見れるかわからない幻の月なんだ。それで恋人同士でこの月を2回見ることができたら幸せになるんだって」
「へぇ~、なんか素敵」
「さっき調べたら3か月の間に、2回見られるそうだ。2回目は、もっといい場所で観ような、蝶」
「……そうだね、ゆう」
すると、突然ゆうが私の耳元に
「この関係は他の人には秘密に。学校では今まで通り先輩・後輩関係。デートのみ俺を“ゆう”、君のことを“蝶”と呼ぶね」
と囁いてきた。
「はい……❤」