アフタヌーン・ティーを君に
青司が改めて絵理の離れにやってきたのは、春麗らかなエイプリルフールの日だった。
今日は、絵理の誕生日。
奇しくも、オレが初めて絵理に出会ったのもこの日だった。
離れの窓から見える桜はあの日のように満開に咲き誇り、新たな門出を祝福しているようにも見える。
「しかし、絵理さん養父の前でいきなりビジネスの話始めてビビった」
話をつけに行った日のことを思い出したのか、青司はしみじみとつぶやいた。
「政略結婚の主な目的はコネクション作りだからな。婚約予定だった相手方よりも魅力的な条件を出せば、反対される要素を低減できると踏んだのだ」
絵理は事も無げに言っているが、その発想はなかなか出て来るものではない。
「そもそも、説得するには相手方の目的と合致した話をしなければこじれるだけだ。私と青司が付き合うことによって叢雲家にもたらされるメリットを最初に明示した方が、話がスムーズに行くのは自明の理だろう。
私と青司が相思相愛などという事は、相手にとっては全く関係がなく、興味もない事だ。他人にわざわざ説明などしなくとも、私と青司がその事を忘れなければそれでいい」
「ま、絵理らしいといえば絵理らしいな」
あの後、絵理は自分の父親にも話をつけに行ったのだが、絵理の父親は話を聞いて豪快に笑っていた。
そして、オレに向かってにやりと笑った。
「草薙殿を絵理の執事につけたのは、どうやら正解だったようだな」
娘も娘なら父も父だ。
何となく踊らされた気がしないでもないが、絵理と出会うきっかけをくれたこの人に、オレが頭が上がるはずもなく。
オレは相変わらず絵理の執事を続けている。
「そういえば、もう生徒会長じゃないから会長って呼ぶのも変ですね。新しい呼び方考えておかないと」
「普通に名前でよかろう?」
「じんさん。じいさん。……爺やでいいか」
「ぶっ殺すぞテメエ」
「ま、普通に名前で呼びますよ」
そんなやり取りを続けるオレと青司を見て、絵理が感心したように言った。
「そなたらは本当に仲が良いな」
「「良くない!」」
オレと青司の声がきれいに唱和し、互いに思わず顔を見合わせた後で、思い切りそっぽを向いた。
絵理はそんなオレと青司を見て、くすくす笑っていたが、ひとしきり笑いが収まると、改まって話し始めた。
「我らが今こうしていられるのは、陣のおかげだ。そなたには感謝してもし足りない。
陣がいてくれて、陣に出会えて本当に良かった」
そう言って、絵理はにっこりと微笑んだ。
「だったら、大学卒業したらでいいから、正式採用してくれよ。いつまでもバイトのままじゃ、カッコつかないからな」
「当然だ。私の執事は、陣以外に考えられぬ」
「……光栄だ」
文字通り、オレは絵理のところに永久就職する事になった。
少し違う形にはなったが、絵理の側にずっといる権利は確保できたわけだ。
青司はそれを聞いて複雑そうな表情をしていたが、絵理が喜んでいるので何も言えないようだった。
「んじゃ、お前らにとっておきの茶を淹れて来てやる。心して飲めよ」
オレは絵理と青司ににやりと笑ってそう言うと、給湯室に向かった。
クリスマスに絵理から貰った茶器を取り出し、紅茶を淹れる準備をする。
さすが絵理の見立てだけあって、使いやすさは抜群だった。
これから先も、彼女と一緒にいくつもの季節を越えることになるのだろう。
恋人としてではなく、人生を共に戦う戦友として。
結婚は死が二人を分かつまでだが、戦友は死んでも戦友のままだ、という台詞をどこかで聞いたような気がする。
休息が必要な時には、ずっと側でとびきり美味い紅茶を淹れてあげよう。
大切な君へ、愛を込めて。




