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12/27

12話 空から来るもの

 18時48分。


 お台場の夜は、観光地の顔をしていた。


 海沿いの広場には、週末のイベントに集まった人々が溢れている。


 屋台の明かり。


 ステージから流れる音楽。


 スマートフォンを掲げる観客。


 レインボーブリッジの向こうには、都心のビル群が淡く光っていた。


 その広場で、民間企業主催の大型屋外イベントが開かれていた。


 架空イベント名は、TOKYO BAY NIGHT FESTA。


 フード、音楽、映像演出、企業ブース。


 観客はおよそ1万2000人。


 警備会社、所轄、機動隊の一部が会場周辺に配置されていた。


 問題が起きたのは、メインステージのドローン演出が始まる20分前だった。


 イベント用に登録された演出ドローンとは別の小型ドローンが、会場上空に現れた。


 最初は、客の誰かが飛ばした違法ドローンと思われた。


 だが、警備員が確認している間に、2機目が現れた。


 さらに3機目。


 いずれも小型。


 黒い機体。


 ライトを消し、観客席の上を低く飛んでいる。


 そして、ステージ横の大型スクリーンに、突然ノイズ混じりの文字が表示された。


動くな。

見上げろ。

空から落ちるものを想像しろ。


 観客の一部がざわついた。


 まだ多くの人は、演出だと思っている。


 だが、警備本部は凍りついた。


 ドローンの1機の下部に、小さな筒状の物体が取り付けられていた。


 爆発物か。


 発煙筒か。


 薬剤か。


 ただの脅しか。


 分からない。


 だが、1万2000人の頭上を飛んでいる。


 19時02分。


 SERTの車両は、湾岸道路を走っていた。


 車内の空気は重い。


 前回、港で押収されたドローン制御装置。


 その分析が終わる前に、都心のイベント会場でドローンが出た。


 偶然と片づけるには、早すぎる。


 上原は後部座席で会場図を見ていた。


 戸張は装備を確認している。


 吉田は観客の心理と会場アナウンス案を読み、神崎は会場の動線を確認していた。


 梶原は端末を4台並べ、ドローンの電波と会場の映像システムを追っている。


 片桐は爆発物対応ケース。


 水瀬は薬剤検知装備。


 真壁は救助装備。


 全員、黒の戦闘服ではない。


 会場警備員や警察関係者に紛れられるよう、濃紺の上着を羽織っている。


 イベント会場でSERTの存在が目立てば、それだけで群衆が乱れる。


 今日は、目立つこと自体が危険だった。


「ドローンは現在確認3機。うち1機に筒状物体」


 梶原が言った。


「操縦元は」


 上原が聞く。


「複数電波が混ざっています。会場の演出ドローン用の通信、観客のスマホ、イベントWi-Fi、警備無線。その中に、強めの不審信号が1つ。ただ、会場内ではなく周辺から中継されています」


 片桐が映像を見る。


「筒状物体は、小型の発煙装置か散布装置に見えます。爆薬量を積むには機体が小さすぎる。ただし、落下すればけが人は出ます」


 水瀬が続ける。


「薬剤散布の可能性もあります。広場で風があるなら濃度は下がりますが、観客がパニックで密集すれば危険です」


 神崎は会場図を指した。


「今、一番危ないのはドローンそのものより人の流れです。正面ゲートへ一斉に向かえば、転倒と圧迫が起きます」


 吉田が頷く。


「“逃げろ”と言った瞬間、被害が出ます」


 戸張が低く言う。


「じゃあ逃がさないのか」


 神崎が答えた。


「逃がします。ただし、逃げていると気づかせない」


 上原は短く言った。


「観客を減らす。騒がせない。ドローンを落とす場所を作る。操縦者を探す。順番を間違えるな」


 車内に返事が重なる。


 19時11分。


 SERTは会場裏の関係者入口から入った。


 正面には報道や観客がいる。


 裏側には警備本部、仮設テント、電源車、音響機材車が並んでいた。


 会場警備の責任者が青ざめた顔で迎える。


「このまま中止を発表した方がいいんでしょうか」


 神崎が即座に答えた。


「今すぐ中止とは言わないでください」


「ですが」


「1万2000人が一斉に出口へ向かいます。まず出口を増やして、流れを分けます」


 上原が責任者を見る。


「イベント進行を止めるな。音量を少し下げろ。ステージ演出の変更として、エリア別に移動させる」


 責任者は戸惑う。


「移動、ですか」


 吉田が言った。


「“安全確認のため退避”ではなく、“次の演出のためエリア移動”と伝えてください。危険を感じさせない言葉で」


 神崎が会場図を示す。


「Aブロックを海側へ。Bブロックを屋台エリアへ。Cブロックを立ち入り制限中だった搬入口側へ。出口として使える場所を開けてください」


「搬入口側は関係者用で」


「今は観客用に変えます」


 神崎の声は淡々としていた。


 だが、逆らう余地はなかった。


 梶原が大型スクリーンの制御を確認する。


「犯人側が映像系に入り込んでいます。完全には取られていませんが、テロップを差し込まれています」


 上原が聞く。


「戻せるか」


「戻せます。でも取り返したと見せると、相手が別の手を打つかもしれません」


「見せるな。演出映像で上書きしろ。客にはトラブルだと気づかせるな」


「了解」


 片桐はドローン映像を拡大した。


「班長、筒状物体の固定が甘いです。落とす前提かもしれない」


 水瀬が風向きを確認する。


「海から陸へ風。もし散布物なら、観客席中央へ流れます」


 上原は会場図を見た。


「なら、落とす場所を作る」


 戸張が言う。


「どうやって」


 上原はステージ横の空きスペースを指した。


「ドローン操縦者は目立つ場所に落としたい。人が密集している場所を狙う。なら、密集して見える空の場所を作る」


 神崎がすぐに理解した。


「照明と映像で、人が集まっているように見せる」


「そうだ」


 梶原が顔を上げる。


「できます。ステージ横のLEDパネルと照明を使って、観客がいるような影を作れます。上空カメラ越しなら騙せる可能性があります」


 片桐が言う。


「そこへ落とさせれば、処理できる」


「ただし、観客を近づけるな」


 上原は戸張を見る。


「龍一、片桐と一緒に落下予測地点へ。落ちたら片桐が確認。お前は周囲警戒」


「了解」


「水瀬も近くで待機。薬剤の可能性」


「はい」


「真壁、転倒者が出た時の搬出ルートを確保」


「了解しました」


「吉田、会場アナウンスの文言を組め。神崎と動線を合わせる」


「はい」


 19時18分。


 会場のアナウンスが流れた。


「まもなく次の特別演出準備のため、前方Aブロックのお客様は、スタッフの案内に従い海側フォトエリアへご移動ください。限定映像演出をお楽しみいただけます」


 客は不思議そうに動き始める。


 不満の声もある。


 だが、パニックにはならない。


 屋台エリアでは、割引チケットの配布が始まった。


 搬入口側には、臨時の出口案内とスタッフが並ぶ。


 観客は、危険から逃げているのではなく、イベント内を移動しているつもりだった。


 神崎が無線で言う。


「Aブロック、流れています。Bブロックが少し詰まり気味。屋台側の照明を上げてください」


 梶原が操作する。


「上げました」


「Cブロック、搬入口側へ。スタッフは歩幅を落としてください。急がせない」


 吉田がスタッフへ指示する。


「“お急ぎください”は使わないで。“順番にご案内します”で統一してください」


 その間も、ドローンは上空を旋回している。


 1機はステージ上。


 1機は観客席の後方。


 筒状物体を付けた1機は、ゆっくり高度を下げ始めた。


 梶原が言う。


「対象ドローン、高度低下。操縦者はこちらの移動に気づいています」


 上原はモニターを見る。


 観客は減っている。


 だが、完全ではない。


 まだ数百人が中央付近に残っている。


 戸張と片桐はステージ横の空きスペースへ向かっていた。


 照明が人影のような模様を地面に作る。


 上空から見れば、そこに群衆がいるように見える。


 梶原が言った。


「偽装エリア、映像上は人の密集に見えるはずです」


 上原は短く言う。


「来るか」


 ドローンが進路を変えた。


 偽装エリアへ向かう。


 片桐が防護姿勢を取る。


 戸張は周囲を見る。


「客が1人、近づいてる」


 ステージ横で、スマホを掲げた若い男性が偽装エリアへ入ろうとしていた。


 演出だと思っている。


 戸張が走る。


「そっちは入れません」


「え、何でですか、撮りたいんですけど」


「機材調整です」


「少しだけ」


 ドローンがさらに下がる。


 時間がない。


 戸張は男性の肩をつかみ、強引ではなく、体の向きを変えた。


「限定演出は海側です。そっちの方が近い」


「いや、でも」


「今すぐ」


 戸張の声が変わった。


 男性は一瞬で黙り、後ろへ下がる。


 その直後。


 ドローン下部の筒が外れた。


 落下。


 片桐が叫ぶ。


「落下物!」


 筒状物体は偽装エリア中央に落ち、転がった。


 破裂音。


 白煙。


 観客席の一部がざわつく。


 だが、すでに周囲に人はいない。


 水瀬が検知器を持って走る。


「風上から確認します」


 片桐が筒を見ながら言う。


「爆発物ではありません。発煙装置。ただ、煙の色が変わるかもしれない」


 水瀬が数値を見る。


「刺激性物質、微量。高濃度ではありません。でも吸わせないでください」


 神崎がすぐに指示を出す。


「周辺スタッフ、演出トラブルとして観客を海側へ。走らせない」


 吉田がアナウンス文を変える。


「ステージ横演出に機材トラブルが発生しました。安全確認のため、スタッフの案内に従い、海側フォトエリアへゆっくりご移動ください」


 ゆっくり。


 その一言が重要だった。


 群衆は動く。


 だが、走らない。


 上原は梶原へ言う。


「操縦者は」


「落下の瞬間、強い送信。会場外、北側立体駐車場の上層階から中継されています」


「中継?」


「はい。操縦者本体は別かもしれませんが、中継機材があります」


 上原は戸張を見る。


「龍一、神崎と立体駐車場へ。吉田も行け」


「了解」


 神崎が短く頷く。


「駐車場は出口が3つあります。逃走車両を使うなら、北側スロープです」


 吉田が言う。


「操縦者が自分で現場を見たいタイプなら、上層階に残っている可能性があります」


 3人は走らずに会場を抜ける。


 走れば観客が見る。


 だから早歩き。


 だが、普通の人の早歩きではない。


 無駄がない。


 立体駐車場の入口に着く頃、梶原の声が入る。


「上層階に熱源2つ。1つは機材の近く。もう1つは車内」


 神崎が言う。


「車内が逃走役かもしれません」


 戸張は頷く。


「上から行くか」


「下から行くと逃げられます。外階段で上へ。車両出口は所轄に塞がせます。ただし、露骨に塞ぐと動きます」


 吉田が無線で言う。


「自然に。駐車精算機のトラブル扱いで止めてください」


 梶原が笑いそうな声で返す。


「了解。精算機トラブル、作ります」


 19時29分。


 立体駐車場の屋上階。


 風が強い。


 海沿いの夜景が広がり、遠くに会場の明かりが見える。


 その隅に、黒いケースとアンテナ。


 ノートPC。


 そして男が1人。


 若い。


 帽子とマスク。


 画面を見て、何かを操作している。


 もう1人は、白いワンボックス車の運転席にいた。


 エンジンがかかっている。


 神崎が小声で言う。


「逃走車両、あれです」


 戸張は男の手元を見る。


「まだドローンが2機残ってる」


 梶原の声。


「残り2機、会場上空。うち1機がステージ照明へ接近しています」


 片桐が会場側で叫ぶ。


「照明設備にぶつけられると落下物が出ます」


 上原が短く言う。


「戸張、止めろ」


「了解」


 吉田が先に一歩出た。


「警察です。手を止めてください」


 男は振り向いた。


 驚きより、笑いが先だった。


「遅いよ」


 指がキーボードへ向かう。


 戸張が動く。


 男との距離は8メートル。


 間に車止め。


 戸張は一直線には行かない。


 相手の視線が追うより先に、斜めへ切る。


 男が小型のスタンガンを抜く。


 戸張はそれを見て、さらに角度を変えた。


 手首ではなく、肘を押さえる。


 スタンガンの向きが空へ逃げる。


 同時に、吉田がノートPC側へ回った。


 男が叫ぶ。


「触るな!」


 吉田は触らない。


 画面を見た。


 残りドローン2機。


 自動シーケンス。


 ステージ照明へ突入する命令が走っている。


 吉田は無線で言った。


「梶原さん、自動制御です。画面見せます」


 スマートフォンのカメラを向ける。


 梶原が会場本部で叫ぶ。


「見えました。止めます。ノートPCは閉じないでください。閉じると最終命令だけ残る可能性があります」


 戸張が男を押さえ込む。


「こっちは確保」


 その瞬間、白いワンボックス車が動いた。


 神崎がすでに見ていた。


 逃走車両は北側スロープへ向かう。


 だが、精算機トラブルで出口のバーが上がらない。


 運転手が焦り、バックしようとする。


 その後方には、神崎が配置させた警備車両がゆっくり進んできていた。


 塞いだのではない。


 偶然そこにいるように見える。


 逃走車両は身動きが取れない。


 神崎が運転席へ近づき、声をかける。


「エンジンを切ってください」


 運転手はドアを開けて逃げようとする。


 神崎は一歩引いて、逃げる方向を読んだ。


 男は外階段へ向かう。


 だが、その先には所轄の警察官が待機している。


 神崎は追いかけない。


 走らない。


 逃げ道を消しているだけだった。


 運転手は階段前で取り押さえられた。


 梶原の声が無線に入る。


「残りドローン、制御奪取。ステージ照明から離します」


 上原が会場本部でモニターを見る。


 2機のドローンが、ゆっくり高度を上げる。


 そして、人気のない海側の安全区域へ誘導されていく。


 片桐が待機している。


「着陸を確認。近づきます」


 水瀬も続く。


「散布物なし。機体下部に発煙筒のみ」


 真壁は会場内で転倒者の確認を終えていた。


「軽い転倒が2名。大きなけがはありません」


 神崎が言う。


「観客の流れ、落ち着いています。全体避難は不要です」


 上原は静かに息を吐いた。


「よし」


 19時46分。


 イベントは一時中断という形になった。


 表向きは、ドローン演出機材の不具合。


 観客の大半は、何が起きたのか分かっていない。


 SNSには、白煙の映像や、変な演出だったという投稿が上がり始めている。


 だが、パニックは起きなかった。


 1万2000人は走らなかった。


 それが、この現場で最も大きい成果だった。


 立体駐車場で確保された男は、無言を貫いている。


 もう1人の逃走役も同じだった。


 梶原がノートPCを解析していた。


「班長、これ、前回の港で押収した制御装置と部品が一致します。完全に同じルートかは不明ですが、技術的なつながりはあります」


 上原が聞く。


「NOISE-LINEは」


「ありました。通信ログに同じ文字列。ただし、また本体かどうかは分かりません」


 片桐がドローンを見ながら言う。


「爆薬ではなく、発煙と刺激物。目的は殺傷よりパニックですね」


 水瀬が頷く。


「人を走らせるための仕掛けです。群衆を壊すには十分」


 神崎が会場を見ていた。


「ドローンは空から来ました。でも被害が出るのは地上です」


 吉田が静かに言う。


「“空から落ちるものを想像しろ”という文面も、恐怖を作るためですね」


 戸張が確保された男を見た。


「実際に落としたのは煙だけか」


 上原は答える。


「煙だけで、人は死ぬことがある」


 戸張は黙った。


 その通りだった。


 爆発しなくてもいい。


 毒でなくてもいい。


 1万人が恐怖で走れば、それだけで事故は起きる。


 相手はそれを知っていた。


 だから厄介だった。


 岡野から通話が入った。


 上原は端末を耳に当てる。


「上原です」


「お台場の件、収束したそうね」


 岡野の声は変わらない。


「ドローン3機を無力化。実行犯2名確保。観客に重傷者なし」


「よく抑えたわ」


「神崎の動線誘導が効きました。梶原が制御を取り、片桐と水瀬が落下物を確認。真壁が救護導線を確保しました」


「全員の仕事ね」


「はい」


 岡野は少しだけ間を置いた。


「ドローンは、港の部品とつながった?」


「技術的な関連があります。NOISE-LINEも出ました。ただし断定はできません」


「断定は不要。次に同じことをさせない準備を」


「了解しました」


「上原」


「はい」


「群衆を動かさずに守るのは、突入より難しい時がある。今日はそれを間違えなかった」


「神崎の判断です」


「あなたが任せた判断でもあるわ」


 上原は少し黙った。


「報告書に書いておきます」


「SERTの名前以外でね」


「了解しました、岡野室長」


 通話が切れた。


 会場の照明は一部が落とされ、観客は少しずつ帰り始めていた。


 誰かは笑いながら、変な演出だったねと言っている。


 誰かはスマートフォンで動画を確認している。


 誰かは白煙を背景に写真を撮っている。


 そのほとんどは、自分たちが危険のすぐ近くにいたことを知らない。


 それでいい。


 SERTの車両は、会場裏から静かに出る。


 車内で、梶原が端末を閉じた。


「ドローン、しばらく嫌いになりそうです」


 片桐が言う。


「しばらくで済むならいいですね」


 水瀬が淡々と続ける。


「次は発煙では済まないかもしれません」


 戸張が窓の外を見る。


「嫌な予告だな」


 神崎が静かに言った。


「でも今日、相手は分かったはずです。人を走らせるだけでは、SERTは崩れない」


 吉田が頷く。


「恐怖を作っても、動かし方を間違えなければ人は守れます」


 上原は前を見ていた。


 レインボーブリッジの光が、車窓を流れていく。


 空から来るもの。


 海から来るもの。


 画面の向こうから来るもの。


 どこから来ても、現場は必ず地上にある。


 人がいる場所に、危険は落ちる。


 ならば、読むしかない。


 撃つ前に読む。


 突入する前に救う。


 それでも止められないなら、制圧する。


 そして、空から来るものに対しても、人の流れを守る。


 黒い車両は、湾岸の光の中へ静かに消えていった。

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