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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
マボンの祭りと始まりの月
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手芸人たちの悪だくみ(後)

 タティングレース。

 シャトルと呼ばれる手のひらサイズの小舟のような形の小さな糸巻きと指先だけを使い、結び目を作ることで仕上げるレース手芸の一種だ。連続して作られた結び目は、くるりと円にすると可憐な花になる。

 庶民的な手法でありつつも、大掛かりな機材を必要としないことから、貴族や上流階級の女性の趣味としても有名である。隙間時間や、移動中のちょっとした合間にできるからね。

 双子姉妹によると、小さなモチーフから豪華絢爛な大作まで、気合と想像力でどんなものでも作れるらしい。気合て。


「タティングレースとビーズクロッシェの組み合わせも素敵ね。靴の装飾に使いたい図案があるんだけど、その場合はマルティナに相談すればいいですか?」 


 ちゃっかり私の部屋着を借りたキーラは、手芸女子会の中心にいた。さすが女王様。


「私たちの作品は、すべてマルティナが図案化したものを元にしているのですわ、キーラ先生。マルティナは、私が相談したモチーフを精密な図案に起こしてくれるの。自慢の妹ですのよ」


 ラウラは妹大好き感情を隠さない。君ら、仲いいもんな。


「私たちの作品の評価が高いのは、ラウラの刺繍技術があってこそですの。私の頭の中にある紋様を寸分違わず美しく再現してくれるのは、姉の類稀なる才能のおかげですわ」


 マルティナのお姉様好き好きパワーも負けてはいない。兄弟姉妹のいないひとりっ子の私は、彼女たちのような関係も少し羨ましい。


「マルティナはここ数年ビーズ作りにもハマってるじゃない?」


 私の問いかけに、マルティナは頷く。


「そうね。鉱物好きなテアの気持ちが少しわかるようになったわ」


 鉱物以外にも貝殻や硝子を砕き、整形し、糸を通す穴を開ける。夏に領都へ行った時に見せてもらったビーズケースコーナーは圧巻だった。色や大きさや素材別に並べられた小さな粒はキラキラと輝き、いつまでも見ていられる。


「やっぱり、共同で一つの作品を作り上げることが気に入ってるのかな。マルティナは糸も紡ぐでしょう?」


 器用なマルティナは糸を紡ぐことも趣味としている。羊毛や蚕などの動物繊維、綿や麻などの植物繊維だけでなく、糸くずや端切れ布、鳥の羽根までも紡いでしまう。手作業だったり、昔ながらの糸紡ぎ機を使ったりは気分で変えるそうだ。魔力を込める作業はどちらも手間は変わらないのだとか。


「そうよ。今、魔女組合に卸しているタリスマンはみんなそうね。小さな女の子でも手に取りやすい小物タイプは作っていて楽しいわ」


 レースとビーズとフリルとリボン。ふわふわくるんとした毛糸で編んだニットの小さなぬいぐるみ。私はもう少しシンプルな装飾の方が好きだが、確かに衝動的に手に取りたくなる。年齢性別を問わず、心に巣食うのが乙女という感性なのだ。乙女、強い。


「レースといえばこの前もらった紙刺繍とレースの検索栞(けんさくしおり)、活躍してるよ。今、アミュレットの勉強をしてるんだけど。資料として魔導書をたくさん読み込んでマークしまくっているから、あの栞ほんと助かる」

「役に立ててよかったわ。あの検索栞のレースは精神感応に特化するように織ったのよ。頭の中で欲する内容と挟まれた書物の内容がマッチした時に光るの。勉強には最適でしょう?」


 自動検索機能付レース、凄い。


「その検索栞、手元にありますの。キーラ先生、よろしければ受け取っていただけるかしら」


 私とマルティナの会話を聞いて、キーラが感心した表情になった途端、ラウラが動く。こちらも凄い。推しに対する貢ぎ物の準備は万端だ。


「ありがたいけれど、いいのですか?」

「お客様や親しい友に配っていますの。キーラ先生に受け取っていただけるならば栞も喜びますわ」


 元々ノベルティ用に作成したものだそうだ。高機能なのに太っ腹だわ。


「このレース、ボビンレースで織ったもの?」

「そうよ。織ることは息をするのと同じくらい簡単だもの。すぐにできるわ」


 領都に行った時に、二人にはリンデンフラワーと蜂蜜のミルクティーを振る舞ってもらった。双子姉妹のエルボリステリーは、ハーブ販売や健康相談の窓口とレース工房からできている。少人数ならティザンヌを楽しめるカウンターがあり、落ち着いた雰囲気のいいお店だ。

 あの時、ラウラに急用が入ってしまって一時間ほど待つことになった。その間に私は本を読み、マルティナはボビンでレースを織っていたのだ。午後の日差しの中、ほのかに甘いミルクティーの味と、ボビンを作業台へ置くカタンコトンという音だけが響く空間は、とても居心地が良かったことを覚えている。


「キーラ先生、先月の終わりに新作のダンスシューズを発表したでしょう? さっき仰ってたレースを使った靴というのは次回作ですの?」

「季節ものの新作はもう少ししてからですね。今回のものはオーダーメイドのダンスシューズ」


 そう言ってキーラは私を見て微笑んだ。


「十月から舞踏会シーズンは本格的な準備に入るでしょ? 間に合ってよかったわー」


 例の朝まで踊っても疲れない靴だ。三色展開のプレタポルテと言っていたので、庶民でも背を伸ばせば届く価格帯のようだ。


「嬉しいことに、この靴の原型を使ったセミオーダーもたくさんいただいたんだよね」

「キーラの作る機能に特化した靴は大好きよ」


 心からの正直な感想を伝えると、キーラはにっこりと笑った。


「テアには一度、全力で趣味に振り切った完全創作の一点ものを履かせてやろうと思っている」


 怖い。歩いたら足首折れちゃう。


「まだ男装のほうがマシだ……」


 そうボヤくと双子姉妹がたたみかけてきた。


「あら、軍服はよく似合っていてよ、テア。私は好き」

「しかもお母様のものじゃなくてお父様のほうね」


 仮装舞踏会へ参加した時の話である。父も軍人なので、士官候補生学校時代の制服を借りて参加したら女性陣に大受けした。本当は女性用の軍服が着たかったのだが、母は私より小柄なので願いは叶わなかった。ガッデム。

 ちなみに男装を(そそのか)したのはアニエッラ様で、あの時の舞踏会では淑女や令嬢や貴族の奥様方とばかり踊っていた気がする。

 何をやっているのか、私は。


「今年は特別の年だから、母様と祖母様がお祝いのドレスを仕立ててくれるんだよね。男装の機会は少ないと思いたい」

「そうか。年齢が追いついたから、ようやく次の段階の称号を得ることができるのね」


 キーラの言葉に私は大きく頷く。そう、念願の三十歳だ。年齢以外の条件は、十二になる前にクリアしてしまったから本当に待ち焦がれていたのだ。次の目標は五十歳。長い道のりである。


「冬前には一番若い精霊降ろし(セイド)が誕生するのね。善きことね」

「お誕生日のドレスは仲間入りのお祝いでもあるのね。テアのお母様もお祖母様も優秀なセイドですもの。能動の精霊を信仰する一族もしばらくは安泰ね。将来が楽しみだわ」

「ありがとう。頑張る」


 期待されると発奮するが、ついでに調子にも乗る私だ。色々と気をつけねば。というか、次世代はどうするんだ問題があるんだけど無視だ。


「こんばんは、仲間に入れてくださいな」


 アニカが追加の惣菜を片手に来てくれた時には、全員がほろ酔い加減で熱い手芸談義をしていた。私はそこまで詳しくないので、ひたすら聞き手に回っていたけどね。

 程なくアニカも加わって、刺繍やら織物やら専門的な話題になってきたので離脱した。毎年恒例の流れである。


「客間にみんなのベッドを整えてあるからね。ここで雑魚寝はやめようね」


 そう声をかけると、はーい、と、とてもよいお返事が返ってきた。うむ、みな酔っておる。


「じゃあ私は作業場にいるから、何かあったら声をかけて。お酒が足りなくなったらすぐ用意するよ」

「やっぱり酒屋ね」

「酒屋だわ」

「テア、酒屋を開くの?」

「副業?」


 やらねえよ。


「作業場って、まだ仕事が残ってるの?」


 キーラの問いに私は首を振る。


「そういう訳じゃないけど、みんなの手芸トークを聞いてたらアミュレットの土台を試作したくなっちゃった」


 そう答えると彼女たちの手芸魂に火を着けてしまったようだ。真夜中のタティングレース友の会が開催される運びとなった。

 うん、頑張れ。私も頑張る。

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