マカロンと林檎酒
お土産はみんなに喜ばれた。
二ダース買った干し葡萄のワインは、帰還祝いの飲み会で振る舞ったり、あちこちに配りまくったおかげで、あっという間に捌けてしまった。意外にも甘い酒は人気があるようだ。飲みやすいしね。
ピスタチオのペーストも活用してくれているようで嬉しい。昨日、村長夫人からいただいた、ピスタチオのマカロンは魂が抜けそうなほど美味しかった。
「焼き立てだ、食べてみるといい」と言われて渡された落ち着きのある黄緑色のマカロン。居合わせたキーラと一緒にいただくことにした。が、味見のつもりで口に入れた途端、私たちは我を忘れた。気がついたら二十個以上あったはずのマカロンを、二人で食べ尽くしてしまっていた。獣か。
王都で売られているクリームが挟まれたものと違って、夫人の作るマカロンは絞り出しクッキーのような形をしている。基本的には、卵白と砂糖とアーモンドの粉、という三つの材料だけで作ることのできるマカロンだが、夫人の故郷ではアーモンドの粉ではなくココナッツの粉が使われている。軽い中にシャリシャリした食感が楽しい。
マカロンは地域によって姿を変える。だから、旅先では必ずお菓子屋さんに飛び込むことにしている。平べったくてひびの入ったサクサクしたものや、蜂蜜と林檎ジャムが入ったもっちりした食感のもの、甘いワインを入れたもの、と様々だ。材料はほぼ共通なのに、製法が異なるとこんなにも見た目が変わってしまうのか、と感動さえしてしまう。
美味しい料理しか作れない夫人は、食べた人を虜にするお菓子しか作れない人でもある。元々は家名を持つ正真正銘のお嬢様なのに、特殊部隊出身の現役傭兵という、かなりとっ散らかったスペックの人だが、私たちは彼女が大好きだ。
そのマカロンをいただいた時に、秋分祭の話になった。
何を出品するのか夫人に尋ねられたキーラが答える。
「私とテアで、大量にミニスコーンを焼く予定なの。ジャムやコンポートや林檎バターに合わせられるから」
「マイアが特別にクロテッドクリームを作ってくれるから、絶対美味しく食べられるよ」
私とキーラは、グイメハムでは数少ない島国出身の人間だ。二人とも、きっちりと狼の口ができるスコーンを焼けるので、子どもでも簡単に手で二つに割れるものを提供できる。狼の口とは、スコーンを焼いた時に縦に膨らむことでできる割れ目のことだ。この割れ目があると横半分に割りやすい。
昔のマナーだと、スコーンは聖なる運命の石を象っているので、二つに割る時は刃物を使ってはいけない、とされていたそうだ。だったら、それなりの厚さになるように焼けばいいのでは? と思わなくもないが、スコーンを割ってできる、平らではない断面に絡みつくクロテッドクリームとジャムは文句なく美味しい。
「それは楽しみだ。私も林檎のタルトフランベとトルテポムを出そうと思っている」
「めっちゃ楽しみ」
「どっちも大好き」
秋分祭ことマボンの祭りは、昼と夜の長さが入れ替わる日であり、第二の収穫祭でもある。グイメハムでは果樹の女神に感謝を込めて、林檎を使った料理やお菓子を捧げて、住民みんなで分かち合う。
数多くいる料理自慢が腕を振るうイベントなので、私も毎年心待ちにしている。もちろん、季節の魔女仕事もいくつかあるが、夏至の時ほどハードではないので収穫祭を楽しむ余裕がある。
料理やお菓子も楽しみだが、ヤスペルさんが振る舞ってくれるシードルも待ち遠しい。親戚の方が西の辺境伯領で林檎園と醸造をしているので、大量のボトルを用意してくれているのだ。
一昨年収穫された林檎を使い、完成まで二年近くかかる黄金色のシードルは、他では飲むことができない。なぜならオーナーさんが完全に趣味で作ってるからだ。とんだ酔狂者である。
もちろん、林檎園では製品として出荷しているシードルは別にある。つまりこれは道楽なのだそうだ。商業ベースを丸っきり無視して理想の味を追求したシードルを、一族の中で一番気の合うヤスペルさんに分けてくれるのだそう。村のみんなと楽しんでおくれ、というメッセージ付で。
ヤスペルさんは語る。
「あいつ、子どもの頃は毎年グイメハムへ来ていたんだよ。秋分祭での林檎料理を本当に楽しんでいたからね」
今は忙しくて、なかなかこちらまで足を運べないそうだ。早くお子さんたちに事業を継がせたいらしいが、師匠離れをしてくれない、とぼやいているらしい。
「親子仲がいいんですね」
「それ。指摘したら親の方も子の方も、そんなことない! って否定するのが面白いんだ」
楽しそうな親子だ。お礼のカードを送ると丁寧な返事をくださるので、いつか西へ行った時には林檎園を覗きながらお会いしてみたい。
そんなオーナーさんのスペシャルシードルは、甘口と辛口の二種類。樽での一次発酵も、瓶内での二次発酵もそれぞれ一年近く時間をかけて作られる。
使われているのは林檎だけなのに、微かに柑橘類や桃を思わせる香りが隠れている。さすが果物の王様だ。喉に弾ける刺激も優しく、意外にアルコール度数も高めなのに、すいすい飲んでしまう。辛口は美味しいしくてぐいぐい飲んじゃうし、甘口はその倍は飲みやすくて危険。罪な林檎酒である。
「林檎の予約はいつもどおりでいいのね」
「うん、お願い」
アニカの雑貨店で夕食用の惣菜を買いつつ、マボンの儀式で使う林檎を予約する。使う量は多くはないけど、間際になるとなくなっちゃうからね。
アニカが営む雑貨店は、生活雑貨や文房具はおろか、野菜や果物などの生鮮食品や、手作りの惣菜まで置いている。紛うことなきなんでも屋だ。
「今年の交換会はどこでやるの? 領都?」
「隣りの子爵領なんだ。今年は近くていいよ。日帰りできる」
北の領内在住で魔女組合に加入している者が一堂に会する年に一度の集会、それがハーブ交換会である。グイメハムを含む伯爵領に隣接する子爵領にある街が、今年の会場なのだ。ちなみに、この子爵領も領主様が所有している。河川港のある街とは反対の方角にあるが、距離は同じくらいだろうか。
「あら。じゃあ双子さんたち、また顔を見せてくれるのかしら。楽しみだわ」
双子さんたち、とは領都で暮らす私の悪友、マルティナとラウラ姉妹だ。奴らは一、ニ年に一度グイメハムを襲撃、もとい遊びに来る。手芸を趣味にしているアニカは、優れたビーズクロッシェ職人でもある双子姉妹と馬が合うようで、顔を合わせると手芸トークに花を咲かせている。
「あの子たち、うちに一泊する予定なんだ。思う存分盛り上がってね」
「そうするわ。テアがお土産にくれたアンティークレース、飾り襟にしようかと思ってるの。アクセントにビーズを使いたかったから、彼女たちの意見を聞きたいわ」
お気に召していただけたようで嬉しい。アニカには、南方のカラフルなプリントの端切れ布と、南の領都で見つけたアンティークレースをお土産に選んだ。マルシェで購入したミラベルとラ・レーヌを受け取りに行った時に渡したら、すごく喜んでくれたんだよね。
「双子といえば、ルーミとイルマリは今月から初等科学校なのね。早いものだわ」
しみじみとアニカがつぶやく。双子ちゃんたちの誕生月は、私と同じ十一月。今年六歳になる子どもたちの多くは、九月に初等科学校へ入学する。
五年の学びを終えた後の進路は様々だ。様々な技術を身に着け、希望の職に就くための学び舎である技能大学や、アカデメイアを始めとする大学入学資格を得るための予科学校に大きく別れる。他に、軍の将校を養成する士官候補生学校もあるが、こちらは少し特殊かもしれない。
「グイメハムだと、初等科学校は隣り村になるんだっけ?」
「そうね。歩くと一時間ほどかかるかしら。でも初等科の子どもたちにには空魚が付き添ってくれるから安心ね。この辺りの一年生だと、空鯖のケンさんが担当になるわね」
「ケンさんかー。初めて見た時は三度見したわ、私」
そうよねえ、とアニカも笑う。
「空魚の一族は色んな種類の姿があるとは聞いてたけど、ケンさんはものすごく美味しそうな鯖にしか見えないんだよね」
脂が乗り、テカテカに青く輝いている活きのいい大きな鯖。それが魚の姿をした教育と見守りの精霊、空魚のケネスだ。愛称はケンさん。
空魚はその名のとおり、空中を泳ぐ魚の姿をしている。主に初等科学校に通学する生徒に付き添い、通学する様子を見守っている。
地域によって空魚の姿は異なるそうだが、モロに食材まんまの姿は衝撃だった。私の地元の空魚さんはヒラヒラした尾鰭を持つ綺麗な色をした熱帯魚だったので、それはもう驚いた。猛烈にサバサンドを食べたくなるほどだ。
「塩鯖食べたいなーと思ってケンさんを目で追ってると、よく怒られるんだよね」
「それはテアが悪いわ」
そこは反省する。ごめんなさい。この前、通りで見かけた時も怒られたし。
『おい! そこの食欲魔女! 俺は食材じゃねえんだよ!』
「ごめんね、ケンさん。でも魅力的なあなたが悪いのよ」
『味覚的な意味で言うな!』
瞬きをしない大きな目を怒らせながら迫りくる青魚は、なかなか怖い。空魚、結構強いしね。
それはともかく、空中をスイスイと泳ぐ鯖と一緒に、学校まで歩く可愛い双子ちゃん。一度くらい早起きして見送りたいな。




