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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
歌う夏とルーナサの話
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遭遇、争い、そして帰還

 南の領都まで同じ行程で戻った私は、増えた酒瓶を抱えながら定期船に乗った。なんでだろうな、ほんと。三泊四日の船旅なので、すぐに消費してしまうからいいか。


 ピンと立ち上がった三角の耳と、慈愛しか感じ取れない優しい顔立ちの大型犬が勧めてくれたミュスカデルのスパークリングワインはとても美味しかった。ミュスカ系のワインは香りが良くて好き。

 大きな白わんこソムリエは、他にも米を使ったクラフトビールも勧めてくれたのでまんまと買ってしまった。赤い米のビールは麦を使ったビールよりさっぱりとした飲み口で、季節に合ったお味だった。色も深いルビー色でとても綺麗。


 南の辺境伯領や、連合王国に近い南方の国々では稲作も盛んなので、料理の付け合せにライスが出てくることも少なくなかった。魚介類をジューシーに炒めた料理は特に好みだったな。シーフードのエキスをたっぷりと吸ったスチームライスは、ふっくらしていて初めて食べる食感だった。米といえば茹でるものだと思っていたが、蒸すという手法もあるのね。真似してみたい。

 そういえば、南で食べた牛すね肉の赤ワイン煮込みも付け合わせはライスだった。パーシーさんのお家歓迎会で出してくれたトマトのファルシもライス付きだったので、この地方特有の文化なのだろう。美味しい文化、最高です。

 アルデンテに茹でた細長い米とツナやチキンを使ったライスサラダも、冷ましたリゾットを揚げたアランチーニも、甘くてまろやかなリ・オ・レも好きな私だが、新たな米料理に開眼しそう。米はカオリーネの店で取り扱っていたから、今度なにか作ってみよう。

 

 船は運河を下り、東の辺境伯領第二の都市を経由して北の辺境伯領へ入る。北の領都をパスし、グイメハムに一番近い河川港で下船したのが下弦の八日目の朝だ。巡礼路からは遠くなるが、この街からなら、半日も街道を歩けば我が家にたどり着く。

 一ヶ月以上も家を空けてしまったのは久しぶりだ。帰ったらひと休みをしてから掃除しなきゃ。

 そうだ、郵便局で預かってもらっているお土産も引き取りに行かねば。みんな、喜んでくれるといいな。

 そんなことを考えながら、カフェを物色する。まずは腹ごしらえだ。朝食は船内の食堂で軽く食べたが、もう少しお腹に入れて徒歩移動に備えたい。あと、途中で食べるランチも調達しないとね。


 河川港の町のカフェは朝が早い。船に乗る人、降りる人、待つ人、見送る人、それぞれに需要がある。週末のせいか、人通りは結構多い。それもそのはず、朝のマルシェが開催されていた。

 そういえばこの街のマルシェの話も何度か耳にしたことがあった。道行く人に尋ねてみると、常設ではなく、毎週末に開かれているそうだ。面白そう。

 気ままな帰り道で急ぐ用事もない。私は予定を変更して、マルシェを覗いていくことにした。朝食は食べ歩きで済ませ、ランチ用にパンと惣菜をゲットする。完璧な計画だわ。ウキウキしながら店を見て回る。

 チーズ屋や、オリーブ屋、ハム屋にナッツ屋。ああ、どれも美味しそう。ドライフルーツの専門店も私を誘惑してくる。


「朝っぱらから酒のつまみしか見ないのか、君は」


 聞き慣れた呆れ声の突っ込みに、思わず振り返る。


「リヌス! なんでこんなところにいるの?」


 七フィートほど先にある果物屋の前。見た目だけなら多くの女性に合格点をもらえるだろう容姿の変態酵母オタクがいた。


「仕入れだ。マルシェならこの街のものが一番近いからな」

「そうなんだ。朝早くからお疲れさま」

「うん、ありがとう。君はさっきの便で着いたのか?」

「そうだよ。この街で朝マルシェやってるのは知ってたけど、居合わせたのは初めてだから覗いていこうと思って。リヌスは前泊したの?」

「まあね。ここには、ニ週ごとに顔を出している。二十日もあれば季節が移るからな」


 確かに、リヌスの店には旬の果物や野菜を使ったパンやキッシュがいつも並んでいる。こういう所で仕入れているのね。


「仕入れた物は郵送?」

「郵送。一部はスピードストークだな。果物とか」

「その手があったか。確か、アニカの所で受け取れるんだよね。私も頼もうかな」

「一パケット六ポンドまでだ」


 スピードストークはシュバシコウの幻獣が営む輸送商会だ。シュバシコウの一族は越冬期間をバカンスに当てているので、営業は春の初めから秋の終わりまで。紅色のくちばしと同じ色の長い足を持つシュバシコウは、黒い風切羽を持つ白い大型の鳥で、大空を飛ぶ姿はとても美しい。

 彼らは、一羽につき一定以下のサイズ、かつ六ポンドまでの重さの小荷物を運んでくれる。五十マイルまでの短距離輸送専門で、市場間や代理店を繋ぐ流通の要である。郵便竜は手紙や荷物を距離の長短なく運んでいるが、いい感じに棲み分けができているようだ。

 グイメハムでは、アニカの雑貨店がスピードストークのサービス窓口を請負っている。生鮮食品はきちんと氷室に入れて預かってくれるので、出先での買い物に重宝するシステムだ。


 リヌスと話していたら、まだ朝食を食べていないのことを思い出した。ここのマルシェの屋台ではどんなものを売っているのか、聞いてみる。朝食とかどうしているんだろう。

「焼き立てのピストレを買って、惣菜屋で気に入ったものを挟んで食べている。生サラミやチーズもいいな」

「美味しそう。私もそうする」


 ピストレは丸くて軽やかなパンだ。焼き立てだと皮がパリパリしていて、噛みごたえが面白い。週末にしか食べられないので、このパンはたまにしか買ったことがない。挟むための具として、キャロットのラペやミートボール、生ハムにチーズ、グリーンサラダを買って、空いているテーブルに着く。

 リヌスを残してカフェスタンドで二人分のコーヒーを買い、席に戻るとめちゃくちゃ美味しそうなサンドイッチができていた。はや。さすがプロだわ、手際がいい。持っててよかったパン職人の友人。


「そういえば、果物屋ではなに見てたの?」


 リヌスが作ってくれたピストレのサンドイッチを食べながら、気になっていたことを尋ねる。


「ミラベルとラ・レーヌ」

「……あ!」


 リヌスの回答に私は言葉を失う。思わず地団駄を踏みそうになった。しまった。せっかく東の辺境伯領を通過したのに、なぜ降りなかった、私。

 ミラベルもラ・レーヌも八月の終わりから九月の半ばまでしか流通しない、超期間限定フルーツだ。なにが悔しいって、東の辺境伯領はこのプラム類の一大産地なのだ。なんてこったい。

 私は、自分の迂闊さと無念の気持ちを滔々(とうとう)とリヌスに語った。気がつくと残念なものを見るような視線が向けられている。


「……なによ」

「君らしいなと思って」


 真顔で言われた。


「残念な男に残念な目で見られてしまったわ」

「面と向かって残念とか言うんじゃない。それに、俺も欠点は多いが君も相当だからな」


 言い返された。相当ってなんだ。


「リヌスの思う私の欠点ってなにさ」


 いや、確かに私は残念の塊のダメ人間だけども。


「欠点か」

「欠点だ」


 相当あると言ったな。よろしい、私の残念な部分を指摘してもらおうじゃないか。私の強めの視線を感じたのか、リヌスはコーヒーカップを置き、口を開いた。


「朝が遅い」


 直球来た。


「必要な時には早起きできるってば」

「簡単に調子に乗る」

「……家系、そう、家系だから。調子に乗りやすいこの性質は」


 母も祖母もお調子者だ。私はその性質を色濃く継いでいる。ええ、継いでいるとも。


「簡単にムキになるし簡単にリミッターが外れる」

「どうせ大人気ないですよ、私は」

「簡単に美人の皮が剥がれる」

「簡単シリーズやめて」


 淡々と指摘していると見せかけて、雑にまとめてきやがった。……ん? 美人?


 褒め言葉に敏感な私は、わずかな褒めも見逃さない。


「美人の皮?」

「そこだけ切り取ると猟奇的な事案みたいだな」

「リヌスが先に言ったんじゃないか」


 私が抗議すると、リヌスはようやく笑った。


「君は短時間なら淑女対応ができるから、何も知らない人間であれば穏やかで成熟した美人を装える」

「装わないと美人になれないのか、私は」

「所詮、化けの皮だから別にどうでもいいだろう」


 待てよ。お嬢様の合金製の猫のように、美人の皮とやらを鍛え上げればいいのではないか。


「なにを企んでるかは知らないが、間違いなく無駄なことだからやめた方がいい」


 決めつけられた。


「なんで無駄だと思うのよ」

「外側を取り繕っても中身は変えられないからな」

「多少は取り繕う努力も必要だと思うの」

「多少程度なら今のままで十分だ」


 えー。


「直せそうな欠点ってそこくらいしかないのに」


 剥がれにくい美人の皮、いいと思うんだけどなー。


「他を直す気はないんだな」

「ないね」

「逆に清々しいな。俺が思う一般的な成人女性としての欠点というだけだから、君は気にしなくていい」

「世の中の大人女子は、色々きちんとしてそうだからね……」


 遠い目になった私に、リヌスは紙袋から明るくて品のある緑色の小ぶりな果物を一つ出して渡してくれた。ラ・レーヌだ。目にした瞬間に思わず頬が緩む。現金な私は簡単に気分が回復するのだ。礼を言ってありがたく受け取る。


「考えてみれば、規則正しい生活をして自制ができる落ち着きのある淑女、なんてのは君らしくないな」

「どんだけダメ人間なんだ、私は」


 芳醇な香りと優雅な甘さを持つラ・レーヌは、皮が薄いのでそのままかじることができる。酸味のないこのスモモは、ねっとりとして滑らかな果肉のがたまらない。上品な舌触りは女王の名を持つに相応しい果実である。


「それを食べ終わったら買い物を再開しようか。早い時間のほうが選択肢もあるし、早く帰ることができる」

「それもそうね」


 私の分のコーヒーカップも一緒にスタンドへ返してくれたので、テーブルの上を片付けてリヌスを待つ。とりあえず、私もミラベルとラ・レーヌを買おう。そして醸すのよ。漬けてもいいわ。

 ラ・レーヌも美味しいが、ミラベルも私は大好きだ。赤味がかった黄金色のスモモは、夏の終わりと秋の始まりを告げながら駆け抜けていくフルーツだ。こちらのスモモも酸味が少なく、甘くて香りがいい。柑橘類を思わせる爽やかな風味と、加工した時の鮮やかなイエローオレンジがとても綺麗。生で食べても絶品だけど、ジャムやコンポートにしたり、リキュールやワイン、更に蒸留してオー・ド・ヴィにもできる万能果実なのだ。

 東の辺境伯領や隣接している東の隣国では、この季節はミラベル祭りが催されることが多い。お店だけでなく、各家庭のタルトやパイ、クラフトリキュールが市場に並ぶので、見るだけでも楽しい。ああ、行きたかった。

 無念ではあるが目の前の果実に想いを切り替えよう。この悔しみを手間と言う名の情熱に変換するのだ。よし、今年はワインからのオー・ド・ヴィ、すなわちミラベルブランデーを作ってやる。


「その酒を分けてくれるなら、ミラベルとラ・レーヌの特製タルトを一台ずつ提供しよう」

「乗った!」


 戻ってくるなり提案してきたリヌスへ返事をしてしまったけれど、私、酒を造るなんて声を出して言ったかしら。


「君がこういう場所でニヤニヤしている時は、だいたい酒造りのことを考えているからな」

「人の思考を読むんじゃない。これだから変態酵母オタクは」

「奇行に走りまくる酒飲みのうっかり魔女が考えることくらい簡単にわかる」


 ひどい言われようだ。お互いに言いたいことは山ほどあるが、時間は有限だ。続きは帰り道に先延ばしをして、マルシェを見て回ることを優先させることで意見が一致した。

 常軌を逸した部分以外は、基本的に世話焼きで親切な人間なので、リヌスは初めてこのマルシェを訪れた私に懇切丁寧に案内をしてくれる。おかげでいい買い物ができた。郵送やスピードストークの手続きも終わり、昼過ぎには河川港のある街を出る。

 さて。バトルの続きをしようじゃないか。街道を歩きながら、私は戦闘態勢を整える。


「ああ。言うのを忘れていた」


 お、先制攻撃か?

 好戦的な表情を作って身構える私に、リヌスは優しい顔で笑った。


「おかえり、テア。バカンスは楽しかったか?」


 私はまじまじと悪友の顔を見つめる。この男、時折まともなことを口にするのだ。だから、つい素直に返してしまう。


「うん、楽しかった。素敵な思い出もたくさんできたし、とてもいい夏を過ごせたよ」


 そうか、と満足そうに微笑むリヌスに、私はなんだか物を申したくなる。


「ていうかさ、最初にそれ言いなさいよ」

「あまりにも唐突にいつもどおりの君がいたから、つい日常の延長になっていた。すまない」


 あんまりすまなそうには見えない言い方で、リヌスは謝った。


「君のいなかった夏の方が、非日常の出来事みたいだったからだろうな。戻って来てくれてよかった」

「戻るよ。私の大切な拠点だもの」


 私がこれだけ長くグイメハムを離れたのは、アカデメイアの研究者に雇われていた頃以来だ。十年ぶりだろうか。基本的に根無し草気質なので、フラフラと旅に出たくはなるけど、自分の家があってこそだもの。


「そうか。安心した」


 私が村に戻るくらいで安心できるならよかった。


「リヌス」

「なんだ?」

「ただいま」


 私もさっき返し忘れた言葉を伝える。リヌスは一瞬だけ見開いた灰色の目を優しく細めて、もう一度、おかえり、と言ってくれた。

 

 帰り道、私の土産話や留守中のグイメハムでの出来事を話したり聞いたりしていたので、疲れる間もなく歩き切ってしまった。一人旅も楽しいけれど、気のおけない友人との歩き旅もいいものだ。

 こうして私の夏は終わり、無事に我が家へ帰ることができた。 

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