竜の神秘と大図書館
DASから派遣されたドラゴンさんは、ジーノくんという男の子だった。アリアちゃんと同じく今までにも何回か乗せてもらっているのだが、どうしても竜には見えない彼のルックスには、何度会っても戸惑ってしまう。
何せ翼がない。全身は毛皮で被われていて、何ていうか長い。四肢は控えめな長さで、前足を揃えて立ち上がる様子は悶絶するほど可愛らしい。大きいけど。
丸いお耳と黒目がちでつぶらな瞳はどう見ても巨大なだけのオコジョなのだが、本人は竜だと言っている。確かに角のような物はあるので、普通のオコジョではないのだろう。多分。
ジーノくんの被毛は、顔と背中が明るい茶色で首や胸元からお腹にかけては真っ白だ。すらりとした尻尾の先は黒い。
『僕、冬になると全部白くなるんだよー』
やっぱオコジョじゃないのか、君は。
翼がないのにどうやって飛ぶのか、失礼ながら初めて会った時に尋ねてしまった。
『東洋の竜さんと同じだよー』
わかるようなわからないような答えが返ってきた。
確かにどうやって飛んでるんだ、あれ。今度リオワースに会ったら竜事情を聞いてみよう。
そんな感じで、私の持つ竜という概念を木っ端微塵にしてくれたジーノくんだが、性格はアリアちゃんと同じく陽気で人懐こい。
「サイキリアまでお願いします。今回もよろしくね、ジーノくん」
『はーい。ねえねえテアさん、降りるのは郵便局の広場でいいのかな?』
「問題ないよ」
荷物は旅行鞄一つなので身軽に移動できる。ふわふわした背中に跨がると、優しい念動力で固定された。
ジーノくんはくるりと振り返り、鼻をピクピクさせながら私の様子を確認する。大丈夫だよ、と笑顔を見せると、満足そうに口角を上げながら前を向いた。可愛い。
『行っくよー』
声と共に後ろ足が地面を蹴る。そのままふわりと宙に浮き、空へと舞い上がった。どんな理屈で飛べているのかは本当に謎だけど、乗り心地は抜群にいい。
可愛いし、いいか。私は気にしないことにした。
観光シーズンの時期という理由もあるが、サイキリアではまあまあお高いホテルを取った。なんたって全室バトラー付ですのよ。おほほ。
それに、観光スポットにアクセスしやすく治安のいい場所にある。大通りに面していて、港にも大図書館にも歩いて行ける。我ながらいいホテルを探し当てたものだ。
チェックインまではかなり余裕がある時刻に到着したので、まずは大図書館へ向かう。明日からしばらく通う予定なので、大まかな蔵書の位置を再確認しておこう。
ホテルで夜を過ごすお供に、何か借りてもいいかもしれない。四年前に訪れた時に、普段使っている図書館カードへのリンク設定は済んでいるので、気になった本をすぐ借りることができるのだ。
この図書館カード、最初に作る時こそ申請書類が必要だが、一度作ってしまえば国内外の公立図書館の利用が可能になるのだ。超便利。
図書にまつわる国際組織に加盟している国限定ではあるが、大陸のほとんどの国は加盟しているので困ることはない。
リンク設定は、それまで利用したことのない図書館で、本を借りたり閉架式図書館での閲覧請求をする場合に行う。
カウンター近くにいる図書館猫にカードを見せると、ぺたんと肉球をタッチしてくれる。それだけでその図書館のサービス利用権が付与される。
ちなみに図書館猫は古代からの伝統職で、様々な脅威から本を守る守護者だったらしい。
今では図書館カードの管理や広報を担当する他、本を返却しない不届き者への強硬な取り立ても行うと聞いた。にゃんこ様、強い。
このリンク機能のおかげで、旅先では必ず図書館を探す習慣が身についてしまった。
閲覧室の机にはカードの情報を読み取れる端末があり、今まで借りた本のデータを再確認できる。
その時に、色違いの肉球スタンプの数で訪問した図書館の数もひと目でわかる仕様になっている。この画面を見ると、人様には見せられないような笑顔が浮かんでしまう。ふひひ。
私もそうだが、スタンプラリーの征服欲に溺れる者は多いのではないだろうか。
サイキリアの大図書館は、元々は離宮だった建物を再利用して作られているので、見学する観光客も多い。高い天井には古代の神話をモチーフにしたフレスコ画が描かれ、凝った装飾の柱やアーチが続く回廊は眺めるだけで楽しい。
二百年前は舞踏会が開かれていたであろう大広間だった場所は、放射状に書架が並べられ、開放感のある空間になっている。天井まで並べられた図書館の独特の雰囲気も好きだが、こんな配置も好きだ。
魔導書の書架は別館にまとめられている。こちらは全て閉架式なので、目録を見て閲覧したい本を請求する。
一通り見て回ったので、宝飾デザインの画集を借りて大図書館を出る。そろそろいい感じの時間なので、予約したホテルへ向かう。
ラウンジへ案内され、担当のバトラーさんにご挨拶をする。マリエラさんという女性で、おそらく私より少し年上だろうか。落ち着きのある佇まいで素敵な方だ。
「コーヒーと紅茶はどちらがよろしいでしょうか」
「コーヒーをお願いします」
エスプレッソと、胡麻がふんだんに使われたビスコッティを楽しみながら、チェックイン。サクサクして美味しい。甘さが控えめで軽やかな食感がいい。
ラウンジでのサービスの説明が終わると、部屋へ案内してくれた。いいところのお嬢様感を味わいつつ、入室する。大きな窓からは港と海が見える。オーシャンビュー独り占めだわ。
バトラーさんは荷解きもしてくれる。と言っても、私の荷物はそれほど量が多くないので、ドレスのプレスだけお願いする。ついでに野外オペラについて聞いてみた。
「でしたら、当方のコンシェルジュに相談いたしましょう」
仕事の早いマリエラさんは、十分もしないうちにスケジュールと演目を調べてきた。今週は五回上演されるようだ。気になった演目があったので、チケットの手配をお願いして、借りてきた画集を開く。
すると、まだ数ページしか読み進めていないのに、マリエラさんが戻って来る。早い。
「完全に陽が落ちてからの上演になりますので、開演時間は夜の八時を回ります。円形劇場ではドレスコードがありませんから、気楽な服装でどうぞ」
そう言ってマリエラさんはチケットを渡してくれた。当日チケットが取れたらラッキーくらいに思っていたのに、前売りで、しかもいい席が取れてしまった。
このホテル、バトラーさんが優秀なら、コンシェルジュさんも凄腕な方が常駐しているのね。明日、直接お礼を言わねば。
上演は明後日の夜。楽しみだ。




