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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
歌う夏とルーナサの話
31/58

特別講義と収穫祭

 真夏である。

 下弦の週の十日間が終わり、サマーレクチャーも半分を消化した。今日からは八の月、バカンスもピークを迎えつつある時期だ。

 強い日射しに負けないように、しっかりと朝食を取ろう。カプチーノに甘いブリオッシュだけ、という南方の国々特有の甘くてシンプルな朝食も悪くはないが、少々塩気のあるものもお腹に入れておきたい。

 幸い、私の宿泊しているホテルの朝食は、ハムやチーズや野菜も選ぶことができる。好きな具材をパンとともにいただいて戦闘準備は完了だ。


 そして本日は夏の収穫祭、ルーナサの祭りである。

 冬を越した小麦は夏の間に収穫される。六の月の半ばを迎えると畑は黄金色に輝き、春に蒔いた作物と共に人々に大地の恵みをもたらす。

 今日の講義は、古代にあった信仰と祝祭の歴史という座学に加えて、簡単なコーンドリーを作るというワークショップという二部構成になっている。他の回は午前と午後で、子ども向け、大人向け、と分けているが、今回は合同講義なのだ。


 さて、本来のコーンドリーは、その年の最後に収穫した麦の穂の中から最も上質なものを選び、来年の豊作を願い編み上げるものだ。

 穀物の精霊は、収穫期が終わると居場所をなくしてしまう。次の作付けの時期まで精霊に宿ってもらう仮家として、麦藁を編み、室内に飾るのだ。

 豊作の願いを込められたコーンドリーは、作付けの際、畑に埋めることにより再び大地に還る。


 古代からの風習だが流行り廃りを経て、今日では幸運のオーナメントとしても存在しているコーンドリー。今回は、三本の麦を編んだものを二つ組み合わせたものと、四本の麦を編んでくるりと輪にしたものを作ってもらうことにした。いわゆる「紳士の好意」という種類のものだ。

 単純に作るのが簡単という理由なのだが、遥か昔は男性が想いを寄せる女性に愛を伝える小物として使われたのだそうだ。渡された女性が愛を返す場合は、この麦藁の飾りを身に着けて再会する。

 今回の講義用に古代の習慣についての文献を当たっていて、私は初めて名前の由来を知った。長いこと謎の名前だと思っていたのだが、思いの外、奥ゆかしくてロマンチックな風習で顔が綻んでしまった。

 家族や、友だちや、大切な誰かのために選んだリボンを用意してくださいね、と伝えたおかげで、講義室の中はとてもカラフルだ。大人だけ、子どもだけ、親子連れ、単独参加と様々な組み合わせの受講生たちだが、みんな楽しそうで良かった。


 作り上げたコーンドリーには、各々で魔力と願いを込めて祈りを捧げてもらう。ご自身の祈りの力がわかりやすいように、魔力の動きを可視化する術を講義室内の空間に展開したら予想以上に好評だった。

 みなさん、自分の中の保有魔力や性質などは、初等科学校や技能大学で計測しているはずなのだが、やっぱり視覚化すると楽しくなるようだ。


「……今からでも専門の教室に通おうかな」

「えっ、私の魔力、ヤバくない?」

「すごいすごい! こんなにキラキラするんだ!」


 なんて興奮した反応に、私は嬉しくなる。

 いいよいいよ、君たちも魔術師(おなかま)にならないか?


 講義の締めは、ファーストフルーツ代わりのベリータルトを食べるデザートタイム。昨日、リーザさん宅の(かまど)を借りて、半日がかりで受講者数分のタルト台を焼きまくった私を誰か褒めてほしい。

 今年収穫された新小麦を使ったパートシュクレの生地に、片っ端から祝福をかけまくった。疲れたけど、謎の達成感があったからよし。

 最初から完成したものを振る舞ってもよかったのだが、今回は各自でお好みのベリーを選ぶシステムを採用する。

 料理に不慣れな人や、子どもたちだけでも簡単に飾り付けができるように、あらかじめムースに近い食感のクリームを乗せて冷やし固めてある。

 殺菌のために、熱したシロップを加えるタイプのメレンゲを使ったカスタードクリームは、暑い季節でもさっぱりといただけると思う。

 タルト台を配り、種類ごとにベリーを入れたたくさんのボウルを前に説明すると歓声があがった。そんなに果物が好きか。私もだ、同志たちよ。


「ラズベリーに木苺にヒルベリーもある。みんな使いたいな」

「わー、どれにしようかな。黒すぐりもいいよね」

「苺苺苺苺」

「色を統一しようか、全部乗せにしようか迷うー」

「苺苺苺苺」

「ブルーベリーをメインにして差し色にレッドカラントとかどう?」

「苺苺苺苺苺苺苺苺」


 なんだか苺好きが荒ぶっている。

 出来上がったベリータルトを切り分けて、参加者全員でいただく。今日一日、コーンドリー作りやベリーの飾り付けを経て、自然に仲良くなったと思われる子たちがキャッキャしながらタルトを交換していた。微笑ましい。

 ぼっち参加のみなさんも、それなりに固まっている人たちもいれば、我が道を行く人もいる。苺の人は幸せそうにワンホールを完食していた。楽しく過ごせてくれているのなら何よりですよ。

 お持ち帰り希望の方もそれなりにいらしたので、用意しておいた固定魔術付の保冷ケースを渡したらとても喜んでくれた。お家の人へのお土産にするんだ、とはしゃぐ子どもたちの笑顔が眩しい。

 これで本日の講義は終了。

 大地の恵みに感謝し、祈りを捧げ、収穫した作物を分かち合う。大まかに言ってしまえば、それが収穫祭の本質なのだ。少しでも伝わってくれたらいいな。


 さて、今日の講義。実は私の担当する全講義の中で一番受講予約が多かった。料金も他の回より少々お高いのだが、ワークショップがあると強いのね。もし、またサマーレクチャーの話をいただくことがあったら、なにかネタを仕込もう。


 今日は大学内のカフェテリアへは寄らずに、ホテルへ戻る。スイーツでそこそこお腹が膨れていたはずなのに、帰る途中でふらふらとピアディーナを購入してしまった。好きなのよ、これ。

 丸く薄く焼かれたピアディーナは、酵母を使わずに作られるパンの一種だ。材料は粉と油脂と塩のみ。十インチほどの大きさのピアディーナに、好みの具材を二つ折りに挟んで食べる。シンプルで美味しい。

 私の好きな具材はプロシュートにルッコラと地元産の柔らかなチーズ。グリルした野菜もおすすめだ。焼きトマトにパプリカとオイルサーディンを挟むのもいい。

 ピアディーナを食べて一息ついたら、ルーナサの儀式を行うための持ち物をまとめる。

 新麦のパンは昨日焼いたし、ワインも用意した。キャンドル台として使う夏林檎も一緒に鞄へ入れる。山登りと言っても、街を見渡せる高台であればいいのだ。動きやすい服装に着替え、ロビーに降りる。

 約束の時間には余裕があるのだが、案の定、次代様が先にいらしていた。先週の夕食会の翌日には、北の辺境伯領へ戻られたと聞いた。長距離の移動お疲れさまです。


「お待たせしました、次代様。いつお着きになったんですか?」

「つい先程ですよ。こちらが早めにお待ちしていたので、どうか気になさらずに」


 見習いたい、この時間に余裕のある行動。おかげで予定より早めに出発することができた。

 目的地は街の南東側にある峠。麓までは月毛馬のマッテオさんが送迎してくださるという、至れりつくせりの行程である。あとで閣下にもお礼をしなければ。

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