彼らの出会いと魔女の油断
「これが魔犬の甘露酒なんですねぇ。初めて飲みました」
悪の道へ落ちかけた私を、パーシーさんの呑気そうな声が引き止めてくれた。危ない危ない。
「甘さの割に後味がさっぱりしてるので、スイスイ飲めちゃう危険な酒です」
確かに、とパーシーさんは同意してくれる。
「テアさんはお酒をよく作られるんですか?」
「趣味の範囲ですけどね」
キュートなお犬様は私が献上した酒瓶を友人たちに見せびらかしている。よかったねえ、と声をかけられて嬉しそうだ。可愛い。
「飲むのもお好きそうですね」
「飲むのも食べるのも作るのも好きですよ」
正直に答えるとパーシーさんは楽しそうに笑った。
「甘い物はいかがですか?」
「もちろん得意です。お菓子大好き」
にこにこしながらパーシーさんは胸のポケットから半透明のコインを出した。ビジネス用のデータチップだ。契約の止り木を使用して連絡先の照会ができる。
「甘露酒との貴重な出会いに感謝を。もし、花のリキュールや砂糖菓子に興味があればご連絡ください。お送りしますよ」
ありがたくチップをいただく。
「花のお菓子というと南の方かしら」
「よくご存知で。海側でなく、国境に近い村で花の生産と加工をしています」
花農家さんだった。
お父様を中心に、家族経営で生産・加工・販売まで行ってるそうだ。数年前に事業化して、昨年になってようやく軌道に乗り始めたとのこと。
南の辺境伯領は海に面していて、夏にはバカンス客が数多く過ごす観光地をいくつも抱えている。
魅力的な景勝地は海だけではない。小さいが美しい村々が点在し、有名な特産物もたくさんある。
「今、新商品に使う容器を選定中でして。大公国へはガラス工房の見学に行くんですよ」
「もしかして、それが花のリキュール?」
パーシーさんはにこりと笑って頷く。
「母と姉の自信作です。綺麗で頑丈な容器が見つかるといいんですが」
誇らしげな表情に、私も笑顔になる。
この方、ご家族が好きなんだわ。なんとなくほっこりした。
「実りのある出会いがあるといいですね」
そう返してから、ちらりと友人たちを見た。
さすが北国の女。あれだけ水のようにワインを空けても酔った様子がない。
ハーレイは言うまでもなく、ダヴィッツも素面にしか見えない。相変わらずヤツらはザルだな。
「よろしければ新たなチップの交換先を紹介しますよ。花屋と食品バイヤーなんてどうでしょう。あと甘露酒の彼はお酒専門の運送屋です」
パーシーさんは三度瞬きをした。予想外の成り行きらしく、数秒遅れて嬉しそうに首を縦に振った。
事業を営んでいる者の財産のひとつに人脈がある。
相性の良し悪しもあるし、やべー奴だって少なくはないから、無闇に数を増やせばいいというものではない。だからこそ、互いに利があり、気持ちよく付き合えそうな人であれば、まずは友だちから始めたい。
仕事に繋がればなおのこと、そうでなくても意見をもらえる関係になれば、充分に意味がある。
ネットワークの鬼でもあるダヴィッツなら直接花農家さんの知り合いを増やしたいだろうし、カオリーネも新しい砂糖菓子には大いに興味を示しそう。もしかしたら新商品の共同開発案も出るかもしれない。
一番早く取引を始める可能性が高そうなのは、ファル・クー運輸商会だ。
可愛いの塊ではあるが、ああ見えてハーレイは仕事のできる営業部長だ。資料と実物を提示すれば、その場で最適な流通方法を素早く提案できる有能わんこなのだ。
誰かと誰かの幸運な出会いを願うことは、魔女の仕事の基本中の基本だ。世の中への還元の仕方はたくさんある。
例えば、家族思いで仕事熱心な若者に、ほんの少し後押しをしたりとかね。
飲んだくれどもを仕事モードにさせて、パーシーさんと引き合わせる。
しばらく様子を見ていたら、なんか四人で乾杯し始めた。気が合ったらしい。よかったよかった。これでパーシーさん家の商品を気軽に購入できそうだ。
ひと仕事終えたぜ的な気分になったので、追加のエールを貰いに行く。たっぷりと注がれたジョッキをヨエルから受け取り、その場で飲む。
この地域の伝統的なエールは苦味が少ない。
赤ワインのような美しい深紅の液体は、オーク樽で数年熟成されるため、深みのある渋みと酸味のバランスが丁度いい。
香りが良くて少し甘味もあるため、いくらでも飲めてしまう。よし、もう一杯。
「椅子が用意されてるんだから、立ったまま延々とと飲み続けるのはどうかと思うが」
行儀の悪さをリヌスに注意される。そのとおりでございます。
「今日のお酒って全部試したの?」
「君は自分に都合の悪い話題はすかさず変えようとするな。試した」
私の悪癖へ突っ込みつつも、質問には答えてくれる。リヌス、いいヤツ。
「お気に入り、あった?」
「外したものがないのはいつものことだな。どれもおすすめできる。新顔は林檎の氷結ワインとカルヴァドスのブレンド酒かな。あと、君のタンポポコーヒーの飴は気に入った」
よっしゃ。小さく握った拳を引く。趣味とはいえ、作ったものの感想を聞くと嬉しくなる
「ありがと。またなにか開発してみるね」
リヌスは楽しそうに微笑んだ。ご機嫌のようだ。
「君のカシスワインは今年も出来がいいな。毎年美味しくなっている」
「リヌスのライ・ウイスキーも年々熟成が進んできて美味しいよ。毎回楽しみなんだ」
ライ麦で作られたウイスキーは、新大陸に移住したリヌスの叔父さんが数年ごとに樽で送ってくれるのだ。
リヌスは飲み会の度に、一番古いものと新しいものを瓶詰めして私たちにお裾分けしてくれるのだ。ありがたい。
「キーラから聞いたけど、今年もエルダーのコーディアルができたそうだな」
「リヌスの分もあるから後で持って行くよ」
「ありがとう。すると今年も蜂蜜酒を仕込んだ訳だ」
「もちろん。並行して作業したからね」
リヌスはすごくいい笑顔になった。
「しまった。逆算の材料を与えてしまったわ」
また今年も狼藉者に押しかけられて、蜂蜜酒を飲み干される羽目になると気がついたのは、いい気分で朝帰りしてからだった。抜かったわ。




