一件落着……?
はるかぜ亭の二階に借りている部屋に備え付けてある家具類は、シンプルなデザインながらも非常に頑丈に作られている。
これははるかぜ亭が特別というわけではなく、アークフォルンにあるほとんどの宿屋共通の仕様だ。昔は粗暴で物使いが荒い冒険者が家具を壊す事例が頻発したため、申請をすれば街から提供されるようになったらしい。
そのため、冒険者が泊まる部屋はどこの宿も似たようなレイアウトになっている。もっとも、達人と評される四星級冒険者以上が住む部屋ともなればまた話は別だが。
元侯爵家の次男であったハエンが住んでいた屋敷にある自室に比べれば、今の部屋はとても質素だ。ベッドや机、椅子、タンスなど最低限の家具しか無く、広さはおそらく四分の一も無い。
だが、元々貴族などという階級に肩身の狭さを感じていたハエンにとって、今の部屋の方が落ち着ける空間であった。何より気の知れた仲間が側にいるという安心感が心地良かった。
「………………」
しかし、そんな部屋にあるベッドに仰向けに寝転んでいるにも関わらず、ハエンの表情は硬い。それには二つの理由があった。
一つはカルハの容態である。
あれからすぐに気を失ったカルハは、ハエンたちによってすぐさま街の病院に担ぎ込まれた。何とか一命は取り留めたものの、いまだに意識は回復していない。
職業柄、大怪我をすることも珍しくない冒険者を相手にするアークフォルンの医師や医療魔術師にさえ「生きているのが奇跡だ」と言わしめるほどの重症である。いつ容態が悪化するかも分からず、完全に助かったとは言い難い状況だ。
今はシラユキが献身的に看病をしている。心配だが、カルハの事はそちらに任せるしかないだろう。
そして、もう一つの理由が――
「――おーい!」
「うおわぁっ!?」
突如、視界を覆い尽くすように現れたフウの顔に驚き、ハエンは飛び起きた。
「ち、ちちち近えよびっくりさせんな!ノックくらいしろ!」
「何回もしたし、何回も呼んだってば」
「えっ、そ、そうなのか。気づかなかった……悪い。それで、何の用だ?」
「夕食の時間なのにいつまでも降りてこないから呼びに来たんだよ」
「……あぁ、もうそんな時間か」
ハエンは窓の外を見る。そこから見える景色には赤い光が差していた。今日は休息のために冒険者業を休んでいたからか、時間が過ぎるのがいつもより早く思えた。
ハエンが過ぎ去っていく休日を名残惜しく思っていると、フウがベッドの縁に腰かけた。
「何か考え事?」
「…………あぁ」
ベッドの上にあぐらをかいていたハエンもまた、フウと並ぶように縁に座る。
――カルハの事以外に、時の流れを忘れるほど物思いにふけっていた理由はもう一つ。
「兄上はどうなったんだろうって……ずっと考えていた」
シラユキが魔族化した際にその力の奔流に巻き込まれてしまった兄――アスタルは、全てが終わった後、気がついた時には忽然と姿を消してしまっていた。
自力で氷を割って出たのか、氷が溶けて逃げ出したのか分からない。誰もアスタルが逃げた瞬間を目撃していなかった。
だが、長い間氷漬けだったのだ。カルハほどではないにしろ、身体に相当なダメージを負っているだろう。そんな状態で魔物や盗賊などに襲われれば、いかにアスタルといえど厳しいはずだ。屋敷に帰る手段や身体を治療する手段を確保していればいいが、もしかするとどこかで力尽きて倒れている可能性もある。
騎士団に捜索を依頼することも考えたが、精霊の件を思うと事を大きくすることは避けたい。とはいえ、自力で探すにも手掛かりが無さすぎる。ハエンが一日中考えにふけりながらも、何もできないでいるのはそのためだった。
「……あんな奴、どうでもいいじゃない」
あからさまに面白くさなそうな表情を見せるフウに、ハエンは苦笑いする。
フウの経歴からしてエーデリック家にいい感情を持てないのは仕方ないことだ。ハエンも兄に対するいい思い出はほぼ無く、侮蔑や罵倒、暴力といった録でもない記憶しか浮かばない。正直なところ、彼女の気持ちはよく分かる。
「そういう訳にはいかないんだよ。あんなんでも……俺の兄なんだ」
だが、アスタルとは血の繋がりがある実の兄弟。どれだけ酷い目に遭わされようが「どうでもいい」と簡単に割り切ることはできなかった。
理屈では説明できないものを察したのか、フウがそれ以上突っ込んでくることはなかった。
「ふーん……まぁ、キミがいいならいいけど。だけどもし、またあいつが同じような事をしてこようもんなら、今度はヌルい真似はしないよ」
いつもよりほんの少し、声を低くしてフウは言う。具体的にどうこうするとは語られなかったが、その続きを想像すると背筋に冷たいものを感じた。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。それを破ったのは、足をぶらぶらと動かしていたフウだった。
「……そういえば、ハエン。一つ聞いてもいい?」
何も言わずにハエンが眼でその続きを促すと、フウは足の動きを止めた。
「ホントはアスタルが来るってこと、前から知ってたんじゃないの?」
「……!」
ハエンの無言を肯定だと捉えたフウは、そのまま続ける。
「やっぱりね。この前、森にいたカルハはアスタルの差し金だったんでしょ。だって主に呼ばれたらすぐに駆けつけなきゃいけない従騎士が、その主の領地から離れた森の中に偶然いるなんて変だもんね」
確かに、今にして思えば苦しい嘘だ。エルデはともかく、ある程度カルハや従騎士のことやエーデリック家の事情を知っているフウからすれば不可解な点がいっぱいだったのだろう。
フウはため息をつき、半目でハエンを見る。
「どうして一言も相談してくれなかったの」
「それは……ただ、言うタイミングは無かったってだけだよ」
「……本当に?」
スッとフウの眼が鋭くなり疑いの眼差しになる。ハエンは視線を泳がせ、そして顔を伏せた。
「それ、そんなに気になることか?」
「うん」
即答だった。
「……どうしても言えない理由があるっていうなら、これ以上は聞かないよ。それとも……ボク、やっぱり信用ない……かなぁ?」
ハッとしてハエンは顔を上げる。そこには不安感と寂寥感が入り交じった子供のような、いじらしい顔をしたフウがいた。
「ボクはキミとは生きてきた時代が違う。そもそも根本的に種族が違うし、価値観も違う。ふとしたきっかけで魔族になるかも分からない身だし……それに、その……何て言うか、ボク細かな気配りとか気遣いとかできないし……。だから色々と信頼できない部分があるんじゃないかって――」
「――いいや、違う!」
はっきりと口にして、話に割り込む。強い否定の意味と、フウにそんな不安を抱かせてしまった自分への戒めの意味を込めて。
信用できないわけがない。どんな姿だろうと正体がなんであろうとフウはフウであり、大切な存在だ。それだけは断言できる。
「そうじゃない。そうじゃないんだ。その……な……」
なかなか言い出せず、ハエンは膝に肘をついてもう一度顔を伏せてしまう。面と向かって言うには少々勇気が必要だった。
しかし、ここまできて言わない訳にはいかないと、ハエンは覚悟を決めて口を開いた。
「――怖かったんだ。お前が俺から離れていってしまいそうで」
「……え?」
眼を丸くするフウ。ハエンは顔を俯かせたまま続ける。
「俺は……いつもお前やエルデに助けてもらってばかりで、自分一人じゃ何もできない弱い男だ。魔族みたいな危険な奴の相手はいつも任せるしかなくて、後ろで見ているしかできない。剣なんか持っていても見せかけばかりで、だからといって権力や財力がある訳でもない」
「…………」
「だから兄上が来るって分かった時、もしお前が俺を見限って兄上の元に戻るって言い出したらどうしようって思うと、怖くなったんだ。……情けない話だよ。それで結局またお前に助けられた。これじゃあ愛想尽かされても仕方ないよな」
人間よりも強い力を持つ精霊を相手に、護りたいなどと高尚な事を言うつもりはない。
せめて足枷にはなりたくない。仲間として、友として役に立てるくらいにはなりたい。肩を並べられなくとも一緒にいられるような存在になりたい。
果たしてそうなれていたのか、ハエンには自信がなかった。語り終えてもなお、顔が上げられないくらいに。
「……フッ、フフフフ」
そうして項垂れる頭の上から妙な笑い声がふりかかる。
何事かと顔を上げると、頬をほんのり紅色にしたフウが見たこともないような表情でにやついていた。
「そっか、ボクがいなくなるかもって不安だったんだぁ……へへへ、そっかぁ……そうなんだぁ」
「な、なんだよ。悪かったな臆病で!」
「あ、ごめんごめん!そんなつもりじゃないんだよ!……大丈夫。ボクはいなくなったりしない。だってキミのいる場所がボクのいる場所なんだから」
はっきりとそう言いきったフウは、ハエンの眼を見つめながら更に続ける。
「キミは助けてもらってばかりなんて言ってるけど、そうじゃない。キミがいなかったらエルデもシラユキもずっと魔族のまま……いつか力尽きるか誰かに討伐されて消滅していた。ボクだって今頃古代遺物のままで、いずれは……」
魔族に堕ちていた。
一瞬だけ眼を伏せたのは、その言葉の代わりだろうか。
「ボクたちがここにいられるのはキミのおかげなんだよ。キミはボクたちの命の恩人なんだ。それに……キミがいてくれるおかげでボクは毎日が楽しい!それってとても素敵なことだと思うんだ!」
そう言って、フウは笑顔を浮かべる。
少女であり少年のようでもある彼女の端麗な顔立ちから放たれる、邪念を持たない子供のような満面の笑みは、ハエンの顔の温度を上げさせた。
よくそんなことを面と向かって言えるものだ。フウはまだ風神剣だった時から思ったことを正直に表に出す奴だったが、こうして顔や仕草や表情が分かる状態だと気恥ずかしさも倍増する。
しかし――ここまで言われて嬉しくないはずがなかった。一人で勝手に悩んでたことが馬鹿馬鹿しく思えて、心が軽くなった気がした。
「……ありがとな、フウ」
「うん。こっちこそ、ありがとう、ハエン」
眼を合わせてフウはそのままの笑みを、ハエンは照れくさそうに笑う。
アスタルの行方やカルハの容態など、まだ心配事は残っている。だがこの時だけは、ハエンの気持ちは草原を吹き抜ける風のように爽やかだった。
――と同時に、ハエンは何かを忘れているような気がした。
そもそもどうしてフウは部屋まで来たのだったか。
その答えは、やや乱暴にドアを開いた褐色肌の精霊が教えてくれた。
「――おい、いつになったら下りてくるのだ!夕飯が冷めてしまうだろう!」
ベッドの縁に並んで座り、笑顔を向け合う少年少女。そんな仲睦まじい二人を見てエルデの動きが固まる。
「あ、エルデ。そんなところで固まってどうしたの?」
フウはすっとぼけた様子でエルデの方を見る。この時ハエンは、いつの間にか自分の手にフウの手が重ねられている事に気がついた。
「どうしたの、ではない!ハエンを呼びに行ったきりなかなか戻って来ないと思ったら、お前は何をしているのだ!」
「まったくもう、空気読んでよエルデぇ。せっかくいい雰囲気だったのにさぁ」
「読めるかそんなもの!大体、お前は直情的すぎる!たまにはもっと慎みを持ってだな……」
「イヤだよそんなの。ボクはボクのやりたいようにやるの!」
やいのやいのと言い争う精霊の二人。こうして見ると何千年という時を過ごしてきた存在だとは信じられない。人間の子供と大差無く見える。
その賑やかな様子を傍観しながら、ハエンは笑う。
剣の才能もない。魔法も使えない。そんな無能と蔑まれた男が唯一持っていた才――〈精霊回帰〉。そして、それによって出会えた仲間。
それらが無ければ、ハエンは今も暗い道を独りで歩いていただろう。本当に感謝してもしきれない。
(精霊と人間の間には色々と問題もあるけど、こうして俺たちは分かり合えてるんだ。このまま俺の力で精霊を元に戻していければ、近い将来、また人間と精霊が共存する日が来たりするかもしれないな)
ハエンは漠然とそんな事を考えながら立ち上がり、フウとエルデの肩を叩いた。
「それじゃ、夕飯食べに行くか!」
いかがでしたでしょうか。
色々と拙い部分もあったでしょうが、楽しんでいただけたのなら幸いです。
話としてはここで一区切りとなります。
続きを執筆するかどうかはまだ決めておりません。
もしかしたら新しい作品を書くかもしれません。
ですので、誠に勝手ながらここで一度完結とさせていただきたいと思います。
どちらを執筆するにせよ、次の投稿までに少し時間が空くと思いますが、その時はまた読んでくださると投稿主は喜びます。
よろしくお願いします。




