第72話 遂に出会う神喰いと死神(弟子は新たな罠よりも彼に注視した)。
囮の所為で後手に回された。封鎖された外側で集まる人混みに紛れて崩壊した建物を見て失敗したのだと察した。
崩壊したのは魔法関係の本や関係する物が展示されたよくある博物館。記憶の限り危険物は置かれてないと思ったが、それでも警備はかなり厳重な方だった。……つまり。
「密かに何かヤバいのが置かれていたかもしれないな」
「兄さん! どうしてここに?」
「……緋奈か」
警務部隊の制服を着た緋奈が駆け寄って来る。まだ中学生であるが、魔法の階級は桜香と同じ【魔法剣士】。この間軽く試合った限りまだ不足している部分はあるが、特殊な派生魔法を所持している。呼ばれてもおかしくない。
「あの惨状……何があった?」
「こっちも通報で少し前に駆け付けたばかりで……あまり分かってる事は」
チラと後ろの方を見る。崩壊した建物を囲うように封鎖する警務部隊。緋奈と同じ制服を着ている者も数名混じっているが、その視線を追うと……非常に珍しい人物と視線が合ってしまった。マジか。
「親父も来てるのか」
「はい……今日は勤務中だったんですが」
何人もいる隊長の中でもこの辺りならトップに位置する部隊長こと神崎拳。め同じように制服を身に付けているが、他よりも威厳がある風格で側の隊員達がビビっている。現場にいる事に慣れてないな。
「珍しいのか?」
「高ランクの魔物やブラックリストに載る組織の場合は別です。でもそういった事案の場合は階級の高い人達しか参加できませんので」
「なるほど、簡単な警備をしている若手や新人とは接点が少ないわけだ」
全ての事件に関わっていたら隊長としての仕事も回らないしな。と思っていると向こうからこっちに近づいて来た。秘書みたいな女の制服官も一緒だ。
「刃、こんな処で何をしている?」
「野次馬」
「堂々と言うことか」
そうかもしれない。緋奈と女性が苦笑いする中、親父は厳しい顔で俺を見つめる。
「突然の襲撃で警備に当たっていた者達の大半が殺されていた。我々はテロの可能性も視野に入れている」
「隊長!?」
「生き残っていた者達も重傷者ばかりでまともに喋れたのは一般客の数名だけだ。警報と通報で我々もすぐに駆け付けたが、相手は僅か十分足らずで建物を破壊し尽くした」
「隊長! 彼も一般人で──ッ」
秘書のような女性が咎めるように呼びかけるが、親父は無視して説明を続ける。それでも女性が止めようとすると今度は手で静止して目だけで黙らせた。
「だが、私の個人の見解ではテロに見せかけた物盗りの線が高い。置かれていた展示物も殆どが破壊されていたが「ダメです神崎隊長!」」
これ以上は許されない。そんな女性の声にとうとう親父も黙る。折れた訳ではなさそうだ。喋れるのはこの辺りがそもそも限界だったんだ。
「……緋奈、確かこの博物館ってホームページに展示物の写真を載せてたな」
「え……あ、はい確か……っ」
そこでハッとした顔をする緋奈から親父に視線を移す。俺の質問の意図を察してか親父は小さく頷いた。
「赤い棺……」
「……野次馬はこの辺にして失礼するよ」
ボソと小さく呟いた親父に対してそう告げる。流石に堂々と調べるとまた何か言われそうなので、一旦離れているヴィットやシュウさんと合流するか──なんて思っていたのがよくなかったか、面倒な幼馴染が突如現れた。
「やっと見つけたぞ刃っ!」
「げっ、桜香……」
同じように制服を着た桜香様(阿修羅様)のご登場でーす。
シュウさんが置いて行ったから(俺は悪くない!)、憤慨した様子でこちらに詰めて来る。そういえば貴女も部隊の一人でしたねぇー。
「何が“げっ”だ! 何度も連絡したのに何で返事しないんだ!? どれだけ心配したと思ってるんだ!?」
「あー、スマン。色々あって」
「あっさり言うな! 色々ってなんだ!」
返事が来てるのは分かってたけどどう返事しろと? なんて言える筈もない。あー、どうしよう。
「桜香姉さん、珍しく遅かったですね。いつもは誰よりも早いのに……何かありましたか?」
「あったどころじゃない! 刃が……ッ、そっちも気になるが!」
ギロンと殺気を飛ばしてこっちに顔を近付ける。……って近過ぎない? 親父も緋奈もいるんだよ? 場所を考えようよ。二人ともキョトンとした……いや、緋奈の方は段々険しくなっていた。
「刃、マドカ先生を見てないか?」
「──マドカ……先生か?」
そんな二人にお構いなしで桜香がそんな事を尋ねてくる。
メッセージにトオルさん(脳筋剣士)と一緒のところを見られたと書いてあったが、上手く誤魔化してないのか?
「いや、見てないが、どうしてマドカ先生なんだ?」
「……お前を探してる最中に通報があったんだ。近くの裏路地で男女が戦闘していると。駆け付けたら片方は刀を持った野獣のような大男で戦っていた女性の方はマドカ先生だった」
この反応見る限りどうやら誤魔化しには失敗したらしい。俺との関係まではバレないようだが。
「止めようとしたんだけど、……どうもマドカ先生その男と知り合いみたいで」
トオルさんの方に興味を持たれるのも困る。ホント余計な事をしに来たとしか思えない剣豪に文句言いたくなっていると……。
「ちょっと……何アレ?」
「え、お、お父様!」
何か見つけた桜香の視線が移った。すると唖然とした顔でそちらを凝視すると緋奈も不思議そうに顔ごと振り返り驚いた顔で親父に呼びかけた。
「周囲の人間をもっと此処から離させろ。他の部隊も呼んで警戒体制に入るんだ」
「了解です!」
それを冷静に見た親父が秘書の女性に指示する。女性も驚いている様子だったが、親父の声に止まりかけた意識が戻り小型の無線機で周辺にいる部隊へ連絡を送っていた。
「……」
そんな状況の中俺の視線は自身のスマホ。博物館のホームページを開いて親父が言っていた赤い棺とやらを探して見ると……。
「『呪われし血の儀式』『赤き冥府が眠りし棺』『地獄界の宝具』『古代より眠りし宝』……ってオイオイ」
なんか検索したら色々と出て来た。崩壊した建物からも何かアンデットみたいな魔物が沢山出て来た。
人形のミイラ、灰色のオオカミ、カラス、スケルトンなど明らかに腐っている感じなアンデットが崩壊した建物から突然出現し始めた。
……微かに魔神の魔力を感じる。正月の時同様に復活した魔物と考えられる。
このタイミングの攻撃。何か別の狙いがあるのは間違いないが、この数は拙い。
「どうしてこんなところから魔物が……!」
「一体一体は弱そうですが、数が多いです!」
慌てて剣を取り出す二人。他の隊員たちも応戦して親父や秘書の女性も構えようとするが、倒壊した博物館から止まる事なく魔物が溢れ出て来る。
内部を調べていた隊員が真っ先に対峙しているが、その間を多くの魔物がすり抜けて行く。一体や二体を止めても十体二十体の魔物が四方に歩き出してしまう。
「また狙いは足止めか? 雑魚どもを大量に呼び出して何をする?」
考えるながら銃を取り出す。流石に弾が足りないので、途中から戦法を変える必要があるが……。
と、桜香たちのように俺も応戦しようとした。その時であった。
「【黒夜】……射抜け」
それよりも速くアンデットの群れに飛び込む何か鋭い影。
それが漆黒の槍だと気付いたのは、そいつが糸のように動いて無数のアンデットを串刺しにして空中で一旦停止した時だ。
「な、何だ!? 誰の攻撃だ!」
「槍? 何処から!」
大した装飾も施されていない。ただの真っ黒な槍である。
それが意思を持ったように動き回りアンデットを貫いていく。まるで浄化されたかのようにアンデットの魔物は煙のように消える。
ひと通り倒し終えたところで槍はその場で静かに消滅した。
「あれは……魔法なのか?」
不思議な槍だった。一瞬の出来事であったが、肝心の魔力が全くと言っていいほど感じ取れなかった。
アンデットタイプを簡単に消し去るのなら【聖属性】に分類するものを想像するが、あの真っ黒な武器に正属性があるとは……見た目だけならとても思えない。
「異質な気配だった。一体誰が……」
「君がジークさんの弟子か?」
「──ッ!?!?」
声は真後ろからした。あまりの不意打ちに思わず、振り返ると同時に銃を向けようとしたが、その手首を押さえられてしまう。万力のようで咄嗟に加減なしで振り払おうとするが、手首を掴む男の手は俺の動きを読んでるかのようで抜け出せる隙が全くない。
「落ち着け。オレは敵じゃない」
「ッ、気配なく背後を取る奴の言葉を信じろと?」
「試すような真似をして悪かった。実に良い反応だった。あの人の弟子だけある」
警戒を怠ってなかった筈なのに背後の男は何でもない様子で俺の隣まで近付いて来た。
「見た目は至って普通の青年だが、雰囲気はまるで獣だな。気配のそれは既に常軌を逸脱しているな」
「そういうアンタも普通じゃないよな。これでもかなり鍛えているつもりだ。気配察知も身体能力だって他の奴よりは高い自信あるが、アンタは魔力なしでどちらも破って来た」
魔力を探って見て確信した。この男は魔法使いじゃない。
あの槍と同じ異質な気配は感じるが、魔力の方はヴィットと同じで何も感じない。殺気は感じないが、この握力と力は普通ではない。
「アンタも異世界人って事か? いったい何者だ?」
「此処と同じような日本という別世界から来た。最もあちらには魔法なんてないが」
掴んでいた手を離す。その手で先ほどのような黒い物質を生成する。
「こんな感じの異能は影ながら存在している」
「異能……」
そういえば師匠から聞いた事がある。
密かに異能の使い手がその世界を守っていると。具体的な話は聞いてないが、その中に特殊なタイプの異能使いが居て知り合いだと……。確か……。
「『死神』」
「聞いているなら好都合だ」
自然と漏れた俺の呟きに対して男は頷くと黒い物質を消した手で握手を求めて来た。
「零──オレの名は泉零だ。よろしく」
そうして俺は死神こと零さんとも知り合う事になった。