第93話 運命はきっと鳥に似ている
橤
「つまり、この学校は現実では無いって事を言いたいのかな?」
AAは加賀に問う。端的にまとめるとそういう話になる。
「そうだね。何度か夢かと思って頬をつねったんだが、めちゃくちゃ痛くてね。」
「マジであれやる人いるんだね。喩えかと思ってた。」
「そしてブルーシートの血。何故だろうね、非現実的な事が起きているのに、あまり驚いてない自分に驚いてしまうね。状況を受け入れるのが早過ぎる。」
「・・・おかしいのは、貴方よ、Mr.加賀。」
AAは、加賀に銃を向けた。
「Mr.加賀、貴方こそ何者?」
「人間だよ。」加賀は顔色一つ変えずに答える。あまりの冷静さに、AAは拍子抜けになった。
「いやそういう話してるんじゃなくて。」
「これでも、あの幸助の友達、名乗らせて貰っているからな。この程度造作も無い。」
「・・・そんなにアイツは凄いの?」
「彼は超人だよ。自殺から戻ってくる前から、ずっとね。」
「・・・どういう事?」
AAは、銃を下ろした。単純に話の興味が湧いたからだ。
「彼はそもそも有名人なのさ。だから、自殺するなんてあり得ないし、元より虐められたなんてあり得ないんだよ。」
「・・・?」
「彼はね、中学生の頃に暴走族を一人で潰した事があるんだ。」
「・・・ボーソーゾク?ああ、ヤンキーってやつ。不良の族ってことか。」
「かなり有名な悪い集団でね。警察も手を焼いていた。でも、彼はその腕っぷしだけで全員を病院送りにしたのさ。全身の骨が折れるような怪我をしても、何度でも立ち上がって倒したんだと。で、次の日にはピンピンで学校に登校して来たそうだ。公立中学の中でかなりの問題になったが、あまりにも現実味が無い話だった為、有耶無耶にされた。そこから、エビハラの名前を知らない学生は居なくなった。まさか、この学校に来るとは思わなかったよ。なにせ、生徒全員から恐れられているくらいだから、おっそろしい不良だって噂が絶えなかったからね。」
「・・・妙に頑丈だと思ったら、そういう・・・」
「凶暴な人間かと思い皆は避けていたが、入学して間もなくクラスマッチという行事があってね。クラス対抗でスポーツの対決をするんだが、そこで彼は超人的な動きを見せた。コミュニケーションも抜群に取れる気の良い男だって事がそこで判明して、彼を嫌いだと思う人間なんていない位には人望があった。」
「気持ち悪いくらい主人公みたい。」
「だからね、彼が自殺したってなった時は、本当に意味が分からなかったんだ。あまりにも非現実的だとネ。しかも虐めの主犯が伊藤。彼なら、簡単に捻り潰せると思うんだがね。そんな訳で、彼から友達認定されるってのは、かなり凄い事なんだよ。だからこそ私は思うのだヨ、何が起きても不思議じゃない、とね。君が銃を突き出しても、もしそれに撃たれて私が死んでも、そういう事だってあると受け入れている。そう思えているのは、一重に彼の存在が大きいのだヨ。」
「・・・何よ、恵まれてるじゃない。アイツ。」
AAは、ボソリと呟いた。
「まぁ、とにかくだネ。ハッキリしておくと、私は君に敵意は無いから、出来れば私を殺さないでくれると助かるな。」
「そう?もう散々話は聞いたから、潮時じゃない?」
AAは、加賀に再び銃を向けた。
「殺意を抑える気は無いか。哀れだネ。君が真に邪悪である事を祈るヨ。じゃなければ、君は死ぬ時救われないだろう。」
「何が言いたい?」
「私はネ、持論として思う事があるんだ。たとえ生まれた環境が悪くても、その後比率こそあれ善にも悪の道にも転びうるのならば、人は本来生まれた時から全て決められているんでは無いのかな、とネ。私は施設で育ち、優しき両親に引き取られて今に至る。環境はお世辞にも良いとは言えないが、こうして学年トップの成績を収める男になった。ならば、たとえどんな事があっても、環境のせいにしてしまうのは甘えだと吐き捨てるのは、これは強者の理論なのかな。」
「私の邪悪は、初めから、って言いたいのか?」
「そうとも。人を殺さずにいられないのは、誰かのせいじゃない。全て君の弱さだ。」
AAは、無言で引金を引いた。加賀は無言で倒れ、鮮血と脳漿が飛び散った。
今更、何も思う事は無い。時間は無い。全てを我が糧としなければならない。こんな男でも、栄養源なのだ。
ーーーーが。
加賀は、何事も無かったかのように立ち上がる。脳への銃痕は跡形もなく消え、先程と同じような事を喋り始めた。
「ーーーまぁ、そういう事なのさ。私は既に死んでいる。だから、死なないんだ。」
加賀の額に、巫女の存在証明たる、憎き紋章が浮かんだ。
何故、お前が持っている。
加賀の背後から、無数の《ナニカ》が表出する。それは、幻獣ヴェイルそのものだった。
黒く蠢く闇と、目の集合体は、不気味な暴威として映った。鏡写しの自分を見せられているようで、AAは少し怯んだ。
何故だ。何故、この世界の住人が幻獣と溶け合い、融合しているのだ。
これは、私の技術。紛れも無く、私が生み出した産物だ。アカシクで成し遂げられなかった事を成し遂げた筈の《混成》を、何故コイツが成し遂げているーーーー?
溢れ出す黒き流動を跳躍し、《厄具機来》を発動し、鎧を纏う。足場に魔力を集めて空を蹴り、距離を取った。
足場に無数の銃器が覗いている。自分と全く同じ力を、加賀は使用している。
あれが、他人から見た自分なのか。気持ちが悪い。
「死んでいるからヴェイルになれるって?そんな無茶苦茶通ってたまるか。」
AAは雷槍を表出させて、魔力を込めた。空を裂くような雷光が槍先に集い、充填されていく。
「ーーーいや、正確には、私は生きてすらいなかった。全く、性格が悪過ぎるヨ。そう思わないか?AA。」
「何故その名を知っているーーー?」
「やだなぁ、姉さん。僕を忘れたのかい?」
ーーーー加賀の顔面が、割れていく。
まるで仮面が剥がれるように、肉の装いはボロボロと、グロテスクに崩れていく。
そして、その全貌が顕になった途端、AAは言葉を失った。
それは、紛れも無く、かつての弟・XAの顔だったからだ。
橤
ーーーーだが、それが偽物だと、AAはすぐに思い直す。
XAは死んだ。その事実は変わらない。
そして、自分が今日まで生き延びた理由。
それはーーーーーー
「・・・出し惜しみはできないか。」
AAはため息をつく。得体の知れない敵を相手に、全力を出さずに勝利は不可能。
魔力で強化された銃弾の威力は馬鹿に出来ない。《破練師》として烙印を行使するには、保有する魔力では補い切れない。魔装具と化した生成物である鎧の外装も、いつまで持つか分からない。
世界で戦うのは、あまりにも向いていない。
だが、まだ奥の手は存在する。その手を使えば、魔力は無限に生成される。自らが永久機関となり、スキルを無限に行使できる。
これは、紛う事無き、純然たる愛の力だ。
あの日、誓ったのだ。狂った文明、そして憎き母親の元から逃げ出した時。
私達は、ずっと一緒だって。
AAの身体から、夥しい数の無数の手が現れる。背中、顔、腹、脚の全てから、無限のように手が伸び、生えては避けてを繰り返し、距離を伸ばしていく。
それは咲き誇る橤のようであった。無数の貌、黒く蠢く目の群生と重なり、血が流れていくように侵食していく。生命変換器たるヴェイルと、身体から無限の肉を培養する弟の力。
無限に至る肉と黒が重なり、橤を形作っていく。あまりにも濃ゆい魔力を大気に満たし、その中で人形となった双貌の怪物が下卑た嗤いを上げ、混成された固有スキルを詠唱する。
「《烙胤鬼結術》」
形成された巨大な橤から、器から水が溢れるようにヴェイルが落ちていく。地上に溢れる腕が黒を受け取り、融和し変生していく。
まるで、死体に魂を入れ込むように、それは腕だけで型取られた人形となり、動き出した。
生命の樹。全ての生命の原点である、始まりと輪廻、無限の再現である。橤から飛び出した種子を放ち、勝手に生命を混成していく。まさに無から命そのものを生み出す、神にも等しき力である。
「さぁ!人擬き達よ!!蹂躙せよ!!!」
腕だけで形成された、夥しい数の生命が、拙いながらも素早い動きで立ち歩き、加賀を襲う。命ある人形の無情なる行進は、加賀の放つヴェイルによる有機物利用能力は意味を為さない。
何故なら、ヴェイルにより形作られた人形は、既に華としての改造が済まされている。管理者権限は絶対的なモノとなり、人擬きはAAの指令しか聞かない。
いやーーーもはや、AAと呼ぶに値しない。
まさに無限の可能性を持ったXAと、AA。
この世でたった2人の兄弟が仲良く、一緒になった最終地点。
2人の名前はAX。
生きる為に、誇りすら捨てた亡霊である。
「な、なんだ、何なんだコイツらァ!!」
XAの顔になった加賀が、狼狽える。銃で何度撃っても、無限に湧き出る人擬き。命絶える瞬間に起爆し、加賀のヴェイルの戦力を悉く削っていく。
「Mr.加賀。もう一度訊くよ。貴方、何者?」
「・・・それを訊くか。それは、私にも分からないネ。」
「答えになってないわよ。」
「ただ僕は、友達だった。今はそれしか、憶えていないーーーー」
加賀の身体が、次第に透明化しているのにAXは気付く。既に屋上全域へ広げていたヴェイルは消失し、加賀は元の眼鏡の顔に戻っていた。
「おい!!まだ何も聞いていないぞ!!勝手に消えるな!!」
AXは近付き、触れようとしたが空を切る。思っていた通りだった。透明化し始めた途端、魔力を感じなくなったからだ。
「君は自らの生まれを呪うかね?」
加賀は問う。その問いにどんな意味が含まれているのか分からなかった。だが、考えて答えないといけないと、AXは思った。
「もう呪わない。ただ、私の憎しみが消えないだけ。」
「そうか。君も、そういう設定じゃない事を祈るよ。僕みたいな人間が、これ以上増えない為に。」
「ーーーー待て。それはどういうーーー」
「また新しい私に会ったら、よろしく伝えてくれ。お姉さんーーーー」
ーーーーそう言って、加賀は消えていった。
太陽が沈みかけていた。夕闇が迫る中、AXは放心状態となった。
考えれば考える程に、最悪な想像が脳を走る。
今まで、奴の能力を知らなかった。
それは何故か。アカシクは、彼女の力を、過去の巫女と同等以上に危険視し、能力の使用を制限したからだ。
そこで、考えついてしまった。
彼女の能力は、命を創造する。しかも、自由に能力を設定可能で、把握する能力ならば付け加えることも可能。
そんな、自由度の高い禁忌の能力を持っていたとしたならば、私は本当に、彼女が腹を痛めて生まれてきた、子供と言えるのだろうか?
まるで、そうやって最初から作られた生命体なのでは無いかと。
・・・気のせいかな。まぁいいか。
どうやって生まれたかなんてどうでもいい。自然分娩が良かったなんて贅沢な事は言わない。
どちらにせよ、アイツを殺せたら満足だ。
もう、永くは無い。タイムリミットは刻一刻と迫っている。
私達は、この過去と、決着をつけられたら十分だ。




