第91話 何故なら誰よりも理不尽だから
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オオイタ県ヒタ市に位置する、公立青柳高校は、市内では一番の進学校と言われている。数校しか高校が無い中の一番なので、レベルは進学校の中では高いとは言えないが、大学進学率は高い。文武両道の精神をうたっている清貧を美徳とした古臭い風習が、現代に似合わない校則で生徒を縛り上げている。
自由な校風とはとても言えず、幸助の自殺を隠蔽した体質もある。聖職者たる教師は皆保身の為に動き、「何も無かった」ように振る舞うのに長けている。
善良そうに見えた者の悪辣は、時に殺人者よりも残酷なモノとして映るのが人間の性である。
私は、そうでありたかった。
そして、これからも、そうやって振る舞い続けるだろう。
アイツを殺せたら、私はそれでいいのだから。
季節感というのは、あまり異世界と変わりない。地球汚染による温暖化現象と、異世界の魔法使い・火系のスキル使用による物理的な気温上昇を比較すれば、前者の方がまだ健全だ。龍王セトラという頭のおかしい出力を誇る化物がいるだけであの世界は熱くなる。
それにしても、今日は何だか恐ろしく暑くなりそうな予感がする。何故だろうか。
茹だるような夏の暑さが肌をべたつきで潤し、ひたすらに水分を奪おうとする太陽の光線が眩しい。
ーーーーAAの耳穴から、黒い流動体がポロポロ漏れ出る。
もう、あまり時間は残されていないかもしれない。迷うより早く行動を起こさないと、タイムリミットが迫っている。
無辜の人間を殺すのは慣れていた。命乞いしてきた様々な命を屠り、糧としてきた。何故なら、私は特別だからだ。生殺与奪を握るには圧倒的な力が必要だ。
強さは全てだ。十二幻将コンスと妙に馬があったのは、シンプルかつ当たり前の結論に帰結していたからだろう。
血が流れない革命は無い。強者が勝利する、これが世界の真実だ。
校舎の中に入る。田舎特有のザルさには笑うしかなかったが、各所から聞こえるガヤガヤとした声で気付く。
これは、世界の学校行事、文化祭の準備というやつか。夏休みに準備をする、というのは普通の事なのだろうか。
楽しそうな声が聞こえる。
つい先日、生徒が自殺したというのに、何とも無情である。自分に関係無い悲劇は忘れてしまう残酷。だが、それを否定する訳ではない。
自分勝手で無ければ、人間という種はここまで繁栄出来なかった筈だ。戦争等の極限状態では、相手に対話を図る甘い個体は淘汰される。結局は、自己保身に走り、行動しなかった者が生き残る。自分達が死なない為には、正義感は無用となる。
それを、分かっている訳だ。
平和な世の中でも、安寧そうに見えた残酷な無関心が当たり前になっている。潔癖では生きられないのが世界の理である。
AAは、制服の姿に変身する。こんな事は朝飯前。偽装もスパイも難なくこなす。それが私の仕事術。
「・・・んーー!?何だか不思議な気配がするなと思ったら、君は誰だい?見ない顔だネ!!」
眼鏡を掛けた男が話し掛けてきた。慇懃無礼一歩手前の、独特な話し言葉が印象に残った。
「私は、アザレアと言います。」
私は、淑女のような嫋やかさで返す。
「おっと!これは失礼!私は加賀と言いまして、この学校の次期生徒会長、元副会長の者です。初めまして、以後よろしく。」
ーーーーバレている。何者だ?
あえて、自らが偉い立場の、誰でも知っている人間なのに、わざわざ自己紹介を挟む必要があるか?同じ制服を着ているのに。
「・・・あのぉ〜」
「うん、分かった。君は『Mr.神風』こと海老原幸助の友達かネ?」
「・・・。え、えぇ・・・。」
あんな奴を友達とも呼びたくは無いのだが、やり過ごす為に頷く。
いや、待て。何でやり過ごそうとしている?すぐに殺して、この場にいる全員を養分にすればいいではないか。
話す必要なんか無い筈だ。
ーーーーしかし、こいつ、幸助の事を知っているというのか?
その副会長という立場でありながら、生徒間の虐めを黙認していたとでも?
「君の言いたい事は表情を見れば分かる。幸助、いや我が弟のような次期生徒会を担う存在を、私が何故虐めを発見出来なかったのか、と。」
いやまだ何も言ってないのに心見透かされてんだけど。え?セトラみたいに心が読めるのこいつ?それとも勘が鋭いだけ?それとも鈍いの?何なのコイツ?
「戸惑うのも無理はないさ。私はネ、大体人の表情を見れば何を考えているか推測出来る人間だ。」
「凄い技能。」
「まぁ、人の顔色を伺う事の多い人生だったからね。」
「ダサい。」
「それで何故、私が幸助ェの虐めを把握出来なかったか。それは、明確な回答が出来ない。私自身もよく分からないんだよ、これが。」
「・・・?」
「すまない。本当にすまないと思っているよ。アンハッピークソメガネと呼ばれても仕方がない。」
「どういうこと?」
「私は、校内巡回を定期的に行なっている。誰かが不当な扱いを受けていたりしていないか。問題が発生していないか、抜き打ちで行なっている。かなりの頻度でやってたつもりではいるんだが、その時に私は幸助を見た記憶が一度も無い。」
「・・・?」
「マジ美少女たる、小春氏は虐めの現場を目撃しているようだけどね。正直、問題児と呼ばれていた伊藤氏の蛮行といえど、まさか自殺に発展するとは誰も思わなかったし、気付かなかった筈だ。」
「・・・それは、どういう・・・」
「それでは、場所を変えて話そうか。君がよければ、ついてきたまえ。」
そう言って、加賀は階段を登り始めた。それにアザレアも付いていく。
西日がガラスを透けて通り、暖色の光が陽の終わりを感じさせた。校内なのに、大きなカラスの鳴き声が聞こえてくる。
カツカツと前方を進みながら、加賀は言う。
「あ〜、ここまで来ると女子の香水の匂いがしなくなって萎えるネ。」
「変態なんですか?」
「男子たるモノ、女性は好きだ。生徒会長になって、私は水泳の授業にて、女子に普段より一回りサイズの小さいスク水を着てもらう為に頑張っているのだヨ。」
「・・・素敵ですね。」
「だろう!?色んな箇所から色んなモノが溢れて欲しいィ!!男の浪漫とはそういうものではないか!とね、皆のものに伝えたい、この思い。」
「・・・あぁ、そう・・・。」
アザレアは、ひたすらにコイツやべぇと思った。自分とは別の世界に生きている生物だと思った。くだらない事の為に全力を出し切るという意味では、凄みがある。只者ではない。
こいつが何かの拍子で異世界来てたら、ヤバかったかもなぁ。なんかやらかしそうだもん。
そして、突き当たりの階段先にある扉を、加賀が開ける。
「まぁ、見てくれたまえ。これが、幸助氏が飛び降りた屋上だ。」
ーーーーその先にある景色は、やけに殺風景だった。
不自然にブルーシートが掛けられている。手すりの全てに、同じようにブルーシートが覆っている。何だこれは。
「これがこの学校の本質だ。意味が無いと思わないか?」
「・・・。」
「飛び降りない為の措置だと。なら、生徒会といえど、一介の生徒である私みたいなモノが来れるようにしてはダメだと思うんだが、その辺の融通は効かない。大人の考える事は、現状維持と楽、保身ばかりで嫌になるね、全く。」
「・・・これを見せたかったの?」
「いや、ここからが本題だ。」
加賀の声色が変わった。
加賀は、その掛かったブルーシートを剥いで見せる。そこには、べっとりと血が滲んでいた。
乾いていない血だった。まだ液体であり、酸化しかかっているのか黒ずみ始めている。
「外を巡回してる時にね、屋上から血が滴っているのに気付いたんだ。最初は文化祭準備期間中だから、絵の具か何かが落ちてきたものかと思った。で、原因を探ると、ここに辿り着いた。」
「・・・これを何故、私に見せようと?」
「最近、幸助氏の周りに妙な連中がうろついている噂がある。自殺から奇跡の生還を果たした幸助氏と、その仲間達。札幌の件といい、山手線の件といい、最近は妙な厄災が増えているだろう?君もその一派なら、この不可解な事象も知る権利があると思ったのさ。」
頭がキレている、とかのレベルではない。
一般人の何も知らない人間が導き出す答えにしては、真理を突いている。この男、アホそうに見えて、全てに疑いを持っている慧眼の持ち主なのではーーーー?
「でも、この血が何なのか、私には分からない。見るにまだ新しい鮮血だが、ここで何かがあった形跡も他に見当たらない。全てが不可解だ。最初から疑うべきだったよ、全てを。何故なら、夏休みに文化祭の準備をやるクラスは今までいなかった。」
「・・・じゃあ、今ここにいる人間は」
「ここには、私の見知った生徒は1人もいない。ここは、青柳高校のような、ナニかだよ。」
煉獄
弱者を斬り捨てるのは、あまり心地の良いものでは無い。前途ある若者ならば尚更だ。もし、そんな事をせずとも世界の均衡が保たれるのならば、それ以上に幸福な世界は存在しないだろう。
悲しみの無い世界を作りたい。もし、そんな世界を構築するならば、人々から感情を奪い拘束し、悲しいと感じる心を無くさないと意味が無い。
それだけ当たり前のモノを奪うというのは罪深く、恥ずべき行為だ。
だから、私は煉獄を名乗る。
忌むべきは己。何処にも行けない魂は、救いや赦しを拒絶する。そう、最初から赦されてはいけないし、存在する事すら罪。
それを自覚してなお、子供じみた幻想に縋るのだ。
世界は正しくあらねば、嘘である。
青柳高校にいる生徒達を殺していく。勇帝剣カオスが放つ剣圧により、簡単に校舎ごと両断し、破壊していく。その様子を見て、ラヴは笑った。
「勇者様が味方になったら、こんなにも心強いのね〜。責任押し付けるの楽そうだわ。」
絶叫と恐怖、絶望。様々な感情を表情に表してくる人間達を、無感情なままに肉塊へと変えていく。
心が痛んだ事は無い。この繰り返しに、もう慣れてしまったのだから。
「待ってもらえるか!私は話をーーー!!」
眼鏡を掛けた男が、手を上げて降伏の意を示すかのように、廊下で行手を阻む。死ぬと分かっているのに、対話を試みようとする姿は、奴を見ているようで腹が立った。
「ーーーーどけ。」インフェルノは忠告し、刃を向ける。
「私は加賀という者だ!君のした行為は許せないが、どうか私の知識欲の為に、死ぬ前に教えてくれ!!」
「・・・何だ?」
「君は、海老原幸助の友達か!?」
「違う。死ね。」
ーーーーそうして、インフェルノは加賀を斬り捨てた。筈だった。
インフェルノは、目を疑った。何が起きているのか、理解が出来なかった。
加賀という男の肉体が、斬った先から煙を上げて蒸発したのだ。




