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おはよう世界、さよなら異世界  作者: キャピキャピ次郎☆珍矛
血飛沫なる運命
87/125

第87話 無


 《感想は茶葉の一滴と共に流し込め。》


 ネメシスの脳内でその言葉が残響する。

 

 劇は終わり、周囲の観客は一瞬で消える。

 盛り上がりも何も無い、起伏も無く真実など何処にも見当たらない空虚な劇。その終焉は、舞台の下に在った過去の巫女の大口に喰われて終焉を迎えた。


 ーーーなのに、何故今、俺はカフェの中にいる?

 いつだ?いつ、空間が移動した?世界が変容した?これも《箱庭》による効力なのか?


 向かいに座る女が言う。

 「ねぇ!さっきの劇面白かったよね!」

 誰だこいつは。何故、目の前にいる女の顔がぼやけて見えない?

 「でもさー、あそこで終わるとは思わなかったよね!起承転結ならぬ、起承転起、みたいな!死ぬシーンやけにリアルだったし!」

 「でも、あれはさー。魔王って悲劇的な感じで描かれているけど、人間じゃないから憎しみないのか?って理由でプライマルを誘い込んだの、ちょっと安っぽいよね。悪役が典型的過ぎるって言うかさ。」

 「でも、独白のシーン良かったよね!おねぇさんカッコよかった!口調は荒いけど雰囲気にあってる!」

 女の喋りは止まらない。一方的なマシンガントークについていけず、ネメシスは椅子から離れようと、立とうとした。

 が、劇場の時と同じように、椅子から身体が微動だにしなかった。

 

 《感想は茶葉の一滴と共に流し込め。》


 再び、脳内で残響する。

 

 どういう事だ?まさかーーーーー






 「・・・ご馳走様。有難う、タリス。退屈につける薬は刺激しかない。私は薬になれるかなぁ・・・。」

 呑気に、小春は呟く。

 《箱庭》はもう解けていた。目の前には、意識を飛ばし、微動だに動かなくなったネメシスが立っている。

 その頭上で、隕石とセトラは拮抗していた。惑星を滅ぼしかねない隕石の勢いを、セトラは持ちうる力を使い、隕石そのものに触れて、被害を抑える為に一部ずつ粉々に爆発させ、削っていった。


 もう少しで、全ての隕石が崩れる。だが、セトラの体力がもはや限界を迎えていた。


 「《追憶詩パストリー》」


 小春は、魔装弓具を構える。

 狙うは隕石。幸助が作ったこの魔装具が煌矢に付与するのは、《必中貫通》。それに、タリスの力を乗せる為、そのスキル名を呟いた。


 「《ゼロ》」


 ーーーータリスは、このスキルを他者に使用する事が出来なかった。余りにも危険であるこの力は、神の権能を否定しかねない。


 だから、タリスは古代都市アカシクから拒絶され、対立し、かつて全盛のアカシクを半壊するまでの被害を出した。


 旧神の力さえ掌握したアカシクを、壊滅寸前まで追い詰めたのだ。その鬼神の如き強さと、力の絶対性は、封印という形を取る事でタリスを縛ったのだ。力を消滅させる事は出来なかった。


 そして、《ゼロ》は、自らにしか使えない代物となった。他者を傷つける本能を奪われ、その半身を切り離されたのだ。そのように存在を切り分けられた。だから、タリスはその力を持ちながらも、その力を使う事は出来なかった。

 

 ーーーーだが、過去の巫女はその力の全てを使用する事が出来る。かつての厄災の搾りカスであるタリスの力を受け継ぎ、かつての力の再現。


 死により完成した物語に自己投影する巫女メアリースー。そして、物語そのものを取り込み、力を取り込む。一度取り込んだ《事実》さえ存在すれば、時間を巻き戻されようとも、際限無く使用出来る。

 無限にも及ぶ手数を生み出し、状況に適応したスキルを獲得し、擬似的な不死さえも可能にした怪物。


 それが、英雄マキアの名を冠された存在、過去の巫女である。


 煌矢に闇が重なる。波打つ様に流動的な闇は、魔力による拡張と圧縮を繰り返し、やがて光に影を生み出すかの様に、矢先に一点集中する。


 「《返報性暴食アンチバース》」


 光を喰らう闇の切先に込められた畏怖の衝撃は、隕石に衝突すると同時に、弾ける様に莫大な闇を生み出した。


 セトラはあまりの異質さに隕石から離れた。

 今まで感じた事の無い恐怖を覚えた。死の恐怖は快楽で乗り越えられる。だが、死の先にある何も無い余白の無い世界を感じて、己の魂さえも消されてしまうのでは無いかという、根源的な恐怖がそこにはあった。

 

 表層を包み込むように侵食する黒。無限に広がりゆく影は、かの厄災レギオン・ホワイリィを彷彿とさせる。

 

 だが、それは影なんて生優しいものでは無い事を、セトラは理解していた。

 

 あれは、無だ。


 何も無いという概念を司る流動。

 この世に蔓延る造物をゼロへ還す、究極の破壊。

 在る筈の実在を反転させ、虚無へと転換し否定する。


 それは、常に当たり前に存在しながら、忌避し恐怖され続ける死の概念そのものである。


 闇は隕石を全て呑み込み、煌矢の眩い光によって中和され、闇と共に消滅する。その消滅は、余りにも一瞬の出来事だった。

 

 「ゼローーーー」


 魔装具弓を収納形態に変えながら、その右手で、何も動かなくなったネメシスに触れる。

 

 「厄神法壊プル・ザ・カルマ


 世界に、目に見えて亀裂が走る。バラバラに風景は崩れ、砕けていく。


 そのスキル開放を唱えた瞬間、世界そのものーーーー周囲の空間は崩壊した。


 



 

 「ーーー!?こんなのアリかよォッ!!」


 セトラは驚いた。その現象にでは無い。過去の巫女としての力が、余りにも理不尽で圧倒的である事に。

 ネメシスの時間再生セーブアンドロード。その現象はまさに《箱庭》によるものだろうとは勘付いていた。だが、どうにも突破法なんて思い当たらなかった。


 何故なら、旧神の力を有していたブラッドの《箱庭》は、世界そのものが領域となっていた。まさに現実改変を齎す程の力であり、世界を塗り替える概念そのものだった。

 対抗手段なんて無いに等しい。《箱庭》は、強き《箱庭》に押し潰される。それとタメを張れるのは幸助の《箱庭》くらいである。しかも、今回の《箱庭》は、《箱庭》による打ち消し作用すら通じない。世界そのものを起点としている為、範囲が広過ぎるのだ。


 だが、小春は、それも単純なスキルで打ち破った。これは、あり得ない事なのだ。

 あまりにも高度な才能。力。

 完璧と呼ぶに相応しい怪物だ。


 やはり、過去の巫女の伝承は本当だったのか。逆に、嘘偽り無い伝承だとすれば、今の力は納得がいく。個人が持つ力にしては凶悪過ぎる。

 それと対を為すとされ続けたアイナ姫はなんて可哀想な存在なのだろうか、と同情さえした。同じ巫女でも、スペックが違い過ぎて哀れだ。



 「《感想は茶葉の一滴と共に流し込め。そして、永遠とわ永久とわに一生を溜飲し、停滞を重ねたサーカスの懷出を回想せよ。1秒が100万年に感じる程の恍惚を。それに連なる甘美で緩慢な死を。独律に彩られる事の無い再演の日々を。消化し尽くし鉛へ還る。行き場を失った超質量。詰め込んだ夢と涙、烙印の彼方へ。》」

 

 小春はネメシスに触れながら、そう唱える。その詠唱が何を意味しているのか理解が出来なかったが、聞いた事も見た事も無いスキル構築の論理展開は、異質を極めていた。


 「ネメシス、君は5億年続く恐怖に耐えられるかな?」


 小春は満足げにしながら、手の平で魔力を練り上げて創り出したナイフをネメシスの心臓へと、ゆっくりと突き立て、ゆっくりと、ゆっくりと、刺していった。

 そして、静かに引き抜き、清流のような朱が流れていく。


 「セトラ。終わったよ。」

 「・・・何がどうなってやがる。」

 「私の力は、過去の英雄達の力を引き出し行使する。その過程で、当人その人のじんせいを一瞬の内に見せるから、時間の間隔が狂ってしまう。極限にまで引き伸ばされた感覚を生きるのに耐えられる精神は存在しない。」

 「・・・わかんねぇ。」

 「集中し過ぎてスローモーションに見える感覚あるじゃない?」

 「あー、ゾーン。」

 「それの更に濃度が濃い状態がずっと続くみたいな事。もし彼が人間なら耐えられないと思うよ。」

 「・・・。」

 「ごめん。一緒に戦ってきた仲間だもんね。でもーーーーー」

 


 「5億年、待ったぜ。」



 ネメシスは意識を取り戻し、胸から血を溢れされながら、小春を蹴り上げる。その動きを予期していたかのように、小春は右腕を《硬化》させ、受け止める。


 「ーーーーほら?やっぱりセーブなんて舐めプしてた。」小春は口元を歪ませながら、嗤う。

 「何の話だ?」ネメシスは不敵な笑みを浮かべる。 

 「レベル上げのつもり?」

 小春は黒騎士の装甲に《ゼロ》を纏い、全方位に向けて触手のように伸ばし、蹂躙する。触れた箇所から削られ、何も無かったように闇へと消えていく。

 「レベルカンストしてる奴に言われたくないねぇ。現に今、触れても認知の改竄すら効いてないじゃないか。」

 ネメシスは、何処からともなく空間から取り出した魔神剣を振るう。剣先に纏う煌めいた光線が鎧を貫き、小春の腹部を裂いた。

 勢い良く内臓が飛び出すが、小春は顔色一つ変えずに掌にナイフを複数精製し、《ゼロ》を纏わせて爪で引っ掻くようにネメシスを切り裂いていく。

 「知れた事を。本当の目的は何?」

 「俺は魔眼王様の幸せしか祈っちゃいねぇよ。」

 「・・・本気で言ってるの?5億年待ってまだそんな言葉がーーーー」

 

 「《星滅ロストスタァ》」


 ーーー突如として地面に胎動し、轟音と共に裂けていく。地流が液体のように変化し、ボコボコと暴力的な赤が溢れ出る。


 マグマである。岩をも溶かす星の血液。

 胎動と振動を繰り返し、マグマが多量に噴出し龍の形を作る。意志を持ったように動き出し、小春へ向かって突進する。


 小春は天高く人差し指を突き上げ、唱えた。


 「《ゼロ反暴食アンチリバース》」


 ーーー空に闇の天蓋が開くと、突如として、天空に消えた筈の再び隕石が現れる。


 小春は、腕を天に掲げたまま、大きな円を小さく丸めるような動きをしていく。空気そのものを圧縮するフリをして、笑いながら唱える。


 「《畏怖満ちて蒼天を握れ、掌界圧縮プレスハンド》」


 空に佇むように堕ちていく隕石が圧縮され、折り畳まれていく。見えざる巨大な掌が隕石そのものを圧縮し、歪めていく。


 《掌界圧縮プレスハンド》は、ネメシスを2回目に殺した際、発現した力である。視界に映るモノならば、その手で全てを圧縮し歪めてしまう。

 一般的なスキルと同様、魔力量の多い相手には、魔力の反発により無効化される場合もあるが、耐性が多少強い程度では一方的に身体を削り取り、折り曲げて悲惨な最期を迎える。

 そして、実際に掌で触れてしまえば、魔力耐性・硬度関係無く全てのものを破壊する。小春は、《箱庭》作用により動けなくなったネメシスの頭ごと握り潰し殺す事に成功している。


 その力を、遠隔で作用させつつ隕石に適用する。

 極端に圧縮し、超密度の隕石を作り出した。自由落下による速度と、圧縮された故の質量により、龍の形をしたマグマもろともネメシスへ直撃させ、海を割る。


 天高く突き上げられる水流の柱とマグマが合わさり、岩となり降り注いでいく。止むことの無い地響きと岩の雨。地球を破壊しかねない程の行為の数々。


 ーーーそして、隕石をぶつけられたネメシスが海の中から空を駆けるように現れる。獣のような姿が綻びを見せ、身体の所々にヒビが入っている。神の衣を羽織ったマントは穴が開き、ボロボロに朽ちていた。


 「・・・はぁ、はぁ・・・。これで更に不死身か。流石はアカシクの最高傑作と評された怪物。」


 ネメシスは虫の息となっていた。

 もはや油断も驕りも許されない。

 胸についた傷は、更に勢いよく血を流している。まともに機能しない心臓を引きずって戦うにしては、相手の能力が強過ぎていた。

 現に、小春が先程負った腹の傷は完治しており、魔力を消費している素振りすら見せていない。

 

 「これ以上は不毛じゃない?お互いに。」


 小春は限界を迎えていた。

 魔力は無限にある訳では無い。不死の紋章は、存在するだけで多量の魔力消費を伴う諸刃の剣。


 小春が《箱庭》展開後、連続でスキルを行使出来ていたのは、セトラの戦闘によるものが大きい。


 マキアは、その余りある弱点を補う為、魔力操作に関しての技能を極めていた。それは、異世界ベータにおいても失われた力の一つ。烙印を極める者ならば、辿り着く究極の地点。


 それは、周囲に散る魔力の支配。

 《箱庭》の領域を設定する要領で、自らの身体を支点とした半径範囲の魔力残滓を集結させ、自らの力として行使する烙印の使い手。


 ーーーー《破練師スランバー》。


 セトラの膨大な魔力から放たれた《爆撃エリミネイト》による残滓が消えかけていた。


 度重なる慣れない力の行使。戦闘センスで補うには強大過ぎる相手との連戦。実際、小春は現在の状況をまともに把握していない状態で戦っている。

 過去の自分、マキアに全てを任せている状況だ。


 「でも楽しいぜ過去の巫女。セトラといい、お前といい。予想外な力だ。」ネメシスは嗤う。

 「じゃあ、何故まだ力を隠す?」小春は既に理解していた。ネメシスは、まだ何かを隠している。

 「やる気がねぇんだよ。元々、俺は殺し合いに向いてない。」

 「聖杯探索で多数の人間を殺した。今更、そんな言葉信じられるか。」

 「まぁ、そうだろうな。」

 「一つ訊いてもいい?東京で何が起きている?山手線の神隠し事件と何か関係があるの?」

 「俺は散々打診したんだぜ、魔眼王様に。聖杯なんざ願いを叶えても望みは叶わない代物だって。大体、人の死が聖杯を満たす条件だなんて、曲がりなりにも元勇者的には勧められたもんじゃ無い。だが俺達には、手段が残されていないんだよ。」



 「ーーーーあーーーーー。」



 戦いを見守っていたセトラは、この瞬間に、気付いた。いや、気付いてしまった。

 それは、余りにもタイミングが悪過ぎた。


 幸助の母親に渡していた御守りの封が解かれたのだ。


 それが何を意味するのか。


 セトラは、嫌な予感しかしなかった。


 「ーーー小春ッ!!急いで帰るぞ!!!ヒタに戻るんだ!!」

 「ーーーごめん、セトラ。私は、今の私に出来る事をやってくる。」

 「何言ってんだ、一緒に行くんだよ!!」

 「ーーーすぐにでも聖杯を壊さなきゃ。私は東京に向かうよ。それに、セトラがいれば大丈夫じゃない?」

 「ーーーー分かった。そうだな、幸助がどうなってるか分からない。別々に行動した方がいいかもしれないが、私が東京に行った方がーーー」

 「ーーーーやめてよ。」


 小春の言葉は、震えていた。

 現実を直視したく無いのだろう。仮とは言え、自分を育ててくれた両親もいる。友達もいる。思い出もある。

 そんな故郷が蹂躙されている様を見るのは、少女の心が耐えられるかは分からない。


 それに、優先すべき事象もある。

 

 「ーーー分かったよ。おいネメシス、勝負はお預けだ。やる気ねぇんなら邪魔するなよ?」

 「無粋な真似はしない。私はここを守れたらそれでいい。」ネメシスは続けて言う。

 「次はコースケを連れて来い。」


 「言われなくてもまた来るわボケ!!」


 セトラは、ヒタに向かって飛び立った。

 小春は、《ゼロ》を纏い推進し、空を駆けつつ東京を目指す。

 

 決着は付かなかった。

 だがあのまま殺し合っていたら、おそらくネメシスに敗けていた。そう思わせる何かが、奴にはあった。


 何も無くなった海の上で、ネメシスは嗤う。

 《元に戻れ》そう詠唱した瞬間、古代都市アカシクの漂流島は元の姿に戻っていた。


 その空間に浮かぶ扉の奥には、魔眼王が坐して待っている。

 來るべき時が来るのを。


 「ーーーお前でもいいんだがな。私を殺せるのならな。」

 魔眼王は扉の奥で嗤う。ネメシスは扉越しに、意思を確認するように言い放った。

 「出来たらとうにそうしてる。」

次回から章が変わります。よろしくお願いします。

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