第86話 悪食舞台
過去の巫女からの、観劇中の注意説明が始まった。
「あー、あー、テス、テス。いいから強制的に座して待て愚民共。劇中のお喋りは許されません。黙って楽しい悲劇を喜んで鑑賞して下さい。ボケが。死ねカス。部屋の隅でうずくまって息吸うくらい窮屈な思いを胸に秘め、決してSNSに垂れ流すでも無く、変わらず薄暗い景色のまま死ねばいい愚民共。」
荒々しいアナウンスが爆音で響く。
それとは対照的に、緩いメルヘンな音楽がBGMに鳴っている。今にも子供達の一生懸命声を出すだけの歌声が聞こえてきそうな幼稚さだ。
ネメシスは、椅子に拘束され、声を上げる事すらままならない状況に陥っていた。この《箱庭》では、魔法・スキルといった類の、魔力を介した技は全て概念的に禁止されている。しかも、拘束する椅子は、ネメシスの膂力を持ってきてもびくともしない。
ここは、そういう場なのだ。
《箱庭》は領域内にルールを強制する。だが、これは極めて自由を縛るルールなので、それだけ制約が大きいのは確かだった。
この《箱庭》内で殺されるような事は無い。自由を奪う代償は、他人に殺意を向けられないという事だ。
ただし、この《箱庭》に限っては、そんなものは些末な代償である。そもそも、殺す気なんか無い。ここは、小さな世界そのものである。
「僕が主役なのに縛られちゃったよぉ〜。動けねぇ〜!あ、でもなんか僕は喋れるね!」
ネメシスの横で、タリスが椅子に雁字搦めに拘束されながら、嬉々として喋っている。
「(・・・タリス!?混迷幻魔アリス・メティックか!?お前は消えた筈じゃ)」ネメシスは目を疑った。あのタリスが横で雁字搦めに拘束され、それでも平然と何処から出したか分からないコーラをストローで喉に流し込んでいたのだ。
「久しぶり、ブラッド。いや、初めまして、ネメシス。お久初め。げぇぇぇぇっぷ。」
「(・・・何だ、なぜタリスがここにーーーー)」
「何故って、僕は不平等に平等なのさ。楽しそうだから、彼女に力を貸すよ。」
「(・・・・・・。)」
「あ、そうそう。さっきから何度も殺されてたのは贖罪かい?全く懲りないねぇ君も。まーた性病貰っちゃうよ?さ、始まるよ。問題児のしょうもない人生がね。」
ーーーそして、舞台は暗転と明転を繰り返し、突如としてタリスを模したような絡繰仕掛けの人形が現れる。何処から操っているのか、その人形は舞台の闇深き天井から吊り下げられる形で動いている。
「やぁ!僕はタリス!両親はいないよ!みーんな戦争で死んじゃった!」
人形は、タリスと殆ど同じような声質で喋った。快活にそう言い放つ人形の姿は、痛々しさがあった。
「でも!僕に両親なんていなかった。なーんて言ったら意味分かんないよね!よね!!でも、それも僕の事実。僕の存在は、誰にも決められないんだ!」
ネメシスからすれば、意味が分からなかった。確かに、アリスは昔から意味の分からない存在だった。それが最後まで変わる事が無かった。結局、正体は分からず終わってしまった。おそらく、その正体は幸助しか知らない。
でも、この支離滅裂さはまさにタリスの真骨頂だった。常に余計で、場を掻き乱すトリックスターに相応しい経歴だ。
この《箱庭》は、真実しか映さない。その者の人生を投影して物語を形成するからだ。
だから、人形のタリスが言っている事は、紛れも無く真実なのだ。
その真実で経歴すら訳分からなくなるのだから、タチが悪い。
「だから僕はある日、気まぐれで神様になった。誰だか知らない他人の願いなんて叶えないけど、僕を信仰する人達は急激に増えた。」
ーーーそして、BGMが流れ始めた。
ドンラッタ!ドンラッタ!と、語部の声に集中する為の付属的な音楽だ。ミュージカル調で楽しげに、人形は踊り出す。
つまらない。何故こんなのに付き合わなければいけないんだ。退屈極まりない支離滅裂な幼稚さだ。
もう一つの人形が天の闇から堕ちるように現れた。その人物を、人形だけでも判別が出来た。
それは、異世界出身ならよく知る人物だった。魔王である。
「・・・お前が、《プライマル》。」
タリスは、その名を呼ばれて反応した。偉そうな椅子に座り、権威を示すかのように頬杖をついて魔王に応える。
「そーだよー。君、新しい魔王なんだって?あ、世界の半分くれたら仲間になってあげるよ!」
「・・・ふふっ。それは困るな。私の理想は支配では無い。平和的な理解だ。」
「それはそれは、高尚な理想だね。僕は皆の為とか言いながら、自分勝手な奴が好きだ。君はどっちかな?」
「今までの私の経歴を見れば明らかだ。」
「君はほんとにエゴイストだよね〜。ありきたりな経歴とも取れるけど、その神槍に選ばれているのはちょっといただけないかな。情けないと思って欲しいよ。恥じて欲しい。どうせ、その槍があるから僕を説得出来るとでも思ったんだろう?それは正解だよ。僕の機嫌を取るには最悪な程にうってつけだよ。あ〜あ、面倒だなぁ。」
そう言って、人形は戯け始める。
祈りのように、凪のように、歌う事が自然的な営みだと言わんばかりの道楽が始まる。
「《逆様。雄弁につき天へ堕ちる
万物は常に反鉾へ穿たれる
天邪鬼に放たれた蒼き魂は
祝福の願望を神擬きに晒し
無情なる世を地獄に変える》」
「《勇気を知らぬ善なる者に
与えるものは何も無い
齎す力は何も無い
ならば共にいる事で
それはおそらく果たされる》」
鳴り止む事のない楽しげな音楽と、音に合わせわざとらしく動く背景。人形・小道具・背景その全てを大袈裟に動かして表現する。
そして、舞台は暗転する。
ーーー次の場面が展開されるのに、1秒も掛からなかった。舞台も状況も音楽も全てが一瞬にして変わった。《箱庭》ならではの一般的な法則性を否定した無茶苦茶さだ。
そこは既に惨状と化していた。
血と肉と骨、身体の欠片が人形とは思えない程、精巧に造られており、それらが無造作かつバラバラに配置され、母を呼ぶ子供の声が残響し、闇の天蓋からは血飛沫が飛び散り、爆発音に紛れて目玉や手足、臓物が雨のように降り注ぐ。
そんな地獄を堂々と、魔王と《プライマル》は歩いていく。
「・・・酷いな。」魔王は呟く。
「いやいや、君達がやったんでしょ?」《プライマル》は肉を踏み潰し、戯けながら訊く。
「こんな野蛮行為はしない。前も言ったが、魔王軍の侵攻と称して宗教国家や小国が進軍なんてのはよくある事だ。」
「それは詭弁だね。君は充分邪悪だよ。」
《プライマル》は呆れたようにため息をついた。
「詭弁なものか。」
「そうだね。それもそうかも。本気でそう正しいと思っているなら、詭弁では無いね。僕達の足元に地獄が広がろうと、相互理解、平和の為なら仕方ないよねー。」
「・・・なぁ、アリス。」
「何だい?魔王様。」
「君はどちらかと言えば、魔族に近い。」
「そうだね。僕個人は人間寄りだとも思ってるけど。」
「人間の・・・アカシクに対する憎しみは無いのか?」
「まぁ、あるっちゃあ、あるし、無いっちゃあ、無い。」
「そう言うと思った。だが、君の半身は、奴等に破壊されたようなものじゃないか。」
「そうだね。それが正解だよ。」
「何故そう思える?」
「僕は絵の具を足せばすぐに染まる透明な水。悪意を足せば取り返しがつかなくなる。なら、水を満たす器に穴が空いていた方が、世界にとって都合が良い。」
「自己を顧み、反省する程に殺し尽くしたという訳か。」
「そうだね。それが正しいって思ってたからね。君は昔の僕を見ているかのようで、見ていて退屈はしないよ。それ以上の逸材が現れたら乗り換えるけどね!」
「その時が来たら、命運が尽きたとでも思っておくとしよう。いい目安になる。もっと、仲間が必要だ。」
「利用価値のある仲間がね。」
ーーーー凄惨な舞台上に、まるで似つかわしくない小さな人形達が四方から現れる。天から吊るされた糸は、運命を示唆するように須く絡まり、自在に解けては繊細なまでの操作で人形を動かしていく。
天の闇から、地獄に垂らすように絡まり続ける蜘蛛の糸。
「《日和見主義は何処にやら
今日も明日も変わらぬ日々
暴力こそが世界を変える
赤に染め上げろ
照らせ 照らせ
軍靴を鳴らし染め上げろ
我が理想の為に死んでくれ
力こそがこの世の全て》」
「《秋、満ちて
流転する歳月は空を切る
廻天する鷹揚の日々
冬、來て
幻想を逐う王の器に
我は蒸発する雪を詰めた》」
詩を歌う人形。明るく楽しい未来を告げるような、希望に満ちた音楽。突然闇を裂く照明が、タリスの生写しにスポットを当てる。
ーーーバン。
その照明が焚かれた瞬間、蜘蛛の糸のようなものに垂らされた人形が一斉に糸に引っ張られ、解体される。
迫り来る死に恐怖するような、悲鳴が大音量で鳴り響く。
人形に似合わない血と臓物が溢れ、飛び散った舞台上で、アリスの独唱が始まる。
「懐古主義の時代錯誤の爺婆共と、何も反省する事無く繁栄と戦争を続ける人間共!虐げられるもその理由を省みず、暴力による解決方法しか見出せない本能の獣《魔族》!社会性の欠如と齟齬!生物としての機能の差!個体数!思想!
終わりのない争いは尽きる事無く、その間にも古代都市アカシクは着々と準備を進めていた。滅びた文明が最後に残した最悪。それが来るのを、僕は待つ事にしたーーー。」
そして、暗転し、時は過ぎる。
舞台が明転すると、そこには人形だけでも分かる姿があった。
半吸血鬼、コースケである。
アリスは、戦場で彼を見つけてしまった。
傷だらけで、自傷する事を厭わず、吸血鬼の欠点を超越した、常軌を逸している回復魔法。
とにかく、アリスの目には、不自然に映った。
何なんだ、こいつは。明らかに常人の精神では無い。吸血鬼というだけでも珍しいのは確かだが、それ以上に、彼の存在は強烈だった。恐らく、吸血鬼であるとか関係無く、人間のままでも同じように感じただろう。
特段強い訳では無い。寧ろ、吸血鬼である事の利点を活かす事もせず、殆ど人間そのものに近い彼は、観察すればする程、異常性を感じた。
間違い無くこの世界の人間では無い。そもそも、人間かこいつはーー?
ーーーー面白いね。幸助か。いい名前じゃないか。
アリスは、衛生兵として活躍している彼に近付く為に、自らの右腕を切り落とし、近付いた。
魔に近い自らの存在に対し、人間側に属する彼がどう振る舞うのか、知りたくなったのだ。
アリスは、幸助に言う。
「・・・僕は・・・」
苦しそうに演技をしながら、壁にもたれかかり、アピールをする。
「大丈夫ですか!?獣人族の方ですかね、すぐにーーー」幸助は肩を布で縛り、アリスの止血を始める。
「警戒しないんだね。獣人族の中でも、魔族とされる者はいるのに。」
「苦しんでる人に、今その話は関係ありますか?」
「・・・治したら、君を殺すかもしれない。」
「いいですよ。」
「・・・何で、いいんだ?」
「じゃなきゃここにいませんよ。」
アリスは思った。
無機質だ。
皆、君みたいな気持ちでいる訳じゃ無いんだよ。それは、優しさとか、そういうものの度を越えている。ハッキリ言って馬鹿だ。善意でも無いものを自分の中で正当化する手段を持つ怪物だ。
ーーーーまずいなぁ。気持ちが引っ張られていっちゃうよ。
魔王様より、危険な香りがするなぁ、こいつ。
気がつくと、アリスの腕は治っていた。傷の跡もなく、まるで最初からそこにあったかのように、再生を果たしていた。
「ほら、治りましたよ。」
血のついた布を取り、幸助は走り出す。次の負傷者の元へ向かっていく。
「じゃーねー、幸助君!また会おう!」
アリスはそう大声で言い、手を振り、消えた。幸助がその声に振り向いた頃には、誰もいなくなっていた。
「あれ?・・・名前教えたっけ。」
先程タリスの肩を縛っていた肩には、べっとりとした血が付いている。
幸助は、それを絞り、落ちてきた血を僅かに啜ると、次の現場に向かった。
その血は、今まで飲んで来た血より、格段に美味かった。
「幸助この時に僕の血を舐めてたのか・・・!!抜け目のない奴だなぁ!!そんで美味いのかよ僕の血!!!あー、興奮するぅ〜!」
横で身を悶えながら、はしゃぐタリスを見て、ネメシスは、コイツマジで馬鹿なんじゃないかとしか思えなかった。
そして、人形は動きを止め、過去の巫女によるナレーションが響き渡る。
「これはまさに、運命の出会いでした。半吸血鬼と正体のよく分からない神擬きは、神擬きの方が事あるごとに半吸血鬼へアプローチをかけ、時には味方面、時には何考えているのか分からないキャラを演じ、対話回数を重ねて、戦略的な単純接触効果を活用し、相手の印象に残ろうとしました。」
「(いや結婚式のナレーションじゃねぇんだからって言おうとしたけど、なんか色々ぶちまけてんなこいつ。)」ネメシスは心の中で呆れる。
「新婦の方からの一目惚れですね。はい。」
「(新婦って言っちゃってるじゃん。んで新婦って誰だよ、横のこいつか?)」
「ですが新郎の方はお相手がいるようで。中学時代に不良から救った可愛いか弱い女の子がいましたので、断り続けてたようですね。」
「(サラっと歴史改変しやがったこいつ。吸血鬼が生きてたら殺されてんなあの娘。)」
「しかし、そんな2人の運命は、思わぬ方向へと転がります。
歴史に新しい、古城アルカンタ合戦の前哨戦とも言うべき戦いがありました。しかし、前哨戦というには、余りにも被害が大きく、世界滅亡の危機にまで至ったのですがーーーー
その危機を止める為、幸助君は・・・うっ・・・うぐぅっ・・・ひっく・・・。」
ナレーションが無くなよ。ていうかテメーの《箱庭》だろ。情緒どうなってんだよ。
ネメシスの毒は止まらなかった。
この劇無茶苦茶過ぎる。
「そこで、タリスが取った行動はーーーーー」
「ごめんね。ここまでのようだ。ブラッド、フォーチュン。がんばってね。」
横でタリスが、黒騎士の装甲に串刺しにされていた。血を吐き出して、ガクガクと震えている。そして、タリスは天から伸びる糸に巻かれ、闇の中へ消えていった。
「ここから先は、私には分かりません。ただ、幸助君を助けたのは確かです。タリスは、彼の力となる事を決意し実行しました。何も為せない彼が、全てを犠牲にしてでも、幸助君を助けた。純粋な思惑では無いのかもしれません。ですが、彼はそうした。」
「その栄誉に讃えて拍手を。誰かの為に死ぬという言葉は非常に軽々しく無責任なものです。でもそれを実行出来る者は限りなく少ない。」
人形は動かない。ただ、ナレーションだけが何処からともなく響き渡る。
そして、舞台上に、天井から吊り下がる形で血塗れのタリスが現れる。そして、アリスとして振る舞っていた人形は、生身のタリスと入れ替わる形になった。
眠気を誘う音楽が、事態の急変と合致せず違和感の塊となっていた。
「終劇は拍手で終わりましょう。そして、人の終わりは見せない方が良いのです。それで、彼の人生が分からずとも。末路を描かない方が、人は映えて死ねるのですから。」
「さぁ、突然の終わりですが、最期に相応しい幕切れとしましょう。幸い当人はここにいる。と言っても、過去から引っ張り出してきた死人ですけど、その最期が私によって上書きされるのは幸福じゃないですか。」
「過去を改変する事もなく、死者に2度目の生と死を。人生を生写した劇に相当するような快楽と堕落を。大義の為に終わりを迎えた英雄を讃えて、更なる無残な終幕を。死人に口無し、生人に罪有り。感想は茶葉の一滴と共に流し込め。」
それが、既に詠唱であると気付くのに、ネメシスは理解が遅過ぎた。
《活劇呑中これにて終幕。我、大地にて全てを見渡すモノ。そして、万象尽き足りず、全てを喰らう悪食ナリ。》
ーーーーこの最期だけは、何度見ても異質だ。ネメシスは、その一部始終を眺めるしかない。
舞台は、彼女の口そのものだった。
最初から、この《箱庭》は、彼女そのものであったのだ。大口を開いた上に、舞台が作られていたのだ。
不細工な程に拡大された口を、ゆっくり、ゆっくりと閉じていく。それは、幕が閉まるように、ゆっくりと、対象者を舞台と人形ごと、呑み込んでいく。
かつての問題児が呑み込まれていく様を、ネメシスは眺めるしか無かった。
「・・・はやく、君も夢から醒めなよ、ブラッド。」
タリスは、最期にそう言い遺し、《箱庭》の中に取り込まれた。
久しぶりにブクマお願いしますって、言わせて下さい。
《解説》
タリス・・・魔王軍十二幻将・混迷幻魔アリス・メティックの呼び名。名付けた奴は幸助。殺されても死なない、何処からともなく現れる、かつては神様を気取っていた存在。魔王軍と人間側の二重スパイをしても平然としていたトリックスター。だが、全然強くもない。すぐに死ぬ。そして何故か生き返るという、よく分からない存在。最期は幸助を助けて消滅。
活劇呑中・・・現状最も異質な箱庭。完全閉塞型で、対象者を縛り上げ、劇を見せる。脱出は不可能。発動には魔法と同じように詠唱が必要だが、暴走状態ならば詠唱無しで可能。その場合、完全にメチャクチャな劇となり、何やってるのか分からなくなる。だが、進行はするしその後にちゃんとした効果を得られるので、ある意味最も恐ろしい《箱庭》である。
対象者を召喚し、呑み込むまでがこの《箱庭》の儀式そのものである。この《箱庭》のせいで、マキアは過去の巫女に相応しいとして選ばれた。




