第85話 活劇呑中
お互いの身体を穿ち合う。肉を散らし、骨を砕き、脳が快楽で焼き付いていく。
偽物の身体を散らす龍王と、次第に削られていく魔神。数の利と個の極みが均衡し、互角と言える戦いだった。偽物ならば、認知は消されない。セトラは触れる事が容易であり、セトラが触れる=身体が過半削れる損傷を意味している。
対して、魔神は単純な質量の暴力でセトラの大群に対抗していた。無限に増殖する魔剣を用いて天すら焦がすような熱量を放っていた。
ーーーああ、楽しいなぁ。
魔神ネメシスは嗤う。自分はセトラより圧倒的に強いと思っていた。それは生まれながらにして最強だったからだ。聖杯探索であっても、負ける事は一度たりとも無かった。
なのに、今日は過去の巫女を防いだ上で2回も殺されている。以前の自分ーーー時間に干渉する力を持たない自分なら、殺されて終わりだった。負けは死だった。最期まで負ける事なんて無かったのに。
何だよ。混ぜ物の宵撃龍コンフリクトなんかより、セトラのままでよっぽど強いじゃないか。何なんだこいつは。一体だけでもとんでもなく強いのに、それが増殖するなんて、ラスボス張れるスペックじゃないか。いつ魔力が尽きるんだ。限界なんて無いのか?
ーーーーいやー、楽しいなぁ・・・。
ーーーー挑戦者側に立つのは、こんなに楽しいのか。こんな理不尽極まりない相手を倒す為に、現状の自分で攻略するには、こんなにも頭を使い悩む事になるのか。何もかも上手くいかない。でも、それが嬉しい。
「ブラッドーーーいや、ネメシス」
一体のセトラが魔弾を込めながら言う。それを向かい打ついた為に、空中の魔剣を射出し、《硬化》した身体を身体を貫いた。
その後ろから、死んだセトラの途中まで込めていた魔弾を引き継ぎ、また新たなセトラが現れる。
「前より弱くなってないか?」
セトラが圧縮を繰り返した純粋な魔弾を放つ。《爆撃》を付加しない事で、ただ貫く為に練り上げられた魔力の結晶は、白き獣と化した魔神の腹部を貫く。
そして、そのセトラは体勢を立て直し、ネメシスから距離を取り、助走をつけて《神脚》で速度を増した蹴りを浴びせる。
《星誕》を繰り出す暇も無く、ネメシスは地面に叩き落とされ、激突しめり込んだ。
「ゥグハァッ!!!」
空にいる夥しい程のセトラが、更なる魔弾を錬成する。と同時に、蹴った箇所である後頭部を《爆弾》に変え、起爆した瞬間に大量の弾幕を浴びせていく。
身体が貫通していく。白き獣の姿はいつの間にか解除され、ネメシスは島ごと全てを破壊されながら、ため息をついて目を瞑った。
ーーーーまたやり直しか。
回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回回
「ーーーー何したか知らねぇけど、そんなに余裕綽々でいられるとムカつくな!」
セトラは、スキル《神脚》を発動させつつ、脚元を小さく《爆撃》により爆発・加速して、一瞬で音速を遥かに越える速度を出しながら、手の平で魔弾を生成した。
「《爆撃・集束魔弾》ーーー!!」
「《魔神威・狼王無尽》ーーー」
セトラが至高なる魔弾を練り上げる最中、ネメシスは一瞬で10体の自律型魔生物を顕現させる。
それは、魔弾に生を吹き込んだモノ。
狼という神獣を出現させ、セトラの魔弾と相殺する。
「んだよその技ァ!!」セトラは記憶に無い未知の技に苛つく。
「隙だらけだ。」一瞬の内に《星誕》でセトラの元へ瞬間移動し切り掛かるが、《予測》されており《硬化》された身体には、切り傷一つもつけられない。
連続で《星誕》を発動し、連撃を重ねながら、ネメシスは唱える。
「《流星》ーーー」
「私に触れなくていいのかァ!?消せるんだろお前!!」セトラが《硬化》した腕を振りかぶり、目にも止まらぬ速さで殴打を重ねていく。
「偽物を消して何になる。」ネメシスは、魔剣で受け流す。
「看破済みかよブラッドォ!!・・・あれ、なんか、前もこんな会話したか・・?」
「・・・!!気のせいだ。」
「今、ブレたぜ。」
「は?」
「心が丸見えだ。そうかーーーこれを突破するには、小春がキーか!!」
ニヤリと笑うと、セトラは自身を《爆撃》し、起爆した。全てを消滅しかねない爆発の中、ネメシスは即座に防御壁を張り、受け止める。
ーーーが、先程の爆発と明らかに違うのは、その黒煙の量にあった。視界を塞ぐ煙が余りにも多い。まるで、《神隠》を使わせないようにしているとしかーーーーー
それは無駄だ。
「《吹き荒れよ、八裂竜巻陣》」
圧縮詠唱と共に、最上級の風魔法を自身の周りに掛ける。澱む大気を一新するかのように、ハリケーンそのものが魔神を覆い尽くし、煙を一瞬で晴らした。
ーーーーだが、もう既に遅かった。
黒騎士が展開する《箱庭》の射程に入り込んでいた。
身体の動きが、遅くなる。黒騎士が近付く度に停滞していく。視界に収めても、もはや意味は無い。《神隠》は、そんなに万能なスキルでは無い。
この《箱庭》に殺されるのは3度目になる・・・。
筈だった。
「ーーーネメシス。お前から読み取った記憶はそれだけじゃない。お前、マキアの使う《箱庭》に殺されたんだろう?」
セトラはその《箱庭》の中へと入る。しかし、黒騎士はセトラを効果対象から外しており、セトラは動きを停滞させる事無く黒騎士は近づいて行った。
もうここまで過去の巫女が《箱庭》の緻密な制御が出来るのは、天才の所業としか言えなかった。無造作に影響を及ぼす《箱庭》にとって、あえて効果の対象からズラすというのは、とてつもなく難易度の高い技術なのだ。
セトラは続ける。
「しかもお前は、それを危険視している。何故なら、その《箱庭》は、今の状況全てをひっくり返す力があるからだ。」
「マキアが過去の巫女として祭り上げられた理由は、単純に世界の脅威そのものだったからだ。その力は、世界を滅ぼしかねない厄災になり得る。」
「私は人の記憶に入り込み、改変が出来る。龍として当たり前のスキルだ。そして、過去の巫女は、過去の記憶を覗き見すると同時に、過去のスキルを発現する可能性を秘めている。それが、マキアの《箱庭》だ。」
「お前がそれをまともに喰らい、暴走した小春に3回も殺されている。だがすんでの所で時間は巻き戻され、その時に小春が得たスキルは無かった事になった。
なら、今その記憶を見た私が、小春にその時の記憶を流したらどうなるかなぁ?」
「・・・そうなったら、俺は間違い無く死ぬだろうが、そうだな。セトラ、お前は星占いを信じるか?」
「・・・何?」
「生年月日と、自分の出生時刻で自分の運命が分かるんだと。面白いと思わないか?」
「・・・まさか。」
セトラは、嫌な予感がして、空を見上げる。そして、その予感は的中した。
さっき、魔神はよく分からないスキルを唱えていた。確か、《流星》と言っていたがーーーーー
「ーーー聖杯探索の時より、かなり大きい流星だな。全く、大天使××××は滅茶苦茶だったな。」
視界を覆う、紅き凶星。
かつて古生代にて、恐竜の時代を終わらせたとされる、新時代の開拓者。
ーーーそれは、余りにも大きな隕石だった。
ーーー余波だけでも、海を穿ち島を破壊していた。極端な熱と質量、速度が合わさった超巨大隕石は、すぐ目の前まで迫っていた。
あんなものが落ちて来たら、地球は間違いなく冬の時代を迎え、人類が滅びてしまう。
そう簡単に想像出来る程、その質量は圧倒的な暴力だった。太陽が落ちて来たのかと思う程の錯覚。まさしく、死の凶星である。
「本日最もついてないのは13位、龍座のあなた!」
魔神は楽しげに笑って、セトラを指差した。
「誕生日いつになるんだよそれェ!!」
セトラはすぐさま、小春に触れ、強制的に記憶を流し込んだ。
「お前のやるべき事はあの隕石の対処じゃない。全てを呑み込め。」
「う・・・で、でも・・・!!」
「頼んだ。マキア、小春を頼むよ。」
そう言って、セトラは、隕石に向かって跳び上がる。翼を広げ、大きな龍の姿へと変化すると、鱗を飛ばして竜を大量に生成する。
「・・しゃおらァァァ!!!証明するぞ!!!世界を滅ぼす厄災は、私だけで十分だァァァァァァッ!!!」
龍と、その竜達は隕石に向かい、激突する。
ーーーーその頃、小春は、頭を抱えていた。
この時間のループの間に、私は一体、何人の人生をこの身体で呑み込んだのだ?
今、記憶が流された事により、小春は固有スキルを三つ獲得していた。そのどれもが、過去の歴史に名を刻んだ者の、今は存在しないスキルである。
頭がおかしくなりそうだ。他人の人生にズケズケと土足で入り込んで、力を得るなんて、正気の沙汰とは思えない。
これが、私の力。
ーーーしかし、こうして新たにスキルを獲得するには、精神に過剰な負荷を掛け、苦痛を伴う。今度はもう駄目かもしれない。
記憶にある限りでは、時間がループする前の自分は、スキルを獲得したと同時に、再び我を失っている。また、力が暴走してしまうかもしれない。
でも、今の状況を打開するには、新たなスキルを獲得するしか無かった。今保有する固有スキルでは、この時間のループに抗う術がない。
考えろ。この神様の力を無効化する程の英雄は誰だ。過去にそんな傑物はいたのか?
悪でもいい。とにかく、今の状況はまたとないチャンスだ。何も無いまま、ネメシスが死ねばまたリセットされる。記憶は引き継がれない。
ネメシスが自殺する前に、早く、早く、早く、早く、早く私はーーーーー
「ーーーー可哀想にな。運命に翻弄される以上の悲劇は無い。なぁ、過去の巫女。」小春の様子を見て、完全に《固定》され身動きの取れなくなったネメシスが嗤う。
「・・う、うるさい・・・。」
「頭上に死が迫っているぞ。」
「・・《因果》《流転》《厄災》《赤槌》《礼拝》《戦果》《烙印》《躁転》《悪食》《後悔》《御守り》《起点》《背理》《渇望》《遅咲き》《祭典》《栄光》ーーー」
引っ掛かりそうなワードをブツブツと並べていく。記憶の限り、ループする前に展開した《箱庭》は、完全に自分の怪我による暴走が引き起こしたものだった。それで3回、ネメシスを殺せているが、今回は違うものを引き出さなくてはならない。
暴走していた時の力は、ただ相手を殺傷出来ればいいと、そう願った際に発現した力。
今回は、自分の手で掴み取らなくてはならない。何だ?どんなスキルがいい?神の反対は何だ?そんな人物、歴史にいたっけーーー
「ーーーもう時間切れか。」ネメシスはため息をついた。
頭上で大きな爆発があった。セトラの《龍星群》による隕石の破壊が行われていた。
圧倒的な爆発だが、それでも、隕石の勢いそのものを完全に落とす事は出来ない。
《流星》は元々、旧神フォーチュンの配下である天使が保有していた危険度SSSのスキル。それを力が洗練されたネメシスが発動する事で、尋常では無い規模の隕石を引き寄せる事に成功している。
セトラにも対処は、ほぼ不可能だ。
だが、このループを止めなければ、意味が無い。とにかく今は時間が無い。どうすれば?どうすればいいんだ?
もしあの隕石は止めても、そこから地上に落ちてくる破砕物の対処が間に合わない。しかし、今、目を離せば、魔神はどんな手を使ってくるか分からない。この《箱庭》を解くのは、魔神を解き放つ事を意味する。
このチャンスをみすみす逃すのか。私はどれだけ無能なんだ。
「ーーーおい小春!!お前は良くやってる!!!隕石は任せろ!!!絶対に壊してやる!!!」
セトラの声が、脳内から聞こえて来る。
ーーーーでも、どうしようもないじゃない!助けて、助けてよ、幸助君ーーー。
ーーーー頭の中に、夜の校舎から飛び降りる幸助の映像が流れ込んだ。真っ逆さまに地面に落ちて自殺する彼の、その落ちていく瞬間を、小春は目撃していた。
その顔は、朗らかに笑っていた。
ねぇ、なんで、笑ってるの?
なんで、幸助君くらい強い人間が、死ななきゃいけないの?
本当に、君は、虐められて、それで苦しくて、死んだの?
ーーーえ、もしかして、私のせいーーーー?
「おっとォ。はぁ〜あ、僕は表舞台に出ないつもりだったんだけどなぁ。幸助の優しさは、いっつも誰かを傷つけるねぇ。」
ーーーー気付くと、小春は真っ白な世界に居た。そこに、1人の少年?少女?よく分からない人物が立っていた。
「おっとっと。初めまして。いや、正確には初めましてじゃないのかも。」
その人は、猫のような尻尾を生やしていた。少し褪せた茶色のTシャツを着て、ブカブカの黒いショートパンツを穿いている。いかにも現代的で、中性的な人物だった。
「・・・貴方は・・・?」
「自己紹介、って言っても、僕の正体は伏せさせてもらうよ。」
「・・・何で?ここは話の流れ的に、普通は明かす場面よね?」
「だって面倒だし。」
「はぁ?」
「あぁ、ごめんごめん!猫って気まぐれじゃん?僕ってば猫っぽいからさー、いや、にゃー。」
「無理矢理語尾変えなくていいよ?」
「まぁまぁ。僕の正体は本当にしょうも無いからさ。せめて、幸助と一緒にいた時の記憶を君の《箱庭》で再現してあげるよ。」
「・・・幸助君の事を知ってるの!?」
「いやー、僕、幸助の命の恩人なんだよねぇぇぇぇぇ!!!すごいでしょぉお!?感謝していいよぉぉおお!!?」
「・・うっざ。」
「そんな僕の名前はタリス。」
「・・・誰・・?」
そんな人物、居たの・・・?
幸助君の記憶を異世界で探っていた時、そんな人物、居なかったようなーー?
「そりゃそうだよ。君みたいに教科書みたく過去の記憶を探って知る感じなら、知識に臨場感が無いし名詞も固定化している。僕は魔王軍では他の名前で呼ばれていたからね。」
「なんて名前なの?」
「教えて欲しい?欲しい?欲しいのなら、そうだなー・・・ブリッジしてもらいながら土下座で、なんて無理だし、うーん、どうしよっかなー・・・。」
「貴方、たまらなくうざいね、タリス。」
「まぁ臨場感が無いのなら演じればいい!僕は観客として、懐かしい仲間と一緒に観させてもらうよ〜ん。」
「いや、貴方の力がどんなのかも分からないし」
「安心してよ。」
タリスは声色を変えて、ピシャリと言い放つ。
「僕は《問題児》。可能も無ければ、不可能も無いんだよ。」
無邪気な笑顔で、タリスは消えていくーーー。
小春は、唱える。心はもう、落ち着いていた。
その詠唱は、一方的な独白と共に開始される。ネメシスからしてみれば、今までこの《箱庭》は暴走故、不完全な状態で再現された。故に、その詠唱自体を聞くのは初めてだった。
「《幕を挙げよ、喝采を浴びよ。》」
「《感涙に耽り、勝手に怒れよ。》」
ネメシスと小春の周囲が真っ暗に染まっていく。いつの間にか、ネメシスは椅子に固定され、身動きが取れなくなった。
「《愉しげなわらべの歌》」
「《残響する台詞は傷物か》」
不思議なオーケストラの音楽が聞こえてくる。聞いてるだけで眠くなるような、退屈な音色だった。
「《須く絡まる蜘蛛の糸》」
「《清濁の明暗、緞帳の裏方に》」
「《再現される千夜一夜》」
「《傍観者よ、黙って見ていろ》」
「《感想は茶葉の一滴と共に流し込め》」
目の前が光に包まれる。そこは、劇場だった。舞台があり、そこにスポットライトを浴びた小春が前座を務めている。
「《さぁ、いよいよ開演します。活劇呑中》」
その《箱庭》の名称が唱えられた瞬間。
退屈で苦痛な人形劇が、始まる。




