第76話 アカシクスタイル
母の腹肉を食い破るように、化物は現れた。不敵な果実から堕ちた生きる肉塊は、様々な生物の特徴を持った姿で誕生する。
「あはっ!ああぁぁぁ♡新たな命が、生まれてりゅうううう!!」
大きな口から、何処かで聞いた事のあるアカシクの民の嬌声が響き渡った。だが、その光景は命が誕生する神秘的な営みとは程遠く、祝福されるべきモノでは無かった。
有象無象の化物が、てらてらと輝く液体に塗れながら、本能に刷り込まれた敵に向かって走り出す。目に映るは吸血鬼と龍。
肉を喰らう事で命は繋がる。その本能に従い、化物は襲い掛かる。
だが、この吸血鬼は、悪食そのもの。目に映った化物でさえ捕食の対象である。
「龍王アーク。時間が無い。お前はセトラの援護をしてこい。ヤバいのが来る。」
「・・・そうだな。」
そうして、龍王アークは神殿の肉塊を《残影刀》で切り崩して、外へ脱出していった。
「ーーーこいつら、キモいけど、私も人の事、言えないな。コースケには、見せられないなァーーーーー。」
卍死の吸血鬼は、失ったままの左手の先が裂けるように分裂し、身体の各箇所にヒビ割れを起こした。顔面にまでそのヒビ割れが生じると、漆黒の孔が空き、細長い触腕と黒く蠢く何かが無数に現れていく。
人の姿なんぞ、仮の姿である。
吸血鬼の本質は、生命の素とも言うべき太陽に嫌われた怪物である。
究極の捕食者として頂点に君臨する幻獣の最高峰。生物の暗部。それが、吸血鬼と呼ばれる存在。
スレイヤーに近づく前に、触腕から魔装具が作り出され、化け物達は切り裂かれ、バラバラに散っていく。大量の死体が一瞬で出来上がってしまう。
スレイヤーの背中に、華が咲いたように無数の触腕が開き、揺らいでいる。その全てが感覚器であり、魔装具へと変形する凶器。
甲殻類の性質を持った化物すら、簡単に一刀両断する。そして、飛び散った血が、吸血鬼の足元から伸びる影に飲み込まれて無に還る。
一瞬にして無数の死体が血を抜き取られ乾涸びた。
「ーーースキル解放。《創具顕現・乱気流砲》ーーー多重展開。」
そして、その血液を炉心として、魔力消費を抑えた状態で吸血鬼は唱えた。
魔装具をその触腕の数に応じて多重に展開し、同時発射する。乱気流砲は、元々戦争で使われる程の対軍性能であり、殲滅する事すら可能なモノ。放たれた一撃すら最上級魔法の威力と同等とされる兵器である。
それを、吸血鬼は無数に展開する。
放つ弾の数は百を超える。黒く蠢く触腕に、不釣り合いな機械的兵器が接合された状態で生み出されていく。
吸血鬼は、全てを殲滅するつもりだった。新たな被害者が出る前に、全てを一瞬で終わらせる必要がある。
生まれながらにして、殺す事しか知らない運命を持つ吸血鬼の非情なる一撃が、放たれた。
超密度に至る大気の渦は、神殿内部の暴発を招いた。煉瓦積みの外壁とAAの肉がぐちゃぐちゃに混ざり合い破裂していく。時空が歪む程の衝撃。
新たに生み出された化物が塵と化していく。神殿を内部から爆発させ、天井をぶち抜いて上空にまで乱気流が形成された。
神殿が瓦解した事で、夜に差し掛かる寸前、消えゆく太陽の光が差し込んでいく。
ーーーが、AAはすぐに次の手を取っていた。一際大きな目が裂けると、そこからAAが新たに誕生し、地面に着地。
同時に、スキルを展開していく。
「《厄具機来・華装化》ーー!!」
AAの身体に、黒と白の色が対象に分かれた騎士の如き装備が展開される。覆い尽くすように展開されたそれは、魔装具としても異質の様相であった。
モザイク状に可視化不明な漆黒の槍を持ち、構えた。
「ーーー私は武闘派なのよねぇ!!」
瞬間、スレイヤーに突進する。脚部から放出される魔力を介したエネルギーは異常な推進力を持っており、瞬きする暇もなく間合いを詰めた。すかさず、スレイヤーはその数本の触腕で魔装具の盾を《創具顕現》する。
盾と槍がぶつかると、AAの勢いに押されてスレイヤーは吹き飛ばされた。森の中で木に激突しつつ、あまりの勢いに戸惑いながら、目標を捉えて唱える。眼前にオセロのような騎士の甲冑を纏ったAAが迫っていた。
スレイヤーは困惑していた。
本当に肉弾戦が強いなんて、予想出来るかーーーー!!!
「ーーーく、《創具顕現・紅蓮弓弩》ーー!!」
スレイヤーは空中で姿勢を変えつつ、揺らめく触腕の先に弓弩を精製し、一斉に放った。
AAは放たれた焔の矢を、槍と甲冑で纏われた拳で一つずつ殴り落として対処する。
「ーーーは?」スレイヤーは驚嘆した。対処の早さ、速度、練度は達人の域だ。さっきまで幻獣ヴェイルとして君臨していた時とまるで違う。
「オラァオラァオラァオラァオラァオラァオラァオラァオラァオラァオラァオラァオラァオラァ!!!!」
遂には槍を背中に仕舞い込んで、AAはスレイヤーに殴打による連撃を始めた。その一発一発が途轍もなく重い。質量と速度の乗った一撃は、触腕を再生不可なまでに破壊するのは容易かった。
《創具顕現》する暇も無い。スレイヤーは触腕を手先に変形させて、その拳を受け流し始める。
ーーーが、腹部に重い一撃が入った。内臓が潰される感覚。一瞬視界がブレ、意識を失いそうになった。
スレイヤーは、吹き飛ばされ岩壁に衝突し、大穴が空くようにめり込んだ。口元から鮮血が噴き出る。
「ぐっはぁ!!」
ーーー強い!!!
「言っとくけど、まだ私はスキルでバフも掛けてないんだよねぇ!!」
AAは槍を再び構え、空を駆けながら追撃の為に突進する。
避ける暇が無いと悟ったスレイヤーは、再び盾を《創具顕現》させた。
再び、槍と盾が衝突する。勢いに押されて、スレイヤーは更に岩壁へ身体がめり込む。
「ーーー《電磁華槍・形態変化》。」
「ーーーな!?」
衝突した槍が、そのまま槍先が華開くように展開し、モザイク状の姿が具体化される。電磁的な砲台。それは、超高威力の弾を放つ兵器である。
バチバチと電流が走り、青白い光が滞留するーーー。
「ーーー《魔靱電磁砲》ーーー!!」
その一撃は、盾をいとも容易く貫通し、スレイヤーの身体すら貫通し、岩壁を一瞬で瓦解させた。
吸血鬼スレイヤーは、力無く地面に落ちていく。フリをした。
触腕がバラバラに落ちていった事で、スキルの条件が満たされたのだ。
スレイヤーは笑う。腹に穴が空いているので、口元からは薄い空気が漏れ出ていた。
自分の真の力は他力本願である。他人の力を借りて利用する事こそが、我が本懐。
「ーーー《指切幻瞞》。」
触腕といえど身体の一部。スレイヤーの降霊に用いる媒介物として振る舞う事が可能だ。
過去にスレイヤーが取り込んだ英雄達・魔物達が溢れ出す。
ーーーかつての魔王軍十二幻将が一人、美奏煉帝セッター・プライニ。魔物達が収める小国の王だった男であり、旧魔王体制派。巨大な体躯から放たれる繊細な音色に様々な効果を与えるスキルは、後に色そのものに効果を与える色彩魔法の着想の元になった。
史上最も世界の戦争に赴き、小国の勝利に導いてきた傭兵の伝説、クジャ。5メートルもの体躯から繰り出される斧の一振りは、雑兵を薙ぎ倒し、大地を割る。その威力は、ラビ・レイジネスの一撃と同等とされた。
どちらも、危険度SS以上は下らない強者である。
スレイヤーは華麗に着地を果たし、触腕が変化した2人の英雄に命令する。
「アカシクの娘を、やるぞ。」
「復讐の機会感謝するぜ、スレイヤー。」セッターは狂気的に笑いながら、喉に手を当てる。
「頼まれたもんは仕方ない。俺ぁ傭兵だ、敵が強けりゃそれでいいゃあ!!」クジャは身の丈よりも大きな斧を構える。
「ーーあら、これでも役者は足りないわね。2度目の生を無駄に散らしてしまう事になるけど、ごめんなさいね?」
AAは煽った。その言葉が嘘では無い事くらい、スレイヤーは理解している。
「ーーー《厄具機来・蒼炎華槍》ーー。」
先程の電磁砲を放った槍と同名のモザイク状に隠れた蒼槍が、AAの左手に握られた。違う属性も扱う事が可能という事だ。
そのニ槍の先端で×を作る。
蒼く燃え盛る焔と、青白く火花を鳴らす電撃が交わり、空に力の一端が走り、雷雲が集まって鳴り響いた。力を溜めている。
「させねぇヨ!《美奏・DIE》!!!」
セッターは手拍子と共に、その手から奇怪な音符を作り出した。それがAAに向かい、破裂する。
音の具現化。金切り声に似た音が鳴った後、音は飛ぶ刃となった。
実体を持った斬撃である。
「ーーーこの鎧を貫けるとでも?」
AAは嘲笑いながら、その斬撃を槍で受け流していく。
音の嵐が渦巻く中、AAに向かって上空から飛び掛かる者がいた。クジャは、大斧を振りかぶる。
「ふんぬっ!!」
ガキン!と金属音が鳴り響いた。AAは片方の槍で受け止める。鍔迫り合いが始まった。
「AAよ。悪いが死んでもらう!」クジャは更に筋量を増やして、力を込める。
「《美奏》ーーー」
「ーーーさて、そろそろ本気出しますか!」
AAは無情に笑った。
ーーー瞬間、空に溜まる雷雲から蒼炎と雷の混ざったモノが、クジャに直撃した。
バリバリゴウゴウと、天から雷と蒼炎が溢れていく。力無く倒れるクジャの身体を無情に突き刺し、蒼炎で燃やし尽くした。
クジャだったモノの灰が舞っていく。
「ーーーさて、ここからが本番だよ、スレイヤー。貴方の好きな太陽は無くなった。望まない夜に殺してやるよ!!」
AAの鎧から魔力のオーラが溢れ出し、全てを飲み込むような闇が支配する夜を照らし出す蒼炎と雷撃を身に纏い、狂気の笑い声を上げながら、スレイヤーに向かった。




