第75話 メタモル
セトラは龍の姿で空を駆け、その背に幸助を乗せて飛行する。暴力的な肉塊が蠢き覆い尽くす神殿に向かっている。
相変わらず、コンスとブラッドの規格外な戦闘音が上空にも響いていた。閃光と地表胎動が常時鳴り尽くし、黒煙が上がり街を破壊しながら殺し合っている。目で追えない程の展開が次々に巻き起こる戦闘は、当事者じゃなくて良かったと安心させる程の迫力と畏怖があった。
魔王軍単騎最高戦力と名高いコンスと、人間最強と評されるブラッド。彼らは完全に一線を越えている存在である。
そして、幸助を背に乗せる龍王セトラも、あちら側の存在に変わりない。破壊と殲滅の権化である彼女の《爆撃》は、何度か世界を崩壊させかけた正真正銘の《厄災》である。
ひとまず誤解を解いて、万全な状態に戻ったのだから、形勢逆転以上の効果があるのは確実だ。だが、まだ油断は禁物だ。
龍王セトラを排除する。その作戦に、たったこれだけの戦力しかいない筈がない。幾ら呪いに蝕まれていたとしても、だ。
確かに、AAとコンスは危険度SSSを越えており、戦力として最高クラスだ。だが、まだ幹部連中が見えていない。
全く安心できない状況には変わりない。
「ーーーセトラ。一つ聞きたい事がある。」
幸助が薬物・ヘヴンズゲートを葉巻で吸い込みながら言った。
「何だ、小僧。」
「貴方は正義感だとか、善だの悪だの、そういった価値観に揺さぶられる事はあるのか?」
「何を言い出すかと思えば。独善は善、偽善は善、偽悪は善。だが、善の中にも種類がある。その中の対立項が悪と呼ばれるもの。そうだろう?」
「じゃあ貴方にとって、今の僕は善で、いいですか?」
「今のところはな。利害が一致している。」
「じゃあ、もしAAに変えられた人々を僕が殺しても、善のままでいてくれますか?」
「・・・そうだな。」
「あ今一瞬考えましたよね。まぁ一応ですが、僕の生殺与奪は貴方が握ったままにしていいです。何でしたっけ、《爆撃・転変生滅》かな?それ、僕にやっちゃって下さい。いつでも爆発して殺せるようにしておけば、貴方も納得できるでしょう?」
「・・・待て待て。何を言っている。」
「僕はさっき失敗しちゃったんですよ。いつ吸血鬼として暴走するか分からない。その時は、貴方が僕を殺して下さい。」
「・・・責任放棄が上手いな。」
「そうなんです、こんなものを《箱庭》にしてる時点で、基本無責任なんですよ。人間として終わってます。だから人間辞めたんですよ、弱い人間だから。悪に堕ちるしか無かった。」
「・・・そこまで、人間かどうかが、重要なのか?」
「さぁ、どうですかね。ただの人間も弱いから何とも言えないですけど、現実を変えられるような『強さ』に縋った時点で弱いんじゃないのかなって、思ったりもします。無いモノねだりにはなりますが、僕が人間である事から『逃げた』事には変わりないんです。いわゆる完璧主義ってやつですかね。」
「誤解を招き過ぎる変な当て字するなよ。それに、君の言い分は間違っているし傲慢だ。何も捨てたく無い割に、全てを選ぼうとしているだけじゃないか。」
「・・・いや、ほんと、その通りです。的確過ぎて何も言い返せません。でも、心が納得しないんですよ。まだ、自分を受け入れられる程、自分の事が好きじゃない。」
「まだモラトリアムのつもりか?甘いガキだな。それは戦争に必要な感情じゃないが・・・純粋さは忘れない方がいい。そのまま苦しんで生きろ。命を奪う以上、考える事をやめたら終わりだと、我は思う。」
「傍若無人な龍王らしくないですね。真っ当な人の考えを聞いてるみたいだ。」
「風聞と事実は違うさ。それに、こんなに長い年月を生きると、流石に丸くなるものだよ。小僧も大人になれば分かる。」
「まぁそれまで生きられるかは分かんないですけどね!薬物中毒ですし!」
わざとらしく笑う幸助の冗談に、セトラは苦笑いを浮かべた。
「・・・で、勇者レーヴは?連れてこなくて良かったのか?」セトラが言う。
「彼女には聖伐隊に避難させるよう伝えました。後で、僕を起点とした《転移》で戻ってきます。まぁその方が僕も安全でしょうし。万全な龍王の近くにいた方が安心出来ます。」
「・・・よく、さっきまで殺し合いをしてた奴の事を信用出来るな。身体バラバラにされたのに。」
「そのまま死ねたら楽になれました。なんて言ったら、どうします?」
「・・・。」
「嘘ですよ。俺、他の人には殺されたくないんです。師匠と同じように、最期は自然に還る為、太陽の光で死ぬって決めてます。」
幸助は嘘をついた後一服し、天国の扉を開けたかのような気分に耽った。
太陽は落ち、辺りは暗くなり、夜の気配が漂っている。幸助が身体を燃やさずにいられる時間帯に差し掛かっていた。
生命は太陽の光によって循環が生じている。外部のエネルギーが無ければその循環は生じない程に、太陽というのは異世界にとっても特別な存在だ。
何故、世界と異世界どちらにも太陽があるのか、なんて事は疑問を挙げたらキリが無いのだが、どちらの世界にとっても不変的なモノを基盤として成り立っていると思うと、何処か残念な気持ちにもなる。
全く目新しい世界なんか無かった。魔法も怪物もいるが、それらも動物の進化系だと考えれば、萎える。異世界も同じように、戦争は絶えないし無意味に人々が不幸になるような循環が生じている。
何も、変わらない。
だが、吸血鬼は、そんな循環にさえも組み込まれていない。
何故、吸血鬼は太陽が克服出来ないのだろうか。考えれば考える程、沼に嵌っていく。
真祖クロノグラフを起源とし、吸血鬼は世界に突然生じた異物である。理由は何だ?突然変異?それとも何かの成れの果て?
頭の中がごちゃごちゃしてくると、薬物を吸い込んで光に包まれたくなる。この世界には謎が多過ぎる。アカシク、吸血鬼、魔王軍、転生者。
この世界に来て少しは分かった事がある。
転生時、最初に出会ったアトランテとかいう胡散臭い女神は、『本物の神』では無いという事だ。
それは、アカシクと旧神フォーチュンの伝説もとい、ブラッドの出生を鑑みればすぐに分かった。
そして、女帝デスペラードと呼ばれる魔王軍幹部の存在が、かつての『本物の神』では無いという事も推察可能だ。
アカシクは天界の輪廻転生を司るシステムすら干渉し、支配した。その過程で旧神は追放され、それを管理する為に、アカシク製の女神が作られた。
言うなれば、『擬神』。永遠都市とも呼ばれた、滅びた文明が作り出した、『権能』を持った禁断の機械である。
ーーー女帝デスペラードは、魔王によってそのアカシクの呪縛から解き放たれた、とも言われている。永きに渡り、誰もいなくなった天界で一人、世界の管理をする中で、魔王はきっと救世主に思えた筈だ。孤独を救った白馬の王子様のように見えたのでは無いか?
後任の女神アトランテがどのような理由で湧いて出て来たのかは分からないが、恐らくあれは後継機だろう。前任者がいなくなれば、その複製体が自動生成されて呪縛を引き継ぐのだ。
転生者を生み出した理由も分からなくは無い。無知につけ込んで、荒れ果てた世界を甘い嘘で肯定し、平定しようとする。自分は当事者にならず、誰かに無責任な力を与えて実現させる。神の考えそうな事だ。
ーーー全く、どうなっているんだこの世界は。これらは全て、古代文明アカシクの尻拭いじゃないのか?
呪縛を放棄した『擬神』と、天界を追放された『本物の神』。その2人が敵にいる時点で、あまりにも戦力差があり過ぎる。
しかも、AAとコンス、ホワイリィ。
他の十ニ幻将も、揃いも揃って強者だ。
ーーー忘れてはいけないのが、宵闇龍ゼノンもいる事だ。龍王セトラと同格とされている最古の龍。
ーーー改めて、勝てるのか・・・?
スレイヤーが抜けた後釜として幹部入りした、AAの弟である不滅快天ザナドゥ・アカシクこと通称・XAは、色彩魔術師のパレットに殺されているので、現段階の幹部は3人。それを加味した所でも、まだまだ層が厚い。
この牙城を、今の戦力でどうやって崩す?
「我に触れてる状態で色々と考え事をするな。ただでさえ感情の読めない吸血鬼の思考など、我にとってクソみたいなノイズだ。」
「悪かったねクソで。ぶりぶり。」
「早く考えを消化しろ。クソだけに。」
「一本化しろって事ね。クソだけに。」
「何言ってんだこいつ。」
「急に真顔やめてくんない?」
「快弁だねぇ坊やは。」
「結局のるんかい。クソだけでクソみたいに喋っちゃった。案外、気が合うね。」
「まだ心許してないよ?」
「嘘だろ。もう龍王の威厳なんて無いのに・・・。」
セトラと幸助は笑う。笑っていられるのも今のうちだと、お互いに分かっていた。
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「ーーーブラッドォォォォォ!!!」
コンスは連撃を重ねていく。腕を生やし、様々なスキルを自身に掛け、追撃を緩めない。
ーーーが、ブラッドは自身に掛ける《迅速》のみで、その動きの全てに対応していた。
閃光と迅雷が鳴り響く。が、その全てをブラッドは軽くいなしていく。
「ーーー本気を出せぇぇ!!!」
「手の内は見せない。ましてやお前みたいな奴にはな。何してくるかわからねぇし。」
「余裕ありありではないか、人間最強ォ!!」
「前から疑問なんだが、俺は人間と言えるのか?」
「さぁな!!別にどっちでもいい!!私は、強き者が君臨するならば、魔王軍も人間も関係無い!!」
「じゃあこっち来いよ。魔王軍が相手の方が強い奴らいっぱいいるだろ。」
「そうだな。だが魔王様には恩がある。同士討ちは残念ながら禁じられていてねェ!!!」
「ーーー恩、か。悪事を働く奴ってのは、義理とか人情を大事にするよなぁ。似た者同士か。」
ブラッドは、《魔剣》を一瞬で2本に増やし、目にも止まらぬ速さで、コンスの腕を斬り落とす。
コンスか持つ魔装具と腕が、無惨に切り離される隙に、2本を1本に再び戻して、剣先から閃光を放つ。魔力が圧縮された直線の光は、コンスの右脇腹に穴を開けた。
「グッ!!」
「こんなもんか?こんなもんなのか?」
ブラッドは笑いながら煽る。
コンスの戦闘力は未知数だ。だから、手の内を全て暴いておかないといけないと考えたのだ。おそらく、この戦いでは決着がつけられない事はブラッドも理解していた。
ーーー何故なら、コンスと混成されている幻獣は、メタモルと呼ばれるモノ。相手の何かをコピーする能力を持った、極めて危険な幻獣だからだ。
だから、スキルを見せる訳にはいかないのだ。もし、コンスか相手のスキルを何らかの条件でコピーする能力ならば、当然逃走手段も持っている筈。
そして、その何らかの条件というのも把握出来れば、対策の練りようも出てくる。もし、相手のスキルを見ただけでコピーできるような万能な能力なら、セトラの《爆撃》をコピーすれば、彼は簡単に最強になれる。先程、セトラの《爆撃》を見てるから、使えてもおかしくは無い。
だが、それをしてこないというのならば、ただ見ただけでは駄目なのだ。何かしらの条件で、スキルをコピーする。
先程から戦っていて、十ニ幻将の固有スキルなどを一時的に使用してくる場面があった。さっき戦って殺したコンパイラの《星誕》も、使用してきていた辺り、そこそこの関係性を持った者の固有スキルを使っている節が見受けられた。
ならば、仲間のスキルのみコピーしている、その可能性も考えられるが、その条件が未だに分からない。
仲間だから、手頃に簡単に、コピーできる可能性もある。敵からコピーできる可能性も大いにある。
だから、ブラッドは神にも等しい力を使わずにいた。恐らく、旧神の力は《権能》の一部だからコピー出来ない筈だが、万が一を考えなければならない。
《神威化》の力を使う訳にはいかない。
ーーーま、使わなくても勝てるけど。
ブラッドには、それ以外にも有用な固有スキルを複数持っている。コンスと同じく、底の見えない最強である。
こんな事なら、コンパイラ=ローゼスも、もっと簡単に倒してりゃ良かったかな。今考えれば、もっと効率良く倒せた。
「ーーーはぁ、はぁ・・・。まだ今の私では殺せそうにないですね。これだけ私が多様に攻めても、傷ひとつ負わないどころか、何一つ疲れすら見せないですからね。」
コンスは、魔装具を投げ捨てた。捨てた魔装具が青白い光を放って消えていく。
「どうした?それが全力か?」
「そうです。と言ったら?」
「つまらないなと思う。誰かのスキルばっか使ってよ、オリジナリティの欠片も感じられねぇ。」
「貴方が異常なんですよ、ブラッド。人間にしては、強過ぎる。セトラより、よっぽど危険だ。」
「・・・そうだな。実を言うと、セトラが魔王軍につく動きを見せたら、いつでも殺せるようには準備していた。多分勝てるしな。お前もその程度ならば、ホワイリィってのとフォーチュン以外、俺の敵では無さそうだ。」
「・・・ムカつきますね。次は、必ず殺します。」
「おう。もっとモノマネ上手くなってこいよ。」
ーーー唇を噛み締めながら、コンスは光に包まれ、消えていった。
挑発は成功だ。
ブラッドがコンスを殺さなかった理由は、ある一つの懸念があった。それは、もし《問題児》の能力をコピーしていたとしたら、あいつは不死そのものだからだ。
それに、あんな危険な奴を、幸助やパレット等、他の仲間と戦わせる訳にはいかない。
経験値の少ない若者が戦えば、何も対処出来ずに殺される。もっと彼らを鍛えなければならない。来るべき日の為に。
ーーーさて、真打ち登場か。
ブラッドは、空を見上げる。セトラの背に幸助が乗っており、AAによって変わり果てた神殿へと向かっているのが見えた。
そして、その更に奥底の深い闇が蔓延る宇宙と言われる場所の表層に、うっすらと奴の姿が見えた。
煌めく薄絹を羽織る姿は威厳に満ちている。
ーーー来いよ、旧神フォーチュン。
見下ろしてないで、俺とやろうぜ。




