第71話 銃声
「――――えー、こほんこほん。テステス。あれ、ハウってる?まぁいいか、これがスピーカーの使い方?え、あってるのこれ?より、じゃあ大爆音で流そうか!」
異端なる少女は、異世界では見慣れない近代機械を持って、それを口元に近付けた。神殿の中で、アカシクの民の声が響き渡る。
「おーい!龍王セトラー!貴様は包囲されている!!大人しく出てきたらどうだー?・・・こんなのでいいのよね、確か、これの使い方って・・・。まあいいや。
貴様の呪いの事について、私は承知済みだ。私ならその呪いを解除出来る。なにせ、その呪いは真祖クロノグラフが掛けたモノ。長年、吸血鬼・・・もとい、幻獣を研究してきた私からすれば、それは朝飯前だ。」
異端なる少女は、嘘をつかない。心が読めるセトラと対話するには、自らの心を純粋なモノに仕上げなければならない。その言葉に、一滴の迷いを足せば、信用を得られないと分かっているからだ。例え、その背景にどんな後ろ暗い取引があったとしても、呪いが解ける事は真実であらねばならない。
「ただし、その呪いを解く代わりに、取引だよ。ウチの宵闇龍が魔王軍を降りたがっていてね。代わりにしては戦力が大きすぎるが・・・ゼノンよりも脅威度の高い貴方に、魔王様の力の一部になって欲しい。」
拡声器で話を続けながら、少女は歩みを進めていく。
床に残る血の跡が気になったが、気にせずに進んでいく。
少女の歩いた跡の道に、石畳で構築されている筈の神殿の床が、多種多様な植物で溢れ返り、華が咲き乱れ、瑞々しい生命で満たしていた。
「ていうか聞こえているなら返事くらいすべきだと思うんだけど。心が読めるなら、私の提案を聞かなかった場合の末路ぐらい理解できるでしょ?」
神殿が、少女の生み出した自然に埋め尽くされていく。
『生命は純粋だ。生きる為に他者を喰らう。次世代に未来を託し、自ら好き好んで生きるという地獄を続けようとする。その輪廻に意味は無く、その歩みに幸福は存在しない。だから神はその行いに快楽を与えた。享楽と性欲は、この地獄を続けるには十分過ぎる対価ともいえよう。
だが、それで世界はどうなった?
戦火は消えない。かつての超高度文明アカシクは、築き上げてきたモノを一時の感情で崩壊させた。全ては無に還る。生きた証も、何もかも、必要が無い。
ただこの世に生まれてこなければ良かったという祈りは、知能を持った有機物には享楽や快楽にも勝る願望である。』
・・・・・・AAの心の底にある思想を読み取ったセトラは、溜息をついた。
やはり、こいつらにはついていけない。
だが―――――――これは、どうしようもないか・・・。
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「・・・・・・セトラ様。ありがとうございます。心が、晴れました。」
目の見えない少女は、涙を浮かべながら、セトラに感謝した。
少女は戦争で家族を失った。その最中に、撒かれた神経毒に侵され、一命を取り留めるも、光を失ってしまった。
視界の無い世界の中で、いつも思い浮かぶ映像は、最後に見たモノ。
母が、父が、兄が、自分を庇って殺されていく光景だ。
こんな事なら、最初から何も見えなければ良かったと、少女はいつも泣いていた。
龍王は人間の事が大嫌いだった。日に日に呪いによって蝕まれていく身体に苛立っていた。その少女を殺しても良かった。死は救済だからだ。
だから、人間に対して嫌がらせがしたい気分だった。自分だったら一番されて嫌な事を思いついた。龍王アークの死を忘れてしまう事が、龍王が一番されて嫌な事だった。
だから、そんな事を忘れられるようにと、少女の頭に触れた。
結末は違った。少女は寧ろ、喜んだ。
大事なモノを失った筈なのに、見る見る内に元気を取り戻していった。
そこで、龍王は、自分が過去に縛られている事に気付いた。
最も自由なのは、家族そのものを忘れた彼女だ。大事なモノを捨てた筈なのに、見えない筈の眼に光が灯っているように見えた。
その答えは、少女が老いて、大勢の自分の子供に囲まれて死ぬまで、分からなかった。
心を操れる存在が、記憶を弄る事が出来る幻獣が、誰よりも自分の心を理解出来ていなかった。心を持つ人間の残酷さと、自らの甘さに気付いたのは、人々の悩みを聞いていく内に神聖視されるようになってからである。
忘れてしまう事は残酷だ。だが、未来を歩み、次世代へ繋ぐには仕方のない痛みである。例えトラウマのような体験でも、それを思い出していく内に自らの身体の一部となって、消えない古傷になっても、何処か誇らしく思える自分がいて。
でも、そんなモノさえ無くしてしまえる残酷さは、この世界を生きるには必要なスキルである。
龍王が助けた人間が形成していく街は反映していった。辺境の山の中で築かれた繁栄は、龍王への信仰と人々の前向きな心が生み出していったのだ。
やがて次世代へとバトンは繋がれ、その龍王伝説に人々は酔いしれ、実物と逢うだけでも感動するまでになった。
人間の心はそんなに強くない。神様に似た何かが最後にどうにかしてくれるという後ろ盾は、精神の安定を保つには必要不可欠なモノ。
それに自分がなってしまった事に、気味悪さを覚えながらも、幸福を抱いて死んでいった少女の事を思うと、証明してやりたい気持ちになった。
不幸の中にも小さな幸福を見つけ出せば、死ぬよりはいい結末を迎える事が出来る。
諦めず、妥協して、挫折して。その繰り返しを経て熟成された心は、暴力に頼らずとも、何かを起こせる筈だ。その営みを否定するのは、私の信条では無くなった。
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セトラは悟っていた。
AAの危険度はよく知っている。
単体性能はそこまでではないが、AAの恐れるべきところはその手段の多さにある。
アカシクの血筋を引く者として、その類稀なる頭脳と膨大な知識を持ち、あの姫様とは違い魔力の扱いに研鑽を欠かさなかった故に、まだ人類史が未開拓な分野の固有スキルを複数有している。その数は魔剣使いブラッド程では無いが、そのどれもが死に直結しかねない対処の難しいスキルである事は確かだ。
現に、今神殿を覆わんとしている謎の植物も、何をしてくるか分からない。
いきなり爆発してくるかもしれないし、毒を撒いてくるかもしれない。
それに―――――噂に聞くAAの《箱庭》は顕現型。一度、《箱庭》を展開されたら、被害は甚大。やるなら一瞬で、やるしかない。
器用であり、万能であるというのは、この世界の強者において絶対条件である。
吸血鬼、旧神、龍。絶対的だった存在が、今は技術によって賄われ、それらを凌駕する可能性を孕みつつある過渡期。その先頭に立ち、人々を蹂躙し尽くしている魔王軍。
ならば、その対極として、前時代の覇者である龍王が抗うのは当然の摂理。
「――――――そこで見ていろ、同朋達よ。これ以上無駄に命を散らすな。」
セトラが心の中で呟くと、神殿外の竜の動きが止まった。
「いけません、セトラ様!」
「外に出ては、また呪いが―――――」
脳内に入り込んでくる思念を一蹴する。
「お前達には自由な翼がある。」
「最後までお供します。」
「そうよ!何言ってるのセトラ様!」「まだ戦況は優勢です。逃げる訳―――――」
「早く行け!!!!勘違いするな、私が全力を出すんだ。ここら一帯は焼け野原になる。・・・とにかく、スルースヴィルから退却しろ。自分の命以上に守るべきものなんて無い。そんなアイデンティティは忘れてしまえ。」
―――――セトラは、心の中の通信を閉じると、大きなため息をついた。
―――――――さて、やるか。永く生き過ぎた生を終わらせるには、今日は最高の日かもしれない。
悪くない。
洛陽が放つ光が身を焼くように身体を突き刺していく。採光の為に設けられた神殿の窓から微量に入り込む光でさえ、今では鋭い刃物と変わらない。直視すれば暫く視力を失いかねない程の光。こんな微量な光でさえ、今では自らの死に直結しかねない。
闇に身を潜める生活はこれで最後にしよう。だって、こんなにも清々しいもの。
龍王は、神殿の最奥にある彫像の中から割れるようにして降臨した。
全てが眩しく映り、まともに五感の機能しない身体を引きずり、AAの前で気丈に振る舞った。
「交渉は残念ながらけ」
「知ってた。《厄具機来》。」
AAの手に握られている、この世界に存在する武器とは思えない、殺意に溢れた銃口から無情にも凶弾が発射される。




