第68話 龍王謁見
10分位軽く走っていると、ようやく神殿に辿り着いた。
道中で、魔王軍の雑魚とかち合う事もあったが、そいつらは全員勇者レーヴが始末してくれた。お互いに契約を交わしたのだ。
「ああ、説得する時に俺が死んでも、セトラが暴走しなかったら放っておいていいから。」幸助は無表情で言った。
「は?」
「そうなったら、もうセトラと交渉は不可能だ。魔王軍と同じ、人類の敵だ。魔王軍とセトラ、両者で潰しあっているのを見守る方が有益だろ?」
「・・・それは、そうですけど・・・。」
「ただ言っておくけど、俺は結構しぶとい。四肢をもがれても普通に生きている位にはしぶとい。セトラはとにかく、俺一人で何とかする事になるから、その道中の雑魚狩りを頼みたい。しょうもない事で魔力を消費したくなくてね――――――」
勇者レーヴは、あまり納得していなかった。この人は本当に何者なのだ?と。
ラビ・レイジネスを退けたのは、現実として凄い武勲だ。勇者の自分でさえ敵うか分からない相手を同士討ちにまで持ち込めたのだから、強いっていうのは、何となくだが理解できる。
あの魔剣使いブラッドとも知り合いだし、タッグを組む位だから、只者では無いという感じはするのだが・・・。
あんまり、強そうじゃないし、なんか軽いし、自分の命を全く勘定に入れていない所が妙に気味が悪い・・・。
レーヴからすれば、不気味だった。何をしでかすか分からないが、何かはやってくれそうな気がする、不思議な感じもした。だから尚更、疑問に思った。何なんだこの人は、と。
ただ、回復魔法の力は本物だ。どんな傷でも一瞬で治すという噂は本物だった。
ならば、もう一つの噂の方はどうなのか。
夜のクエストしか受けないから、真祖クロノグラフや、元魔王軍幹部スレイヤーと同じ、吸血鬼じゃないかという噂。
でも、現在は昼だ。この噂は、該当していない・・・。
う―――――――ん・・・何なんだろう、この人は・・・・・・。肌も病的に白いし、本当に人間なのかな・・・。でも、魔族では無さそうだし・・・。ブラッドさん、この人とどうやって知り合ったんだろう・・・。気になる・・・。
「――――ありがとう、勇者レーヴ。お陰で、魔力も燃費良く済ませられそうだ。」
「・・・本当に、一人でいいんですか?」
「ああ。そんなに一緒にやりたいんなら、神殿の中来る?」
「い、いいえ、遠慮しておきます・・・。」
「とりあえず、さっき言った通りだけど、君はやっぱりブラッドと行動した方がいいと思う。一度、彼の並外れた力を見た方がきっといい経験になる。俺が偉そうな事は言えないけど、君は特別だ。俺のように使い捨てで事足りる人材と違って、替えが効かない。」
「・・・勇者こそ、替えが効くと思いますが・・・。」
「いーやいや、そんな訳無いだろ?その自己肯定感が低い所、まぁ俺もそうなんだけど、一緒に治していこう。君が魔王を倒せば、俺も目的を達成できるし。」
「・・・魔王を倒して、どうするんですか?」
「魔王を倒せば、俺は・・・この世界から消える事が出来るんだ。」
「・・・死ぬって事ですか?」
「それは分からない。あのクソ女神の言っている事なんて信用出来ないし、魔王を倒したとしても一生ここに留まる事になるかもしれないし・・・。」
「・・・女神?」
「まぁ色々とややこしいんだよ、俺の出生って。まぁブラッド程過酷な訳じゃないし特別でも無いんだけど、とにかく魔王を倒す必要があるんだ。」
「・・・・・・さっき女神って言ってましたけど・・・否定してましたけど、やっぱり、貴方も特別じゃないですか。」
「いーや。全然。才能も無いし、強くも無い。ただしぶといってだけで、ブラッド達と一緒にいる事が出来ている無能だよ。足手纏いになるばっかりで、ただ自分を傷つける事でしか天才に追いつけない。凡人中の凡人だ、嫌になる。ちなみに、ここまできたからもう言うけど、薬物中毒の末期症状まで出ているからね、俺。ヘヴンズゲート愛用してるって時点で、人としてお察しレベルでしょ。」
「え、薬中なの?」
「そうそう。ブラッドがいいルート知っててさ、いつも助かってるんだよ。」
「・・・ほんと、あの人は・・・。」
「似た者同士引き寄せられたんだろうね。」
「あの人も薬物中毒者なんですか?」
「いや、また別の快楽主義者なんだけど・・・君には、とてもじゃないけど、教えられないなぁ・・・。」
流石に、11歳くらいの少女に、あぁあいつただの風俗狂いだよーとは、とてもじゃないが言えなかった。元勇者なので状態異常耐性がついているから平気な筈なのに、異種族の店に行ってとんでもない性病を貰ってくるなんて事はザラで、その度に死にそうになっている彼を回復魔法で治癒するなんて事が日常なんて言える訳が無い。それなら同じ人間同士ですりゃいいじゃんとは思うが、本人曰く好奇心と興味は止められないらしい。終わっている。
が、たまにブラッドが本音を漏らす時がある。それは、自身が性病等で追い込まれている時に、何故そんな事をしているのかについて、理由を言ってくれる時がある。
「―――――俺達が殺してきた魔族が人間側でロクな職につけない差別の現状を知りたかったんだ。自分たちがどんな命を奪っているのか、それでどんな不幸が待っているのか。楽しそうに生きていっているのか。」
たまに、性病じゃないモノを貰ってくる時もあった。それは致死性の毒だった。恐らく、元勇者に対しての復讐で、何らかに毒を入れられたのだろう。それでも、幸助が治すまで、それを性病だと言い張った。
その時、幸助は思った。まさかとは思うが、復讐の機会を与えているのでは?と。
ブラッドは、罰を欲しがっているんじゃないか、と。
もしそうなら、大馬鹿だ。勇者のくせに、命の選別に割り切れていないのだから。
だが、常にふざけていながらも、何処か律儀で生真面目なブラッドの事を、幸助は心から尊敬していた。不器用な人間だし、善悪の基準が独善に寄り過ぎている気がするが、最強の勇者もただの人間なんだなと思わせてくれる隙がある。しかも、復讐の機会を風俗で与えるなんて、もう意味不明だし倫理観が滅茶苦茶だ。笑うしかない。
そんな姿を、自分だけが知っている事に、幸助は一種の独占欲を感じていた。
こういう人間が異世界にいるという事実を知れただけでも、この世界に来た意味があったと言える程の誇らしさがあった。
「・・・ブラッドもそうだけど、世の中、意外と悪い人ばかりじゃないよなぁ。なのになんで、戦争するんだろうか・・・。」
幸助はぼやく。魔王軍さえいなければ、という問題では無いのだ。この世界は、たとえ魔王軍がいなくとも、似たような存在は生まれていたのは明らかだ。
共通の敵として魔王軍が君臨しているお陰で、一時的に団結出来ているだけであって、昔から小国間の醜い争いは頻発していた。その度に、罪の無い人々が犠牲になった。利権や思想の違いによる争いは、たとえ平和になった所で尽きる事は無い。そこに人間がいる限り、血は流れ続ける。
「・・・私達が何の為に戦っているかなんて、考えたら頭が腐りますよ。」
勇者レーヴは正論を放つ。
「そうだね。きっとこれは役割があるんだ。僕はセトラと握手する。それでいい。じゃ、ここらでお別れだ。次会った時は俺の事、無視していいよ。」
「そんな事しませんよ。」
「いや、頼むよ。俺みたいな奴と、君は関わるべきじゃない。勇者はこんな奴と知り合いじゃ駄目だ。周りが納得しない。だから、今日の事は無かった事に。ま、次会えるか、生きているか分からんけど!」
「確かに、そうですね。それでは。また会えたら。」
「うい!」
――――――そうして、勇者は《迅速》を使って加速し、遠くの方へ消えていった。
――――――さて。多分死ぬな、これ。
幸助は、覚悟を決めた。目の前の神殿は恐ろしく荘厳で、不気味だ。
この中に、かの龍王セトラがいるのか・・・。きっついなぁ・・・。俺この前までただの高校生だったのに、いきなりこんな最強格と握手するなんて、やっぱり頭おかしいな・・・。
反発する心とは裏腹に、幸助の身体は勝手に動き始める。恐怖感情が湧いてくるが、幸助は口元を歪ませ、笑みを浮かべていた。強烈な感情も、沸点を越えると正反対の反射が起こる。それが、幸助の嗤いだった。死を身近に感じるようになると、防衛本能として嗤いが溢れてくる。そして、いつもより陽気になる。そんな自分が、幸助は嫌いでは無かった。
遠くの方で、大きな地響きが聞こえてきた。ブラッドが暴れている証拠だ。あの調子なら、放っておいてもよさそうだ。
視界が暗くなっていく。神殿には誰もいない。・・・・・・いや、いる。
幸助は吸血鬼としての夜目を凝らし、周囲を見回した。すると。神殿の内部に隠し扉が見え、その奥に大量の熱反応があった。人だ。大量の人が、避難している。
幸助は、少し安堵した。どうやら、この龍王は現地住民とそこそこの信頼関係は築けているらしい。これなら、対話の余地があるかもしれない。外に出てこないのは、恐らく、竜の爆撃から逃れる為だろう。あの爆撃は、見境が無い。誰が敵かなんてどうでもいい程にぶっ放し続けている。
――――――まぁ、それが本当かどうかはおいといて。
もし、セトラが自分の信徒さえ簡単に殺す判断を下すならば、こちらにも考えがある。
勇者には友和手段しか言っていなかったが、握手さえ出来れば、こちらのものだ。
血みどろの状態で相手に触れたら―――――――そこからは、僕の選択の自由だ。
幸助は、《村正》を鞘から抜いた。
そして、右手と、左手の平に、穴を開けた。幸い、麻薬の影響が残っていて、痛みは鈍く感じた。血が溢れてくるが、止血しない。出血が止まらないまま、神殿の先を進んでいく。
先へ進んでいくにつれ、隠し扉から漏れた人達が何人も見えた。薄暗い闇の中、紅く光る眼が、血を垂れ流しながら、微笑を浮かべて突き進んでいく。その様子は異常そのもので、奇異と恐怖の眼を向けるばかりで、幸助の歩みを止める者はいなかった。龍王セトラには誰も勝てない。これは現実なのだ。
そして、奥の広間に到着し、重苦しい扉を開けた。
そこには、巨大な龍がいた。紅い龍が、気怠そうに横たわっている。
「―――――龍王セトラ。話がしたい。」
「―――――お前は誰だ。」
「俺の名前は幸助。ゆくゆくは、魔王を倒す男だ。」
自分が出来る最大の虚栄で、幸助は震えながら嗤った。




