第66話 本懐
「――――よぉ、仕返しに来たぜ大天使様よォ。」
竜が降り注ぎ爆炎の絶えない市街地にて、ブラッドは住民を撃ち回っていたコンパイラに剣を向ける。
「おや、何かと思えば、さっき逃げた者ですか。」
コンパイラは返り血を拭い、笑う。罪も無い人を殺して興奮しているのがすぐに分かった。翼についた返り血は酸化し、所々が黒く変色しかかっていた。
「まぁいい。お前なんぞ敵ではない。十二幻将コンス、来てるんなら早く来い。まとめて相手してやる。」
「舐められたものですね!!!」
コンパイラは、《星獣弓》を構えた。煌矢がブラッド目掛けて、突撃する。が、ブラッドは、避ける素振りすら見せなかった。
煌矢が直撃し、砂埃が舞った。
「―――――はッ!!口だけか落とし子が!!」
「―――――いやいや、豆鉄砲でも当てられたのかと思った。」
煙が上がると、そこにブラッドの姿があった。
魔剣すら顕現させず、何事も無かったかのように平然としている。服についた砂を払って余裕を見せた。
コンパイラには、何が起きたのか分からなかった。
何故、何も起きていないのだ?
「教えてやろうかコンパイラ。俺が何故、その攻撃を受けて平然としていられるか。」
「ああ教えろ。聞くだけタダだ。」
「素手だ。」
「・・・は?」
「だから、素手で払ったんだ。よく見ろ、俺の周囲を。」
ブラッドの足元には、細く深い穴が幾つも空いていた。
―――――まさか、とコンパイラは思う。
煌矢は、魔弾並の出力を持った密度の高いエネルギー体である。
それを、手で払える訳が無い。どんなに馬鹿力でも、不可能だ。
しかも、音速を優に超える矢の軌道を逸らすだけでなく、打ち落とすなんて、どんな反射神経をしているのだ。これじゃまるで―――――――
「これで分かっただろ?お前も本気を出せ、コンパイラ。そうしたら、俺も本気を出してやる。」
「・・・何を・・・!?」
「俺の血がそう言っている。お前は奥の手があるだろ。危険度S+は、ギルドの過小評価だ。本当は、俺の見立てではSSは下らない。仮にもお前は大天使だ。ラビ・レイジネスよりも、お前の方が厄介そうだ。」
「・・・・・・貴様。見る目があるな。」
「だろう?だから死ね。お前は殺し過ぎた。お前を、最初から居なかった事にしてやってもいい。他の天使達みたいにな。」
「・・・今、何と言った?」
「お前の他の天使は、聖杯争奪戦の時に、俺が全員始末しといたって事だ。それすら覚えて無いんだったら、俺の作戦勝ちだ。お前は、お前以外の天使を思い出せるか?覚えて無いよな、そうだよなぁ?」
―――――――魔剣使いブラッドは、勇者として選ばれた時、ある力が覚醒した。
勇者として選別される際、その勇者には人々の祈りや英雄化により、新たな力が発現する事がある。レーヴの《魔装縛式》は、選別時に覚醒した固有スキルだった。
だが、ブラッドが勇者として覚醒した新たな力は、今後の人類史に大きな影響を及ぼしかねない、人智を超えた恐ろしい力だった。神の権能や世界の法則に似た、何か。
その能力そのものが魔法の到達点である《箱庭》の概念干渉に近く、その存在はあらゆる勢力から危険視され、水面下で問題となった。
それが、魔剣使いブラッドが勇者として過去最高で史上最悪と呼ばれる所以になってしまった。その力の全容を知る者は極一部の人間に限られ、中には禁断の魔女クロエと同じように封印指定を要求する者まで出てきた程だった。
ブラッドは、ニヤリと笑う。
「俺が与える罰は、罪の存在そのものすら消せる。魔王の味方に付き堕ちた天使には、忘却という結末がお似合いじゃないか?」
そう言い放つブラッドの表情は、人間の表情を忘れた、歪んだ獣のような微笑みに変わっていた。不自然に口角が上がり、右眼だけが大きく睨みつけ、左目は興味の無さそうな諦観を帯びている。
「・・・・・・成程、ならば私はお前を止めなければならない。名も無き同朋の鎮魂歌を、お前の命を以て焼べさせてもらう。
固有スキル《星誕》拡張――――――――」
「―――――――《神威化》解放――――――――」
因縁を持った両者が、全ての力を解放し、激突する。
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「―――――あのー、馬鹿なんですか?セトラと握手するって・・・・・・。」
勇者レーヴは戸惑った。目の前で笑顔を振りまくブラッドの友人が、常識外れな発言をしたからだ。
「馬鹿にしていいよ。でも、俺は話し合いに来たんだから、握手くらいはしたい。」幸助は平然と歩き始める。
「・・・龍王セトラに触れるのは、途轍もなく危険ですよ。」
「知っているよ。《爆撃》スキルの一部には、触れた対象を爆弾に変える能力があるらしい。」
「《洗脳》されるかもしれないじゃないですか。まず、触れるのが危険です。」
「・・・でもなぁ、危険がどうとか、言ってる場合じゃないと思うんだが・・・。」
幸助は視線を、窪みにある市街地の方に向けた。
スルースヴィルの街は、空で大量に待機されている竜の爆心地になっており、5秒毎に大きな爆音が鳴り響いていた。聖伐隊の冒険者達が様々なスキルや魔法を駆使し、敵と戦っている戦闘の轟音や、無辜の住人の悲鳴も時折聞こえてくる。
「全てが敵に見えるから、無差別に攻撃している。俺達が味方だと証明出来れば、被害はもっと少なくできるかもしれない。それなら、俺の握手くらい安いもんだ。」
「可能性は、低いですよ。何百年神殿に籠っていると思っているんですか。」
「なら、レーヴ、君はどうする?危険度SSS+~、測定不能とさえ言われている最高クラスのセトラを、君に殺せるか?もし殺したとして、それ以上のメリットを世界に提示出来るか?」
「・・・・・・それは・・・。」
「俺は無駄に殺される人数を減らしたい。話しても分からなければ・・・手段はある。もしかしたら、セトラも俺も、ただでは済まないかもしれないし、どっちも死ぬって最悪の未来もあるかもしれないけど、少しでも最善の可能性があるならそうしたい。だから、握手をするのさ。例え俺が死んでも、代わりなんて幾らでもいる。師匠には申し訳ないけど、やるしか・・・。一か八かだけど、対話不可能な魔王軍が攻めてきた以上、うん、やるしかない。」
「・・・そんなの、怖くないの・・・?相手は、セトラだよ・・・?」
「死ぬ事はそんなに怖くないよ。でも、何も結果が残せずに忘れられて死んでいくのが耐えられないから怖いんだ。君もそうじゃないか?勇者レーヴ。」
「・・・・・・私は・・・どっちも怖いよ・・・。」
「それが普通だから気にしないでいいと思う。俺はもう一回死んでいるし。」
「・・・え・・・?」
「ま、俺の事は例外だと思ってくれたら有難い。とにかく、君には未来がある。あのクソ姫様とは違って純粋だ。俺とセトラのやり取りを見てくれているだけでいい。馬鹿馬鹿しい俺の《自殺》行為に付き合う必要は無いさ。」
そう言って、幸助は小走りで神殿へと向かい始めた。
「・・・・・・やっぱり、理解出来ない・・・。私なら、やりたくない・・・。」
レーヴは、自らを省みずに利他に走る幸助の存在を、納得出来なかった。
固有スキルとは・・・体系的な魔法からは逸脱した特別な才能を持つ者だけに宿るスキル。生まれつきのモノや祈り、生死に関わる体験など、様々な理由で芽生える可能性がある。基本は、その人にしか使えないスキルとなっている。固有スキル持ち=才能があるといっても過言では無い。だからといって魔法の派生スキルが弱い訳では無い。だが、固有スキルにはその特異性から、理不尽かつ強力無比な能力が宿る事が多い。
固有の幻獣にしか宿らないスキルもある。
固有スキル拡張・・・固有スキルの性質をより具体化する。例えば《爆撃》ならば、何かを爆発させるという抽象性が強い能力だが、拡張をする事で《爆撃》の性質をそれぞれ具体化し威力の底上げを図る。ようは《爆撃》スキルの様々な仕様に技名をつけるようなモノで、定義化する事で性能が爆上がりする。
聖杯・・・旧神フォーチュンが下界に堕ちた際に散った権能が集まり、形となったモノ。完成された聖杯は何処かで天使が護っているといわれている。純潔の者にしか触れる事が出来ない代物とされており、手にした者の願いを叶える。が・・・。
聖杯争奪戦・・・聖杯の実在が判明した事で、命知らずの冒険者や国の暗部が調査に乗り出して聖杯が探された事案。情報戦が繰り広げられ、探索者達の間で戦闘行為に発展する事も珍しくなく、聖杯の為に数々の実力者が殺された。その争いにブラッドは勝利し聖杯を手にしたとされる。これが後にブラッドの風聞を悪化させる要因の一つにもなった。




