第63話 血命と半鬼
「――――ごめんコースケ。色彩魔法に関しての論文を魔法院に提出しなくちゃいけなくて、ちょっと尋常じゃないくらい忙しいんだ。今回はパス!ごめん!愛しの師匠とランデブってきなよ!」
白髪赤眼の透き通るような肌をしているアルビノの少年・パレットは、幸助のクエストの誘いを快活に断った。
幾ら親友の頼みとはいえ、国や世界の危機だとしても、彼にとっての動機は全て、自らが編み出した色彩魔法を広める事の方が重要なのだ。幸助は、何となく断られる気もしていたので、静かに頷いた。
「――――っていう訳で、ブラッド、一緒に行こう?」
「俺は第二希望かよ。まぁ、元々行く予定だったからいーけど。」
「今回の聖伐、レーヴも出るらしいね。やっぱり心配なの?」
「・・・・・・まぁ、な。直接は関与しない予定だが、あ、でもその代わり、俺らで今回パーティ組むんだったら、お前んとこの師匠は呼ぶなよ。色々と風俗絡みでややこしい事になったばかりだし。俺なんか嫌われてるっぽいし。」
元勇者であり、聖杯に選ばれた過去のある魔剣使いのブラッドは、苦笑いを浮かべた。
「うん、最初からそのつもり。」
「・・・どーした?お前があの師匠と別行動するなんて、何かあったのか?」
「セトラとちょっと、折り合いが悪いらしい。」
「まぁ元々、あの人も魔王軍幹部だしな。仕方ないか。正体知った時はビックリしたぜほんと、今じゃ当たり前のように受け入れてるけど、不思議なもんだな。クロエも誘ってみるか?」
「うーん・・・。一応、スルースヴィルの人々の保護も目的だから、あの人が出ると無差別に殺戮しちゃいそうで、場が余計こじれるかもしれないよ?」
「あ、確かにマジでそうだな。やめとくか。っつっても、なーんか怖いなぁ・・・。幾ら俺が強いとはいえ、ちょっと分が悪いぜ。魔王軍に戦力が寄り過ぎてる。」
「それは、今に始まった話じゃないよ。しかも、あっちには、レギオン・ホワイリィっていう奴がいて、そいつがとにかくやばいって師匠が言ってた。あんまり顔は見せないらしいけど、そいつが出てきたら世界が終わるって。セトラと引けを取らないって言ってたよ。」
「・・・噂に聞く奴か。まぁ恐らくそいつも十二幻将の一人だろう。十二人いるとされる集団の中で、まだ2人が確定してないってのも、人間側の遅れだな。
十二幻将に幹部、魔王。どれも、ただの人間が相手するには強過ぎる。そんな奴らに、セトラは単独で持ちこたえてるって話だ。幾ら俺が強いとはいえ、セトラの助太刀になれるかどうか。しかも、それにはセトラの信用も勝ち得る必要がある。じゃなきゃ奴の《爆撃》が直撃だ。目に映る者全てが敵状態の奴に、どうやって助けようってんだ。」
「――――俺に、考えがあるよ。」
「・・・ほう、どんな?」
「俺がちゃんと利用価値のある奴だって、思わせればいい。」
――――――そうして、男達2人は、ガレス王国軍が送った先遣隊とは別に、戦場となったスルースヴィルに侵入した。
聖伐軍。
勇者レーヴを中心とした、魔王軍対抗組織。
実権をアレス王が握る事を許可されている特別軍。しかし、その聖伐軍の実態は、ガレス王国を中心とした周辺国家の同盟により成り立っている、小規模精鋭の合同軍である。
魔王軍に対する早急な対処をする為に設立された組織である。
その組織は、勇者レーヴやS・A級相当とされる実力者で構成されており、のべ50人の人員で成り立っている。それも、元々様々な武勲や功績で評価された老兵の集まりで、まだ幼きレーヴを導く為に経験でカバーをする。
死に場所を求めている老兵が、祈りと大義名分、正義に酔いしれて、人生最期の武勲を求め、敵を狩り尽くす為に集まっているに過ぎない、戦闘狂集団である。
異世界の人間は、命に対しての価値観が非常に軽い。
色んな宗教が根付いており、しかも神の力というのが実際にある世界なので、輪廻転生や生まれ変わり、死後の世界といった概念は当たり前のように共有されている。
あるいは、そう信じないといけない位に、あまりにも救いの無い世界なのかもしれない。強者しか生き残れない、弱者には人権の無い世界である。
「――――懐かしいな、俺もよく聖伐に行ってたよ。まぁ、レーヴの2代前の勇者だった俺が懐かしむ程、昔の出来事って訳じゃないんだけど。」
ブラッドが懐かしむように口元を緩ませる。
「何年前だったの?」
「俺が勇者辞めて、聖杯事変に関わってからだから・・・3年前か。」
「早くない?じゃあ、ブラッドの次の代って、あの・・・。」
「トリオンだろ?あいつは早かったな。まー俺よりはかなり年上だが、才能が無かった。レーヴみたく魔装具を鎧みたいにして使える訳じゃないし、当然だな。勇者に選定されて、確か半年で死んでいる。十二幻将コンス・T・ラーに《箱庭》使われて、サドンデスだ。」
「・・・それは・・・えぐいね・・・。」
十二幻将コンスは、魔王軍の中でも幹部に引けを取らない程に強いと言われている。
十二幻将は一応、隊長格という扱いらしいが、単純な実力で言えばほぼ幹部と大差ない、一部の奴はむしろ危険度では幹部より高いとされる位に、層が厚い集団であるのだ。
特に、コンス・AA・噂で聞くホワイリィは、現時点で幹部以上の実力者だと名高い。平気で魔法の究極到達点である《箱庭》を使用してくる辺り、容赦が無いし圧倒的過ぎる。
「となると、お前の師匠が魔王軍を離反したのも2年ちょっと前・・・。まー、俺が疑う訳じゃないけど、お前のとこの師匠、間違いなくトリオンの血液、飲んじゃってる気がするんだよ。」
「え?師匠からそれは聞いた事無いけど・・・。」
「吸血鬼って、他者の血を取り込んだ方が強くなれるんだろ?」
「そうなのかな。よく分からない。俺、あんまり他人の血好きじゃないし、実感ないや・・・。」
「そりゃお前はまだ半分吸血鬼だから、吸血鬼要素が薄いだけだろうよ。まーそのお陰で太陽の光浴びてもまぁ平気でいられるんだし、お前はこれからもずっと半端者でいてくれよ?」
「・・・そうだね。一緒に冒険したいし。」
「頼むぜ本当。風俗は昼の方が安いんだ。」
「冒険の意味違うんだけど。」
「・・・・・・俺さ、一回、出すもん出した後にお前の回復魔法で何回戦出来るか、限界までやってみたいんだよな。」
「精子の大量殺人幇助はちょっと遠慮するよ。って、この前連れ出したのってそれ目的・・・?」
「まぁまぁ。でも、俺は吸血鬼に少し執着があるってのは本当だ。もし師匠がトリオンの血液を摂取していたのなら、お前の師匠の《箱庭》に、トリオンが出てくるかもしれないって事だろ?」
「・・・《鬼々累々彼岸峠》に?」
「そう。それって、すげーいい事だなって思うんだ、最近。」
幸助は、不思議に思った。
ブラッドと2人きりで何かのクエストを受けるというのは初だった。
いつも冗談交じりに話すから、常にへらへらしていて、本当に元勇者だったのか疑ってしまう程に純潔とは正反対の人間だ。象徴になるような人間にしては俗っぽ過ぎる。
だが、こうして2人で話すと、内に秘めている哲学めいた信念のようなモノが、時折顔を出してくる。幸助は、ブラッドの事をよく知っている訳でも無いし、何なら元勇者のろくでなし魔剣使いとしか思っていなかったのだが、聖杯争奪戦を終え、聖杯すら手にした事があるとも言われている、経緯でいえば幸助以上に謎の多い男だ。
いつか、聖杯に託した願いで、何を叶えたのか訊きたくなった。
が、幸助は、それを訊くのは流石に気が引けた。いつかブラッド本人から聞けるようになるまで、仲良くなればいいと思い、身を引いた。
ブラッドは続ける。
「血を取り込んだ者の力を使うって、蘇生に似てる気がしないか?」
「蘇生・・・?いや、どちらかと言えば、死体を弄んでいるだけなんじゃないかな。師匠の《箱庭》は、血を取り込んだ他者の力を、過去の敵味方関係なく無理矢理使うやつだよ。俺が言うのも何だけど、死者を冒涜してる。」
「それがいいんだよ。死してなお、死者が望むのは平穏と忘却だ。死者は本当の死を望む。俺はその逆をいきたい。」
「それは・・・傲慢だね、流石は魔剣使い。」
「まぁ元勇者ってだけで、歴史の教科書に載るのは確定なんだけどな。俺、本当は凄い奴なんだぜ?もっと褒めろよ。」
「凄いのは分かってるよ。僕が場違いに感じるくらいには。」
「僕?おいおいコースケ、一人称は、俺なのか僕なのか、ハッキリしといた方がいいぜ。優柔不断な奴って、たとえモテたとしても、結局付き合えなかったりして何の結果も残せないからな。歪むぜぇ~将来ィ~?」
「ッうるせーなこの風俗狂いは・・・。」
「そうそうそんくらい生意気であれ。ただでさえ吸血鬼なんて、普通の幻獣とかなり仕様も違うんだ。自分の価値くらいもっと高く見積もるつもりでいっとけ。」
「嫌な兄貴肌ふかしてくるなぁ、さっきから・・・。」
「・・・・・・・・ま、俺は人に指示するの好きだしな。俺の言う事聞いても、俺は責任取らねー主義でよ。」
「一緒に来る奴間違えたわ。」
兄貴肌、といった後の、少しばかりの沈黙が気になったが、幸助は通常通りにブラッドと会話を続けた。
丘陵を登っていく。次第に、戦場と化したスルースヴィルに近付いていっている感覚がする。山の上に、その街は存在する。龍王の守護地にして、加護されるべき信徒の住む普通の街だ。
実際、スルースヴィルはそんなに悪い街という訳では無い。
ただ、風聞が悪すぎる。あの、過去に暴れまくった龍王の根城なのだから、忌避されて当然と言えば当然である。幸助は、こうなってしまった現実は因果応報でもある気がしていた。
罪と罰。当たり前に存在するその概念は、時に神様の悪戯によって何事も無かったかのように振る舞う瞬間がある。人を殺しても自分さえよければいい者に限って、この法則は適用され辛い。要は、罰を受ける事を拒否する心理は、自らの良心を殺す事であり、そういう意味では罰を受けているとも考える事は出来る。
龍王セトラ。伝説の龍には、人と同じような法則は適用されるのだろうか。
それとも、スルースヴィルでは人の為に尽くす事で、罪の重荷を減らそうとしていたのだろうか。幸福と不幸の天秤を合わせようとするのは、まさしく人間の特徴的な心理だ。
それとも、何も考えていないのか。
化物と相対する時、後者の確立が圧倒的に高い。
化物のみならず、人間も、自らが犯した罪について向き合う者は多くない。
もし、後者ならば、何とも思わずに殺す事が出来る。戦場で敵と戦う時は、相手が悪人であってくれという無駄な祈りに苛まれる。
セトラがどちらなのか。それによって、取るべき行動は決まってくる。
黒煙が登っている。スルースヴィルは大きな山に囲まれており、その中心が窪みのようになって街が形成される。標高差もかなりある筈なのに、その中心部から黒煙が登っているとなると、戦闘は過激になっている事を意味する。
あそこで、レーヴも戦っているのか・・・。
「――――見えてきたな。」
頂上に上り、そこから街を一望する景色が現れた。
そこは既に戦場と化しており、竜が空から矢のように降り注ぐ地獄と化していた。




