第64話 幼き勇者
「早速かよ。聞いていた話と違うじゃねぇか!!」
ブラッドは悔しそうに叫んだ。今行われている状況は、戦闘では無く殲滅戦だ。
セトラの《爆撃》は、自らの竜を動く爆薬として扱う事で、空からの自由落下によるエネルギーも相まって途轍もない威力を生み出す。円のドーム状になった炎熱が至る所で形成され、酸素を奪う。
これじゃあ、人々を守るも何も、あったものではない。
このままでは全員死ぬ。何の為にクエストを受けたのか分からなくなる。
2人は、割り切った。人として大事なモノを捨てた。
人々は助けない。助からない。でも、今がチャンスだ。
―――――この混乱に乗じて、場にいる魔王軍の隊長格を1人、仕留める。
あわよくば、幹部も。
この竜の雨の中をかいくぐって漁夫の利を得るのは、かなりの難度だ。
ブラッドは軽い詠唱の後、魔剣ステインを顕現解放させる。
「魔剣ステイン、解放。」
ブラッドの右手に、魔剣ステインが現れ、握られる。
「――――コースケ。お前はお前のやるべき事をやってこい。俺は元凶を殺してくる。お前が《帰還》の起点な。絶対に死ぬなよ。」
そう言って、ブラッドは幸助の肩を軽く叩いた。
叩かれた幸助の肩に、ローブの上からでも分かる、紅く光る痣が宿る。
《勇道四番・帰還》は、勇者が使う特殊スキルの内の一つであり、勇者が必ず生き延びる為に使用されるモノである。このスキルを使用すると、この紅く光る痣の位置に勇者が強制的に転移するという仕組みだ。
回復魔法に長けている幸助を座標にする事で、いつでも危険を感じたら逃げる事が可能な上、即座に回復して復帰し、全快状態で再び戦闘に向かう事が可能になる。《勇道》の中にも回復系スキルは存在するが、幸助の扱う回復魔法スキルに比べれば性能が劣り、怪我が再生するまでかなりの時間を要する上、戦闘中に使用するとラグが生じてしまう。それならば、幸助の元に帰還して回復した方が、敵を逃がさずに確実に倒すという意味では効率がいい。
だが、それは反対に言えば、幸助とブラッドは完全に二手に分かれて動く必要がある。
まとまって行動する意味がない。敵から逃げる為にも、ある一定の距離は離れておく必要がある。
「・・・分かった。気を付けて。」
「ピンチになったら戻って来るわ。いつでも回復準備頼む。・・・あー、胸糞悪ィ。行くぞステイン。―――《勇道二番・迅速》。」
ブラッドは恨み言のように呟くと、勇者限定スキル《勇道》による倍速移動で、音を抜き去るような速さで駆けて行った。本来なら勇者だけが使う事を許される超優秀なスキルなのだが、それを平然と使うあたり、ブラッドも勇者としての矜持を未だに保っている事は確からしい。
「――――師匠、もうブラッド行きましたよ。ずっとつけてたの分かってました。いい加減出てきてください。」
「――――はぁ。いつから気付いていた?」
幸助の影から、元魔王軍幹部スレイヤーがぬるっと現れる。
観念した様子で溜息をつきながら、スレイヤーは文句を言い放つ。
「私を差し置いてブラッドとクエストに行くなんて何考えているんだ!」
「いや、だって昼じゃないですか。太陽の光を浴びたら、弱まるでしょう?」
「何度言ったら分かるんだ、私は昼でも活動する術くらいある!」
「自分の力がどこまで通用するか、試したかっただけです。」
「死んだらどうする!?」
「今回は、命がけなんです。師匠、貴女からは色んな事を教わりました。この恩は返したくても、大き過ぎてこの命を捧げても返せるかどうか。そのくらい、好きです。愛しています。」
「・・・・・・続けなさい?」スレイヤーは、満更でもない表情を浮かべた。
「これから、魔王軍との戦いは激化の一途を辿るでしょう。師匠から教えてもらった十二幻将のホワイリィに対抗できるようになるには、僕自身がもっと力をつけていかなければいけない。だから、今回の戦いは、師匠の力は借りたくない。僕だって、師匠の横に並んでいい位に強くなりたい。パレットと肩を並べる男になりたいし、ブラッドやクロエとも対等になりたい。その為に、出来る事は何だってしたい。」
「・・・。」
「龍王セトラは最強です。この世の生物の中で最も強靭な部類に入るでしょう。今の僕じゃ、敵いません。それくらいは分かっています。正攻法で何とかしようなんて思っていません。これから魔王軍と戦うには、セトラの協力も必要ですから、何とかして取り入らなければいけない。」
「・・・・・・恐ろしく強いぞ、奴は。」
「でも、死ななければいいんですよね?なら簡単です。セトラに、僕の覚悟を見せてきます。」
「・・・・・・分かった。だけど、必ず生きて帰って来なさい。私はここで待っている。」
「・・・ありがとうございます。なんか、ヤバそうだったら助けに来てください。」
「いや、基本コースケのヤバそうな場面にしか立ち会った事無いけど、まぁ自分が納得するまでやってきな。・・・死ぬのは許さんぞ。」
「分かってますって。じゃあ、師匠、行ってきます。」
幸助は、跪いて師匠の手のひらに約束の接吻をし、背中を向けると、向かい側の山に聳え立つ神殿の方へと、走り出した。
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――――勇者レーヴは、苦戦していた。
魔王軍十二幻将・コンパイラ=ローゼス。
危険度はS+。かつて旧神に仕えた大天使の一柱であり、正真正銘の神話の人物。
大天使でありながら唯一、旧神との謁見を許されていた程の人物である。
現存している天使の最後の生き残りである。
「君が最新の勇者か。いいじゃないですか、なかなか筋がいい。」
―――――《星獣弓》。
彼女の持つ弓は、追っ手を何処までも追いかける神造兵器の一つ。
その弓には神の祝福が宿り、愚かな者に聖なる裁きを与えるという。
他の聖伐のメンバーはそれぞれ散り散りになっていて、他の十二幻将に対処をしている状況で、レーヴは単騎での撃破を迫られている状況だった。
何しろ、今回はあのコンスが直々に赴いているのだ。正直な所、他の聖伐軍のメンバーでは、コンスの時間稼ぎにしかならない。ましてや、今のレーヴでは敵う相手でもない。
だが、十二幻将の一人くらいは、倒さないと、過去の勇者すら越えられない。
レーヴは焦っていた。このままでは、何の役にも立ちはしない。
ただでさえ空を駆ける天使の羽で飛び回る事が可能なのに、逃げながら必中の弓を放ってくるこの戦い辛さに、レーヴは全く慣れなかった。弓から放たれる《煌矢》を打ち落とすだけで精一杯で、近付こうにも近付けない。
「《勇道二番・迅速》――――」レーヴは唱える。
「はっ!幾ら加速した所で、当たらなければ一緒だ!!」
煌矢を打ち落としながら、一気に距離を詰める。弾ききれなかった煌矢は体勢を変えながら、肩や脚を霞める程度に留めていた。必中効果のある弓は、対象に接触した時点で追尾機能を失う。なので、極力接触する箇所を抑えつつ、更に加速しながら空を蹴り、踏み込む。身体の至る所から血が噴き出し、身体を覆う魔装具は既にボロボロになっている。
が、まだ身体も成長しきってない、若いレーヴには、獣のように敵に近付き、屠るしか道はない。犠牲を覚悟し、間合いを詰める。
「《勇道一番・抜刀》――――」
「――――《星誕》――――」
勇者の一閃は天使の姿を捉えた。が、コンパイラの固有スキル《星誕》によって、一瞬にして光となり消え、勇者から距離を取る。
瞬間移動。自身の身体から半径1キロ以内ならどの位置にでも一瞬にして移動する。
距離が遠くになるにつれ、少しラグが生じるが、1秒も詠唱待機時間があれば、その半径内の端から端まで移動する事も可能だった。
その実態は、開放型の《箱庭》そのものの性質を帯びている。空間に影響を及ぼし、その中で自分のルールを設けるというのは、現実世界の侵食と何ら変わらないモノである。
コンパイラが恐れられる理由は、まず攻撃が当たらない点と、無限に放たれる追尾型の弓を避ける事が困難な事だった。まだ経験の浅い勇者には、この搦め手を突破するのは困難を極めた。
――――――こうなれば、一か八か。
アトムプラン。勇者剣に秘められた最強の矛。
周囲を核熱で更地にする、魔力が無限に近い勇者だからこそ出来る決死の技。
斬撃が当たらないなら、爆発に巻き込まれる範囲を増やせばいいだけの事。
だが、そうすれば、今度は勇者の命が危うくなる。
この時の勇者は、アトムプランは決死の技に等しかった。まだ身体が成長しきっておらず、肉体的スペックが他勇者と比べて明らかに低い。使えば、下手をすれば、制御が出来ずに死んでしまう危険性すらあった。
――――――例え、ここでアトムプランを使用し、十二幻将の一人を倒したとして、セトラはどうする?
他の十二幻将が来たら、どうなる?
温存する余裕は無い。
「――――行け!!《星獣弓》!!」
更に距離を取ったコンパイラから、再び煌矢が放たれる。
瞬間に見切り、最小限の動きで矢を払う。そして、アトムプランを放とうと、コンパイラの方に再び向かった瞬間――――――
「―――――遅い。」
背後から何かに、斬り付けられる。
―――――《星獣弓》の形態変化した姿である、剣先が見えた。
いつの間にか、背後に回られ―――――――
《星誕》に、対処出来なかったーーーーー。
自分の背中から、血が噴き出しているのが目に見えて分かった。切り傷は深い。身体が繋がっているのが不思議な位、痛くて熱い。
ーーーー死ぬのか、私。
まだ何にも知らないのに。残してないのに。
空中から落下しながら、勇者は自分の無力さに嘆く。
十二幻将の一人すら、倒せないなんて―――――――
これが人々の祈りを受けた象徴の力なのか。
情けない。何故自分みたいなモノが選ばれた?死にたい、はやく、消えてしまいたい・・・。
全身に走る耐え難い痛みよりも、勇者は自分が選ばれてしまった事への罪悪感で、全てを放棄するつもりで、生きる気力すら失った。
力無く、落下していく――――――。
―――――――が。
勇者は気付く。何者かに抱えられている事に。
空中から落ちてきた自分を、受け止めた者がいる。
「―――――ふぅ。間にあってよかったぜ、レーヴ。」
その声には、聞き覚えがあった。
無責任に軽い口調、眼の下の深いクマが特徴的な、2世代前に勇者をしていた、真に強き者。類まれな才能、血筋共に、勇者の中でも様々な奇跡を残したと言われる、歴代最高の勇者。
魔剣ステイン使い、ブラッド。
聖杯争奪戦を難なく勝ち抜いた、最強のろくでなし。
「―――――治療が先だな。おい、コンパイラ!!後で相手してやるから待っとけ!!」
「――――!!あいつは、ブラッド・・・!!」
コンパイラは、構えた。
「・・・・・・私は、まだ・・・。」レーヴが腕の中で、無理に動こうとする。
「そんな傷だらけで戦うな。死んだら終わりだ。やばいと思ったら逃げろ。」
「・・・貴方がまだ勇者なら、私は・・・・・・。」
「・・・・・・それは・・・ごめんな。待ってろ、《勇道四番・帰還》――――――」
――――――そうして、ブラッドとレーヴは、紅い痣を宿している座標の幸助のいる地点に戻るのだった。




