第49話 自傷
無限に続く竜との交戦に、幸助も疲れが見えていた。
人間を竜に変えた上での《爆撃》は、幸助の神経を削っていった。
あまりにも悪趣味過ぎる。龍とは本来、人間に寄り添う存在では無かったのか。
その為に、龍は人と心を通わせる為に、信仰を集める為に、心が分かるようになったのではなかったのか。
これでは、龍の本質とはかけ離れているじゃないか。人間同士を争わせるために、人間を竜に変えての連鎖を生み出すなんて、この上なく悍ましい。
目の前の竜を殺す事でしか、もはや意味は無い。でなければ、一方的に《爆撃》されて殺される。どちらにせよ、竜に変えられた時点で、救いが無い。
遠くの空に、黒い飛蝗の飛影が見えた。札幌の北川だ。まだ人が大勢いる筈だ。
目覚めた人間が、《虚無病》にされ、たちまち竜化するのも時間の問題のように思えた。
終わりが、見えない。
もういっそ、全員、殺すしかないのかもしれない。
幸助の頭に、恐ろしい考えが浮かぶ。
だが――――――それが一番、現実的なのも事実だった。
もし、この札幌内にある《箱庭》が解除されてしまえば、この竜達は何処へ行く・・・?
この飛蝗も、もっと人の多い所へ行こうとするのではないか。
伝染病は、あっという間に広がっていく。全国から竜が増えてしまえば、あっという間に世界は滅亡する。
今は逆に、この《箱庭》があるからこそ、新たな脅威が外に出ずに済んでいるだけだ。
もし、札幌の生物全てを焼き尽くしてしまえば。それだけの火力を出してしまえば。
その悲劇は起きない。
《極炎斬刃》の火力を出し切れば、札幌中の大気の酸素を全て燃やし尽くし、焦土と化すのは簡単だ。レーヴも俺も、今すぐにでもそれを実行する事が出来る。
多の為に、小を切り捨てる冷酷な判断が、今この状況においても必要とされている。
なんて残酷なんだ。この状況は、最初から詰んでいた。
世界を救うには、誰かにとっての悪魔にならなければならない。もうこんな選択の連続は、異世界で終わりにしたかった。でも、神はまだ、俺に試練を与えるらしい。
嗤うしか無いだろう、こんなの。俺は元々、ただの心の弱いいじめられっ子だぞ?
勘弁してくれ。
小さい子供の竜が、《爆撃》の為に突進を仕掛けてくる。
「――――《偽創具顕現・村正。》」
幸助は、生み出したかつての愛刀で、それを容赦なく切り捨てる。今やただの傀儡。だが、かつては無辜の人の子供。心が痛い。でも、心を鬼にしなければいけない。今この瞬間だけは、人間の幸助では無く、吸血鬼として、冷酷に振る舞う必要がある。
頭の中が雑念で溢れてきた。かつて抱いていた希死念慮に近い、強迫観念じみた妄念が渦巻いた。だから、衝動的だった。幸助はまさかの行動を取った。
手にしている村正を、自らの腹にぶっ刺した。
鮮血が飛び散る。鋭利な痛みが脳に走る。頭の中で何かが弾け、満たされていく感覚が身体に染みわたった。
それは、端から見ても自傷行為に過ぎない、自滅に等しい行為だった。
だが――――――それで、吸血鬼は笑顔を取り戻す。
痛みが自らを安心させる行為だ。頭が焼き切れる程に痛覚が溢れてくる。と同時に、思考が冴え、多幸感に襲われる。ああ、俺は生きているんだ、と認識する事が出来る。
人間でいう所の、リストカットと何ら変わらない。
こうする事で、この吸血鬼は尽きかけていた魔力を無理矢理、痛みによって錬成する。
身体の傷は、実際に戦場で付けられた傷より、自傷行為によるものが圧倒的に多い。
常に死と隣り合わせで生きる事で、いつしかその状況に慣れてしまい、それが当たり前と身体が認識するようになっている。
「・・・・・・は・・ははははははははははは!!!!結局、俺は何にも、変わってねぇじゃねぇかよ・・・・・・。」
アイナやスレイヤーにさえ使用を止められていた自傷行為の禁を破ってしまった自分に罪悪感を覚えながら、吸血鬼はその痛みに生を感じ、嗤うしかなかった。
全員、殺すしかない。その決意が宿った。
――――――その時だった。
札幌南、上空。三角山付近から、強烈な光があふれ始めた。その光は先程、二極の槍が合わさった時に生じる光と酷似していた。意味も無く発生する光量ではない。光の柱が山から噴き出るように溢れ出ていた。
幸助は、直感を働かせた。
アイナだ。自分以外に、《偽創具顕現》を使えるのは、アイナしかいない。
しかも、その光を発生させる魔装具には覚えがある。
虚聖夢限小銃―――――自分が魔王を倒す際に、
《虚夢幻槍ファントマ》と《聖刻魂槍クリア》を、《真創具顕現》により《融合》させ、作り上げた魔装具の究極。
その光が溢れているという事は、そこにアイナはいる。
流石は天才だ。もう敵の位置を突き止めているのか。しかも、この光の出方は、内側から《箱庭》を破って溢れた光の可能性も高い。
成程、龍は2体いて、札幌は二重の《龍世界》が掛けられた状態だという事か。
幸助は様々な事を悟った上で、次に何をするべきなのか、すぐに行動を決断する。
札幌全体に掛けられている時間加速の《箱庭》はまだ、解除してはならない。竜を札幌内に留めておかないと、もっと悲惨な状況になってしまう。
だが、アイナの方にある《箱庭》は、たとえ術者本人を殺した所で、さほど表の《箱庭》には影響は無いだろう。つまり、裏の方に潜む術者の方は、殺しても問題ない。
先程、空で見た《龍星群》も、札幌の南の山に消えていった。
これは間違いなくビンゴだろう。マクガフィンの言っていた、矛盾なる異邦者とやらは、そいつに違いない。
もう一人の龍の方も気にはなるが、まずは倒すべき相手から始末しなければ。
「《偽創具顕現・蒼炎外套》&《偽創具顕現・聖刻魂槍クリア》&《防壁陣》――――――」
外套を羽織り、聖槍を身体に巻き付けるように抱え、その身体の周囲に《防壁陣》を展開する。まだ腹に村正が刺さったままだったが、抜くつもりは無かった。
そして、外套に魔力を与え、急加速する。
魔を祓う聖槍を身に纏いながら、空を覆う竜の群れを貫き、目的地へと一直線に加速していく。竜の自爆による《爆撃》する隙すらも与えず、その凶弾は竜の身を槍で貫くと同時に、幸助の身体を覆う《防壁陣》に正面衝突して、竜の身体を爆散させていった。
光の元へと一直線。三角山の斜面に溢れている光の元へ到着すると、裸になっている山の表面に空間の揺らぎが発生しているのを見て、吸血鬼はすぐさまそこに飛び込んでいった。
吸血鬼は決意を固めていた。もう選り好んで戦っている場合では無い。矜持も何も、今はいらない。
自らの《箱庭》を使い、この事態を引き起こした相手を、確実に殺さなければいけない。
こんな時でも、何故か脳裏に浮かぶのは、太陽を信仰する矛盾の吸血鬼・師スレイヤーの姿だった。




