第48話 未来の巫女
灰色の世界に、アイナは引っ張られ、地面に激突する。色を失ったような世界に、アイナは見覚えがあった。宵闇龍ゼノンの《龍世界》である《反転鏡界》に限りなく似た世界である。反射鏡のように現実世界を模した裏世界の再現。
アイナは、核心に至る。
「・・・いたたた・・・もうちょっとレディの扱いを身に付けて欲しいわね。」
アイナは、目の前で佇む存在に文句を言った。そいつは、黒い影のようなモノで身体を包み、あえて意図的に姿を隠していた。正体を看破されたくないのだろうとすぐに直感で気付いて、あえて知らないフリをしてアイナは溜息をついた。
アイナは、全ての状況を理解出来ていた。自分は何らかの方法で誘拐された。
だが、その誘拐方法も大方予想がついている。
一つ一つのヒントを考えると簡単だ。そして、マクガフィンの詩でそれは確信に変わった。
置いていくなよ、我々を。
去っていくなよ、永遠に。
我らは君たちの罪。
君たちは我らの夢。
泡沫に消えゆく慕情は捨てて行け。
跡さえ消えゆく使者に祈りと鮮血を。
こんなバレバレのヒント出しておいて、分からない奴がいるのかと言いたくなる。
未来予知に限りなく近い直感が、全ての事実を見抜く。立ち上がりながら、アイナは毒づいた。
「・・・で?私の紋章が欲しいのかしら。それとも、私がそんなに厄介なのかしら。」
「お前が未来の巫女アイナか。」
そいつは、判別出来ないモザイクが掛かったような加工された声で、妙な事を口にした。
未来の巫女?私が?そんなたいそうな名前で言われなきゃいけない訳?
「未来がどうなるか私が分かるとでも?はっ。コースケがいる世界にはね、もう未来予測なんて意味ないのよ。これからどうなろうが、全部あいつ一人が解決するんだから。」
「そのコースケとやら・・・そいつだけが唯一未来を変えられた、と。」
「ええ、そうよ。滅びの未来を変えた。お陰で私はこうしてここにいる。」
「残念だな。これからお前は新たな存在に作り変えられる。せっかく助かったのに、残念だ。」
「それも予測済みだっての。はぁ、ある程度、未来が予測出来るってのは面倒ね。自分の死すら観念が緩くなる。何事に対しても諦めの耐性がついてしまう。ま、分かるわ、私が生きていたら、色々と面倒だものね。だから小春を狙った。アカシクの民を消す為に。あんた達、女帝デスペラードの時と手口は何ら変わらないわね。」
「・・・・・・私の正体も、分かっているのか?」
影に包まれた龍が、少し声を揺らして言う。全てを見通している彼女に恐れを抱いたのだ。
その龍に、アイナは嗤いながら答えた。
「ええ、当然よ。ていうか札幌の事態もね。じゃあ一から解説してあげる。
私は当初、この札幌に来る前、龍が単体で侵略に来たと考えていた。それもその筈よ、ニュースでは流星群が一度しか取り上げられていない。でも、札幌に来たらなんか時間の流れ方が違うじゃないの。それに、《虚無病》よ。過去、私達の世界で龍王と呼ばれる存在は3体。アーク、ゼノン、セトラ。どれもが精神に干渉を強制させる龍でもある、が、《虚無病》のそれはセトラの手口と酷似している。精神を改竄するという行為は、紛れも無くセトラの《洗脳》と等しい力だと思ったの。
だから、最初はセトラなのでは?と思った。でも、セトラはこの世界に一人しかいない。
と考えると、アカシクの民が遺した何らかの遺物的なモノが魔眼王の正体だと考えた。
これは説だけど、アカシクの民が幻獣や神さえ創り出したのではないか、ってのがあってね。まぁ私達みたいなロクでもない種族なら、それくらいやるんじゃないかしら程度には思ってたのね。その中に、セトラの《洗脳》みたいな能力持ちがいるんじゃないかって。
でも、マクガフィンの存在をもう一度よく考えてみたら、答えは簡単だったわ。
抗生なる大地の英雄、だっけ?あいつのもう一つの名前。
で、あんたは恐らく、矛盾なる異邦者、だっけ?これ以上のヒントあるかしら?スマホで検索したらすぐ分かったわよ。抗生なる、の意味がよく分からなかったけどね。
これを確定付ける理由として、《虚無病》患者を解剖した時に確信に変わったわ。
あの外で飛んでる飛蝗、あれ、存在そのものを曲げられた竜そのものじゃない。中から黒くないそのまんまの飛蝗が出てきた時、ぎょっとしたわ。こすい手口ね。
まさか、飛蝗が二重構造になっているとは思わなかったわよ。
飛蝗に影を纏わせ、その影に《洗脳》の役割を与えて、飛蝗を身体に埋め込み適合させる。工程が入り組んでいて面倒なのよね。でも、これだけじゃ飛蝗を使う者と影を操る者の存在は別とは言い切れない。飛蝗を扱い、その飛蝗に《洗脳》の影を纏わせ、人々を竜化させるまでが一つの能力として処理されている可能性も否定できない。そんな面倒な能力を使う奴がいるとは思えないけど、まあ一応可能性としてね。
でも、札幌を覆う、大規模範囲に及ぶ時間加速の《箱庭》、そして、今いるこの世界の《箱庭》。
この何ら脈絡が無くて共通点を持たない《箱庭》が二つ存在している時点で一つ事実が確定する。
龍は、2人いるという事。
もし、2人龍がいるとするなら、飛蝗を扱い竜化させるまでが能力の奴と、《洗脳》する影を操るまでが能力の奴の2人による共同作業じゃないかって仮説も立てられるのよね。
で、あんたは恐らく影の方ね。あんた自身が外見を悟られないように、影を纏っているのがその証拠。その姿を見られてはいけない理由がある。そうでしょ?」
その説明を全て聞き終えた影の龍は、吐き捨てるように答えた。
「・・・やはり、生かしてはおけないな。」
「――――だと思ったわよ、いい時間稼ぎになったわ!!!」
アイナは、説明しながらも時間稼ぎの最中、あるモノを作り上げていた。
《偽創具顕現》。幸助が使う魔装具を生み出すスキルを使用する。
アイナは、決して魔法やスキルの類が使えない訳ではない。寧ろ、一度見て解析したモノなら全て、自分のモノに出来てしまう程の器用さを持っている。
だが、彼女には制約がある。高い知能と順応性、そしてあるだけで無駄に魔力を喰う不死の紋章に加えて、元々の身体スペックがそんなに高い訳ではない。普通の魔法を使うのにさえ苦労してしまう。だから彼女は魔装具の開発にいそしむのだ。
だから、《偽創具顕現》するのにはかなりの時間と魔力を要するのだ。
そして、放つは一撃のみ。この状況下において、適任とされる魔装具は、もはや一つしかなかった。
次元破りの小銃。幸助が魔王と戦った際に創り出した、現世に残る最悪の弾丸。
聖と魔の対消滅を強制的に生み出す万死の凶弾。対となる槍の魔装具が混生された弾丸は、全ての概念事象を穿ち、不死さえ無に還す。
「――――《偽創具顕現・虚聖夢限小銃》。」
それを、上空に向けて放った。
アイナの練度では、撃つだけでも限界に近かった。それだけ、適正が無ければ《偽創具顕現》は魔力を消費してしまう代物。伝説級の魔装具を再現するだけあって、代償は重く、この状況下でミスは許されなかった。
だから、アイナは、敵には撃たなかった。当たらなかった場合、全てが終わるからだ。
ならば、せめて、この《箱庭》に風穴を開ける必要があった。
もし、この《箱庭》が、ゼノンと同じような《龍世界》ならば、必ず何処かに出入口がある。出口のない《箱庭》など、《自殺》を概念事象に取り込まない限りは存在しない。世界の再現にも、外界の強制力には抗えない。
数多もの影を突き破り、その弾丸は、上空でとんでもない爆発を起こした。
世界が揺れると同時に、魔力を使い果たしたアイナも、視界が暗くなる。
「これで私の役目は・・・終わりか。ごめんね、コースケ・・・。」
影を纏う者では無い、また別の何者かが近付いてきた気配を感じた後、アイナは前のめりに倒れ、意識を失った。
《箱庭》内で行き場を失ったエネルギーが、出口を求めて内壁を崩壊させていく。
無限の螺旋を重ねる力の奔流が、この《箱庭》を貫いた。




