第16話 《洗脳》
「・・・もう、くったくた・・・・・・。」
小春は呆れてしまった。幸助はもはや人間では無かった。
ジムでトレーニングウェアに着替えた彼の身体は、何処もかしこも傷だらけで、全身が凶器だった。そこからのトレーニングメニューも常軌を逸していた。とても人間に扱える重量ではないのに、それを当たり前のように、息すら切らさずこなしていく。
そんな彼が組んだ初心者向けのメニューは容赦が無く、日頃から鍛えられている筈の小春ですら意気消沈してしまった。
小春が基礎的なウェイトトレーニングをしている時、彼はずっと休む事無く懸垂をしながら指示を出してきた。どんな握力してるんだ、と恐怖さえ感じた。
普通に鍛えるだけでは決して、ああはならない確信が持てた。色んな地獄や理不尽を見た気分だった。異世界でどんな経験をしたら、ああいう肉体を持つ羽目になるのだ。
「大丈夫!小春は俺なんかよりずっと素質アリだよ。魔力は精神から生まれる。気持ちが強ければ強い程、より強力になるんだ。そういう意味でも、身体を追い込むという経験は大事なんだ。」
「・・・そんな思いをしなきゃ使えないのね・・・。」
「まぁ、後はマジで死にそうな時とかに強まったりするかな。死にたくない!って思いが強ければ、その一瞬だけ物凄い力が出るんだ。覚悟の問題でもあるね。そういう意味でも、筋トレは向いているよ。俺も驚いたよ、最初は。剣と魔法の世界なのに、皆ゴリゴリに鍛えてたんだから。」
「なんか夢が潰れそう・・・。」
結局、推奨されるのは地道な努力なのだ。力を得る為には、それだけの苦痛を味わわないといけないという事。と同時に、いかに幸助の頭のネジが外れているかを再確認した。
何故そこまで頑張れてしまったのか。何が彼をそこまで動かしたのか。
それを分かる日がいつか来るのだろうか。
「・・・はぁ。待ち構えてたのか。」
幸助が溜息をついた。
「どうしたの?」
「俺の家の前で伊藤が待ち伏せしている。集団だな。11人、か。」
「・・・え?」
「このままじゃマズイな・・・。セトラが気付いてなきゃいいけど・・・。」
「・・・いや誰の心配しているのよ。」
「伊藤の心配しかしてねぇよ。セトラが殺しちまう。あいつ俺より容赦ねぇんだ・・・。物陰で見といてくれ。すぐに終わらせる。」
「何で敵の心配してんのよ!あぁもう、調子狂うわ・・・。」
幸助は走り出した。そしてあっという間に伊藤の集団の前に立つ。
「おはよう!皆どうしたの?伊藤君、怪我は大丈夫?」
快活な様子で伊藤に近寄る。幸助は害意を見せずに、とにかく笑顔で言った。
伊藤の右手には、金属バットが握られている。
「・・・何でてめぇがいちいち上から目線なんだよ・・・。殺されてぇのか?」
「上から目線じゃないって!!ああもう、いちいち説明が面倒だな。早く金属バットで僕の頭をカチ割りたいんでしょ?」
「てめぇ家族がどうなってもいいんだな?」
・・・・・・幸助の中で、保っていた何かが切れる音がした。
―――――瞬間、幸助は目にも止まらぬ速さで動き出す。
一瞬にして、伊藤の背後にいる10人のチンピラの意識を奪ってしまう。小春の視点からでは何も見えなかった。まるで神風が吹いたかのような、速さ。
それは、瞬きすら許さない。気付いた時には、伊藤の金属バットを奪い、握力でぐしゃぐしゃに丸めていた。
「俺の家族に手を出したら、絶対に許さない。」
傷だらけの顔が紅潮する。
「おーおー、怒ってるねコースケ。どうしたの?」
突然、浴衣姿になったセトラが何処からともなく現れ、幸助に抱き着いた。
「ねぇ、何してるの?」セトラのそれは、陰から見ている小春を牽制しているようにも見えた。
「・・・ちょっと、離れてくれないか・・・。今、いい感じにかっこついてたんだけど。すっげぇ台無しなんだけど・・・。」
「いいじゃん!え、この人コースケの友達?なんかいっぱい人が倒れてるけど、なんかあったの?」
「・・・・・・まぁ、色々。」
「・・・あ、そういう感じ?ごめん男の戦いに水差したわね。で、殺すの?」
「この世界じゃ殺したら捕まっちゃうんだぞ。そんな事しちゃ駄目。」
「・・・クソが。見ない間に変わったすかした態度取りやがって。全員殺す。」
そう言って、伊藤は服の中からリボルバー式の銃を取り出した。それを幸助に向ける。
「・・・エアガン?」幸助は、ポカンとした表情で間抜けに答えた。
「本物かどうかはすぐにわかる。あ~あ、こんな所で可哀そうに。またくだらない命が一人終わる。」伊藤は悪意の籠った笑みを浮かべながら、震える手で引き金を引いた。
閑静な住宅街に、大きな銃声が鳴り響いた。
「――――――危ねぇじゃねぇか、お前。」
小春は信じられなかった。何故なら、伊藤に向けて放たれたその銃弾を、セトラが掴んでいたからだ。人間離れした反射神経。もし自分が隣にいたら、同じ事が出来ただろうか?と小春は考えてしまう。
彼らは、人間ではない。その事実を改めて突きつけられた気がした。もはや、努力では埋まらない溝があるのだ。人間の限界を極めても、決して辿り着く事は無い領域に、あの2人はいる。
どうあがいても、私はあの2人に守られる立場なのだ。
「―――――仕返しだよ、クソ野郎。」
セトラの身体が変形していく。右手が龍の手のように鋭利な爪が生え、尻尾が新たに生えて、大きくなっていった。バキバキと、身体の繊維が分かれていく音を鳴らし、異形の姿へと変貌していく。
「・・・なっ、何だよ・・・。何なんだよお前らぁっ!!!急に変わったようにすかしやがって!!気に入らねぇんだよ!!!!」
伊藤は再び銃弾を放つが、セトラの表皮に弾き返された。
―――――――そして。
「――――――コースケを虐める奴は、私が許さねぇんだからなァ!!!」
「殺すなセトラ!!」幸助が叫んだ。
「――――分かってる、殺さない。《洗脳》する。」
龍と人の中間となり、異形と化したセトラが怯える伊藤の頭を掴むと、呪言を唱えた。
「《お前は誰も傷つけられない。他人への攻撃は全て自傷行為になる。》《お前はこれから何をするにも罪悪感がつきまとう。》《全ての罪を話さなければ収まらなくなる。》―――――でこれは私がムカついた分!!!」
ひとしきり最悪な《洗脳》が終わると、セトラは意味もなく伊藤を殴り、気絶させた。
――――後に救急車がやって来た。パトカーも一緒にやってきたが、事情を説明すると納得してくれた。伊藤含む11人の取り巻きも現行犯で逮捕、という扱いになり、病院に運ばれていった。
小春は、虚しかった。
浴衣姿で幸助に甘えるセトラとの2人の姿が、あまりにもお似合い過ぎたのだ。
中学時代に彼から助けられた思い出を引っ張り出しても、あの特別な関係性には敵わないと悟ってしまった。
―――――だが、小春はまだ諦める訳にはいかなかった。
彼からもらったものは、まだ何も返せていない。恋だとか愛だとか特別だとか関係無しに、私は彼の事が好きで、何も出来ないとしても、どんな形でも力になりたい。
私の願いは、ただそれだけでいいのだ。
ありがとうございます!!
高評価、ブックマーク宜しくお願いします!!




