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小さな変化


「お前マジでもうちょっと手加減しろよ。俺じゃなかったら首が折れてるどころか首から上が赤い霧になってたところだぞ」

『父上の首に居なくて本当によかったのじゃ。妾に当たっていたら精霊に逆戻り不可避であった』


 歩きながら、自分の首で身を震わせるタマモ、突然の死の危険に結構口調がガチである。

 そんなタマモをミルは申し訳なさそうに優しくなでた。珍しく反省しているようだが、クリスに対してはまだ溜飲が下がらないのか目も合わせない。


「怖がらせてごめんねタマモ、全部クリスが変な触り方するのが悪いの。今のクリスに触ると精霊獣でも妊娠しかねないから、そのまま私の首に巻き付いていなさい。クリスの変態、色情魔、ホモ、イケメン」

「相変わらずイケメンは罵倒なのか……つか普通に触っただけじゃねぇか、何でそんなに怒ってんだよ」

「普通!? あんなヤラシイ触り方が!? 触られた瞬間なんかゾワッてしたし、絶対に変な触り方しました!」

「してねぇって……」


 今のアルトでもHPが全損しかねないほどのビンタをかましておいてなお、未だにプリプリと怒るミルに、クリスは怒るより先に戸惑っていた。

 理不尽にぶたれて激怒していいのは自分のはずなのだが、何というかこの理不尽なミルの怒りに対して、こちらも怒っても勝てる気がしないのはなぜなのか。

 それこそ姉妹(きょうだい)よりもずっと知っている、何でも分かっているはずの幼馴染の、自分が知らない一面を見たようでクリスは大いに戸惑った。


 ……まぁ何はともあれ、女がこうなったらそっとしておくしかないな。と女姉妹(きょうだい)が多いクリスは自然と思い、しかし次の瞬間愕然とした。


 そう、このミルの理不尽な感じが、彼の姉妹(きょうだい)が不機嫌な時とそっくりなのだ。


「……何ですか。そんなに見つめられると妊娠するんですけど」

「どんな魔眼だよ!」


 じっと見つめていると、ミルが不機嫌なままそっぽを向いた。

 まったくもって言動はミルであるのだが、雰囲気というか感情の発露の仕方が、女性寄りになっているようないないような……いやまさかな。


 クリスが正体の分からない不安に苛まれていると、前を歩く侍女から声が掛かった。


「お話し中申し訳ありません。こちらが、ミルノワール様とクリスタール様のお部屋でございます」


 二人は今、自分たちの使う部屋を侍女に案内して貰っていたのである。

 メイドというよりは侍女という感じの、四十代半ばの落ち着いた女性である彼女は、案内した部屋の前で一礼すると扉を開けた。


「こちらのお部屋はリビングと寝室の二部屋となっております。御手洗いと個室の浴室もついてございますので、入浴の際はこちらの浴室と大浴場どちらでもお好きな方をご利用ください」

「あれ、二人で一部屋なのか。あ、いやまぁこれだけ広けりゃ文句無いし、贅沢は言わんけども」


 二人の事情を知るアリアならば、気を利かせて二部屋用意してくれるかもと思っていたクリスから思わず不満の声が漏れ、泊めてもらう立場の自分の言葉の図々しさに言ってから気づいて、言い訳のような事を言う。

 結果少々気まずく思うクリスだが、年配の侍女は気にした風もなく微笑を浮かべたまま、それに答えた。


「アリア様から、『夫婦を別々の部屋にするなどとんでもない!』と厳命されておりまして。天人様たるお二人に一部屋しかご用意できず心苦しくはございますが……」

「あ、いいのです。ごめんなさいクリスが我儘言ってしまって、私は気にしませんから」

「そう言って頂けますと救われます。お食事はお持ちしますので、どうぞごゆるりとお寛ぎください。それでは失礼致します」


 そう言い残し礼をして去っていった侍女を見送り、扉を閉めるとクリスは深々とため息をついた。


「お前ひとりだけ良いカッコしいしやがって……つか良いのか? 首都の宿屋は二部屋とるって言ってたじゃねぇか」

「言ってたっけ? ……あぁ、クリスがオ〇ニーしたいって」

「言ってねぇ!!」


 猫かぶりを止めた可憐な唇から、容赦なく垂れ流れる下品な言葉を遮りクリスが叫ぶ。

 

「何度も言うがその顔で下ネタ言われると、何でか俺のライフが減るんだよ! 自重しろ!」

「つまり、僕の完全勝利ということじゃないか! 素晴らしいね!!」

「素晴らしくねぇ! 顔は可愛いんだからもうちょっと言葉を選べ! 台無しじゃねぇか!」

「にょ!?」

「にょ?」


 いつものじゃれあいの途中で、謎の鳴き声を残して後ろを向くミル。

 もうほとんど体の火照りは取れたと思っていたのに、クリスに『可愛い』と言われて、一瞬で熱を持った頬をくにくにと揉みほぐした。

 なんか今日の僕変だ、どうしちゃったんだろ。と自分の心を持て余し、謎の体調の乱高下に首を捻った。


「なぁ、『にょ』って何だ?」

「そう言えば! 何でアリアリさんは『夫婦は一部屋で』なんて言ったのかな? この家部屋は結構ありそうだけど」

「小さいといっても王宮の一角にある離宮だしな、一般庶民から見たらお屋敷だ。ところで、にょってなんだ?」

「そうそう! けち臭いこと言わずに二部屋用意してくれてもいいのにね!」

「お前さっきと言ってること逆じゃねぇか。それこそ泊めて貰ってる身で贅沢は言えん。で、にょって―――」

「あっ、あっちの部屋も見てみましょう!」

「にょ……」


 クリスの言葉をまるっと無視したミルは、寝室へと続く扉を開けた。

 わけのわからない相棒に、しぶしぶといった風で付いていったクリスが見たものは、落ち着いた内装の家具の中に、でんと置かれた天蓋付きの巨大なベッドが一つ。


「おぉ!? すごいねたっつん! 屋根のあるベッドとか僕初めて見た!」


 やたらと豪奢なベッドに興奮したミルは、そのキングサイズのベッドにダイブした。


「すっごい、フカフカでボヨンボヨンだよたっつん!」

「子供じゃないんだから、そんなにはしゃぐなっての」

『母上の年齢は、普通に子供で通用すると思うがのう』


 ミルから離れ潰される事を回避したタマモがベッドに着地し、クリスの愚痴に突っ込みを入れた。

 実年齢を知らなければそう思うのだろうが、中身を知っているクリスの眉間のしわは取れない。


「つーか何でベッド一つなんだよ。部屋数といいベッドの数といい、ここって明らかに一人用の部屋じゃないのか? アリアリさん、何企んでやがんだ」

「そなの? こんだけベッド広ければいいんじゃ……ってそうだった今のたっつんは淫獣なんだった! 今日はたっつん床で寝てね!」

「いやだよお前が床で寝ろよ! というかこのレベルの部屋にソファーが無いってアリアリさん完全に狙ってやってんだろ!?」


 にやにやと笑うアリアの生暖かい視線を思い出し、クリスは確信に至った。

 あの女、絶対俺たちに変なおせっかいをしてきてやがる!


「狙う? 何を??」

「いや……あのだな」


 ミルはアリアの企みに全く気付いていない、というか何も考えていない。

 そんなミルに、クリスは自分の考えを伝えるかどうか迷う。

 三日くらい前なら迷わず伝えて、お互い警戒するのだが、どうもここ最近ミルの考えと行動が読めないことが多く、どんな反応をするか分からなかったからだ。下手に意識されて、妙な雰囲気になられても困る。


『旅の間、ほぼ一緒の布団で寝ていたのに今更何を遠慮することがあるのじゃ? 父上と母上の関係はどうも分からぬところが多いの』

「んっふっふっふ。大人には色々と事情があるのよタマモぉ」

『母上に大人を語られてものう……あっ、内股の毛はダメなのじゃ~』

「よいではないか、よいではないか!」


 クリスが逡巡している間にタマモが言い、それを誤魔化したのか、それとも大きいベッドにテンションが上がったからか……おそらく後者でタマモを思うさまモフり始めるミル。

 幸せそうにタマモをモフモフするミルを見ていたら、考えるのがバカらしくなってきたクリスは、伝えるのはまた今度にして取り合えず自分も休むことにした。


「ほら、俺も座るから端に寄れミル」

「わー! 淫獣が来たぞー、逃げろー!」

「誰が淫獣だ! つかそんなにベッドの上で転げまわるな、浴衣がはだけてるぞ」

「ギャー! それを早く言ってよ恥ずかしいなもう! 僕の幼い体を色欲に濁った眼で見ないでー!」

「見てねぇからはよ()けろ」

「たっつんのスペースはここまで、こっからこっちは僕のスペースね! 入ったら怒るから!」

「8割お前じゃねぇか! 俺のスペース50センチくらいしかねぇぞふざけんな!」


 ベッドの上ではしゃぐ二人。

 ミルの謎の不機嫌が治ったことにほっとするクリスと、なぜ不機嫌だったかも忘れてクリスをからかう事に夢中なミル。


 いつもの調子を取り戻した二人は気づく事がなかった。

 ついこの間まで、クリスに対してはパンツ一丁でも全く恥ずかしがらなかったミルが、乱れた浴衣を恥ずかし気に直した、その微妙な心の変化に。







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