真打は最後に登場するもの……!
「よし、二人が私と同郷と言う事は確定した。で、私の墓に来たという事はちゃんと私の書いたガイドブックが手に渡ったって事だね。三百年の間、アリア教もきちんと責務を果たしていた様だ。真に大儀である」
言葉を切って、場の雰囲気を真面目なものに直したアリアは、教会関係者に対してそう労った。
そういった空気の切り替えの巧さは流石と言うべきか。
未だ跪いたままの教会関係者らは、その言葉に感極まったように顔を伏せ、中には涙する者までいる。
「有難きお言葉、感無量にございます。偉大なる先人たちと今世の輩を代表いたしまして、アリア様のご復活、誠にお悦び申し上げます」
それらを代表して、こちらも目を潤ませたウェールズが平伏したまま言った。
「君は?」
万感の思いを乗せたウェールズの言葉に頷き、アリアが問う。
「はい。只今不肖ながら、アリア教今代の教皇を務めさせて頂いております。ウェールズ=トゥル=ピッカーソと申します。そして、そちらに居ります三人が枢機卿にして次代の教皇候補でございます」
教皇だったのか、と驚くミル。
クリスも同様に、水やりをする暇そうなじいちゃんが教皇と聞いて驚いた。と同時に、今更であるがグレアはこちらの情報を逐次アリア教本部に流していたんだなと悟った。でなければ教皇本人がタイミングよく水やりなどしていないだろう。
「そうか、其方達もよくこれまでアリア教を支えてくれた。今の私からは感謝しか送ることが出来ないが、何か願いなどあれば言ってくれ。出来うる限り善処しよう」
「ははあ、有難き幸せ。ですが我々がアリア様に奏上するべき事などございません。我々アリア教は貴女様と天人様の為にあるのですから、当然の事をしたまででございます」
「あー、うん。そうか、以後も励むように」
大仰に頷くアリアが、「何か私が石化する直前のアリア教のノリがそのまま続いてるなぁ」とポツリと嫌そうに呟いたのが聞こえたのは、近くにいたミルとクリス、そしてアリストだけだった。
「で、そっちの突っ立てる人は誰だい?」
ウェールズ達教会組の紹介が終わると、ミル、クリス、アリスト以外で、唯一平伏せずに立ったままの男へアリアの視線が向けられた。
その男は、濃い金髪の髪と整えられた髭でその精悍な顔を飾った、どこか獅子を思わせる美丈夫であった。
190センチ近いクリスの横に立っても見劣りしない程大きく、横幅はクリスの1.5倍ほどもあり、まさに男盛りといった風体で、己に絶対の自信を持つもの特有の凄味を纏っている。
「やっと余の番であるか、余を後回しにするなど普通であれば怒鳴りつけるところだが、初代様にはそれも出来ぬ。全く、初代様と同じ天人が来ると聞いて政務をすっぽかして来てみれば、初代様ご本人が復活するとは思わなかったぞ。本当に、宰相に仕事を押し付けてでも来て正解だったわ!」
「陛下。大国母様に失礼でございましょう」
「そうですよ陛下。早くお名乗りなさいな」
呵々と笑う美丈夫を、左右に侍る男女が諫める。
一人は四十代の巌の様な筋肉質の男、灰色の髪の毛を短く角刈りにしており、全体的にゆったりした上品な服を着ているのに、二の腕や肩や太ももなど、服の上からでも分かるほど鍛えこまれ肥大化しているのが分かる。
もう一人は紫髪を伸ばした美女。豊満な体を白い魔術師のローブで覆い、しかしその下に胸元が大胆に開いた濃紺のイブニングドレスを着ている。深いスリットから除くフトモモが艶めかしく、たれ目の下にある泣きボクロが、どこか妖艶な色香を纏っていた。
「ほほう。陛下ってことは、君が?」
「おう。今世のアルレッシオ聖王国国王、第十四代聖王アルバート=ロイ=アリネージュである」
そう堂々と名乗り上げるアルバート。
そこにアリアに萎縮するような様子は微塵もなく。若いながらも“我こそが王である”という自信と自負を感じさせた。
クリスの隣でミルが、「はわわ何で王様なんて偉い人がいるの、いきなり大企業の社長と面談するようなもんじゃん」と、就活弱者であった稔の嫌な思い出でもフラッシュバックしたのか、ぷるぷると震えていた。
クリスも驚いたが、それより気になるのはアルトだ。横目で彼を見れば、妙にソワソワとして落ち着かず、隣のフランシスカに心配されていた。
「ほほぅ。という事は、私の子孫なわけだ。私や旦那のトリスとあんまり似てないね、容姿も性格も。十四も世代を重ねると変わってくるんだ。どっちかっていうと、戦士のバルドに性格は似てるかな」
「そのバルドが、バルド=ライ=バルバドス卿であるのなら、卿を祖とするバルバドス侯爵家が余の三代前に王妃を輩出している。つまりは余の曾婆様がそれだな。他にも、大国母様と共に戦い爵位を得たパーティメンバーの家からも聖王家は妻を娶っているから、ある意味今の聖王家は大国母様の魔王討伐パーティの集大成と言えるかもしれぬ」
「ふむ。そうかい、なるほどねぇ」
感慨深気に頷くアリア。当時のパーティメンバーの事でも思い出しているのか、遠くを見つめた。
「で、そのバルバドス侯爵家の現当主が、右に居るブルクハルト=ライ=バルバドス侯爵。近衛師団の団長をしている」
「紹介に預かりました、ブルクハルトで御座います。大国母様のご復活、誠に喜ばしく存じ上げます」
「そしてこっちがカテリーナ=ツィル=スピアウレ、大国母様のパーティメンバーの魔導士であったテレーゼ=ツィル=スピアウレの子孫に当たる、スピアウレ伯爵家の息女で、宮廷魔導士の筆頭である」
「カテリーナですわ。以後お見知りおきを」
誠実に頭を下げるブルクハルトと、跪いたまま優雅に手ぶりを交えて自己紹介するカテリーナ。
対照的な二人の様子に、アリアは懐かしそうに目を細めた。
「そう、貴方たちには何となく、バルドとテレーゼの面影を感じる。彼らには魔王城攻略とそれ以降も、数多の尽力を得た。彼らだけではない、魔王討伐のパーティーメンバーの十二人とその氏族十二家の者には、この聖王国の礎として多くの協力を貰った。彼らがいなければ魔王討伐は成らず、聖王国も無かったであろう。その子孫が今も健在である事、私は嬉しく思うよ」
「「勿体ないお言葉で御座います」」
伝説の初代聖王に労いを受けた二人は、深く頭を垂れた。人の上に立つ者として、滲む目頭を見せられないからだ。
「んで、そっちで他人のフリして跪いている白髭ジジイと金髪小僧が、俺の親父のアルグレア=ロイ=アリネージュと長男のアルフレット=ロイ=アリネージュだ。長男の方は第一王位継承者、つまり王太子でもある」
クリスの後ろから「ァィェ!?」という奇声が聞こえた。
後ろを見れば、ミルが酸欠の金魚のように口をパクパクして驚いている。そろそろ彼女の偉い人アレルギーが限界かもしれない。
クリスは、アルトのステータスを鑑定した時に姓がアリネージュだったので、王族であろうことは予想が付いていた。しかし、冒険者などやっていたので、王位継承権の無い王族の庶子か何かだろうと高を括っていたのだが、まさか長男で第一王位継承者とは。
グレアに至ってはステータスを確認したことが無いので完全に寝耳に水なのだが、ミルが自分の分も驚いてくれているので、何とか冷静を保てていた。
「むぅ。アルバートよ、いきなり暴露するでない。ミル殿とクリス殿が驚くじゃろうが、物事には順番というものがあるのじゃぞ」
「そ、そうですよ父上!」
「何だお前ら、ちゃんと自己紹介してなかったのか」
呆れたように言うアルバートに、苦虫を数匹噛み潰したような顔をするグレア。
「当り前じゃ。王家と教会に伝わるアリア様の書物に、天人様と交流するのは慎重に行うように、と書いてあったじゃろう。それにいきなり王族が出張っては、お二人を混乱させるだけじゃ」
「それにしたって、アダムヘルの教会に居た親父は分かるとして、アルフレットまで天人ペアと一緒に来たとあっては、何か事情があって既に話を済ませてるって思うだろ。こっちにはあまり情報が回って来なかったんだよ」
「私がお二人に会ったのは全くの偶然です。……すみません、ミルさんクリスさん。僕の場合は、聖王家には『成人したらまず冒険者として庶生を学び、今後の統治に生かすべし』という家訓がありまして。その間、王族である事を明かすことは出来なかったのです」
息子に苦言を言うグレアに、ミル達に名乗れなかった訳を話すアルト。
そんな二人に、多少平静を取り戻したミルが、眉をハの字にしてクリスの後ろから顔を出した。
ミルの偉い人アレルギーが極まり、偉い人ばかりの中に普通な自分が居るという場違い感に居たたまれなくなっているのだ。
実際はこの中でもトップクラスの重要人物なので、被害妄想と過小評価以外の何物でもないのだが。
「……アルグレア様にアルフレット様、とお呼びしたほうがいいですか?」
あぁ、何で僕ここに居るんだろ、早くお家帰りたい。という悲哀に暮れる内心が声に滲みだし、非常に悲しそうにそう聞くミルに、グレアとアルトは大きく首を横に振った。
「いえ、今まで通りアルトでお願いします! お願いします!!」
「儂も既に国政から退いた身、ただのグレアですじゃ。何ならお爺ちゃんと気軽に呼んでくれても結構ですぞ」
大切な事なので二回言うアルトと、好々爺然として髭をさするグレアに、今度はアルバートが呆れる番となった。
「おいおい何だお前ら、すでにえらく心を許してるじゃないか」
「お二人ともとても強く優しい方ですので、恐れながら、すでに友人であると思っております」
「そうじゃな。料理も上手だしのう」
「ふーん。アルフレット、友人という割に、ミルノワールと言ったか? その少女に対して必死に弁解しているように見えたが……さては惚れたな!」
「っ! 父上には関係ないでしょう!」
「関係無い事ないわ! 未来の国母のことだぞ!」
「何を馬鹿な事を言っているのですか!? ミルさんにはクリスさんという最愛の伴侶がいるのですよ」
「最愛」の辺りでミルがもんにょりし、クリスが何とも言えない顔で頬を掻くが、ヒートアップしている親子は気付かない。
「馬鹿者! 聖王国の男児たるもの当たって砕けるぐらいの気概が無くてどうする! 大体お前は奥手なのに頑固なんだから、砕けねば次も見つけれまい。勝ち目が薄くともぶつかれ! 白黒つけて見せろ!!」
「……もう玉砕済みですよ!」
「何だと!?」
やいのやいのと周囲を置き去りにして親子喧嘩が始まりそうになったその時、アリアの爆笑が室内に響いた。
「ハハハハ……! あぁごめんごめん。何か既に国の重要人物が勢ぞろいしてるのが面白くってさ。私が石化して生きてる事は、アリストともう一人しか知らないだろうに、私の教えを律儀に守ってくれた聖王家とアリア教には感謝しているよ。そして、私のガイドブックに従ってちゃんとチュートリアルをクリアしてくれたミルとクリスにもね」
笑い過ぎて目に溜まった涙をぬぐい、朗らかにそう言うアリア。
超硬金属化のアイテムを使う前は、ここまで上手く事が運ぶとは思っていなかった。
いや正直に言えば、旦那に先立たれ、老いる事もなく、ただ記憶が薄れていく空虚に、このまま目が覚めなくてもいいくらいに思っていたのだ。
だが、ふたを開けてみればどうだ。
三百年もの間、自分の教えを連綿と受け継ぎ、次代へ伝えてくれた者達がいた。
そして、本当に来るかどうかも分からなかった、同じく転移したプレイヤーに自分の書が渡り、その者がこちらの願い通りにこの場を訪れ、たまたま超硬金属化を解除できる魔法を使えたから、自分は今ここにいる。
これほどの奇跡をして復活して、嬉しくないはずがない。これほど晴れやかな気分はいつ以来だろうか。
ふと横を見れば、隣のアリストもこれ以上ないくらい嬉しそうだ。彼はきっと自分の気持ちを理解してくれているのだろう、とアリアは感じ、余計に嬉しくなった。
アリアは幸せな気分のまま一同を見回し。
「しっかし現王に前王、王太子、教皇に枢機卿、近衛師団長に筆頭宮廷魔術師か、私の教えがあったからと言っても、私の復活に良くここまで集まったものだよ。やっぱり転移者ってのには、重要人物を引き寄せる隠しステータスでもあるのかねぇ?」
そして、最後に残った少女に目を止めた。
「んで、最後のそこのお嬢ちゃんは誰なんだい? どこかの国のお姫様か何か?」
全員の視線が、とりを務める事になってしまったフランシスカに向かう。
好奇の視線に晒されたフランシスカは、自然と静かになる周囲の音を乱さないように、スススーと跪いた姿勢のまま器用に部屋の隅に移動し、ゆっくりと顔を手で覆った。
「ごめんなさい。ただの村娘です。何かもう本当にここに居てごめんなさい」
まごう事無き庶民は、見ている方が可哀想になるほど小さくなったのだった。




