カミングアウト
「さて、改めて自己紹介をしておこうか。知っている者も居るだろうが、私の名はアリア=アリネージュ、天人であり、アルレッシオ聖王国初代国王である」
場所を中庭から教会内の貴賓室に移し、ベッドの上でアリストに支えられながら上体を起こしたアリアがそう言うと同時に、室内にいる殆どの者は跪き、頭を垂れた。
部屋には十人程度しか入室を許されず。その殆どが臣下の礼を取るのを平然と睥睨する様は、若い見た目とは裏腹に得も言われぬ貫禄がある。
未だ体は自由に動かないというのに、それを感じさせないほどの眼力と覇気が感じられた。
「すごい、さっきまで真っ赤になって小さくなってた人とは思えない」
「シッ! 聞こえるぞ」
「聞こえてるよ!」
跪いていない数少ないうちの二人、その片方のミルがぽそりと呟いた言葉に、こちらも立ったままのクリスが注意する。が、残念ながらアリアの耳に届いてしまったようだ。
「まぁ確かに、ちょっと恥ずかしい所を見せてしまったとは思うけどね。そもそもこの愚弟が、人目もはばからず寝起きの姉を襲うなどという暴挙に出るからだ。つまり、全てこの愚弟が悪い」
自分を支えてくれているアリストを、コチンと小突くアリア。
しかしアリアの毒舌を全く意に介すことなく、アリストは平然としたものだ。
「紹介に預かりました、愚弟改めアリアの夫のアリスト=アリネージュです。皆さん私のことはご存じでしょうが、改めましてよろしくお願いしますね」
「すごい、全然気にしてない」
思わず漏れたミルの呟きにも、アリストは気にすること無くニコニコと続ける。
「それはもう、三百年間燻ぶらせた初恋が叶いましたから、このくらいの照れ隠しは嬉しいだけだね」
「あんた少しは悪びれたら? それにまだ正式に結婚式を上げた訳じゃないでしょ」
「そうだね。では今すぐにでも行おうか。幸いにここには結婚式を挙げるのに丁度いい面子が揃っているし」
「馬鹿言ってないの、まだ私は誰が誰か把握すら出来ていないのだから」
「そうだね、愛を語らうのは今夜にしようか。たくさん話したい事があるんだ」
「恥ずかしいからちょっと彼方黙っていなさい。私が自分を石化した後の積もる話はちゃんと聞いてあげるから」
アリストを落ち着かせるためか、アリアは彼の頬を優しく撫でた。
呆れるミルを見る事も無く、ずっとにこにことアリアを見続けるアリストに、周囲の者も甘すぎる菓子でも食べたような顔になる。
「ごめんねー。何かこの子、本格的に嬉しすぎてテンションおかしくなってるみたいだわ」
「今なら魔王も倒せる!」
「もう倒したからねー。おじちゃんは静かにしてようねー」
ちょっと見ていられないぐらいテンションが高いアリスト。
いい歳した渋いおっさんが、娘のような見た目のアリアにこれでもかと頬を緩める姿はなかなか犯罪チックで見るに堪えない。だが、アリアの半身を支えながら、逃がすものかと手を握り続ける彼の姿に、彼が歩んできたであろう壮絶な人生を垣間見た気がして、クリスもミルも何も言えなくなる。
そして、助けを求める様にアリアを見るが、なんだかんだ言いながらもアリアもとても嬉しそうだったので、これは止めるの無理そうだなぁと遠い目をした。
「まぁ私たちの事は大抵の者が知っているだろう。幸いにしてアルレッシオ聖王国もアリア教も健在の様だしね。で、後ろの人たちは大体想像つくから、まずは君たちの事を教えてくれないかな? 私の石化を解いたのは君たちだろう。―――つまり、私と同じ天人って事かな?」
言葉を一旦切り、不意打ち気味に真剣な視線を向けてくるアリアの圧力に、ミルとクリスは思わず背筋を伸ばし、周囲も緊張に包まれる。
どれだけ出会いが締まらなかろうと、周囲の目も気にせず激しくイチャイチャしていようと―――この人は人族と獣人と魔族の戦争を終結させた英雄であり、魔王を滅ぼした勇者であり、何も無かった草原に一代で国を興し、数十年間在位を続けた伝説の王であるのだ。
人として積み上げてきた歴史が、十重二十重の修羅場を潜り抜けてきた胆力が、何千何万という人々の先頭に立って導いて来た自負が、その瞳に重厚極まる威厳と風格を宿らせていた。
全身から偉い人オーラを漂わせるアリアに、ミルがさっとクリスの後ろに隠れる。
女性で、しかも顔見知りに対してはそれほど萎縮する事のないミルだが、数十年間国を支えた英雄の威圧感をまともにぶつけられては堪らない。普通にビビる。
ミルの手が服を掴むのを感じ、クリスは自分が何とかしなければと思い、いつもの様にミルをアリアの視線から隠すと、声が震えないように気合を入れて言葉を発した。
「久しぶりだな。ギルド【聖騎士団】のギルドマスター。ギルド【正面突破】のクリスタール=ロアと」
「み、ミルノワール=ロア、です」
「何度か臨時パーティを組んだ事もあるんだが、覚えているだろうか」
ギルド【正面突破】。クリス達が転移する直前まで所属していたギルドである。クリス達の転移時は、少数ながら極戦闘廃人の集まりとして、その勇名と悪名をAAO中に轟かせていた。
アリアがこちらに飛ばされたであろう三年前は既に悪名の方で有名だったので、アリアも知らないはずはない。
だが、その名を聞いてもアリアは、ピンとこないという風に顎に手を当てる。
「ふむ、私の事は知ってるんだ。臨時パーティってことは近くを拠点にしてたのかな……でも、【正面突破】? ……うーん、ごめん、思い出せない。拠点はどこの都市?」
「サンクロイア王国の城塞都市ミルドレッド」
「構成人数は?」
「20人くらいかな」
「小規模ギルドだね。ギルマスの名前は?」
首を捻り続けるアリアに、ミルも心配そうにクリスの後ろから顔を出した。
自惚れでなく自分たちの所属ギルドは結構有名だったのだ、それを思い出せないとなると心配にもなる。
「アリアリさん大丈夫? パスワード忘れた人みたいになってるけど」
「設定したことすら忘れた秘密の質問みたいだな」
クリスも、何度もパーティを組んだり戦争イベントで共同戦線を張っていたりしたのに、完全に忘れられているとは思っておらず困惑する。
「おぉー、その呼び方も懐かしい。確かにゲームではその愛称で呼ばれてたなぁ。こっちではそんな感じに気安く呼んでくれる人もういないからね……それと、石化してる期間抜いても六十年以上昔の話だから、記憶がかなり曖昧になってるんだよ。何かキーワードがあれば思い出せるかもしれないと思ったんだけど……」
寂しげに笑うアリアの手が、ギュッと強く握られた。
振り向いたアリアの視線と、その先のアリストの熱い視線が絡まる。
「そんなに寂しそうにしないで下さい。これから私と楽しい思い出を沢山作りましょう」
「うん、ありがとうアリスト。記憶が薄れる事と新しい記憶を作ることは全然別問題なんだけど、その気持ちは嬉しいよ」
「僕はアリアにいつも笑っていて欲しいのです。その為なら何でもしますよ」
「論点さんどこー? おっかしいなぁ、昔から思い込みの激しい子だったけど、ここまでポンコツじゃ無かった気がするんだけど……年かな?」
キラキラと使命に燃えるアリストに、幸いに最後の発言は聞こえなかったらしい。都合のいいハーフエルフイヤーである。
「イチャイチャしているところすまんが、話を戻していいか?」
「イチャイチャする前に介護が必要な案件が出てきて困惑を隠しきれないんだけど、まぁそれはいいよ、後で二人きりの時に話すから。で、何の話だっけ」
「うちのギルドのギルマスな。ハンパナイ=ネコミミスキーだ」
「え? 何、良く聞こえなかった。もう一回」
「 ハ ン パ ナ イ = ネ コ ミ ミ ス キ ー だ」
中々に酷いギルマスの名前を、少し恥ずかしそうにしながらも堂々と言うクリス。自分の事で無いから言えるが、もし自分が今のように自己紹介をする時に、ネタネームだったら死ぬほど恥ずかしいだろうな、と思う。
皆もいつ異世界転移するか分からないから、アバターは呼ばれて恥ずかしくない名前にしような!
「はんぱない、ねこみみすきー……はんぱない……パナイ……っ! パナイさんとこの脳筋ギルドか!」
「お。思い出してくれたか。でもその覚えられ方はちょっとどうかと……」
「パナイさんとこのミルノワールとクリスタール……金髪と銀髪……金銀……金銀脳筋兄妹! 思い出した!!」
「待て、途轍もなく不本意な思い出され方した気がする。コイツは確かに脳筋だが、俺は違うぞ!」
「えぇ? でもアンタ達ギルド戦で、十倍以上人数いる敵対ギルドにギルド名通り正面突破かけて、ゴリ押しで砦落としたじゃん。手堅い戦いをする大手ギルドを、高レベル少人数の正面突破で撃破したって当時結構話題になってたよね。【ダ・ラズィ砦の奇跡】だっけ? その時に最大PK数叩きだしたのが、君たち二人じゃないか。
そうだ、思い出してきたぞ。狩りでの臨時パーティでも、レベルにものを言わせて“取り合えず突っ込んで薙ぎ倒す戦法”で、効率はすこぶる良かったけど付いて行くのに一苦労したんだったなぁ。どう考えても君も脳筋でしょ」
クリスはアリアの言葉に愕然とした。
「馬鹿な……ギルドが脳筋扱いされるのは、確かに力押しが多かったから理解できるが、それはレベルに裏打ちされた効率のいい方法がそれだっただけであって、何も考えずに突っ込んでいるのは一部の人間だけだぞ……。正面突破するにしても綿密な作戦と彼我の戦力差を考えてイケると考えたからだし、臨時パーティで俺が前に出ざるを得ないのはコイツがすぐに突っ込むからじゃないか。俺まで脳筋扱いされるのは甚だ遺憾である」
憮然とするクリスの背中を、ポンポンと叩く手があった。
振り向くと満面の笑みのミルが。ちなみに、肩を叩きたかったが届かなかったようである。
「まぁ落ち着いて兄弟、私達二人で脳筋兄妹じゃないですか」
「お前ふざけんな。俺はインテリ枠だっての、脳筋と一緒にすんなよ」
「周りから見れば二人で一組ですって」
「そだねー」
「マジかよ……」
呆然とするクリスに、アリストが不思議そうに問うた。
「兄妹? 君たちは確か夫婦だったんじゃ?」
「うん? あぁ昔は兄妹設定だったんだが結婚システム導入と同時に結婚してな」
「あ、そうなんだ。私の現役時代は未実装だったからね。そう言えば、【魔王降臨】アップデートで実装する予定だったという記憶があるような無いような……じゃぁ今は夫婦なんだね。脳筋夫婦」
「だから俺まで脳筋扱いするの止めてくれよ……」
悄然とするクリスに追い打ちをかけるアリア。とても楽しそうである。
一方アリストは、何かに気付いたようにハッと顔を上げた。
「兄妹から結婚だって? ―――なんと奇遇な! 私たちも姉弟から先ほど夫婦になりましてね! ここはひとつ、先輩夫婦からアドバイスなどを頂きたく……」
「はいはいお爺ちゃんはちょっと黙ってようねー。私も気になるから、この後二人の関係を根掘り葉掘り聞く時間は作るよ。それまで待ってようねー」
「帰っていいか?」
「ダメです」
話を脱線させるポンコツ初老をなだめつつ、色々とプライベートを聞く気満々でクリスに視線を向けるアリア。クリスも抵抗するが、あえなく却下された。まぁ真面目な話が残っているので、本当に帰る訳にはいかないのだが、気持ちの上ではとっとと帰って一杯ひっかけたい残業中のサラリーマンであった。




