伝説の復活
立ちはだかる二体の【墓守】に、ミルとクリスは無造作に近づいていく。
「お、よく見ると【墓守】の後ろにもう一つ固有名があるぞ、【阿形】と【吽形】だと」
「仁王像? 完全にネーミングセンスが日本人ですね。本物と比べて随分と自然の造形美に溢れていますが」
「リアル仁王像ゴーレムだと、Lv600台のシャレにならんヤツしかいねぇじゃん。つかこの時期は未実装だろうし」
「デカマラ遺跡の奴ですね」
「マーラ・ディアカ遺跡な」
雑談しながらも、自分とミルに完全支援を掛けるクリス。
散歩するように近づく二人に、しかしゴーレムは戸惑う事も無く、決められた命令に従い迎撃態勢に入った。ゴーレムに戸惑う高度な思考など存在せず、そして危機感を感じる本能も無く、これまで相対した数多の挑戦者と同じように、間合いに入った瞬間腕を振り上げ。
「俺が【阿形】でお前が【吽形】な」
「え゛、ちょっと待ってどっちがどっちか分からな―――」
平然とするクリスと戸惑うミルに、問答無用で腕は振り下ろされた。
「【超重圧壊】」
「【完全狂化】からの、必殺・通常攻撃!」
叩き潰されたのはミル達でなく、右の阿形。切り刻まれたのは、左の吽形。
二体同時に完膚なきまでに無力化される【墓守】達。
ミルが戸惑いながらも正解をきちんと導き出せたのは、偏に長年の付き合い故か。
「お前って本気はやっぱ通常攻撃なのな」
「……」
「ん? ミル?」
「……はっ!? 何かトリップしてた!」
「おいおい、大丈夫かよ。【完全狂化】のせいか?」
「かなぁ? 流石【狂戦士化】の上位スキルといったところですね。危うく殺意の波動に目覚めるところでした」
「めっちゃ紙装甲になりそうだな。今でも十分紙装甲だけども」
「いやん、柔らかいだなんてクリスのえっちぃ。いつの間に触ったの? 寝込み?」
「触ってねぇしそういう意味じゃねえ!」
一瞬様子がおかしかったミルを心配したクリスだが、すぐにいつもの調子を取り戻したので心配して損をした気がする。
気を取り直して【墓守】の残骸を通り過ぎ、改めてアリアの墓標に目を向けた。
「ミル、気付いてるか?」
「ええ、アレですね」
「……ホントに気づいてるか?」
「気付いてますよ。アレでしょ」
自信満々で答えるミルを、胡散臭げに見つめるクリス。知ったかぶった前科があるので今一つ信用できない。
「アレを名詞で言うと?」
「“立像”」
「よく出来ました」
「ふふん」
今度はちゃんと分かっていたらしく、ドヤ顔で鼻を鳴らすミルの頭をクリスはポンポンと撫でる。
最初は中身が先立って腹が立つと感じたドヤ顔も、この外見に慣れると妹の小さいころを思い出して可愛いものだ、と思えるようになってきた。
ミルの方も最近はクリスに褒められることが増え、最初は微妙に思った頭ポンポンも満更でもなく思える。
まぁそれは取り合えず置いておいて、改めてアリアの墓標の後ろに立つ像と、その上に表示されたプレイヤーアイコンを確認する。
――― アリア=アリネージュ 状態:超硬金属化 ―――
「前話していた【超硬金属化】のバグアイテムがルーレット配布されたのって、【魔王降臨】の直前でしたよね。アリアリさん、当ててたんですね」
「ツッコミどころはそこか? いやそこも重要だし、すぐにロールバックで回収されたから転移時期が特定できたのは何かしら意味があるのかも知らんが……他にもあるだろ」
「わざわざ先端が欠けやすい騎士王立ちしてるところ? 耳とか指先とかすごく欠けやすそう。某ダンジョングルメな漫画で、石化の時は出来るだけ丸まって先端になる部分を無くせって言ってましたし」
「いや他にもあるだろ!? 死んだんじゃないのとか、何でこんなところで石化してんのとか、何で若いまんまなのとかさ!?」
そう諸々気になる点は多いが、クリスが一番気になったのは立像の若々しさだ。
アリアがこちらに転移してから、【アリアリの書】を記すまで軽く五十年以上の月日があったはず。
それなのに、目の前の立像はおぼろ気ながらクリスの記憶にある彼女の姿そのままだったのだ。
転移してすぐに超硬金属化を使ったのならばその姿も納得できるが、伝え聞くアリアが成した偉業の数々がそれを否定し、【アリアリの書】の記述にも合致しない。
一体全体どうなってんだ、と悩むクリスにミルが一言。
「本人に聞けば?」
「身も蓋もねぇ! いや実際その通りなんだが……」
確かに目の前に本人がいるんだから、それが一番手っ取り早いのだが……。
「お前はもうちょっと頭を使ってだな……いやまぁいいや」
クリスは溜息を吐くと、筋繊維の詰まったミルの頭蓋内に見切りをつけ、アリアの像に手を翳した。
――― 【完全解呪】
クリスが魔法を唱えた瞬間、ビシッという音と共に立像にヒビが入る。
「あれ、状態異常の石化の解呪ってこんなエフェクトだっけ?」
「い、いや、普通に石化が解けて終わりなはずだが……高難易度ダンジョンで敵に使われた超硬金属化の解呪でも、こんなヒビが入るエフェクトは無かったぞ!?」
「え゛、まさか失敗!? クリス、リザとエクスヒール準備!」
「お、おう!」
慌てる二人をよそに、立像に入るヒビは広が続け、ゴトリ、と重い音を立て剥がれ落ちた。
そう、剥がれ落ちたのだ。
まるで装甲を剥がすように下からゴトリゴトリと落ちていき、スカート仕立てのドレスの様な鎧下が柔らかに風に靡き始め、白銀の軽鎧が在りし日の輝きを取り戻していく。
「よ、よかったねたっつん。何か大丈夫そうだよ!」
「だ、だな、焦った。あれか、曲がりなりにも課金アイテム由来の状態異常だから、素材が残る仕様だったのか。初めて知った」
解呪できない状態異常として悪名を残した超硬金属化の課金アイテムは、運営が巻き戻しで回収して以来永遠に未実装だったため、二人はこの仕様を知らなかったのだ。
高難易度ダンジョンに出てくる、普通の状態異常の超硬金属化はこのような仕様は無いため、とても驚いた。当然だが、普通の状態異常の超硬金属化はプレイヤーにしか効果がなく、超硬金属化にかかったプレイヤーを素材にすることもできないので、課金アイテムの超硬金属化とは仕様が違うのだろう。
多少の混乱を残しつつクリスがそんな事を考えているうちに解呪は進み、肩甲骨あたりまで伸びるグラデーションの美しい金髪が、白く瑞々しい肌が、薄桃色の形のいい唇が露わになっていき、最後に仮面のように残った目の部分がコトリと剥がれ落ちた。
そこにあるのは、誰もが認める美貌。
過去にこの世界を救い、数多の人々に愛され敬われた、天より降り立った人の王、初代聖王アリア=アリネージュ。
数百年の時を経て、ここに伝説の存在が復活を遂げた。
完全に生身を取り戻したアリアは、しかし目を瞑ったまま数秒立ち尽くし……ふらりと前のめりに倒れ込んだ。
「わわ、意識ないっぽい!? たっつん!」
「お、おぅ―――おわ!?」
アリアを受け止めるには、まだ多少距離があったクリスが慌てて前に出ようとした瞬間、聞き覚えのある声がその耳に届いた。
「すまないが、これだけは他の誰にも譲れないな」
思わず立ち止まったクリスの横を通り過ぎ、颯爽と前に出た人物がアリアの体を優しく受け止めた。
シルバーグレーのハーフエルフ、アダムヘルのギルドマスターにして、知る人ぞ知るアリアの弟、アリスト=アリネージュ、その人だった。
アリアを横抱きにし、万感の思いを込めて、その柔らかな感触と生気を取り戻した顔を見下ろすアリストの目から、一筋の涙が零れた。
ポタリ、と頬に落ちたそれが合図だったかのように、アリアの目が薄っすらと開かれる。
「…………おや、アリスト。おはよう、老けたねぇ」
「あれから三百年も経ったのです。それは老けますよ」
年老いた自分を、一目で自分と分かってくれた最愛の姉に、再びあふれた涙を拭うこともせず、アリストはその海のような青く深い瞳をすぐ近くで見つめ返した。
「そっかぁ、三百年も経っちゃったか。だからかな、全然体に力入んないや。アリスト、ごめんけど肩を貸してくれるかい?」
「勿論です。肩などと言わず、私が全身全霊を以て姉さんの全てを支えましょう」
「あはは、そりゃ助かるよ。実は全然足に力が入らなくって……離さないでよぉ、倒れちゃうからね」
「大丈夫です。もう絶対に離しませんから」
「うん。うん? え? っていうか何か顔が近―――むぐっ!?」
息がかかるほど近くにあった二人の顔が急速にその距離を無くし、アリストの唇がアリアのそれを塞いだ。
突然の弟の行動にアリアは成すすべなく、アリストの唇を受け入れたまま多少もがくが、すぐに大人しくなった。
長い長い口付け。
水を打ったような静寂の中、アリアの吐息とアリストの息遣いだけが妙に響いた。
「んっ……ぷはっ。もう、何すんのさ!?」
「もう誰にも渡さないという誓いです。姉さん、いえアリア、私のモノになってください」
「うわぁ、シスコンここに極まれりだねぇ。アリストの気持ちには気づいていたけど、よくもまぁ三百年も続いたものだよ」
「アリア以上の女性など、この世に存在しませんから」
「たはは……そこまで想われちゃしかたない。約束だしね、三人目だけど、本当にいいの?」
「勿論」
「そっか」
二人の唇はまた自然と近づき、もう一度、確かめ合うように深い口付けを交わすのだった。
「こうして、二人は幸せに暮らしましたとさ。 ――― 《 完 》」
「いや完じゃねぇよ終わらせるな」
「だってあの二人、たぶん何かすごい紆余曲折を経て結ばれたっぽいよ? 三人目とか意味深な事言ってるし、完全に置いてけぼりな僕らはどうすればいいのさ」
「まぁ確かに、あそこまで二人だけの世界作られると声かけれねぇよな。自然とこっちに気付いてくれるといいんだが……」
「自然にねぇ……僕らもチューする?」
「しねぇよ! あっ」
突如発生した深刻なラブラブ空間に、空気を読んで空気になりながらヒソヒソと話していたミルとクリス。
しかしミルの予想外の発言に思わず声を荒げたクリスに、アリアとアリストの視線がこちらを向き、しまったと思う。
「おやぁ、君たちが私の封印を解いてくれたご同輩だね。こんな格好で失礼するよ。見た通り自分の体が自分の物じゃないみたいでね―――って何か人多くない?」
「「え?」」
アリアの言葉に後ろを振り向けば、大聖堂に居た人々に合わせて神官やシスターも集まり、五十人を超える人の目がアリアとアリストを凝視していた。
真面目な顔で頷く者、突然の桃色空間に顔を赤らめる者、中には感動にすすり泣く者。
様々な種類の計百個以上の視線に晒され、アリアの顔がさっと青くなった。
「え? え?? もしかして今の、全部見られてた?」
「お二人とも、よく分かりませんがおめでとうございます」
「うむ。よく分からんが、愛し合う二人が結ばれたのであれば目出度いな。おめでとう」
クリスとミルが拍手をし始めると、それを皮きりにだんだんと拍手の輪が広がり、ギャラリーのいたる所から「おめでとう」「めでたきかな」「おめでとうございます!」と祝福が飛び交った。
それにアリアは、アリストにお姫様抱っこされたまま両手で顔を覆い。
「あああぁぁぁああぁぁありがとぅぅぅ」
耳まで真っ赤になって羞恥に絶叫しながら、それでも消え入りそうな声で、そう言ったのだった。




