教皇 ウェールズ=トゥル=ピッカーソ その2
そんな些細なことを思い出しながら教会前の花壇に水をやっていると、目当ての馬車が入ってきました。
その馬車はそのまま私のすぐ近くの駐馬車スペースに止まると、御者の従者が出入り口を開けに先に降ります。
私はふと不審に思いました。
定期連絡には、グレア大司教がうまく誘導して共に協会へ来ると聞いていましたが、馬車が一台だけです。
グレア大司教は、まだ天人様としてあの方々に接触していないと聞いていますが……同じ馬車に乗ってきたのでしょうか?
教会の大幹部たる大司教と、今はまだ一介の冒険者でしかない方々が一つの馬車で来るというのは違和感がありますが……もしや既に話を通した? またはトラブルがあって連れてくるのに失敗したのか。
私が悶々と考えているうちに、扉が開き、まずよく見知った方が降りてこられました。
アリスト様です。アリア様の義理の弟にして、天人様の生き字引たるあの方。
私を見て少々驚いたように目を見張りましたが、苦笑すると出入口の脇に避けられました。
いやはや、流石私の6倍も生きておいでだ、私のような矮小な者の考えなどお見通しといったところですな。
部下の神官たちにはああ言ったものの、結局の所義務や責務など建前で、私が真っ先にお会いしたかっただけなのを、一瞬で見抜かれた気がします。
大人げなく巡礼の旅で脅した司祭の彼には、後で謝罪を―――
そこまで考えたとき私の思考が停止し、些細な疑問も罪悪感も吹き飛びました。
アリスト様にエスコートされて、馬車よりお出になられたその姿に、私の全神経が釘付けになったからです。
アリスト様が差し出された手に乗せられた、白く嫋やかな玉手。
煌めく銀色の御髪を一つにまとめ、最高級の紅玉のような深く紅い瞳。まだ幼さが目立つというのに、それでも尚『絶世の』と頭に付けざるを得ない美しい顔。
青と白のドレスの裾を逆の手で摘み、軽やかに階段を降りる姿に、私は天使の羽を幻視しました。
続いて降りて来られた長身の男性。
金髪碧眼の怜悧な美貌を眼鏡の奥に隠し、地味な神官服すら極上の衣装に変える圧倒的存在感。
白い神官服の上から首に巻かれた赤狐の毛皮が一見浮いているようにも見えますが、むしろその現実離れした美貌を何ら損なうことなく、より現実味を持たせて彼の人を引き立てています。
おぉ……! おぉ……!!
もはや確認など必要ない。
人生のすべてを天人様に捧げた私の魂が叫んでいる。
彼の方は“本物”だと。
まごう事なき天上人だと。
ふらふらと前に歩み出る自分の足を止めることもせず、如雨露を持つ手の力が抜け、体が前に傾き―――。
「ウェ、ウェールズ教―――!?」
「っ! こ、これはグレア大司教、奇遇ですな。今日は如何用で来られましたかな?」
「お主こそ一体ここで何をやっているのじゃ!?」
「いやなに、見ての通り暇を持て余したので花壇の水やりですね」
あ、危ない危ない。
危うく無意識のまま五体投地するところでした。ズレた帽子の位置を直して心を落ち着かせます。
何も知らない天人様の前でそんな事をすれば、不審に思われること請け合いです。
ありがとうございます、グレア大司教。貴方に声を掛けられなければスカートの少女の前に這いつくばる変態が出来上がるところでした。
「いや、お主が暇って……水やりって……」
「ええ、ええ。優秀な若者たちに仕事を取られてしまいまして、私のような老人は水やりくらいしか仕事がないのです。ところで、グレア大司教はどのようなご用向きでこちらに? 貴方はアダムヘルの教会に居られたはずでは?」
そうなるといいなあぁ、という私の願望が一寸漏れました。
残念ながら、若者たちはまだまだ私をお役御免にしてくれませんが。
ここでやっと、グレア大司教は何故私がここにいるかに気付いたようで、呆れたように嘆息しました。
貴方、立場が逆なら同じ事していたでしょう。ついさっき、貴方の息子が同じことをしようとしていたんですからね、間違いない。
「お、おぉぅ。ちと野暮用ついでに、見込みのある冒険者を見つけたので皆に紹介しに来たのです」
「左様ですか。そちらの方々がその将来有望な冒険者ですね? 初めまして、私はウェールズ=トゥル=ピッカーソと申します。良かったら私が教会内をご案内致しましょう。見ての通り暇を持て余しておりますので」
私がまたもずれた帽子を手に取り、お道化てそう礼をすると女性の方の天人様、ミルノワール様が男性の天人様のクリスタール様の後ろに隠れてしまわれました。
おや、怖がらせてしまいましたか。これでも人当たりは極めて良い方だと自負していたのですが……。
ミルノワール様が、クリスタール様の後ろで微かに震えながら、ッルピカ……ナミヘィ……、と呟く声が微かに聞こえましたが……はて、何のことでしょう。
■◇■◇■◇■
一通り挨拶を済ませた後、私はお二方を大聖堂へとご案内しました。
……増えてる。
明らかに礼拝者が増えています。
なるほど、私がここに案内する事を見越して、先ほど会議に出ていた陛下及びその御付きの者達がこちらに移動してきたようです。
会議中は外に待たせていた護衛も居るので、二十人を超える人数がベンチに座っていました。
まぁいいですけど、大人しくしておいてくださいね陛下。貴方の出番はまだですので。
「ここに初代聖王であらせられたアリア様の墓標があると聞いたのだが、それは参詣させて頂くことは可能だろうか?」
「アリア様の御廟堂ですか。残念ながら、一般には公開されておりません」
「む? そうなのか」
予想していた質問に、私は素知らぬ顔でそう答えました。
と言っても嘘は言っていません。
アリア様の御霊堂は試練を超えた者しか参拝出来ないしきたりになっています。
その試練とは、守護者の撃破。
強力無比な守護者を倒して初めて、参拝が叶うのです。
恐らく、これもアリア様が天人様を見分けるために残した試練なのでしょう。
この試練を軽々と乗り越えられて初めて、天人様が天人様たる証明になると。
ですが、いつしかこの試練は、我々聖王国上層部の強さを計る試練にもなっていきました。
アリア様の御霊堂に参るには、必ずこの試練を受けねばなりません。それは陛下や我々アリア教会の者も変わりません。
ですから、敬虔なアリア教徒であればあるほど、強くなることが推奨され、この試練を突破した者は聖王国でもアリア教会でも、一定の地位が約束されます。だからこそ、聖王国とアリア教会の幹部達には、一定の強さを持つ者が多いのです。
話が逸れましたが、この試練は高レベルの守護者を相手どる戦闘であるからこそ一般には公開されず、試練を受けるためには聖王国かアリア教会の許可が必要です。
そのあたりの説明はグレア大司教はしなかったのでしょうか?
クリスタール様が、ちらりとグレア大司教に目配せをなさいました。
すかさず前に出て、御二人の強さを保証するグレア大司教。
なるほど、既に話は付いている。と言う事ですね。
ならば私から言う事は何もありません。現地におもむくとしましょう。
腰の引けているミルノワール様を、クリスタール様がグイグイと引っ張って行きます。
……とても不安になる光景なのですが、ちゃんと説明したんですよね、グレア大司教?
……なぜ貴方も不安そうにしているのですか。
まさか、試練の事を話してなかったのですか!?
い、いけない、止めねば!
そう思った時には既に遅く、御二人は中庭の中央に足を踏み入れ、防壁の魔法陣が発動してしまいました。
本来、戦闘の余波を中庭だけにとどめ、周囲を護るための防壁ですが、こうなってしまっては戦闘が終わるまで何人たりともこの中に入ることは叶いません。
我々の目の前で、重い音を立てながら二体の守護者が組みあがっていきます。
ここに居る陛下や、私も突破した試練ではありますが、その時は二十人以上でパーティを組んで挑んでやっとクリアしています。この試練は、守護者一体につき一パーティ。計二パーティでのレイド戦が推奨されているのです。
やはり、いくら天人様でも、たった二人で二体の守護者を相手取るのは無謀なのでは!?
この試練はHPが一定値を切った時点で強制終了し、対象者は魔法陣の外に弾き出されるので余程運が悪く無い限り死にはしませんが、大怪我の恐れは常に付きまといます。打ち所が悪ければあっさり死ぬことも。
ですが、もうどうしようもありません。
賽は投げられてしまったのです。私たちはただ、御二人の無事を祈る事しか―――。
「何だ、ただの【大理石人形】じゃないですか。脅かさないで下さいよ」
「いや、油断するなよ、名前持ちだ。【墓守】だと。レベルもちょっと高い」
「ほむ。じゃぁ油断せずにヤりましょうか」
そんな会話が微かに聞こえたと思えば、お二人は散歩するように守護者たる【墓守】へ無造作に歩み寄り。
――― ドグシャ!
クリスタール様に近かった【墓守】は、まるで見えない巨人に上から巨槌を打ち下ろされたように、周り数メートルを巻き込んでクレーターを作りながら圧壊し。
――― ズバシャン!
ミルノワール様に近かった【墓守】は、一瞬ミルノワール様の両手が霞んだかのように見えた次の瞬間、数センチ角のサイコロ状に細切れになり、バラバラと崩れ落ちました。
……………は? ……は?? はぁ!?!?!?
御二人がしたことを理解できるものは一人としてこの場に居らず。
今まで絶対的強者として、数百年間アリア様の墓標を護り続けた守護者が、秒に満たない時間で破壊しつくされた。という結果だけを、全員が同じ間抜け面で呆然と見ているしかできませんでした。
ですが、本当の驚愕はこれからでした。
呆然としている我々を置き去りに、御二人がアリア様の御廟堂の手前で立ち止まると、クリスタール様は御廟堂には目もくれず、その後ろのアリア様の像―――【不屈の立像】に手を翳したのです。
その像は、アリア様がお隠れになってすぐに作られた、完全にお姿を映した唯一無二の立像。
この数百年間、朽ちる事も欠けることも無く有り続ける、神の金属で作られたアリア教のシンボル。
その像が、クリスタール様が何かしら呟いた瞬間、音を立ててヒビ割れ、砕け散ったのです。




