アリア教本部
本編連載再開します。楽しんで頂ければ幸いです。
ひとつ前に閑話を投稿していますので、まだの方はそちらもどうぞ。
荘厳なパイプオルガンの音色が閉ざされたホールに響く。
壁や天井には、この世界に転移してからのアリアの歩みであろう壁画が、ルネサンスもかくやという精緻さで壮大に描かれ、見る者を圧倒した。
悪魔を剣で打ち倒す女騎士をモチーフにしたステンドグラスから、陽光が七色に降りて、中央に安置された女神像を彩っている。
ここは、初代聖王アリア=アリネージュの霊廟にして、大陸に遍くその威光を及ぼしめるアリア教の総本山。アリア教会本部、その大聖堂である。
「ほぇー」
「口を閉じろよみっともない」
その小さな口をポカンと開け、宝石の様な朱い瞳を見開いて、可憐な顔を驚きに染めるミルと、その姿に苦笑するクリス。
だが、それも致し方ないかもしれない。それほどに、数百年の歴史を重ねたであろうこの場は、重厚な厳粛さに満ちていた。
「ほっほっほ。そう素直に驚いてくれると連れてきた甲斐あったのう」
「うんうん。見ていて微笑ましいね」
そんなミルをこちらも親戚のお爺ちゃんと伯父ちゃんが孫や姪を見るような目で見つめるグレアとアリスト。
アーシャは冒険者ギルドの本部へ向かったというのに、なぜかアリストはこちらに付いてきていた。
クリスがギルドに行かなくていいのか聞いた所、“教会に顔を出すのも仕事の内”とはぐらかされた。何かしら思惑があるようだが、そう簡単には口を割りそうにない。
「凄いクリス、ヨーロッパみたい!」
「デカい声で小学生並のコメントしてんじゃねぇよ。聖堂なんだから静かにしろ」
「誰が小学生モゴッ」
「だから声がデケェ」
その厳粛さもどこ吹く風と、興奮に頬を染めて騒ぐミルの口を手でふさぐクリス。
貴族の街にあるからか、それとも本部であるからか、聖堂のベンチに座る十数人ほどの礼拝者はみな身なりが良い。下手に騒いで絡まれたりしたら面倒臭い、と思ったのだ。
「ふふふ、グレア大司教の言う通り、その様に素直に喜んでもらえると、維持している我々も誇らしくなりますね」
そう声を掛けられ、ミルが後ろを振り向けば、ズレ落ちそうになった帽子を治しながら、自分を微笑ましそうに見つめる老齢の男性がいた。
グレアとこのアリア教会本部に到着した際にちょうど花壇の水やりをしていて、そのまま流れで案内を買って出てくれたウェールズ=トゥル=ピッカーソという神官だ。
どうやらグレアと旧知の仲だったようで、馬車から降りた瞬間彼の顔を見たグレアは、偶然の出会いに大変驚いていた。
彼は六十代くらいの柔和な雰囲気の人物で、厳格な雰囲気のグレアとはまた違った“徳の高さ”というか、見ているだけで手を合わせ拝みたくなるような空気を纏っている。
……のだが、頭に乗せている聖職者の帽子の様な小さな帽子が、年のせいか髪の毛が側面と後頭部を残すのみとなった頭皮から頻繁にズレ落ちる。
ミルはそれが気になって気になって仕方がない。
今もクイッっと流れるような動作で戻された帽子を目で追ってしまい。
「―――っ」
「……堪えろ、ここは笑ってはいけない大聖堂」
「~~~!!!」
クリスが口を押えていてくれたおかげで一回目は何とか耐えれたのに、他ならぬそのクリスの発言で余計にツボに入るミル。人間、笑ってはいけない場面ほど、笑いの沸点は下がるのだ。
腕の中でプルプルし始めた相棒に、これはさっさとこの場を離れるべきと判断したクリスは、本題に入る事にした。
「ここに初代聖王であらせられたアリア様の墓標があると聞いたのだが、それは参詣させて頂くことは可能だろうか?」
「アリア様の御廟堂ですか。残念ながら、一般には公開されておりません」
「む? そうなのか」
ウェールズの言葉に、眉を寄せるクリス。
アリアが生前に、同郷のプレイヤーに向けて書き残した【アリアリの書】には、Cランクになってアリアの墓参りをするところまでがチュートリアルであるとあった。
次のアップデート【神々の箱庭】の際に発生するモンスターの大暴走に対抗するため、目立たない事を諦め三日という超スピード出世でCランクとなり、思惑が色々とありそうなグレアとアリストの二人に付いて、護衛という形で首都まで最速で来たというのに、肝心のアリアの墓に参る事が出来ないとはどういうことか。
まぁアリアリさんが【アリアリの書】を書いたのが、国王になってから五十年も経ってからというし、二十歳でこちらに転移したとしても、建国までの年月を考えれば、その時点で八十を超えたおばあちゃんだ。
そして今が聖歴368年。どれだけアリアリさんが長生きしていたとしても、亡くなってから優に250年は経っているだろう。
日本で言えば江戸時代中期から現代と同じくらいの年月だ。色々とルールが変わっていても仕方がないか、とクリスは思う。
が、そこまで考えた時、クリスに一つ疑問が湧いた。
【アリアリの書】にはこう書いてあった。“教会関係者はすでに自分たちがプレイヤーだと認識している”と。そして不自然な点が多いグレアとアリストの言動。
ちらりとグレアを見るクリス。
それに気づき、小さく頷くグレア。
グレアは思った。
やはり気付いていたか、と。
おそらく最初からすべて見透かしていたであろうクリスの目配せに、グレアは一歩歩み出る。
実際は今思い当たり、必殺他力本願を発動しただけなのだが。
「ウェールズ殿、彼らならば大丈夫だ。見事試練を突破できよう」
よし、流石爺ちゃん空気読めてる。と思う反面、はて、試練?? とクリスは表情に出さずに疑問にも思う。腕の中のミルもコテンと首を傾げたので、おそらく知らないだろう。
ここは全て分かってるフリして乗り切ろう、と心に決める。
「なるほど、グレア大司教がそう仰るならば、そうなのでしょう」
穏やかな表情を崩さないウェールズの瞳の奥に、クリスは鋭い光を見た気がした。
この爺さんも油断できねぇ、と辟易するクリス。
だがまぁ、人生経験の少ないクリスはそう思っているが、どこの世界でも年寄りは面倒くさいモノである。
「では、参るとしましょう。アリア様の御廟堂は中央広場にございます。ここからでしたら、大聖堂の裏口から行けばすぐですので、どうぞこちらへ」
そう言って先頭に立って歩きだすウェールズの後を追う一同。
数歩ごとにズレ落ちる帽子にミルが死にそうになっている事に気付いているのはクリスのみ。
最後尾を歩くアルトが、拝礼者の一人を見て驚愕に目を見開き一瞬立ち止まった事に気付いた者は、フランシスカだけだった。
■◇■◇■◇■◇■
大聖堂を抜け中庭に移動したミル達が見たものは、予想以上に広い空間と、そそり立つ巨石群だった。
アリア教会本部自体がかなりの敷地面積を誇るが、それでもなおこの中央部分にこれほどの空間を確保するのは違和感を覚えるほど広い中庭。
そしてその奥に、イギリスのストーンヘンジのように円形に並び立つ巨石群。
それに守られるように、周囲の巨石と比べれば不釣り合いなほど小さな墓標と、その後ろに立つ剣を杖のようにして両手で支え、真っすぐ前を見る女性の像。
クリスの脳裏に“決闘場”という言葉が浮かんだ。
地面むき出しの広い空間といい、自然の姿のまま置かれた巨石といい、荘厳な教会の建物と似つかわしくない空間がそこにはあった。
「お気を付けください。お分かりとは思いますが、中庭の中央まで進むと試練が開始されます」
ウェールズの言葉に、クリスを見るミル。
その首にはタマモの姿が。
とうとう耐えきれなくなったミルが口元を隠すためにクリスから引ったくって巻いたのだ。
その視線に、重々しく頷くクリス。
並び立つ巨石群を見るに着け、そこに表示されたアイコンに気付いたのだ。
恐らく、この試練のせいで一般の公開がされていなかったのだと、やっとクリスも理解が及んだ。
そう、クリスの第一印象の通り、ここは“決闘場”なのだ。
「なるほど、そういう事ですか」
「ああ、まぁ俺たち向けの試練ってことだな」
「そうですね。おあつらえ向きですね」
「お前がヤるか?」
「いえいえ、お構いなく。ここはクリスさんにお譲りしますわ」
「……」
「……」
「お前分かってないだろ」
「わわわ分かってるし! 完璧だしッ!」
必殺の分かってるフリを一瞬で見破られ、嵐に翻弄される小舟のように泳ぐミルの目。
全員が分かってるっぽいのに、自分だけわからなかったのが恥ずかしかったらしい。
クリスはにっこりと笑うと、ミルの手を取った。
数分前の自分が全く同じことを考えていたことは綺麗に棚の上に仕舞っている。
やはりこの夫婦、なんだかんだで似ているようだ。
「そうか、じゃぁ大丈夫だな。行くぞ!」
「ぅえ!? いいいいいえクリスさんちょっと―――」
クリスがドSの顔してりゅぅぅぅ!
へっぴり腰のミルが助けを求めるようにフランシスカを見るが、彼女はアルトの方を見ていた。
彼女は先ほどからアルトの様子がおかしいので気になってたまに見ていただけなのだが、ミルからしたら裏切られたような気分だ。
おのれアルトォォォォ!
そして恨みの向かう先はアルト。
自分が全くあずかり知らぬところで、上り気味だったミルの好感度が急降下したことをアルトは知るよしもない。
明らかに引き気味のミルに、不安になるグレアやアリスト、そしてウェールズ達一同。いつの間にか大聖堂に居た礼拝者の姿も、その後ろに見える。
ミルの様子がおかしい事にやっと気づいたフランシスカが、二人の後を追おうとしたが、アルトに手を掴まれて止められた。
「そこから先はいけない」
「……どういう事?」
「すぐに分かるよ」
止めるアルトにフランシスカは厳しい目を向けたが、彼は疑問に答える事無くフランシスカの瞳を真っすぐに見つめた。
答えるつもりのないアルトに、後で覚えてなさいよ、とポツリと溢すフランシスカ。途端に挙動不審になるアルト。それに多少留飲を下げながら、フランシスカも歩みを進めるクリスとミルを見つめた。
あの二人ならば、何があっても大丈夫だろう、むしろ窮地に陥るのが想像でき無いし。と絶対の信頼を乗せた視線を送る。
それはアルトも同じようで、どこか眩しそうに二人の後姿を見送るのだった。
二人が中庭の中央に差し掛かった時、それは起こった。
彼らの足元から青い光が湧きたち、円形に回転しながら広がると魔法陣を描き出す。
それが、フランシスカの足元で広がるのを止めた時、魔法陣の最外郭で内と外を隔てるように青白いヴェールの様な障壁が広がった。
そして、ストーンヘンジを形作っていた巨石群が、動く。
ズルリと地面から浮き上がると、重々しい音を響かせながら、見る見るうちに5メートルを超える不格好な人型に組みあがった。
ズシン、ズシン、と大地を踏みしめ、ここは通さぬとでも言うように、立ちはだかる巨大な人型。
それが二体。
アリアの墓標を護る様に、姿を現したのだ。




