閑話 とある修道女の覚醒
エタってないです(挨拶)。
長らくお待たせしました。
本閑話を挟んで、明日から連載を再開します。
楽しんで貰えれば幸いです。
この閑話は、ミルとクリスがオークの村を殲滅してフランシスカを救出した後、アダムヘルを出立する前日、一人の少女の運命が変わる日のお話です。
「その方は現在、当教会には所属しておりません。治療院は開いておりますので治療が必要な方はそちらへどうぞ」
アダムヘルにあるアリア教会のシスターである私、マリア=トッシュは今日も教会に訪れる人々の対応に追われていました。
教会に、というのは正しくありませんね。正確には併設された治療院にです。一昨日までは閑散としていた治療院に、昨日の夕方ごろから始まったこの問い合わせは衰えることを知らず、むしろ益々増えているような気さえします。
それもこれも、事の起こりは昨日。冒険者ギルドから派遣されてきた一人の回復職が治療院へ訪れた事から始まりました。
そのお方は、見上げるような長身と男性なのに絶世の美貌という言葉がぴったりなほど美しいお顔に、知的な眼鏡を掛けた方でした。
そして、神の奇跡のような治療術を駆使して、たった一日で大量の患者を癒し、光り輝く天使様と共に忽然と姿を消されました。
お方が治療院で治療をしたのは昨日の一日だけ。あのお方がここを訪れた理由である冒険者ギルドへ出している依頼は一日の契約ですから、それは仕方ありません。
しかし、そうとは知らない街の方々はその噂を聞きつけ、ここを訪れるのです。
私達シスターはその対応に追われています。
昼頃、あまりの多忙さから日課のお祈りにも差し支える(というのは建前で実際はもう一度あのお方を見たいだけ)と、先輩のシスターがあの方をもう一度派遣してもらえないかグレア大司教に嘆願を出したのですが、もうあの方がこの治療院に来ることは無いだろうという非情な答えを返されていました。
グレア大司教は何か事情を知っている雰囲気がありましたが、我々のような一介のシスターに、大陸にあまねくその威光を輝かしむる、信徒数千万を誇るアリア教会の、上から三番目の地位に着くお方にそれ以上問う事など出来るはずもありません。
多忙さもさることながら、あの方にもう一度会いたいと切望していた私達は、その答えに悲嘆にくれるよりほかありませんでした。
あの方の美貌。そして卓越した治療術。そしてあのお方を迎えに来たとしか思えない光り輝く天使様の存在。
そして、もう一つ。
私は、私と神官見習いをしているヘテロさんに起きた不思議な事の、その真意を問いたかったのです。
私は、元々薬学を収めており下級回復薬と各種解毒薬を作ることがでていました。
ヘテロさんは見習いというだけあって、下級治療の前提スキルである【応急手当】しか使えませんでした。
ところが、あの日以来ヘテロさんは下級治療が使えるようになり、私に至っては何故か一足飛びに中級治療が使えるようになったのです。
ヘテロさんだけならば分ります。
彼は見習いとして日々真面目に研鑽を重ねていいましたから、あの日の多忙さでレベルが上がり、下級治療が使えるようになったのでしょう。
しかし私が中級治療が使えるようになったのが解せません。もともと私は治療魔法の才能が乏しく、錬金術の才能があったため薬学を学んだのです。
昨日は夜遅くまで教会の敷地でお祭り騒ぎをしていた輩を追い返し、一日の疲れから泥の様に眠って起きた今朝、ふと中級治療を使える事に気付いた私の心境は、喜びよりも意味不明な状況に首を傾げるばかりでした。
そして朝のミーティングで、やっと下級治療が使えるようになったと先輩に報告して喜ぶヘテロさんを祝福しつつ、何故か中級治療が使えるようになってしまった私は、困惑と疑念に口を閉ざしました。
努力をして下級治療を手に入れたヘテロさんに、何故かうっかり中級治療を使えるようになってしまった私が、その事実をどうして口に出来ましょう。
治療院に訪れる方はあのお方目当ての健康な女性が多く、重傷者は相変わらず街の病院へ搬送されているので、ヘテロさんの下級治療と私の薬だけで治療が間に合い中級治療の出番が無かったのが幸いでした。
もし下級治療で治せないような患者が来れば、ヘテロさんには申し訳ないですが中級治療を出し惜しむ気はありませんでしたから、本当に良かったと思います。
しかし、本当になぜ私は中級治療を使えるようになったのでしょう。
中級治療と言えば、レベル200を超えた神官の上位職、【司祭】から使えるスキルのはずです。神官に成れるのは才能がある者でもレベル100前後、私はそれにすら遥かに届かぬレベル50でした。
アリア教会の教義に、“レベルは出来るだけ上げる”というモノがあります。
レベルが上がらなければ、どれだけアリア様への信仰が厚くとも神官としても癒しの力が使えないので当然の教義です。
ですから私も、成人してからは神殿騎士見習いとパーティを組み、度々魔物討伐へ行っていたのですが、二年そうしていてもレベル50にしかなれませんでした。ヘテロさんは十七歳の私より二歳年上の十九歳でレベル85までになっていましたから、そろそろ使えても不思議ではないのですが……私の場合は全くレベルもスキル修練度も足りていないはずなのです。
なのに使えるようになった。
最初は、常日頃から人々を癒し助けたいと願っている私の心をアリア様が汲んでくださり、スキルを与えて下さったのかとも思いましたが、それならばヘテロさんも同じくらいそう願っているはずです。
そして慈悲深きアリア様ならば、私と共に毎日お祈りを欠かさない他のシスター達にも癒しの力をお与えにならないのは不自然な気がします。
では、なぜ私とヘテロさんだけに癒しの力が発現したのか。
私は、一つしか可能性を見出せませんでした。
そうあのお方、クリスタール様です。
考えてみればあの日、最初の頃は私とヘテロさんはクリスタール様と一緒に患者さんを診察していました。
そして患者さんのカウントの為、私だけずっとクリスタールさんと行動を共にし、ヘテロさんは患者さんが多くなってくるとその対応に追われ、別行動をしていました。
もしかしたら、それがスキルの発現に関係しているのではないかと思い至ったのです。
そう考えた私は、居てもたってもいられずその日のお勤めが終わった後に教会を飛び出し、冒険者ギルドへ向かいました。
■◇■◇■◇■
夕方の冒険者ギルドは賑わっていました。依頼から帰ってきた冒険者が大勢いるのでしょう。
強面の男性冒険者が多数いる中、まだ少女で通る年齢でしかも修道服の私は非常に浮く……事もなく、ギルドの中に入りました。
何故かと言えば、先のアリア教会の教義により、アリア教会の神官や修道女はよく冒険者とパーティを組み、討伐依頼などに出かけるからです。
私はまだレベルが低いので神官騎士見習いとアダムヘル近くの草原で弱いモンスターを討伐をする程度ですが、先輩シスターは冒険者と臨時パーティを組んで一緒に出掛けていきます。
そしてそのまま冒険者とくっ付いて教会を出るという事も良くあります。ある意味、孤児の多いシスターが幸せを掴む王道ルートですね。
私達シスターや神官は、普段教会で仕事をしていますので、基本的に冒険者と組んで仕事をするときは臨時パーティになります。それこそゴールインするくらい仲良くならなければ、固定パーティを組むことなどありません。なので基本的にその日に組む冒険者は日替わりです。
一般に粗暴なイメージが強く嫌われがちな冒険者達ですので、私のような年若いシスターは初対面の冒険者に対して委縮したり恐怖を感じたりすると思うかもしれません。しかしそんな事はないです。理由はいくつかあります。
もともと信仰対象であるアリア様が冒険者出身なので、冒険者への偏見が少ないということ。
諸先輩方から話を聞き、見た目ほど粗暴ではない事を実感として知っているということ。
冒険者側も絶対数の少ない回復職を補充できて助かるので、大切に扱ってもらえるということ。
そして勿論、臨時パーティを組む際に、特に年若いシスターの場合は冒険者ギルドの方で素行の良い冒険者が当てがわれますし、万一意図してシスター側が不利益を被るような事態になれば臨時パーティを組んだ冒険者側も今後一切アリア教会から回復職の提供を受けられなくなるので、滅多なことを起こせません。
なので私は安心して冒険者ギルドに入り、周りをきょろきょろと見渡して、クリスタール様を探します。
しかし、そんなに都合よく出会えるはずもなく、クリスタール様を見つけることはできませんでした。あの目立つお方なら、探せばすぐに見つかると思ったのになぁ。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。何かお困りごとですか?」
あまりにも挙動不審だったのか、眼鏡を掛けた妙齢の受付嬢さんが私に声を掛けてきました。とても優秀そうなキリリとした美人です。ちょっとこういう人、憧れます。
「あの、えっと……」
私は言葉に詰まりました。そういえば、居てもたってもいられず冒険者ギルドに来たはいいですが、見つからなかった時の事を何も考えていませんでした。
どうしよう、人を探していると言ったら聞いてもらえるでしょうか?
「あの、実は人を探していまして……」
「探し人ですね。冒険者への依頼の発注はなさいますか?」
言われて気付きました。
そういえばそうです。冒険者ギルドで人を探していると言えば、行方不明者の捜索と取られるのは当たり前でした。
でも違うのです。私が探しているのは冒険者の方なので、きっと受付嬢さんに聞けば分るはず。
「いえ、私が探しているのは冒険者の方なので……」
「あら、失礼しました。指名依頼ですか?」
「あああ、そうでもなく。少し確認したいことがあったので、冒険者のクリスタールという方を探しているのですが、ご存じないですか?」
その名を出したとき、受付嬢さんの眼鏡がキラリと光った気がしました。
「おや、貴女もクリスさんをお探しですか……」
「わたしも?」
受付嬢さんが眼鏡を光らせたままクイッっと押し上げ、意味深な事を言いました。
わたしも、という事は他にも探している方がいるのでしょうか?
「……少し長くなりそうなので個室に移動しましょうか。こちらへどうぞ」
受付嬢さんに案内され、パーテーション分けされた個室に入ります。ロビーの真ん中で立ちなどしていたものですから、邪魔になって他の冒険者の目も痛くなってきていたので、配慮頂いてありがたい限りです。
二人とも席に落ち着くと、お茶を用意して下さった受付嬢さんが向かい側に座り、先ほどの疑問に答えてくれました。
「ええ。貴女以外にも沢山いらっしゃいました。名前まで知っている方は多くありませんでしたが、奥方の方も含めれば二人で優に三桁は問い合わせがありましたね」
そんなに!?
目立つ方だとは思っていましたが、それほど注目されているとは知りませんでした。
……ってちょっと待って下さい。今聞き逃せない単語が!
「奥様がいらっしゃるのですか!?」
「ええ、あの方は既婚者ですよ。それはそれは可愛い、天使のような奥様がいらっしゃいます」
それを聞いて私は真っ先にクリス様と友好を交わしていた、あの天使様が浮かびます。
私は驚愕に目を見開きました。
「……なんという」
「それはもう仲のよいご夫婦ですので、横恋慕など不可能―――」
「尊い」
「はい?」
思わず漏れた呟きに、受付嬢さんが怪訝な顔をしました。ですが私はそれどころでは無く、あの純真無垢な純白の天使様と友誼交わすだけにとどまらず、婚儀まですませてしまわれているクリスタール様に、畏敬の念が留まるところを知らずあふれ出します。
天使様と結ばれるなど、きっと紆余曲折、山あり谷ありの波乱万丈があったに違いありません。
だからこそ、二人は固い絆で結ばれているのです。あの後集めた話によれば、昨日は何度も天使様が教会上空で目撃されていることからも、クリスタール様を心配して足げく教会に訪れていたのでしょう。
そして、それはクリスタール様が飽くなき研鑽と信仰を重ね、数多くの得を積まれた事の証左。なんて尊い。
「【純白の天使】様を連れた、【佳麗の神人】様」
「……ほう」
無意識に口を突いて出た私の言葉に、受付嬢さんが反応しました。
その声に私は我に返り、慌てて居住まいを正します。いけない、尊敬と羨望が高まり過ぎて今かなり恍惚とした顔をしていた気がします。変な子と思われてないでしょうか。
「失礼しました。御見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」
「いえいえ。もしクリスさんに一目惚れでもして追いかけているのでしたら、事実を伝えて追い返そうと思っていたのですが……どうやら貴女はそういった類の輩ではないのですね」
「まさか! そんな恐れ多い!」
「ええ全くです。しかし、今までクリスさんを訪ねて来た方々にはそういう目的も多かったのです」
「なるほど、そうなのですね。まぁあのお方の美しさでは仕方ない気もしますが、私はそういった感情はありませんのでご安心ください」
「そのようで。では失礼ですが、そんな貴女とクリスさんと何があったか聞いても?」
「何かあった……という訳ではないのですが……」
眼鏡を光らせ、肘をついて口元で手の平を組んだ受付嬢さんに真剣な声音で聞かれたので、私はありのままを話します。
「それは昨日の10時くらいだったでしょうか、グレア大司教に呼ばれた事から始まったのです―――」
(5分経過)
「―――あのお方の見た瞬間私は釘付けになり」
(10分経過)
「―――その時のクリスタール様の表情が」
(20分経過)
「―――クリスタール様の御業に私の心は打ち震え」
(30分経過)
「―――天使様が御降臨したかと」
(40分経過)
「―――幻想的なご夫婦の様子に」
(50分経過)
「―――そして、光輝きながら去って行かれたのです」
「……なるほど、良く分かりました」
簡単にクリスタール様との邂逅を受付嬢さんに説明し終わり、私は一息吐きます。
まだまだ語り足りないのですが、喉が渇いてしゃべり辛くなってきたのでこの辺りが止め時でしょう。
気が付けば、夕方のギルド内の喧騒もすっかり落ち着いています。あまり時間が経った気はしませんが、結構話し込んでしまったのでしょうか? まぁ忙しいと聞く受付嬢さんが、こうして黙って聞いていてくれたくらいなので、それ程長い時間では無かったのでしょう。
私がすっかり冷めてしまったお茶を飲み、喉を潤すのを待ってから、受付嬢さんが口を開きました。
「クリスさんの昨日の行動が良く分かり、とても有意義な時間でした。ありがとうございます。純白の天使と佳麗の神人ですか、まさにあの二人にピッタリの二つ名と言えるでしょう」
「そんな……お恥ずかしい限りです」
うっすらと頬を染めた受付嬢さんが、コップを置いた私の手を両手で包み、感慨深げに息を吐いてそう言いました。
あぁ、私の拙い話にこれほど感動して下さるなんて、やはりクリスタール様の御力は偉大です。まさに神。
「貴方には見込みがあります」
「見込み、ですか?」
「ええ。素晴らしい、と言うほかありません」
恍惚とした顔を引き締め、真剣な表情でそう言う受付嬢さんの言葉の意味が分からず、私は首を傾げました。
そんな私に、彼女はそっと一枚のカードを握らせます。冒険者カードに似ているソレを、私は不思議に思い手に乗せて見ました。
「これは―――クリスタール様ファンクラブ会員証?」
そこに刻まれた文字に、私は思わず眉を眇めました。
そんな私の様子に気付かず、受付嬢さんは熱に浮かされたように語り始めます。
「私の名はミランダと言います。実は私もクリスさんの魅力に心酔する一人でして、不肖ながらファンクラブを創立し会長を務めています。といっても、一昨日作ったばかりのファンクラブで会員証も試作品で作った十枚しかまだありませんが、貴女に是非、副会長である会員№2のカードをお送りしたい。共にクリスさんを崇め、尊み、あの方の素晴らしさを共有しませんか?」
うっとりと語る彼女を見ながら、私の表情はだんだんと無表情になっていきます。
それを察したのか、ミランダさんはやや慌て気味に続けました。
「今ならば副会長というポスト以外でも、経理会計広報と何でも選び放題ですよ。ちなみに会員は既に百名を突破し、尚も増え続けています。どうですか、貴女も是非ファンクラブの一員に―――」
「 嘆 か わ し い 」
言い募る言葉を遮り、ぴしゃりと言い放った私の言葉に、受付嬢さん―――ミランダさんは口を噤み目を見開きました。
「逆に問いましょう。貴女はクリスタール様の何を見ていたのですか」
「な、何を……? 貴女こそいったい何を言って……というか何か雰囲気変わってますが」
「私は見ました。あの方の神々しい見姿を、そして神の御業を」
私は胸の前で手を組んで祈りを捧げました。
あのお方が如何に偉大であるか、目の前の浅薄な迷える子羊に説かねばなりません。
「病に涙する人々を、怪我に苦しむ人々を、心迷う哀れな子羊達を、あのお方は須らく癒しました。そこに貧富の差は無く、男女の差は無く、老若の差もありませんでした。あのお方にとって、人とは全て癒すべき対象であり、救うべき対象であるのです。嗚呼、それの何と尊く気高き志である事でしょう。そしてあのお方はその崇高なる精神で天使様の寵愛を賜り、それでもなお驕る事無く全ての者に等しく恵みと癒し与えて下さいます。それがどれほど誇り高く崇高である事でしょう。そしてその慈悲は、傷付きし者だけではなく周り全てに注がれているのです、きっと私があの方から慈悲の力を授かったのもその証拠。そう、これはあの方が私にあの方に変わりより多くの者達にその慈悲を届けよという啓示。ならばこそ、私はこの力に奢る事無く、恐れることなく、自戒する事もなく、授かりしこの力をこの世に在る全ての者達に恵み与えねばならないのですね。つまりそういう事なのですねクリスタール様! 世界の生きとし生けるもの全てを救わんとする貴方様の偉大なる意志、このマリアがしかと承りました!」
天啓を得たり。
私は語りながら、自分の言葉で自分の想いに気付きました。そして、クリスタール様のいと尊き想いにも。
「いえあの方は奥方大好きな普通の人で―――」
「貴女にもきっと役割があります。ミランダ様」
私は、ミランダさんの手を両手でガシリと掴み、身を乗り出してのけ反るミランダさんの目を見つめます。おや、眼鏡がずれていますよ。まぁ今は関係ないので何も言いませんが。
「ファンクラブ、などという俗な集まりではあのお方の、いえあの方々の『格』に合いません。ええ、全く釣り合っていません。そうですね?」
「は、はぁ」
「では名前を変えましょう。クリスタール様は神様のような方ですし、奥方様も天使様、つまりほぼ神。ならば『ほぼ神×2≒神』という公式が成り立ちつまり理論的にお二人そろえば完全なる神。そう、寄り添い支え合う二人の神を奉る者達の集まり、という事で【双神会】という名はどうでしょうか」
「え? えっと、あれ? あの、確かにファンクラブの名前は決めていなかったのでそれで構いませんが……」
「よろしい、では双神会で。あとファンクラブという言い方は今後控えましょう。俗世の響きが強く我らが神の格を落としてしまいます」
「わ、分かりました。これから呼称は双神会で統一します」
「素晴らしい!」
私の熱意に感動して椅子から落ちそうになっているミランダさんの手を引き寄せ、机の上に導くとおでこが付きそうな程顔を近づけて目を見つめます。
「同士ミランダ、貴女のやる気と信仰確かに受け取りました。これから共に双神会を盛り立てていきましょう!」
「は、はぁ」
おや、なぜ目を逸らすのですか?
その時、仕切りのパーテーションの間から顔を出した別の受付嬢さんが、ミランダさんを見つけ声を掛けてきました。
「あ、居た居た。お話し中にすみません。ミランダさん、ギルドマスターがお呼びですが後にして貰った方がいいですか?」
「え? ええっと……」
「あら私とした事が、随分と長い時間お引止めしてしまいましたね。申し訳ありませんでした」
「いえ……こちらこそ、有意義な時間……でした」
席を立つ私に、ミランダさんも続いて席を立ち、ズレていた眼鏡を押し上げました。よかった、ずっとズレていたから気になっていたのです。
「相談に乗って頂きありがとうございました」
「いえいえ。それではファン―――」
ギロリッ
「……【双神会】の今後の活動方針などの打ち合わせなどはまた今度」
「それもですが、是非直接我らが神とお会いしたいので、ギルドに来られる時間が分かれば連絡お願いしますね(全く目の笑っていない微笑み)」
「ッ! 勿論です」
よし、これで近いうちにクリスタール様に再びお会いできる。そうすれば、この力を与えたもうた真意も直接聞けるでしょう。
私は晴れやかな気分で、冒険者ギルドを後にしたのでした。
■◇■◇■◇■
シスター姿の少女が冒険者ギルドの出入口から去って十数秒後、脱力した私の体は墜落するように椅子に沈み込みました。
「……? どうしたんですかミランダさん」
「とんでもないモノを目覚めさせてしまった」
アーシャに返事をする気力も無く、私はがっくりと机に突っ伏した。
最初に声を掛けた時は確かに人畜無害な可愛らしいシスターだったのに、クリスさんの事を語っているうちにどんどん雰囲気がアレな方へシフトして行き、最後の方は完全にアレだった。
私も昨日のクリスさん情報にうっかり聞き入ってしまったのも不味かった。あれで完全に仲間意識を持たれた感がある。私もクリスさんファンなのは間違いないけど、アレとは全くベクトルが違う。
昨日今日とクリスさんとミルさん夫妻を訪ねてくる人が多かったから、完全に油断していた。その他の人と同様にミーハーな追っかけと考え、安易にファンクラブになど誘わねば良かった。
そう、私のクリスさんへの思いは憧憬であって、彼女のものは信仰。いやそのもっと先の……似て非なる物。
私が思うに憧憬と信仰の違いは、偶像が理想を外れた時の反応だ。
憧憬は、失望し冷めるだろう。
信仰は、受入れ試練として己が道を正すだろう。
だがさらにその先の―――狂信は、偶像が理想を外れるはずが無いと、周りを正そうとする。なぜなら彼らは偶像に理想を見ているのではなく、偶像こそ理想であると疑わないからだ。
「えっと、あの、本当にどうしたんですか、ミランダさん」
「いえ、何でもないわ仕事に戻りましょう」
眼鏡を外して目頭を押さえる私に、部下の受付嬢―――アーシャが心配そうに尋ねてきた。
私は気持ちを切り替えて首を振ると、アーシャに礼を言いギルドマスターの元へ向かう。
彼女の勢いに押されてファンクラブの名前を決めてしまったが、今日の邂逅で変化があったと言えばその程度。少々狂信的な会員が一人増えただけで何か変わるという訳でもない。
大丈夫よミランダ。まだまだクリス様ファンクラブ、改め【双神会】は始まったばかり。いくらでもリカバリーは効くわ。あの子も、クリスさんと実際に話せば目が覚めるでしょう。たぶんきっと。
差し当って、ミルさんの方のファンクラブ会長に話を通して二つのファンクラブを統合する話し合いから始めましょうか。【双神会】なのだから夫婦で一つの方が自然よね。
そしてマリアをクリスさんに会わせる手はずも整えなければ。やる事が多いわ。
私はその時は思いもしなかった。ロア夫妻がすでにCランクへの昇格条件を整えしかも明日の朝にはアダムヘルを発つ事になっていようとは。
そして、生贄―――もとい善意の協力者としてアーシャを彼らに同行させることをギルドマスターに提案し、その引継ぎ資料を深夜になるまで作成して、多方面にわたる調整を徹夜で行い(ギルドに就職して一年程度の新人が思った以上に仕事をしていて、改めてアーシャの優秀さに舌を巻いた)、徹夜明けのテンションで生贄を生贄の祭壇に放り込んで、マリアをクリスさんに会わせるという約束を思い出してダッシュでもどってマリアを南門まで連れて行ったけど結局間に合わず、血走った目で無言で詰め寄られて軽く死ぬかと思った。
……おかしい、私の人生どこで間違えたのかしら。
運命が変わった(道を踏み外した)少女の明日はどっちだ!?
マリアちゃんはこれから本編でもちらちら見え隠れする予定です。
あと、ミランダさんはアーシャに行き遅れの反面教師扱いされていますが、ただの仕事しすぎて行き遅れた人です。ミーハーですけど常識人枠。




