勇者
ミルとフランシスカの訓練が始まったころ、クリスは非常に困っていた。
原因はミルへの不本意な告白からしばらくして、目から心の汗をまき散らして走り去った少年である。
すぐに追いかけたのだがAGIの低いクリスは追いつく事が出来ず、パーティアイコンを頼りに探し野営地からそこそこ離れた場所でようやく発見した。
一緒に探しに来ていたエマを連絡役に野営地に走らせ、声を掛けようとして思わず躊躇するクリス。
発見したアルトは普段の無駄に爽やかな雰囲気は鳴りを潜め、大木の木の根の洞の中にすっぽりと納まり、こちらに背を向け体育座りの膝に顔を埋めて今にもカビが生えそうな程どんよりと暗い。
傷心の少年に何と声を掛けたものか、とクリスは悩んだ。
自分が向こうの世界でも失恋の経験がないイケメンだった為、より一層悩ましい。
ミルのやつ何でフォローしてやらねえんだよ、俺にどうしろってんだ。と思うが、次の瞬間にはミルにこんな傷心の少年の相手をさせれば傷口にハバネロを塗り込むか、無自覚チャームで信者化させるかのどちらかしかないので、やっぱ自分がするしかないと思い直すのだった。極めて正しい人物評価である。
「いよう少年。悩んでるな」
ビクリとアルトの方が震えるが、その場から動く事も声を発することも無い。
しばらく待ってみたが反応が無いので、クリスはもう一度声を掛けてみた。
「あーまぁ何だ、今回は犬に噛まれたとでも思ってだな、今は辛いかもしれないがきっと将来笑って話せる日も来るさ」
不器用にフォローしてみる。
自分でも人妻にうっかり告白してスッパリ振られるとか黒歴史以外の何者でもないと思うが、ミルが見た目は年端もいかない純真無垢な美少女なので勘違いしても仕方ないとも思える。
だがしかしアルト、無反応。今度はピクリともしない。
「その、なんだ。ミルってほら、見てくれだけはいいから色々と勘違いするが、あれ実は結構ダメなヤツだから、今のうちにスパっと諦められて良かったじゃないか」
今度はドストレートに言ってみる。
ピクッと反応するアルトの肩。おっと思うクリス。
「ホントだぞ。黙っていれば完璧な美少女だが、地はかなり残念なんだ」
ピクッ。
アルト、再び反応アリ。
クリスはこの路線で話してみることに決めた。
ヤツの残念っぷりを知ればアルトも諦めが付くだろうと考える。
「例えばだな、生活全般かなりずぼらだ。パンツいっちょで寝るなんて序の口、部屋の中をパンイチで歩き回る、外でパンツ丸見えなのに高い所に登る、挙句に自分のパンツの洗濯まで俺に押し付ける」
ピクピク。
「あとは酔っぱらってやたらと俺に絡んでくる、寝る時に布団に潜り込んできて動けなくする、俺が他の女と話していると邪魔してくる」
ピクピクピクッ。
「まだまだあるぞ、俺以外とまともに話せないコミュ障、常に俺の後ろに隠れる陰キャ、あんな見た目の癖に中身は下品でかつエロいことしか考えていない―――」
――― ズバシャン !!!!
瞬間、クリスの言葉の途中で、アルトが潜り込んでいた大木の洞が眩く輝いたかと思うと、天に向かい一筋の閃光と共に大人三人が両手を広げても抱えきれないような大木が縦に割れた。
「おお!?」
クリスは既視感を感じるその光に思わず目を細める。
彼はかつてこの輝きを見たことがあった。
それは三年前のAAOゲーム内での出来事。大暴走の終盤、運営のやらかしで壊滅しかかっていた当時のトッププレイヤーのレイドパーティを救った、たった一人のNPC。今まで影も形も名前すら出てこなかったのに、“運営のやらかしその壱”であるバランスブレイクした強さのラスボスを一撃の元に退け、今まで必死に戦っていたプレイヤーの大顰蹙を買った“運営のやらかしその弐”。
その輝かしくも大威力の一撃は、かつてゲームにてそのNPCにのみ許された幻の職業、剣士系の特殊派生上位職―――【勇者】の【光の剣】に他ならなかった。
舞い落ちる木の破片を花吹雪のように散らせ、光が収まった爆心地の中心に佇むのは、剣を上に掲げたアルト。
画家が見れば思わず筆を執るほどの雄々しきその姿から、アルトは剣を下ろすとビシリと切っ先をクリスに突き付け、叫んだ。
「ノロケかっ!」
「ええ!?」
涙目である。
目元以外は宿敵に対する勇者そのもののような勇壮たる姿であるのに、目元で今一つ様にならない。
「ち、違う! ノロケ違う!」
「どこからどう聞いてもノロケでしょう! 失恋した男に失恋相手のノロケ話とか良い度胸ですね!?」
「だから違うっての! こっちとら本気で迷惑してんだぞ!」
「いいじゃないですか! 迷惑かけられるほど頼られて! 僕だったらミルさんにそんなに頼られたらどんなに奮い立つか! ミルさんがそんなに無防備になるほど心を許してくれたならどれほど嬉しいか! ミルさんがそばに居てくれるだけでどれほど心が休まるのか!! それを、それを―――ちくしょう! 僕もミルさんのパンツが見れるくらい親密になりたかった!!!」
「途中までかっこ良さ気だったのに最後で台無しだな!?」
ミルが要所要所で無防備なせいで、アルトの若いリビドーは刺激されぱなしだったらしい。
考えてみれば初日以降、ミルは動くと熱いからと薄着で訓練していた。それでも掠りもしないので全く問題なかったが、動くたびに緩く短い薄着からチラチラ見える項や腋や胸元やフトモモは容赦なくアルトのリビドーをこれでもかと掻き立てていた。
いつでも殺れると示すように首筋を撫でられたり、耳に息を吹きかけられたりもあった。
なお一度もパンツは見えていない。アルトに対しては鉄壁である。それがまた若いリビドーに油を注ぐ。
そして、話のしょっぱなでパンツ縛りの話題を出したクリスも間が悪かった。
結果、悶々としたアレやコレやを爆発させ、伝説の性者もとい勇者がここに誕生した!
「いやその覚醒の仕方はねえよ!」
「力が漲るッ! 今なら貴方にだって勝てる気がする!!」
「アルト気を確かに持て、冷静に考えて絶賛黒歴史建築中だぞ!」
「勝負だクリスさん! 僕が勝ったらミルさんを僕に下さい!」
「旦那に対していい度胸だな!? 話を聞けこの野郎! あと、俺がやるって言ってもミルはヤダって言うと思うぞ!」
「ちくしょおおおおおおおおノロケやがってえええぇぇぇぇうおぉぉおおぉぉぉ!!!」
嫉妬と悔しさを裂帛の気合に乗せて眼前に迫るアルトの剣を、クリスはクイックアクションで装備した大楯で受ける。
ガツン! という重い手応えで踏ん張った足が地面を削りながら数十センチ後ろに下がった。
重い。予想以上に重い!
動機は不純で情けない事この上ないのに!
クリスは失礼なことを考えながらも、予想外の手応えに慌ててアルトのステータスを確認した。
最後に確認したのはアダムヘルを出る前日。あの時のレベルは244。
実は、当時すでにゴンザレスよりもレベルが高かったアルトだが、そのレベルでも自身を下がらせるほどの一撃を放てるとは思えない。
目を凝らし、【知識神シエルの眼鏡】越しに【上級鑑定】でアルトを見る。
名 前:アルフレット=ロイ=アリネージュ
レベル:406
職 業:勇者
ホントに勇者になってやがる!? しかもレベル400オーバーとか、ミルのヤツどれだけスパルタでレベリングしたんだよ!?
ミルが訓練していたのでレベルが上がっているだろうとは思っていたが、これ程上がっていたとは。
クリスが訓練していたフランシスカとエマは未だ300に届いていないというのに、それを大きく引き離してのレベル400台。ゲーム時代でも、この時期のトッププレイヤーでレベル420前後だった事を想えば、十分に次の大暴走でも戦えるレベルである。
しかも失恋を拗らせて勇者に覚醒するとは。【神の恩恵】なる謎の項目に【勇者の卵】があったので、そういう才能があることは分かっていたが、こんなにも早く、こんな理由で覚醒するとか予想外もいい所であった。
「ハアアアア! 【剛四連斬】!」
アルトは職業による特殊ステータス補正でもあるのか、同じレベル400のプレイヤーよりも余程強く、速くクリスに打ち込んで来た。
ミルとの訓練で培った体捌きと、元々AGI寄りのステータスだったのに加えミルを捉えるために更に磨きのかかった剣は、まさに瞬速。
「【不動】! 【シールドバッシュ】!」
だがクリスはそれにも対応する。
騎士系三次職【重装騎士】のスキルで体を固定し、アルトの瞬速の斬撃をしっかりと受け止めると、お返しとばかりに手に持つ大楯で弾き飛ばした。
「ぐうっ! 何で盾の扱いがこんなに旨いんですか!? 貴方回復職でしょう!?」
「ハハッ! それだけじゃないぞ、そら【炎弾】【雷弾】【氷弾】【石弾】【光弾】【闇弾】【魔弾】!」
クリスが魔法名を連続で唱えると、アルトの周りに色とりどりの球が出現した。
「全色魔法同時起動!? 何をどうやったらそんな芸当できるんですか! オーク村の攻撃魔法といい、どこまで無茶苦茶なんだ!」
「このくらいならフランシスカもすでに出来るぞ。まだ【詠唱短縮】と【並列詠唱】だがな」
「貴方はこないだまで普通の村娘だった少女を一体ナニにするつもりなんですか!? って避けきれない!? うわあああああああ!」
そう慌てながらも、アルトは剣に光を纏わせ迫りくる魔弾を次々に切って捨てた。
今の今までそんな事が出来るなど思いもしなかったが、危機に瀕して体が最適の動きを選択する。
「おお! そっちもやるじゃないか、じゃぁ次は―――」
インベントリから今まで無手だった左手に一振りの剣を取り出し、装備するクリス。
「純粋に剣技の勝負といこうか! 【剛四連斬】!」
「っ! 回復職が馬鹿にしてっ! 【剛四連斬】!」
クリスの黄金に輝く長剣と、アルトの黄金の輝きを纏う長剣がぶつかる。その数、四度。
「チッ! 流石に押し勝てないか。STRの低さがこういう時は恨めしいな!」
「剣技でも互角!? そんな馬鹿な!? うおおおお!!」
まだまだ余裕を残し戦いが楽しくなってきたクリスと、全力でも小動もしない相手に動揺を深めるアルト。
相反する感情をぶつけ合い、しばらく静かな朝の森に鋭い剣戟の音が響き続けた。
「あれ、もう訓練始めてるんだ。アルト君元気になってよかったね。心配したよ」
「元気というか鬼気迫るというか、まるで本気の試合ですわ」
「……いい気合。これはミルちゃんも惚れ直す……かも?」
しばらく剣戟の応酬を繰り返す二人の間に、場違いに呑気な声が届いた。
野営地に連絡へ向かわせたエマが、エリーナとミリアを連れて戻ってきたのだ。
エリーナとミリアは、ミルがフランシスカの訓練に熱が入り過ぎて全く構われていなかったのを良い事に、エマに嫌がる首根っこを引っ掴まれて引っ張られてこられた。
もしアルトがまた逃げるようなことがあれば人手がいると思ったのだが、杞憂に終わったらしい。
それをチラリと見たアルト、クリスとの試合の最中でありながら意外と周りが見えている。
三人の姿を確認した瞬間、焦りと悔しさが彼に悪魔の閃きを与えた。
「エリーナさん! さっきクリスさんがミルさんの酷い事言ってましたよ! 折檻するので手を貸してください!!」
普段ならば絶対にしないだろうに、色々なものが彼を追い詰め、イケナイ手段に手を染めた。
「はぁ!? どういうこと!?」
「あらあら、いくら旦那さんと言えど、ミルちゃんの悪口とは聞き捨てなりませんね」
「……詳しく」
アルトの言葉に一瞬で気色ばむ三人娘。
「んな!? お前きったねぇぞ! プライドってモンねぇの!?」
「そんな物さっき籠っていた洞に置いてきました!」
「それ置いてきちゃダメなヤツだから! 職業的に特に!」
大切なものを置いてきてしまったアルトに、思わず突っ込むクリス。
置いてきた洞は爆散してしまったので、回収も難しそうである。
「ちょっとクリスさんどういう事なの!? ねぇ!」
「よく分かりませんが取り合えず叩き伏せてから聞きましょうか。訓練の成果を見せる時ですわね」
「詳しく!」
さらに答えないクリスに業を煮やした三人娘が参戦。
大暴走の切り札になるかもしれない相手が道を踏み外さないように説得が忙しいクリスは、言い訳をする暇も無い。
「だー! お前ら話を聞け! というかせめて話す暇をくれ!」
「……ふ、ふふ、ふふふ、さぁクリスさん! 貴方を倒して彼女を僕のモノに!」
「待て落ち着けそっちは行ってはいけない道だ!」
こんな事で勇者が闇落ちとかシャレにならないとクリスは慌てた。
大抵勇者の闇落ちルートの原因は色恋か仲間の死か裏切りであるが、ミル相手にそれは残念すぎる。
「クックックッ、フハハハ、ハーッハッハッハ! 【光刃連斬】!」
「三段笑いし始めやがった!? これはもうダメかも分らんね」
「そんな事より悪口の内容詳しく! 【三段突き】!」
「うふふ、クリスさんこちらも見てくださいな、『火よ水よ土よ、弓引き放て―――【炎の矢】【氷の矢】【地の矢】』、フランさんほどでは無いですが私も出来るのですよ。もひとつオマケに【剛槌】」
「……『吹き抜け風の精霊―――【風の刃】』、【精密射撃】【早打ち】【アローシャワー】」
四方八方から来る魔法と剣技と弓の猛襲。
その理不尽な光景を見た時、クリスの中で何かがキレた。
「お前ら良い度胸だゴラァァァ!!!」
■◇■◇■◇■
「で、出発時間に遅れた理由はソレ、と」
「「「「「ごめんなさい」」」」」
一時間後、ミルとフランシスカの前で全員仲良く正座するクリス達。
クリスが全員を叩き伏せて戻ってこれたのは、すでに出発時間をずいぶんと過ぎた後だった。
「時間厳守は社会人の鉄則です。信用は何より大切なのですよ。分かっていますか?」
「むぅ。就活連敗中の相手にこんな説教を受けるとは……」
「ぁん?」
「ナンデモナイデス」
目の前で仁王立ちしながら社会人の何たるかを説教をするミルに、向こうではそこそこ大手の企業に内定を貰っていた達郎と違い苦戦していた稔を思い出し思わず呟くが、額に青筋を浮かべたミルの真顔に視線を外した。
「私は貴方達が帰ってこないから、他のパーティや騎士団や護衛対象に出発時間の延期を頼み込んで回ったんですよ」
「はい、ありがとうございます」
特に強面のゴンザレスに頼みに行くのにどれだけメンタルを削られたことか、『ふざけるな! 遅れたヤツは置いていくぞ!』などと怒鳴られたら泣く自信があった。穏便に遅延を了承してくれて、どれだけほっとしたことか。
実際にはゴンザレスの方が、意味不明生物にいきなり訪ねて来られて内心涙目だったのだが。
「大体、当事者である私を抜きにして一対多数の模擬戦なんて楽しそ―――もとい危険なことをするなんて、何を考えているのですか」
「今楽しそうって言いかけなかったか?」
「黙らっしゃい」
「あはい」
「しかも何でクリス以外装備がボロボロなんですか。依頼中って自覚あるんですか」
「「「「返す言葉もありません」」」」
「元々の問題として、何で説得に行って戦って帰ってくるんですかクリス。スポコンですか? 青春ですか? 河原で殴り合って友情が芽生えるんですか?」
「いや、アルトの闇落ち阻止に忙しくて……」
「言い訳しない」
「ハイ、スイマセン」
クリスは珍しくも全くミルに言い返すことができない。
今回はアルトがちょっとまずい方面で壊れかけたから仕方ないとはいえ、そんな事は他の旅団メンバーに関係あるはずもなく、一方的にこちらの事情で行程を遅らせてしまったのだから、言い返せるはずもない。
「アルト」
「は、はぃ」
「声が小さい!」
「ハイ!」
気まずげなアルトにミルの叱責が飛ぶ。
普段物静か(に見えるコミュ障)の相手が怒る姿は、かなり怖い。
見た目が美少女で、しかも怒りのオーラが威圧感となって垂れ流れているので、その怖さはひとしおである。
「クリスに勝っても私は貴方のモノにはなりません。たとえ貴方がどれだけ努力しようとも、貴方への好感度が上がろうとも、貴方とは友人以上にはなり得ません。だから、私の事は諦めて下さい」
「―――っ! ……分かり、ました。ご迷惑をかけてしまい、申し訳、ありません」
ミルの容赦無い断言に、ぎゅっと唇を噛んだアルトは、しかしそれでも目を逸らす事なく、ミルを見つめて絞り出すように言葉を紡いだ。
ミルはそんなアルトの目じりに光るものを見ないふりをして、毅然とその瞳を見つめ返す。
そんな一見堂々としたミルの、初めて人を振る事に対する戸惑いや気まずさに揺れる瞳に気づいたのは、クリスのみであった。
「クリス、大体貴方が年長者として、もっとしっかりしていれば―――」
『母上』
尚も説教を続けようとするミルに、割って入る声があった。
実は今日最初から最後までずっとクリスの襟巻をしながら状況を見守っていた、炎狐のタマモである。
『あまりそう父上を責めるでない。致し方無い部分も確かにあったのじゃ』
「それでも、もっと穏便に事を運ぶことだって―――」
『それにの』
またもミルの言葉に被せるタマモ。
怒れるミルを恐れる事のないその姿に全員が関心するなか、尚も言葉を続けた。
『父上は一度も、母上を賭けてた勝負に応じはしなかったのじゃ』
「あっ、お前余計なことを」
タマモの言葉に慌てるクリスと、ピタリとフリーズするミル。
皆が固まるミルを恐る恐る注視していると、段々とその白い肌が色付き、最後はポンッと真っ赤になった。
クリスが自分を賭け事の天秤に乗せないほどに、大切にしていると察したのだ。
「きょ、今日のところはこれくらいで許してあげます。でも次は無いですからね! あと、明日の訓練は私が内容を決めますから!」
まるで捨て台詞のようにそう言い残し、走り去るミル。そしてそれをクリスは呆然と見送った。
『余計な事、だったかの?』
「……いや、助かった。恩に着る」
バツが悪そうに苦笑してから、タマモの頭を撫でてそう言うクリスに、タマモも笑う。
『気にするで無い。夫婦の不仲は子の不幸であるからして』
「……フフ、そうか。しかしお前、昨日までミルに滅茶滅茶ビビってたのに、今日はえらく強気だったじゃないか」
昨日は死んだ魚の目で腹を撫でられていたとは思えない今日の態度に、クリスだけでなく全員がうんうんと頷く。
『何、母上の性根の優しさは撫でる手の感触で分かる。あれは妾が本気で嫌がればすぐにやめてくれるつもりであった。なればこそ、妾も母上を信頼するのじゃ』
タマモの言葉に、なるほどと納得する一同。
結局今回の説教も、全員の信用問題に繋がりかねない事態だったから彼女は怒ったのだ。そんな彼女の優しさが分かったからこそ、全員素直に正座して聞いていたのである。
『それに、もし母上が逆上して切りかかってきたとしても、父上の首元ならば安心じゃ。模擬戦で皆の集中砲火を浴びたときは生きた心地がせなんだが、今ならここが世界で一番安全であると確信しておる』
「そういう事かいっ!」
『守ってくれるじゃろ?』
「コイツは……お前が切られたら俺の首も危ないじゃないか」
くつくつと笑うタマモを呆れた顔で撫でるクリスの手は、しかし優しかった。
■◇■◇■◇■
「アルト」
全員が解散し、各々の馬車に向かう中で、フランシスカがアルトに声を掛けた。
「諦めはついた?」
「……うん」
「そ」
どう見てもまだ未練を残している顔のアルトだが、フランシスカは多くは語らず短くそう返す。
「でも、二人に迷惑を掛けたんだから、馬車の中ではずっと正座ね」
「うぐっ……分かったよ」
と思ったら容赦のない罰を科すフランシスカ。
未だ罪の意識に苛まれていたアルトは、神妙な顔で頷いた。
そう、彼は誰かに罰して欲しかったのだ。
皆に迷惑を掛けた自覚があり、かつ根が真面目である分、十数分の正座と説教程度では到底贖えないと思っていた。
「しびれて立てなくなったら、また膝枕してあげましょうか?」
「い、いらないよ!」
そんな彼の内心を知ってか知らずか、ビン底眼鏡の奥で目を細めクスクスと笑うフランシスカに、アルトは感触でも思い出したのか頬を染めてそう返す。
先に歩く彼女の背中を慌てて追いかけながら、なんとなく、少し心が軽くなった気がしたアルトだった。




