勘違いの果てに
「ふあぁ」
「眠そうねクリス」
四日目の朝、これから訓練があるので軽めの朝食を終え、食休めにまったりしていたミルの横で大あくびをするクリスに、ミルが言う。
周りではすっかり馴染客のようになった誓いの剣の三人娘と、グレアにアリスト、ちゃっかりとアーシャも朝食に参加していた。
「昨日お前とタマモのせいで寝不足なんだよ」
「!? おわっとっとっとっほっ!」
クリスの何気ない言葉に、使い終わった食器を運んでいたアルトが思わず夜の夫婦生活を想像し、バランスを崩して食器をぶちまける。が、十枚近い皿が地面に落ちる前にキャッチし直し事なきを得た。
そんな事はミルとの訓練前なら無理だっただろうが、本人の自覚の無いまま訓練の成果が初めて発揮された瞬間だった。
曲芸めいたその動きに周囲から拍手が起こるが、当のアルトは落としそうになった事に対して照れ臭そうである。
『妾は火の精霊獣であるからして、寒いのは苦手じゃ』
「肌を重ねたほうがあったかいですよね」
それを横目にクリスの首に襟巻のように巻き付いた炎弧のタマモが言うと、それにミルも合わせる。
モフモフフサフサのタマモを首に巻いたクリスは、その容姿と高身長も合わさり無駄にトレンディだった。街を歩けば黄色い悲鳴の百や二百が起こる事請け合いなのだが、残念なことにここには二人の容姿にすっかり慣れた面々しかいないので、やっぱり無駄であった。
「お前はまたそういう誤解を招く言い方を……」
そこでクリスはやっと、やけに周りが静かな事に気が付いた。
朝食の片づけをしているというのに、そういった音が一切しない。
クリスが周りを見回せば、周囲の皆が手を止め耳を聳てていた。
ものすごく注目されて慌てるクリス。
「ち、違うぞ! こいつらが勝手に人の布団に入ってくるからっ」
「クリスは昨日も逞しかったです」
「腕枕の事だな!」
『父上の股座は気持ちよかったのじゃ』
「お前が股の間で寝るから身動き取れなかったんだぞ!」
「クリスは今朝も逞しく―――」
「わーわーわーっ! お前らもう今日からフランのとこで寝ろよ! 俺はアルトと寝るから!」
「「「『お断りします(のじゃ)』」」」
「なんでだ!?」
ミルとタマモ、そして何故かフランシスカとアルトも加わって拒否られ、愕然とするクリス。
今日も仲良くいちゃいちゃする二人に、周りも苦笑気味に朝食の片づけと野営の撤収作業を再開するあたり、すっかり慣れたものである。
そんな中で一人、さきの会話にショックを隠せない者がいた。
「フラン……そんなに私と一緒は嫌なの?」
「あ、いえ別にそういうわけでは……!」
全力拒否され悲しそうにフランシスカを見るミル。
目を潤ませ見上げてくるミルに、しどろもどろになるフランシスカ。
すでに一緒に寝ることは一度断られているにも拘らず、卑しくも自分の見た目をフルに活かした泣き落しで迫るミルに、フランシスカもたじたじだ。
旅も今日で四日目。首都に着けば別れるかもしれず、今日を逃すともう一緒に寝る機会が二度と無いかもしれないので、ミルも必死である。
「……ダメ?」
「う……ううん……こ、今晩だけなら……」
「やった! フラン大好き!」
あざといミルの涙目上目遣いに、とうとう折れるフランシスカ。
どさくさに紛れてフランの薄い胸に飛び込むミル。
その薄いながらも柔らかいであろう微かなふくらみを堪能しようと目論み。
「「あいたっ」」
フランの胸骨とミルのおでこがぶつかり、お互いの悲鳴が上がった。
「いたたた……ミ、ミルさん大丈夫ですか?」
「……うん、うん。ダイジョブ。フラン、今日も美味しいごはんいっぱい作るから、フランもいっぱい食べて、もっと太ろうね。ちょっと痩せ過ぎで心配です」
下心を粉砕されたミルだが、それは置いといて肋骨が浮く程痩せているフランを本気で心配した。
ちっぱいは歓迎であるが、痩せ過ぎは良くないのだ。
フランシスカの師匠が亡くなってからここまでそれほど長い時間が経った訳ではないが、元々脂肪が付きにくいフランシスカは昔に戻ったような食事事情に順調に痩せ細っていた。ミルの親心に火が付く。
「ええっと、あまり太るのはちょっと……動けなくなるのは困りますし」
「ご飯は私が作るから心配ないとして、太るのが心配ならフランも私と一緒に訓練しましょう。アルトは今日クリスに訓練してもらいましょうか」
「えぇ!? 私は魔法の訓練の方が……」
「魔法使いのような後衛だって、護身出来る程度の腕はあった方がいいに決まっています。魔法の方はもう大分クリスに習ったのでしょう? ならそろそろ体術もやったっていいじゃないですか」
「習ったと言ってもまだ始めて三日目ですよ」
「どのくらいの魔法まで使えるようになったの?」
「まだ各属性の基本魔法しか……しかも習うと言っても、ひたすらその基本魔法をクリスさんに打ち込むだけですし」
「それだけ聞くと、クリスがドMのド変態みたいですね」
「ドッ―――!? ミルさん、旦那さんに酷いです。アタシとしてもいくらクリスさんの奥さんだからと言って、第二の師匠を悪く言われるのは気分が良くありませんよ。目に見えて魔法力が上がっている実感がありますし」
クリスから貰った杖をぎゅっと握りしめ、半ば睨みつけるようにこちらを見るフランシスカに、ミルは危機感を覚えた。ここまで丹精込めて育てている美少女の卵を、クリスに掻っ攫われるのではないか、と。
「……フランってもしかして、クリスの事が好き―――」
「それはありません」
ミルの不安そうな問いに、食い気味に言葉をかぶせるフランシスカ。即答である。
「そう、ならいいんですけど」
「そんなに心配しなくても、毎日毎日あれだけイチャイチャしてたらクリスさんが他の女に取られる心配なんてありませんよ」
「んなっ!? いいいいいちゃいちゃなんてしてないし!?」
あからさまにほっとして、それから赤くなるミルにフランシスカは思った。あれがイチャイチャでなければ何なのか、と。
「ととと、取り合えず。訓練の事クリスに言ってくる。フランはちょっと誤解してるみたいだから、訓練がてらお話をしないとね!」
これ以上の会話は無用と、フランシスカが呼び止める間もなく逃げ出すミル。
「あ……私まだ、良いっていってないのに……」
その場に取り残されたフランシスカの呟きが、ポツンと残った。
ミルがクリスの元へ着くと、野営の片づけを終わらせたアルトとクリスが話していた。
「アルトよ、お前だけは味方だと思っていたのに……」
「あ、いえ別に一緒に寝るのはいいのですが―――」
「ウホッ」
「うほ?」
「ウホらねぇよ!」
話している途中で来たミルが、微笑みながら妙な擬音を発したのを怪訝な顔で見るアルト。
その微笑みがニヤニヤ顔であることがこの中で唯一分かるクリスが突っ込むが、それを察せられるほどミルと付き合いの長くない他の面々には、クリスの奇行が目立つ。
「ええっと、何というか、お二人の仲の良さに割って入るようで気が引けてですね」
「全然構わん。むしろどんどん割って入ってくれ」
「……本当ですか?」
クリスの言葉に真剣にな顔でそう言うアルトは、クリスの隣に立つミルを見つめる。
ミルへの思いを未だ燻らせるアルトには、クリスの言葉があたかも免罪符のように聞こえていた。
ミルの笑顔、怒った顔、照れた顔、悲しそうな顔。旅をするうちに知ったその全てがアルトを惹きつけ、その殆どが自分でなくクリスに向けられることに悲しみを感じ。また、ほんの少しでも自分に向けられた時のこの上ないの喜びも知った。
だからだろうか。
聞けばすぐに冗談と分かるクリスの言葉に、アルトは自分でも驚くほど真剣に返していた。
クリスを差し置いてミルの一番になろうとは思わない。が、もし二人の許しがあるのなら自分も彼女の隣に立ちたいという強い想いが、クリスの冗談であると分かっていても、そこに縋りつかずいはいられないほど、アルトはミルに惹かれていたのだ。
「え? あ、お、おぅ?」
一方のクリスは、真剣に自分を見つめるアルトに戸惑う。
だがアルトの真剣な表情に事の次第を敏感に察し、彼ももまた真剣な表情になった。
ミルは無表情に様子を見ている。話に付いて来れていない。
「すまんなアルト、前言撤回だ。それはダメだ」
「―――っ! そう、ですか……」
睨みつけるほどの強い視線を返され、視線を逸らすアルト。
分かっていた事ではあったが、やはりそうか、と。
妻への横恋慕を許す夫が、いったいどこにいるというのか。
やはり自分のミルに惹かれるこの思いは、抱いてはいけないものだったのだ、と自責の念に肩を落とした。
ミルは無表情に様子を見ている。フランシスカの話を切り出すタイミングを図り兼ねていた。
アルトはクリスに拒絶されてもなお未だ燻る自分の不埒な恋心を、噛みしめるように強く目を閉じた。
「やはり、気付かれていましたか。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「いや、いいんだ。感情ってのはどうにもならん事もある。そこは理解しよう」
「……すみません。自分でも最低であると自覚はあったのですが、どうしてもこの気持ちを消しきれませんでした。でも、クリスさんに拒絶されてやっと目が覚めた気がします。折り合いをつけるにはまだ時間が掛かりそうですが、頑張って諦めて見せます」
憂愁を滲ませながらも、きっぱりと決別を決めたアルト。
そんなアルトにクリスはほっとした。良かった諦めてくれて、と胸を撫でおろす。
ミルは無表情に様子を見ている。何か大事な話をしているっぽいので訓練の事を切り出しにくい。
「いや、まぁ個人の好みってのは様々ってのも理解できる。だからあまり気を落とすな。それに最低とも思わんよ」
個人の趣向は尊重して然るべきであるが、自分はそっちではない。そういうのは同好の士と致して頂きたい。
だが、まさかアルトがそっちだったとは。
クリスはその意外性に多少の驚きを感じつつも、きっぱりと宣言した。
「ただ俺には男色の気は無いから、他を当たってくれ」
「はい……はい? はいぃぃぃい!?!?」
「あっ! やっぱりそういう話だったんですね。ごめんなさい大変な時に来てしまって」
「全くだ。アルトが勇気を出して告白してくれたんだ。その気が無くても茶化したりするのは失礼だろう」
「い、いや違ッ―――」
「そうですね。少数派の気持ちは私も痛い程分かりますとも」
「だろうな。だからまぁアルトが良いヤツって事には変わらないんだし、距離を置いたりするんじゃないぞ」
「それは誤解ッ―――」
「勿論です。アルトが男色家であろうとも私の態度に変わりはありません。むしろ良くなるまであります」
「あー、ライバルが減るからお前はそうだろうな」
「世の中のイケメンが皆ホモになればいいのに」
「腐ってる下の妹が同じ事言ってたぞ」
「僕はノーマルでッ―――」
「アルトはこれに懲りずに、その道を究めて下さいね(にっこり)」
「そうだな(にっこり)。俺はダメだったが、お前程の男ならきっと良い相手も見つかる日が来るさ。だから落ち込まずに明日に向かってだな―――」
二人の暖かな視線と、そんな君でも俺たちは受け入れるよ的な優しい微笑みに、アルトの中の理性が崩壊した。
「いや違います! 誤解です!! 僕が好きなのはミルさんです!!!」
「「えええ!?」」
「あっ!? ああああ!?!? あああああああくぁwせdrftgyふじこlp!!!!!」
完全に自分を無視してあらぬ誤解を深める二人に、アルト思わず口を滑らす。
本人は隣で静かに聞いていた(ように見えた)ミルにも、半分告白と懺悔を兼ねた決死の覚悟で語っていただけに、その恥ずかしさは天井知らずだ。
「う、うあああ! いえ、違うんです!」
「違うんですか? 遊びで告白とか最低ですね。これだからイケメンは」
「あああああああ! いえ違わないんですが、その、伝えるつもりは無かったというかなんというか!?」
ミルさんすでに瀕死のアルトに全力で死体蹴りしていくスタイル。イケメン相手には本当に容赦がない。もうやめて、とっくにアルトのライフはもうゼロよ!
ミルやクリスほどでは無いが十分に整った顔を真っ赤に染めてアワアワするアルトの姿は、年上の女性垂涎の的であるが、生憎とここに居るのは中身が男なので全く鑑みられることは無い。
「そうか、お前やっぱりミルが好きだったんだな」
「分かっていたのに何で男色なんて解釈に持っていったんですか!?」
「そうですよクリス! アルトの気持ちを何だと思ってるの!?」
「お前が最初に“ウホッ”とか言うからだろが!」
「最初からそういう意味の発言だったんですか!? だから違うんです僕が好きなのはミルさんなんです!」
「貴方の事はいい人って思いますけど、恋愛対象にはならないです(即答)」
「ぐはっ! きっぱり断られた上にフォローまでっ! あぁどうしてこんな事にぃ……」
がっくりとその場に膝をつくアルト。
こうして彼の初恋と初告白は、グダグダの内に終わってしまったのだった。




