ドンッ!
時は少し戻り、フランシスカと別れたアルトは、しゃがみ込んで竈に火を起こしているクリスの元へ訪れた。
「クリスさん、手伝いましょうか?」
「ん? アルトか、ちょっと待ってくれ今手が離せ―――あぁっ、しまった消えちまった」
クリスは今日も有り余る魔法攻撃力を必死に制御し、極小の【火壁】で火起こしをしていたところにアルトから声を掛けられ、集中力を乱して魔法を消してしまう。
「ああ、すみません。修行の邪魔をしてしまって」
「いや別に修行というわけじゃないからいいんだが」
「あれ、そうなんですか? あえて生活魔法を使わずに攻撃魔法を使っているのは、魔法制御の訓練だと思っていたのですが」
声をかけるきっかけが欲しかっただけのアルトは、クリスの邪魔をしてしまい申し訳なくなるが、クリスはアルトの言葉に聞き逃せない単語を見つけた。
「生活魔法? なんじゃそりゃ」
「おや、こちらでは一般的ですが、クリスさんの故郷ではそうではなかったのですか?」
「……聞いたことないな」
アルトがすでに自分たちの素性をほぼ予想しているとは思わず、表情に出さずに内心しまったと思うクリス。
アルトの方はすでにほぼ確信に至っている分、そういう事もあるかと納得した。文字通り住む世界が違うのだと。
「この国では魔法の素養がある人ならば大概覚えていますよ。素養が無くてもレベルがある程度上がれば覚えられるので、冒険者はEランクくらいなら大抵覚えていますね」
「ほうほう」
一定のINTがあれば覚えられるってことか、とクリスは思う。
ゲームでは食事も入浴もトイレも洗濯も必要とせず、そういった便利魔法などそれこそ思いつくのは転移魔法くらいだ。だが、こちらでは当然生きる上で必ず必要になる行為であり、かつ科学よりも魔法という技術が進歩しているのならば、そういった方向性で進化するのもまた必然だったのだろう。
「やって見せましょう。クリスさんならきっと一発で覚えられますよ」
「どうだろうな、実際見てみないと分からん。頼んだ」
「はい。『火の精霊よ、集い踊りて火弁を散らせ―――【着火】』」
アルトが薪から50センチほど話した場所で掌を掲げ呪文を唱えると、ポッっと薪から炎が発生した。
しっかりと観察していたクリスの目には、淡い橙色の光が呪文の通りにひらりひらりと踊る様に集まり、薪に火が付いたのをしっかりと捉えていた。
精霊術師の基本スキル【精霊視】によるものだ。
ゲームでは微々たる量のINT補正があるだけのスキルだったが、こちらではこういった効果があるらしい。
「こんな感じです」
「なるほど。精霊魔法の一種なのか」
「そうです。精霊魔法は必要魔力もINTも低く済みますからね。それこそ精霊に好かれる体質のエルフなどは、小さな子供でも扱えるそうですよ。逆に危険なので好かれ過ぎる子は、精霊に声が届かなくする魔法具を付けられることがあるくらいです」
「それほどか」
「ええ、興味があればミリアさんが生粋のフォレストエルフですから、聞いてみるといいと思います」
「ふむ、まぁ気が向いたらな。まずは生活魔法の実践だ」
すでに竈の火は点いてしまっているのでその横に新しく薪を並べ、クリスはアルトと同じように手をかざした。
子供でも出来る魔法と聞いて、ややクリスの手に力がこもる。失敗したら恥ずかしい。
「確かこうだったな。『火の精霊よ、集い踊りて―――』」
それがいけなかったのか、詠唱を始めた途端クリスの精霊視は周囲一帯が夕焼けよりも鮮やかな茜色に染まるのを見た。
「うおっ!? 待て待てストップ今の無し!」
丁度夕焼けの時間だったお陰か、それとも周囲の冒険者に精霊術師が居なかったのか、それに気付いた者はいなかったが、不味い物を感じたクリスは咄嗟に呪文の詠唱を中断した。だが中断したにもかかわらず周囲を染めた茜色はクリスの目の前に集まり、一匹の獣の姿を形作る。
「これはっ―――火の精霊獣【炎狐】!?」
その姿を確認し、驚愕に目を見開くアルト。
それは赤褐色の毛皮と赤く揺らめく炎の様な尾を持つ、子狐の姿だった。
「知っているのかアルト」
「は、はい。火山などの火の精霊が活発な場所で稀に目撃される存在です。大昔は魔獣の一種とされていましたが、火山地帯に住むドワーフとの交流が進むにつれ、それまでにも確認されていた火の精霊獣【サラマンダー】と同じく火の精霊王【イフリート】の眷属という事が分かり、それまでの禁忌な存在ではなく精霊と同じく敬うべき存在となったと聞きました」
「禁忌?」
「遭遇しても即攻撃をしてくるほど攻撃的な存在ではありませんが、こちらが手を出すと消し炭も残らないくらい燃やし尽くされる、と伝承に残っています。この個体は小さいく尾が一つですが、体が大きくなるにつれて尾の数が増えていき、信仰対象になる以前の情報では、二本でBランク相当、三本でAランク相当の強さ、と言われています」
「ふむ。という事は尾が一本のこいつはそんなに強くないってことか」
「おそらくですが……ただ如何せん、それこそアリア様が現役でいらっしゃったほどの昔の話ですので、正確には分かりません」
アルトの説明を聞いたクリスは、目の前で大人しくお座りしている炎孤を鑑定してみることにした。
見た目だけならば毛の色が独特という事を除けば普通の狐なのだが。
種族:精霊獣、属性:火、種族名:炎孤、レベル:186。
火の精霊の活動が活発な場所で長い年月をかけて火の精霊が集まり形をとった存在。周囲の火の精霊や火属性の魔力を取り込むことで成長し、一定レベルに達すると尾の数が増える。高い知能を有し信仰の対象とされ、特に火を使うことの多いドワーフや人間の鍛冶師には炎の精霊獣サラマンダーと同じく信仰する者が多く―――
『妾を召喚せし者よ。如何なる要件か』
「「喋った!?」」
頭の中に直接響く声に鑑定をしていたクリスと、警戒を強めていたアルトが揃って声を上げた。
「まじかー、すげーなファンタジー。狐が喋ってら。いや喋るってかテレパシーかね」
「温厚で知能が高いとは聞いていましたが、意思疎通できるほどとは知りませんでした。同じ精霊獣のサラマンダーやケルピーが喋るとは聞いたことがありませんが」
『彼奴らは獣の性が強いからの、話せるほど知識を蓄える前に消滅する事が多い。風の【ハーピー】や土の【ブラウニー】は話すであろ』
「あぁそういえばそうですね。しかし、ハーピーもブラウニーも人型ですし……」
「獣の性っていうならお前も獣にしか―――」
『吾を獣と侮るか』
瞬間、炎狐の前で拳大の火の玉が発生し、不用意な発言をしたクリスに向かって猛スピードで飛んだ。
クリスはそれを軽く捕球し竈の中へ。
『「なぁ!?」』
無造作に行われた非常識に驚く一人と一匹。
「あぶねぇワンコだな。気性は穏やかじゃなかったのか? 木に当たって山火事にでもなったらどうすんだ」
『おおおお主、今何をした!? 妾の火球を素手で捕るなど……』
「この服は特別製でね。ただでさえ魔法防御が高いのをMAXまで強化した逸品なんだ。そんじょそこいらの魔法じゃ通らん」
『いやお主、今素手で……』
「俺はもっと特別製だ」 ドンッ!(擬音)
『……』
じゃぁ何で装備の自慢したの? と一人と一匹は思うが、クリスの圧倒的存在感で二の句が継げない。
一人と一匹が圧倒される中、クリスがそろそろ何で炎狐が出てきたのか聞くかな。と思ったその時―――その後ろにゆらりと小さな影が。
「ねぇねぇたっつん。たっつんにとって僕って何?」
「脳筋バ火力。―――うん?」
考え事をしていて思わずいつものノリで答えてしまったクリスの腰に、細く白い腕が撒きついた。
「は?」
「たっつんのバァカァァアアァァァ!!!」
瞬間、クリスの視線が空を映し、そして。
――― ドンッ!!!(実音)
真っ暗になった。
「アルト!」
「は、ハイ!」
綺麗な垂直落下式殺人バックドロップで、クリスを地面から生えるス〇キヨにし、物理的に口を封じたミルはキッとアルトと炎弧に向き直る。
振り向かれた一人と一匹は新たな脅威に震えあがった。
圧倒的強者の雰囲気を振りまいていたクリスを、ほんの数瞬で地面から生えるオブジェに変えたミルを前に、心底から震えあがる炎弧。
普段の穏やかなミルからはかけ離れた姿に、素でビビるアルト。訓練でその強さを、主に尻に叩き込まれているぶん恐怖もひとしおであった。
ちなみにアルトに穏やかと思われているのは、偏にアルトに対してテンションが低いからである。
いつの間にやら寄り添いひしと抱き合う一人と一匹。ここに種族を超え恐怖を分かち合った熱い友情が生まれた!
「何その可愛い生き物!? ちょーだい!」
「どうぞ!!!」
『なぁあ!? 裏切り者おぉぉぉぉぉ!!!』
しかし迷うことなく己を差し出したアルトに、一人と一匹の熱い友情は一瞬で蒸発したのだった。
遅れてフランシスカが駆け付けた時、炎弧の尊い犠牲で難を逃れたアルトは、鳩尾のあたりまで地面に埋まりジタバタともがくクリスを引っこ抜こうと悪戦苦闘中だった。
「うんとこしょ! どっこいしょ!」
まだまだクリスは抜けません。
「あぁフラン、お願い、クリスさん引っこ抜くの手伝って!」
元凶のミルは、死んだ魚の目をして仰向けに腹を出す炎弧を思うさまモフモフしている。
そのニヨニヨとした表情には先ほどまでの不機嫌さは欠片も無い。
クリスをスケ〇ヨさせて先ほどのもやもやした気持ちは大分発散したらしい。問題は何も解決していないのに流石脳筋である。
「わ、わかった!」
そんなカオスな状況を見て、フランシスカはすぐさま助けに入った。
「「それうんとこしょ! どっこいしょ!」」
まだまだクリスは抜けません。
「なんかすごい音したけど……って何事!?」
「あぁエリーナさんいい所に! ちょっとクリスさんひっこ抜くの手伝って下さい!」
「さっぱり状況が掴めないけど、分かったわ!」
「「「それうんとこしょ! どっこいしょ!」」」
クリスをアルトが引っ張り、アルトをフランシスカが引っ張り、フランシスカをエリーナが引っ張り。
……結局、クリスが抜けたのは更にミリアとエマが合流した後だったという。
やっと抜けたクリスがミルにコブラツイストをしているを横目に、フランシスカは気になっていた事をアルトに聞いた。
「で、結局ライバル宣言は出来たの?」
「あ」
愕然とするアルトに、彼が恋愛の土俵に立てる日は来るのだろうか、と思うフランシスカだった。




