ミで始まる反面教師
「……」
「……」
ぶすっ。
ぱくぱくぱく。
「……」
「……」
ぶすっ。
ガツガツガツ。
「……」
「……」
き、気まずい。
私こと、冒険者ギルドの受付嬢をしておりますアーシャ=タカートが、おいしいと評判のミルさん達の晩餐にお呼したのは今日が初めてです。
ギルドマスターのアリスト様に何故か強制的にこの旅隊に連行されて、早くも三日が終わろうとしています。
何でも無い普通の一日だったのに、途中フロアリーダーのミランダさんにギルドマスターの執務室へ来るように言われ、出向いたら開口一番『喜べアーシャ君。栄転だぞ!』との言葉を頂いたのが出発前日の夕方。
訳も分からぬうちに王都にある冒険者ギルド本部への配属替えを宣言され、私のサインした覚えのないサイン済みの配置換え同意書を持ったミランダさんに、『荷物の荷造りはもう手配しているから心配せずに仕事の引継ぎして行ってね。私も残業して手伝うから』と笑顔で言われ、半ば犯罪者の尋問めいた引継ぎ資料作りを彼女と共に行い、私の住む寮に着いたのが日付も変わるころ。
疲れ果て前後不覚にベッドに倒れこみ、朝起きて『嫌な夢見たなぁアハハハ』と周囲を見渡し、本当にベッド以外何も残っていない自室に呆然としたのが当日の朝。
そのまま現実を受け入れられずのろのろと朝食をとっていると、ドバタンという音と共に部屋に入ってきたミランダさんに首根っこを掴まれて集合場所に拉致されました。
あの、鍵は? あ、寮長に貰いましたかそうですか。
……私のプライベートさんってどこに旅立ってしまったんでしょう。
せめてシャワーを浴びてからと泣く私に、『大丈夫よ! ちゃんと制服は着てるじゃない!』と言ってこちらの話を全く聞いてくれないミランダさん。
いや違います。これは昨日の貴女のせいで帰ってそのままベッドに倒れこんだからで、決して準備万端な訳ではないのです。彼女は尊敬できる先輩でしたが、彼女が結婚できない理由もよく分かりました。乙女の尊厳がズタズタです。おのれぇ。
そして現地に到着し、ここ数日で良く見知った二人の姿を見るにつけ、全てを察しました。
街門までの道すがら渡された、旅隊の資料からは意図的に削除されていた名前、ミルノワール=ロア氏とクリスタール=ロア氏のロアご夫婦。
ギルドマスターに私を引き渡すと、ダッシュで戻っていくミランダさんの背中へ向ける私の目は、きっと死んだ魚のようになっていたと思います。脳裏に聞いたことがあるような無いような不思議なメロディが流れました。
どなどなど~な~ど~な~……
出発時こそ軽く挨拶をしましたが、それ以降の私は二人とは全くと言っていいほど接触していません。
ギルドマスターとミランダさんの考えは分かっています。私にこのままなしくずし的に二人の担当を続けさせる魂胆でしょう。
王都への転属の辞令は貰いましたが、まだ正式に二人の担当になる事の辞令を受けたわけではありません。
と言うかその辞令が来たら断ります。
アダムヘルでなし崩し的にあの二人の担当にされていましたが、それも口頭と有形無形のプレッシャーからなるものなので、正式な命令というわけではなかったのです。
冒険者ギルドは大概ブラックで、正式な辞令が出たら職員に拒否権はありません。私は孤児院育ちの孤児ですし、王都への転属は本当に栄転なので歓迎ですが。二人の専属になるのは首を掛けてでも猛抗議する所存であります。
首都に転属になればあの二人とも離れることができると思っていたのに!
憧れの冒険者ギルド受付嬢ですし、孤児の私を採用してくれたのは感謝に耐えませんが、このピッチピチの若い身空で頭髪と胃粘膜を犠牲にキャリアを詰もうとは思えないのです。つい先日、ミで始まりダで終わる先輩に、キャリアがいかなるものかしっかりと心に刻み込まれたのでなおさらです。反面教師でしたが。
それなら、そこら辺の有望そうなイケメン冒険者を捕まえて、結婚出産専業主婦という勝ち組受付嬢の黄金パターンを選びます。私は容姿にはそこそこ自信がありますし、きっとそういった未来も選択肢のうちにあるはずです。王都みたいな人の多い場所ならなおさら。
それが分かってるから、ギルドマスターもミランダさんも正式な辞令を出さず、こうして回りくどいやり方をしているのでしょう。
共に仕事をこなすうちに情が移って、みたいな。でもそうは問屋が卸しません。
私はミランダさんが用意した資料を基に各冒険者パーティや騎士団の元を訪問し、双方の調整や行程の進捗状態管理、不足物資の調達管理などを自主的に行い、忙しく働いているフリをしてクリスさん達に出来るだけ近づかないようにしていました。
ええ、ええ分かっています。そんな事をせずとも双方の調整は冒険者側代表のゴンザレスさんと騎士団側代表のラウディ隊長がしています。物資の調達管理は一応の担当者がいるので私が手を出さずとも取り敢えずは回るでしょう。行程の進捗状態管理など、そもそもいち受付嬢の私が首を突っ込む問題ではありません。
どれも別に私がいなくても、普通ならば問題なく回る事です。
というか今回、私は本当に付いていくだけのお荷物で、全く仕事が割り振られていませんでした。
隙を見ては私をあの二人のところに行かせようとするギルドマスターをかわすには、忙しく動いているのが一番です。親睦を深めさせようというギルドマスターの思惑が透けて見えるんですよ。
ですが、今回は突発的な強行軍ということもあり、冒険者側と騎士団側の意思疎通、情報伝達の構築が巧くいっていない部分も多く、私が調整役をしなければ致命的とは言わないまでも一日程度の行程遅れはでるところでした。
たかが一日、されど一日。
何が目的の強行軍かは聞いていませんが、遅れないなら遅れないに越したことはないはずです。
我ながら、方々を飛び回り各担当者の仕事を邪魔せず取らず物事がうまく回るように采配出来たと思います。どの担当者からも感謝を頂きましたので、独りよがりでは無いかと。
うんうん。そうこれ。
よく言えば調整役。悪く言えば組織の歯車、使いっぱしり。
そのくらいが私の背丈にあった仕事だと思うのです。
断じてSランク確定しそうな冒険者の専属担当など手に余るのです。
普通最高。
孤児から這い上がって受付嬢となり、自分が特別だと思う夢と希望と野心に溢れていたアーシャは死にました。
本物の特別な存在を間近で見れば、ちょっと優秀な凡人の野心など昼間の砂漠に置かれたひと欠けの氷よりも簡単に溶けて蒸発しました。
で、そんな二人に近づかない事を心に誓った私が、なぜここに居るかと言えば……。
「いやぁ、相変わらずミルちゃんの作るご飯は美味しいねぇ」
「本当じゃのう。すでに結婚しておるのが惜しいわい。独り身ならば是非孫の嫁に来てほしい所じゃ」
この二人です。
ギルドマスターとグレア大司教。
隣で盛大にむせているアルト君は関係ありません。
心配になるくらいむせていますが、大丈夫でしょうか?
話を戻すと、私は立場上、仕事をしているフリをしているとき以外はギルドマスターと一緒にいることが多いです。
そして、今回はギルドマスターも護衛対象の為、同じく護衛対象のグレア大司教と極力一緒に居るようにしています。護衛対象が分散すると護りにくいので当然ですね。
そうすると、必然的に私も大司教と一緒にいることが多くなりました。
まず驚いたのが、ギルドマスターと大司教の仲の良さです。
元々知り合いと言う事は知っていましたが、まるで往年の友のように気の置けない間柄だとは知りませんでした。
一見共通点の無い二人ですが、私の知らない過去が二人にはあるのでしょう。お二人ともいい歳ですし、特にギルドマスターなど40代後半から50代前半にしか見えませんが、ハーフエルフなので実際はもっととんでもなく年上なのでしょう。噂ではアリア様と会った事があるくらいらしいですが、果たして本当なのかどうか。
そんな二人が、私が控える前で楽し気に雑談していると、ミルさんの料理の話が良く出るのです。
最初はラウディ隊長だけが抜け駆けして食べただの、一人だけいい思いしてけしからんだの、大人気ない愚痴だったのですが、昨日から一変。
いかにミルさんの手料理が美味しいかと、臨場感たっぷりに二人して食レポしやがるのです。
二人とも長く生きているだけあって、古今東西色々な料理を食べてこられたようですが、それにしても際立っていかに美味しいかと言う事を、延々と色々な料理を引き合いに出しながら委曲を尽くして語り合うのです。
人の食レポで唾が止まらなくなるなんて初めての経験でした。こっそり飲み込んでましたが、私が喉を鳴らしているの、たぶんギルドマスターは気付いています。というか絶対私が食べたいと言って、二人と交流するのを狙っています。
そうはいかないと、私は必死で耐えました。気分的に耳をふさぎ目を閉じてそれはもう必死に耐えました。実際にははしたないのでしませんが。
ダメでした。
二日と持ちませんでした。その結果がコレ。
「……」
「……」
むすっとしたままクリスさんがお皿をミルさんに差し出しました。
ミルさんもギロリとクリスさんをひと睨みして、無言のままシチューをお皿によそい渡します。
今日のご飯はシチューです。
ビーフシチューのような濃い色のスープに、お野菜とお肉がゴロゴロとたっぷり入っています。
お肉はやや野性味のあるワイルドな味ですが、舌の上に乗せるとほろりとほどける程柔らかく煮てあり、スープはおそらく原型がなくなるほど煮込んだ野菜のお出汁で採ったスープストックでしょう。後から入れたゴロゴロ野菜のほくほく具合と、デミグラスソースと野菜のうまみとお肉のうま味が混然一体となった濃厚なスープがたまりません。
私に分るのはこのくらいですが、たぶん隠し味にもっといろいろと入っていると思います。
それくらい深みのある味わいが、口に入れるたびに舌から全身に広がり、心が幸せになり体がもっともっとと、この至高の味を欲しがります。
とっても美味しいです。びっくりするほど美味しいです。ギルドマスターとグレア大司教が絶賛するのも分かります。こんなおいしいシチュー初めて食べました。
ですが……。
「……」
「……」
これ、晩餐の主役たる二人が、ギスギスと音が鳴りそうなほど険悪な雰囲気。
いつもこちらが羨ましくなるほど仲良しの二人が、今日に限ってこの空気。
いじめかっ!
せっかくの美味しいごはんの味が、雰囲気が悪くて二割減です。
私がお呼ばれに来たせいかと不安になったので、アルトさんに聞いてみましたが、どうやら痴話喧嘩の延長だそうです。
クリスさんを狙っていた頃の私なら、これを機に喜び勇んで攻めに出ているでしょうが、今の私は冷静です。
その証拠に、雰囲気からして全力で喧嘩しているアピールをしている二人を良く観察してみると。
「……」
クリスさんがミルさんにお皿を差し出しました。
三杯目ですねクリスさん。結構大きめのお皿ですが、よく食べれますね。
「……」
それをチラリと見たミルさんは、しかしぷいっとそっぽを向いて、足元で黙々とシチューを舐める子狐の背中をなでています。不機嫌そうな顔も可愛いです。
というか、その子狐は何なんでしょうか? 当たり前のように居ますが拾ったのでしょうか? それ以前に狐にシチューを食べさせて大丈夫なの?
この人たちのすることにいちいち反応していたら身が持たないのはすでに幾度となく実感していますが、毎度のことながら謎ばかりの人たちです。
そんなミルさんに対してクリスさん、さらにずずいとお皿を突き出します。
ミルさんは、そんなクリスさんをジト目で見たあと、しょうがないなぁというように溜息を吐いてお皿を受け取り、シチューをよそるとクリスさんに渡しました。
それを当然のようにもぐもぐ食べるクリスさん。
それをチラチラと見るミルさん。
ミルさんミルさん。口の端がピクピクしてますよ。
クリスさんが美味しそうに食べるのが嬉しいんですね。
素直に嬉しそうにしたらどうですか?
クリスさんも、わざわざ喧嘩しているミルさんによそってもらわなくても、自分で入れればいいじゃないですか。
……爆発しろ!
とまぁこんな具合に、喧嘩しているという割に仲睦まじい二人なのです。
周りもそれが分かったのか、食事が進むにつれ段々と和やかな雰囲気になってきました。
若干、口に運ぶシチューが甘ったるくなった気さえします。
「このお肉、トロトロですごく美味しいですね。何のお肉なんですか?」
おかしくなった味覚を休めるために、私は二人に話しかけました。
ちょっと会話して水でも飲めば治るでしょう。この美味しいシチューはちゃんとした味覚のまま味わわねば。
ついでに会話で二人に気分転換させて、仲直りしてもらいましょう。美味しい料理をご馳走してもらったお返しです。
「土竜熊」
「ブフォ!」
「おわっ!?」
ミルさんの答えに、思わず飲んでいた水を隣のアルト君に吹き出してしまいました。
反対隣りはギルドマスターだし、目の前にはシチューがあるので咄嗟に向いた方にアルト君がいました。
悪気はありません。有望そうなイケメン冒険者だから唾付けとかちっとも思ってません。
「ゴホッゴホッ! ご、ごめんなさいアルトさん! 今ハンカチを……」
出そうとしたら、えづいている間にアルト君の更に隣にいたフランシスカさんが既にタオルを出して拭き始めていました。
私の恋愛センサーが仄かに香る甘酸っぱいにほひを感知します。
彼女持ちかよ。ケッ。
それよりもお肉の話でした。
「土竜熊ってあの土竜熊ですか!? 冗談ですよね!?」
あまりの事にスプーンに乗せたお肉をまじまじと見ます。
だって土竜熊ですよ!?
ヘルモア平原で運悪く遭遇したらまず生きて帰れないと言われる平原の王者、地中の死神、床ドン激おこブンブン熊のあの土竜熊ですよ!?
「……本当、私見てた」
「らしいねー。私も聞いた時は耳を疑ったけど、うちのパーティメンバーが見てたし、私たちもお肉の御裾分け貰っちゃ信じない訳にはいかないよね」
「ミルさんが50キロもある肉塊を持ってきたときは、びっくりしましたね」
【誓いの剣】の三人組が私の言葉を否定します。
彼女たちは確かCランクの冒険者でしたね。年若い女性で、しかも三人という少人数でCランクに上がったのでギルドでも評判のパーティです。
普段は何か別の仕事でも持っているのか、依頼の受領数は多くありませんが、達成率の極めて高い優秀なパーティと記憶しています。
そういえば、ここ数日は毎朝ミルさん達と訓練をしていて、どんどん動きがよくなっていると見物していた冒険者さんが言っていましたね。
『あいつら俺より強いんじゃねぇか……?』ってゴンザレスさん、貴方Aランクのパーティリーダーでしょう。そんな訳ないじゃないですか。
そんな彼らが口をそろえて有り得ざる事を言っています。
だって激おこぶんぶん熊ですよ? Sランクパーティのレイドが討伐条件のあのブンブン熊ですよ!?
あ、ちなみにブンブン熊は私のネーミングです。両手をブンブン振り回す事から命名しました。何故か同僚には不評でしたが。
「本当だよアーシャ君。私たちも肉を貰ったしね」
「疑ったら目の前に口を開けた首をドスンと置かれて腰が抜けるかと思ったわい」
「町に寄った時の幹部会議中の事だったから、君はそっちに行っていて知らなかったんだね」
助けを求めるようにギルドマスターとグレア大司教を見たら、真顔でそう返されました。
そっか、私が二人から逃げ回っている間にそんな事が起こっていたんですね。
私が目の前に土竜熊の首を出されたら間違いなく腰を抜かしてパンツも濡らすので、そこは良かったと思うべきなのでしょうか……。
「一体どうやって……」
「クリスが単身で倒しました。何ですか? 疑うなら貴女も首見ますか?」
「い、いいえ結構です」
甚だ信じられませんが、全員がそう言っているのならきっとそれが事実なのでしょう。
クリスさんが倒したことを疑ったのが不満なのか、ミルさんが不機嫌そうに唇を尖らせます。たぶんいろんな人に疑われて鬱憤が溜まっているんですね。旦那様の活躍を否定されて怒っているんですね。はいはいご馳走様です。愛されていますねクリスさん。
そっかぁ、クリスさんって単身で土竜熊倒せるくらい強いんですね……しかも回復職としても超一流。私の逃げ回ってた判断は間違いじゃなかった。この人達絶対Sランク以上だ。
この場に来たことを後悔しましたが、来なかったら目の前のシチューが味わえなかったと思うと複雑な気分です。
ミルさんの料理を食べられるなら、二人の担当でもいいかなと思えるほどの魔性の料理です。ある意味いけないお薬より依存性が高い気がします。止められない止まらない。
クリスさんがミルさんにお皿を渡しました。
あの、クリスさんそれ五杯目ですよ。どれだけ食べるんですか。
それをミルさんも流れるように受け取るとシチューを入れ……おや、何やらこっそり振りかけました。
何かの混ぜ物が入ったお皿を受け取り、迷うことなく口に運ぶクリスさん。
「うっ!?」
ニヤリと笑うミルさん。
まさか毒!? いや実は本当に麻薬的な何かが入ってたり!?
「辛っれぇ!!! でもうめぇ!!!」
「あれぇ!?」
猛スピードで手を動かしシチューを掻っ込むクリスさんと、それを驚愕に目を見開いて見つめるミルさん。
どうやら香辛料的なものを入れたようです。
そういえば喧嘩してたんですっけ? 悪戯のつもりだったのでしょうか?
でもミルさん、これだけ食べた後だと、それって『味変』って言うんですよ。
私は我慢できなくなり申し訳なく思いながらも、そっとミルさんにお皿を差し出します。
「私もその辛いの下さい」
気付けば全員がお皿を差し出していました。
それにびっくりして目を見開くミルさん。でもすぐに嬉しそうににへら~と表情を崩しました。あぁ可愛いなぁもう!
ミルさんの足元にいる子狐もまるでお代わりというように鼻でお皿を押し。
『妾もお代わり、辛いの抜きで』
本当に喋った!? もうやだこの人達意味分かんない!




