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訓練


「むぅ……」


 離れた場所にいるクリスの方をちらちら見ながら、ミルは不満げに声を漏らした。


 クリスの横にはフランシスカと何故かエマ、ミルの横にはアルト。


 ちらり、とアルトの方を見ると、晴れた早朝の空気にも負けない爽やかイケメンスマイルを返され、余計に気分が落ち込む。

 舌打ち一つしてクリスの方を向き直れば、キャッキャウフフととても楽しそうだ。


 どうしてこうなった、と思うミル。

 事の発端は、朝ご飯の用意をしていたらやってきた三人娘とラウディ隊長、そしてアリストとグレアだった。




 まだ日も出て早々の早い時間に彼らは訪れた。

 町では非常識な時間帯だったが、強行軍の護衛任務中の彼らはすでに半数以上が起きだして朝食の準備に取り掛かっており、彼らにとってはそれほどおかしな時間帯でもない。


 まず最初に、エマから昨日の失礼の謝罪を受けた。


 ミルはこの時、夜明け前の大霊峰事件での状態異常を回復された後、正座で小一時間クリスに泣くまで説教をされた後だっただけに、神妙な様子で頭を下げるエマに対して寛大な心でこれを許した。

 謝っても許してくれないクリスは心が狭い、と思い出してまたちょっと涙目になったミルは、すさんだ心を癒すために、エマに抱き着いてその魔乳を堪能する。身長差的に抱きつくと丁度顔の所に来るので、ぐりぐりを顔を押し付けるととても気持ちが良い。最高である。


 その横で、深々と頭を下げたエマに、誠意を感じたクリスはその謝罪を受け入れた。

 ミルのように口を尖らせながら『すいませんでしたァ。反省してますゥ』とそっぽを向いて言うのは謝罪と言わない。

 結局泣いて謝るまで正座する足に【麻痺パラライズ】を打ち続ける作業は虚しかった。

 足が痺れてあふんあふんビクンビクンする相方に、自分で回復したりアシャスの指輪装備したりせんのだなぁ。と思い残念な気持ちになったりもした。

 それに比べれば真っすぐな謝罪の何と清々しい事か。

 今も慈愛に満ちた聖母のような表情でミルの頭を撫でるエマを見れば、昨日の痴態は完全に酒のせいなのだろう。


 一方の、ミルに涙目で抱きつかれたエマ。

 自分の行動に怒り、悲しみを感じたであろうにこれを許し、しかしやはり思うところがあるのか涙目になったミルにおろおろした。

 だが、それを隠すように抱き着いて来たミルに、畏敬と罪悪感と母性本能とが合わさり、混ざり合い、慈愛と信仰へと昇華された。

 ミルを慈しむ様に柔らかく抱き留め、頭を撫でる表情は聖母のそれである。

 昨日の微かな下心など吹き飛び、この時より、ただ純粋にミルの為に全てを捧げる信者の三人目となった。

 ちなみに最初の二人は隣でうんうん頷くエリーナとミリアである。


 場が和やかになり、頃合い良しと判断したグレアが、エマに酒は控えるべきとの忠言するべきかと真剣に考えていたクリスに声を掛けた。


 グレアは此度の元々の原因はラウディ隊長の酒が原因だったとし、上司としてラウディ共々謝罪をした。

 立場上両名とも他の目がある場で、いち冒険者に頭を下げる訳にはいかないため言葉のみの謝罪となったが、もともと酒を要求したのは自分であり、その要求のせいでエマの暴走したのだと思っていたクリスは謝罪を受け取らず、お互いに過失があったとして和解という形で落ち着いた。


 続いてアリスト。

 クリスは、たかがエマが酒の席ではっちゃけただけで、何でこの旅隊のトップ二人が来るんだと内心戦々恐々とし、何を言われるのかと身構えたが、彼が出したのは新鮮な野菜であった。

 ハーフエルフ的に新鮮な野菜が好きで大量に持ち歩いていると説明し、これを進呈するのでラウディから聞いたというミルの料理をと所望された。


 ついでにエマから今回の件で相談されていたので、拗れる様なら仲介に入るつもりだったと話すアリスト。

 ついで扱いされたエマの目が多少遠くなるが、ミルが食材をくれるならと軽くオッケーを出したことで、ミルの手料理が食べられると目を輝かせた。

 その横でミリアとハイタッチしながら喜びを表すエリーナと無表情ながら嬉しそうなミリアに、ミルのテンションも上がり、エリーナ達から借りた鍋で昨日残していたバーサークターキーの鳥ガラを使い出汁を取ったミネストローネを作り、黒くて硬いパンに浸して食べてみたところ、大変美味でこれまた絶賛された。


 調理中、ゲーム時代にあったレシピはスキル効果なのか勝手に体が動いてくれるので、何一つ迷うことなく流れるように調理をするミルに女性陣が尊敬の眼差しを向ける。

 感覚的には、お湯を沸かしてカップに入れるのと大差ない労力であったので、少ない労力で大効果を上げることができ、効率厨の鼻は高々であった。


 ミルが上機嫌で料理をしている横で、アリストがクリスにエマの回復魔法の指導を頼んでいるとも知らずに。




 結果、ハーレム要員の二人をクリスに取られた形のミル。隣にはニコニコと嬉しそうなアルト。攻撃魔法と回復魔法なら僕も出来るのに! 教えられるのに! と思うが、アルトを教えなければならない手前それも出来ない。

 つくづく忌々しくも絶妙に断れないラインで頼みごとを使ってきやがると、上がりかけていたアルトの好感度が理不尽に急降下した。


 だがまぁ約束は約束、とミルは意識を切り替えアルトに向き直る。

 このイケメンをしっかり鍛え(かわいがっ)てこの腹立ちを沈めようと心に誓った。


「始めましょうか。時間も少ないですし、模擬戦形式で教えますので技術的な事は見て覚えてください。いいですね?」

「は、はい!」

「では、構えてください。」


 見るからに不機嫌にクリス達を見ていたミルに、嫉妬していると見て取ったアルトはほろ苦い想いを募らせるが、ミルの言葉に表情を引き締めると鞘を付けたままの愛剣を構えた。


 ――― ぶるりっ


 ミルと目が合った瞬間、背を這う悪寒。ジト目でこちらを見つめるミルは武器を取り出すことも無く、ただ立っているだけで何も威圧的なことはして無いのに、なぜか掌に嫌な汗が止まらない。

 本能的な何かが、足を後ろに下げようとするのを理性で押さえつけ、真っすぐとミルの瞳を見返した。

 じっとこちらを見るミルが何を考えているかさっぱり分からない。だが、訓練中に不謹慎ながらも今この瞬間はミルの視線を独占していることが嬉しく、この時間を少しでも長く楽しみたいと自分を鼓舞した。

 アルトは悪寒を振り払い愛剣の柄を強く握りしめ、彼女に少しでも己を認めさせると気合を入れる。


「ふざけているんですか?」

「え?」


 せっかく気合を入れたのに、ミルの言葉に間抜けな声を上げるアルト。ふざけているつもりなど毛頭無く、むしろ真剣そのものだった。


 ミルは戸惑うアルトにジト目を向けたまま、やれやれと言うように首を左右に振った。

 この姿が侮られることは理解できるが、やはり面と向かって手抜きと分かる行動をされるのは腹が立つ。それにこれじゃぁ良い訓練にならないじゃないか、約束だからまぁ最低限は鍛えてあげないとね。と、ツンデレ気味に超上から目線で考えていた。


「鞘を外してください」

「えぇ!? いやしかし、危険では?」

「貴方は実戦でも鞘を付けたまま戦うのですか? 鞘を付けたままでは重心も、空気抵抗も変わります。実戦では千分の一秒が生死を分けることもあるのですよ。訓練でも実戦と同じ状況でやらなければ、変な癖がついて実戦で死にます。それとも死にたいのですか?」


 ミルの冷たい言葉に戸惑うアルト。

 確かに言っていることは理解できるし(もっと)もだと思う。だが、初恋の相手に刃を向けるのは……と逡巡する。


 その迷いを、見た目年下の美少女に刃を向けることに対する迷いと見たミルは、近くで見物をしていたエリーナとミリアの方に視線を向けた。

 この少年の善良さは、流石にここ数日の付き合いで知るところであるからして、多少の攻撃にはビクともしないところを見せつけねば本気になれないだろうと考える。

 掠らせる事すらする気はないが、例え当たったとしても大丈夫であると示す必要があった。


「ミリアさん。ちょっとあそこの木に矢を射て貰えますか」


 少し離れた木を指さしそういうミル。


「ん? ……分かった」


 唐突に声を掛けられたミリアは、無表情で戸惑いながらもインベントリから愛用の弓を取り出すと矢をつがえ、放つ。


「「「 ッ!? 」」」


 矢が放たれた瞬間、数メートルの距離を一瞬で移動し矢の前に体を晒すミルに、一同が息を飲んだ。

 が、ミルの肩口に当たった矢はキンッという微かな音と共に弾かれた。


「防御魔法です。多少の攻撃ではこの防御魔法は貫けません。それに私は回復魔法も使えます。分かりましたか?」


 【三重防護壁トリニティディフェンスシールド】、総HPの20%分のダメージを無効にする防護壁シールドを三枚張る、回復職(ヒーラー)系四次職の基本スキルである。

 スピード型でHPが少ないミルだが、アルト程度のレベルの攻撃ならばクリティカルしても三枚全てを貫いてダメージを受ける事は無いはずだ。


「分かりましたか?」

「は、はい。わかりました」


 呆けたまま固まった三人に、もう一度声をかけるミル。

 アルトははっと我に返ると、混乱する頭で愛剣の鞘を外し抜身で構えた。

 

 防御魔法自体はアルトも見たことがあるし、効果のほども知っていた。

 しかし、彼女は今、詠唱をしただろうか? というか、魔法名の宣言すら省いていなかったか?


 詠唱短縮自体はある。詠唱を相手に悟らせない、詠唱隠蔽の技術も知っている。

 上位の大魔導師(ハイウィザード)魔法使い(ウォーロック)ならば、魔法名の宣言だけで魔法を発動させることも可能だ。

 だが、魔法名やスキル名の宣言は必須ではなかったのか?

 その宣言があってこそ、魔法やスキルといった超常を世界に認めさせ、この世に具現させる。とアルトは習った。それがこの世界の常識のはず。


 宣言を行わない魔法の施行、完全なる無詠唱。世の魔法使い(ウォーロック)が試行錯誤の果てに未だたどり着けていない境地を、この目の前の少女は事も無げに披露したのだ。


 思えば、この少女は最初から常軌を逸脱していた。

 引っ越しの仕事で初めて会った時の印象が強く、頑張り屋の可愛らしい少女という先入観があったが、こうして直接対峙するとその異質さがよくわかる。


 二回目に出会った時の大規模な回復魔法、Bランク冒険者のギースを圧倒した体術、オークの村での空を割った謎の魔法かスキル。物理法則を無視する調理速度と天上の美味なる料理。


 恋心というフィルターを省いてみれば、どれをとっても一流というのも生ぬるい絶技。それを呼吸するのと変わらないほど自然に行うこの存在は―――。


「まだやる気になりませんか? 仕方ないですね。ではもし私にかすり傷でも付けることが出来れば、ほっぺにちゅうしてあげます」

「よっしゃぁ! 頑張るわよ! えいえいおー!」

「ん! おー!」

「え? ええ? お、おー?」

「何でお姉ちゃん達が一番やる気になってるんですか」


 思考の海に溺れ油断していたアルトに、ミルの爆弾発言が投下された。

 呆然としていた癖に瞬時に一番やる気になったエリーナと、無表情なのにやる気満々のミリアに引っ張られ、思わず勢いで気合の雄たけびを上げてから、アルトはミルの発言を咀嚼する。

 ちゅう? ちゅうってなんだ? キス? 接吻? ミルさんが? 僕に? あの可愛らしい唇で? ……やる。やってやるぞ!!!

 これまでの思考をすべて投げ捨て、恋心フィルターを外すことに失敗したアルトは、最初より数倍の気合を迸らせミルと対峙した。ちゅうの魔力恐るべし。

 その横に並ぶエリーナとミリア。三人の視線が絡まり、目的を共にする同志として一瞬で共同戦線が成立した。


「三対一ですか……まぁアルト一人じゃ退屈ですし、別にいいですけど。

 武器は……これでいっか。キスして欲しかったら頑張ってくださいね」


 近くに落ちていた手頃な木の枝を二本拾うと両手に構え、余裕の笑みでにっこり笑うミルに、悪寒を感じた三人は一瞬怯むが意を決して挑みかかった。





「何であいつら三対一やってんだ」

「本当に、何故エリーナもミリアも参加してるのかしら」

「えっと、あれって大丈夫なんですか?」


 会話が聞こえる距離ではないので話の分からないクリスは、脳筋ミルの悪い癖が出たかと呆れ顔だ。

 エマも頭に疑問符を浮かべるが、(わたくし)だけクリスさんに訓練を受けるのが羨ましくなったのかしら? と考え、フランシスカだけが不安そうにクリスに尋ねた。


 エリーナもミリアも成人女性だし、アルトも年齢の割に身長があるので、(はた)から見たら大人三人が少女に襲い掛かっているようにしか見えない。


「まぁ大丈夫だろ。防御魔法張ってるみたいだし、それ以前に三人掛かりでもあのレベルじゃミルに攻撃を当てるのは至難の業だと思うぞ」

「もし怪我をするようなら、(わたくし)もクリスさんもいますしね。流石に致命傷になるような攻撃はしないでしょうし」

「はぁ、早すぎて何が起こってるか分からないんですが、そうなんですか?」

「ああ、ミルは全くもって危なげなく避けている。そして隙あらばエリーナの胸を木の枝でペチペチ叩いているな。アルトは……尻を執拗にペチペチされてる……二人とも曲がりなりにも前衛なんだから木の枝程度じゃダメージは無いだろうが、何か見ていて可哀そうになってきた。あまり見ないでやることにしよう」


 今はまだレベルの低いフランシスカからしたら、全員の動きが早すぎて何が何だかさっぱりわからないのであまり関係ない気もするが、オトコノコのプライドを守るためにそっと目を逸らした。空気の読める娘である。


 そしてミリアだけ中距離から弓を使っているので被害にあっていない。こちらは要領の良い娘であった。


「んじゃこっちはこっちで続きをしようか。どこまで話したっけ?」

「訓練方法についてです」

「あぁそうだったな」


 クリスはフランシスカとエマに魔法を教えるにあたって、一つの懸念があった。


 ゲームではレベルが上がった時に貰えるポイントを、ステータスウィンドウやスキルウィンドウで上げたい能力に割り振り、任意で上げることができた。だが、冒険者ギルドでの説明やフランシスカとエマの話を聞くところによれば、こちらでは仕様が違うらしい。


 というかそもそも、ステータスウィンドウやスキルウィンドウが無い。

 クリス達もこちらに来てから視界の端に表示されるアイコンがグレーアウトして使えなくなっているが、そのそもこちらの世界の人々はそういったユーザー()インタフェース()自体が存在しないようだ。

 ミルがバーサークターキーの時に普段使わないスキルを思い出せなかったのはこの為である。


 ではこの世界の人々は、どうやってスキルやステータスを管理しているのか?

 答えは冒険者ギルドとアリア教会にあった。


 その二つの施設にある【鑑定のオーブ】という魔道具(マジックアイテム)を使えば、現在使用できるアクティブスキルとステータス、そして職業(ジョブ)が表示される。とのことだ。

 そしてそこから現在の職業ジョブを鍛えたり、なりたい職業ジョブに向けて訓練していくという。


 と、いうことはだ、単純に強くなるだけならば武器を渡し模擬戦をして、レベルを上げて物理で殴ればいいだけなのだが、魔導士としての適性があるフランシスカはそれでは誤ったステータスやスキルが上がってしまい、せっかくの才能を潰してしまいかねない。


 そしてエマに至っては、回復職(ヒーラー)ってどうやってレベルを上げればいいの? という状態だ。まるで昔のMMOのようである。


 ではどうやって訓練をするのか。

 フランシスカだけならば、初級攻撃魔法も使えるようなので、模擬戦と称して自分に向けてひたすら攻撃魔法をさせればいいのだが、エマも同じという訳にもいかないだろう。

 殴れる回復職ヒーラーも居るし、後衛も自衛できる程度の技術があればそれに越したことはないのだが、まだ先の話だ。まず鍛えるべきは基礎だろう。

 回復対象をほっぽり出して敵に突っ込んでいく肉弾脳筋回復職(ヒーラー)などミルのセカンドジョブだけで充分である。


「まずは基本魔法の五色を鍛える。フランは俺に向けてひたすら魔法を打て。俺もたまに反撃するから、エマはダメージを負ったフランの回復だ」

「クリスさんに魔法を撃つんですか?」

「フランシスカちゃんの回復……それで訓練になるのでしょうか?」


 当然の戸惑いを見せるフランシスカとエマに、頷くクリス。自分が攻撃を受けるのは曲がりなりにも模擬戦という名目でするため外せない。

 パーティメンバーを回復することで、共闘という形で経験値がエマにも割り振られるかはやってみないと分からないが……最悪は自身の属性を不死属性にする指輪があるので、自分でそれを装備してヒール砲を受けよう。ゲームでは防御無視で入る系攻撃だったのであまり試したくはないが、それが効率良ければそうするべきとクリスは考える。


 普通に訓練すれば普通にレベルアップして強くもなれるだろうが、彼はそれを良しとしない。

 効率のいい方法があるのならばそれをする事に躊躇しない。何故ならば、極度の効率厨であるミルに付き合える程度に、彼もまた効率厨なのだから。


「そうだ。……あぁ心配はいらない。俺はミルの相棒だぞ。大丈夫だ」


 その言葉に、ミルの方にちらりと視線を向けるフラン。

 何が大丈夫なのか目で追えないからさっぱりわからないが……あ、アルトがつんのめって戦闘空間から弾き出された。そしてそのまま顔面を擦り下ろしながら地面を滑り、お尻を突き出すような格好で停止した。

 私から見ればものすごく痛そうだけど、大丈夫だろうか……おぉすぐさま起き上がって、棒で肩をトントンしながら悠々と立つミルさんに向かっていった。そして再開される目にも止まらぬ戦闘。

 未だに何が大丈夫かさっぱりわからないが、フランはものすごい大丈夫な気がしてきた。凄まじいミルの存在感と説得力だった。


「そういえばフランは魔導師系の装備何も持ってないよな。男女兼用で流用できそうなのは……杖とローブくらいか。まぁ無いよりましだろう、これを使うといい」


 そう言うとクリスは髑髏の付いた禍々しい木製の杖と、黒色のローブを取り出しフランシスカに渡した。

 杖の名は【吸魔の杖】、敵に攻撃を当てると最大MPの3%を回復する効果を持つ。

 ローブの名は【魔女トリアスのローブ】、最大MPを定量UPさせる。


 ギルドメンバーのセカンドキャラ育成用に持ち歩いていたものが役に立った。一見強そうな効果だが、攻撃力を増加させるものではないため火力職である魔導師系のメイン装備には向かない。だが、これがあればとりあえずMPが切れることは無いだろう。まずは手数でレベルを上げねばならない。


「ありがとうございます。お借りします」


 流石に装備何も無しでは訓練にならないかも、と不安に思っていたフランシスカは、有難く貸してもらう事にした。


「あぁ、育成に便利だから終わったら返してくれ。メイン装備になるものは卒業の時に渡すから」

「あ、いえそこまでしてもらう訳には……」

「卒業出来たらな。ご褒美があった方が頑張れるだろう? 言っておくが俺の訓練は厳しいぞ」


 足腰経たなくなるまでひたすら魔法を撃たせる気満々のクリスが言ったとき、ミルに弾き飛ばされたアルトがゴロゴロとフランシスカの足元まで転がってきた。

 すぐさまガバっと起き上がり不屈の闘志で雄たけびを上げながら戻っていくアルトを見送り、クリスの方を向き直ったフランシスカの瞳には、悲壮感さすら漂う覚悟が宿っていた。


「分かりました。最後まで私が生き残れたのなら、謹んで受け取らせていただきます」

「い、いや、さすがにアレほどじゃないから」


 決死の覚悟を決めた者特有の張りつめた雰囲気を瓶底眼鏡の奥に漂わせるフランシスカに、クリスは苦笑を返したのだった。




 しばらく後、足腰立たなくなるまでしごかれたフランシスカは、放り込まれた幌馬車の荷台で出発の笛の音を聞いていた。 

 隣で尻から煙を上げて息絶えたように眠るアルトを眺め、自分の覚悟は無駄ではなかった。と改めて思うのだった。







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