思ってたより魔法が不便
一日目の移動が終わり、適度な広場を見つけた一行はそこを野営地と決め、準備を開始した。
野営でも護衛対象を中心に騎士団が周りを固め、冒険者が外側となるが、昼間の索敵を冒険者がしていた分夜警は騎士団が担当する決まりになっており、冒険者は緊急時以外は比較的自由にしていい事になっている。
「そう言えば、二人は野営準備大丈夫?」
ミルがふと気になって聞くと、アルトとフランシスカの二人は頷いた。
「テントはありますから大丈夫です。あいにくと一つだけですが……」
「え、じゃぁアルトは何処で寝るの?」
「アルトとあたしは一緒に寝―――」
「ええ!? だ、ダメだよそんなの! 何かあったらどうするの!? テントはフランだけで使いなさい!」
当然のようにそう言おうとしたフランシスカに、ミルは我が耳を疑いフランシスカとアルトの間に割って入ってフランシスカに詰め寄る。
若い男女でテントが一つとかうらやま……もといけしからん!
アルトのテントをフランが使う事に対しての遠慮などない。だってミルだもの。
「あの、別に同じパーティなら男女で同じテントを使う事などよくあると聞いて―――」
「ダメ! 騙されてるよフラン! 結婚前の女の子が男と同じテントなんて、お姉ちゃんが許しませんからね!」
フランシスカの言葉を遮り、肩をガクガクと揺さぶりながら力説するミル。
自分が目を掛けている娘が、すでにイケメンに篭絡されてしまったのかと大変慌てた。
なお、見た目は完全にミルの方が年下な模様。
昨日の夜に一緒の家に泊まった時は何も無かったって言ってたのに! まさか二人とも口裏を合わせてるだけで、実はすでに昨日のうちに子宮に好感度を注入されて言いなり状態!? 同行を了承したのもアルトと離れたくなかったから!? おのれアルトめ許すまじ! もごう、そんなヤンチャなきかん棒はもいでしまおう。ヤリチンイケメンに死を!
「と、言ったのですが、アルトに馬車の中で寝袋で寝るから大丈夫だと固辞されてしまいました。
もし幌馬車が無ければ、無理やりでも一緒のテントでと思っていたのですが、幌馬車があれば夜露もしのげますし、大丈夫だと思います」
「うん、信じていましたよアルト。貴方の誠実さは世界一です!」
淡々とそう続けたフランシスカの言葉に、先ほどまで考えていた事を綺麗さっぱり忘れ、掌を返して笑顔でアルトの肩をバシバシ叩くミル。
今日もミルの回転手首は絶好調だ。
「えっと、は、はい」
至近距離でミルの輝く笑顔を見たアルトは、その破壊力にドキマギしながら返事をした。知らないと言うのはある意味幸せである。
ふと視線を感じフランシスカを見ると、とてもジト目で見られてアワアワするアルト。
瓶底眼鏡で目元が見えないというのに、雰囲気で分かるあたり大分打ち解けたようだ。
「おーぃ。ミルちょっとこっち来てくれ」
「はーぃ。なぁにぃ?」
とそこで、クリスの声がしてミルが離れると、二人には聞こえないようにフランシスカが話しかけた。
「諦めるんじゃなかったの?」
ミルとクリスが夫婦と聞いて、諦めたものだと思っていたフランシスカは、厳しい目でアルトを見つめた。
個人的にアルトのことは嫌いではないから、もし相手がミルさんでなければ応援するのもやぶさかではないけれど、恩人を不幸にするようなことはこのあたしが許さない。と、決意を込めてアルトに詰め寄る。
「いや、まだそうと決めたわけでは……横恋慕するつもりもないけど、そう簡単に諦められないというか……」
煮え切らない態度のアルトに、イラっとするフランシスカ。やはりこの男はあたしが見張っておかなければと気持ちを新たにした。
「女々しいわね。どっちにしても、ミルさんとクリスさんが傷つくようなことをしたら、許さないから」
「も、勿論だよ! でもまだ、気持ちの整理がつかなくって……初恋だったから……うん、でもケジメは必要だよね。ちょっと考えておくよ」
何かを決意したようなアルトの表情に、フランシスカはジト目のまま「そう」とだけ返した。
一方、そんな会話がされているとは知らないミルは、クリスの元にやってきた。
「なぁミル、竈の作り方しってる?」
「え? 作ったことないですけど、適当に石を積んで真ん中で火を焚けばいいんじゃないですか?」
「そうなのか? 俺都会っ子だから分かんねぇわ」
ゲームの時はアイテム使用で出せていた竈が、こちらでは出来ないためクリスは地面にしゃがみ込んで悪戦苦闘していた。
ゲーム時は5.3日間(現実時間8時間×知覚速度16倍)を飲まず食わず眠らずでも活動できるため、野営などダンジョンで小休止の為に作る安全地帯作成はアイテムでしかやったことがない。それもワンクリックで作成できる仕様だったし、休憩する程度で寝ることも無かった。だって廃人だもの。
「幼馴染の私も同じとなぜ思い至らないんですか。うちもクリスの家もアウトドアとかしない家庭だったでしょ」
「だよなぁ。まぁ期待してはなったけども」
「呼んでおいてそれは腹が立ちますね。よくある異世界物の漫画だと、土魔法で作ったりしてましたよ」
「ほう。やってみるか」
良い事を聞いたクリスは、早速試してみる。
「【石壁】」
ドンッっとばかりにそそり立つ3メートルほどの石壁。
「すごく、おおき―――」
「解除」
何事も無かったように消える石壁。
「ネタ殺しとか酷い」
「うるせぇその見た目で下ネタかますな。しかしこれ調整できるのか? 最小で出したつもりだったんだが……」
「微調整効かないのかな? なかなか思い通りにいかないですね。というか、鍋とか持ってきてるんですか? 竈作る意味あるの?」
「あ……そういえばそうか、キャンプと言えば竈作らなきゃって使命感でトライしてみたが、考えてみれば焚火で十分だな。ミルは料理するのに竈あったほうが良かったりしないか?」
「調理道具も無しにそんなちゃんとした料理なんてできませんよ。今日は鳥の丸焼きの予定です」
「ワイルドだな。そうか、じゃぁ適当にその辺の木切ってきてくれよ」
「分かりました」
クリスの元を離れ、ミルは手ごろな大きさの木の枝を切り落とすと長さを整えて持ってくる。
「どうぞ」
「さんきゅ」
受け取った薪(?)から数本を取り出し、適当に重ねるクリス。
「なぁミル、火ってどうやっておこすんだ?」
「ファンタジーものだと火魔法で以下略」
「よし、やってみよう。【火球】」
かざした手から飛び出した火の玉が薪(?)に当たり、ボンッと音を出して粉々に吹き飛ばした。
「……最小威力だったんだが」
「単純にクリスが火力馬鹿だったという可能性が」
「むぅ。ちと練習してみよう。【火壁】」
またも三メートルほどの高さで、勢いよく噴き出す炎。
クリスはギースと契約書を交わした時の要領で徐々に魔力を絞っていき、何とか50センチほどの炎に調整した。
真剣に魔力の調整をしているクリスには悪いが、思いついたら即実行なあたりクリスも相当脳筋思考である。本人は勿論気付いていない
「結構むずいなこれ。長くはもたないから早く火をつけちまおう」
クリスは火壁に残りの薪(?)を数本突っ込むと、火力が上がり過ぎないように慎重に炙っていく、が。
「全然火が付かないですね」
「煙ばっかでるぞ。何でだ」
「狼煙かな?」
「誰に対しての合図なんでしょう?」
「お二人とも何をしているのですか? 近くの冒険者の目が痛いんですが」
ミルとクリスの奇行を、テントを立てながら見ていたアルトとフランシスカが声を掛けた。
周りの冒険者も二人が何をしているのかと、チラチラこちらを伺っている。
「いや、薪に火が付かなくってな」
「薪? この生木の事ですか?」
「それはこんなに水分の多い生木では当たり前です」
「「え? そうなの?」」
驚く二人に、逆にアルトとフランシスカは困惑した。こんな事は5歳の子供でも知っている。
「常識だと思いますが……お二人は野営したことはないのですか?」
「無いねー」
「遠い国から来たのに?」
「……全部町に泊まった!」
「そうそう! 美少女は野営なんてしないんです!!!」
アルトの問いとフランの追い打ちに、ものすごい目を泳がせながら、勢いで押し通そうとする二人。
どう考えても苦しい言い訳に、何と言うか残念なものを見る目を向けるアルトとフランシスカ。
その視線に、先にクリスの心が折れた。
「や、やめろ。ミルはともかく俺までそんな目で見ないでくれ……」
「えっ、私はともかくってどういうことですか! 私ってそんなに残念じゃないですよね?」
そう言うと、アルトとフランシスカに詰め寄るミル。
「ミルさんは近寄り難いくらい綺麗ですから。そのくらいの方が親しみが持てます」
「アタシもそう思います。それにどれだけ残念でも尊敬しています」
「二人とも、人と話す時は目を見て話しましょ? そして欠片も否定してくれないってどういうことかな? かな?」
最後まで二人の目がミルと合う事は無かった。
■◇■◇■◇■
「クリスさんに折り入ってお願いがあります」
アルトとフランシスカに手伝ってもらって、クリスとミルの二人が何とか焚火を熾し、右往左往しながらテントを立てた後、フランシスカが遠慮がちにそう切り出した。
「分かりました。テントを男女で分けて二人ずつで使いましょう」
「いや、まだフラン何も言ってねぇし。まぁそういう内容なら別に構わんけど」
「あ、いえ違います。それとお断りします」
「何で!?」
名案とばかりに手をたたくミルの意見は、秒速でフランシスカにバッサリと切って捨てられた。
「流石フランだ。本能的にミルの危なさに気付いたか」
「危なさって何かなクリス。女同士なのに何が問題!?」
「そうやって食い気味に詰め寄ってくるあたりだな。自重しろ、YLNCの精神だろう?」
「同性なら許されるボディタッチってあると思うの」
「ミル、アウトー」
「げせぬ。フランは何でダメなの!?」
「え、ええと、恐れ多いというか……」
「お前のこと怖いってよ」
「そんな馬鹿な……」
がっくりと両手をついて項垂れるミル。
それを見てあわあわするフランシスカ。
「んで、フランのお願いって何なんだ?」
二人を無視して、クリスは脱線した話を元に戻した。
このままでは復活したミルが慌てるフランシスカをなし崩し的に懐柔するのが目に見えている。
ミルが落ち込んでいる間に次の手を打つ当たり、手慣れたものである。
「あの、良ければクリスさんに魔法を教えてもらえないかと。先ほどの魔法を見ましたが、発動速度といい威力といい、素晴らしかったです。ゴンザレスさんを治した回復魔法もすごかったですし、オークの村での多重起動? という技術も初めて聞きました。
アタシはまだ初級魔法を多少使える程度なので、王都の学院に入るまでに少しでも強くなっておきたいんです」
真剣な顔でそういうフランシスカに、ミルが答えた。
「任せなさい!」
「いや、何でお前が返事してんの。俺は構わんよ。明日の朝からでいいか?」
「え、いいんですか? 頼んでおいて何ですが、普通技術って隠すものじゃ」
あっさり了承されるとは思っていなかったのか、フランシスカは驚いた。
「減るもんじゃなし、教えるのは全く構わない。ただし多重起動はだいぶレベルが上がらないと取れないから、そのつもりでいてくれ」
「はい! 頑張ります。よろしくお願いします」
元気よく頭を下げるフランシスカをクリスは微笑ましそうに、ミルは羨ましそうに見た。
「ねぇねぇフラン。魔法なら私も教えられますよ。クリスより丁寧に、じっくりしっかり手取り足取り教えますよ。だから私に習いませんか?」
「あ、なら僕に剣を教えてもらえませんか」
「は?(威圧)」
「ひぇ」
フランシスカに向ける笑顔のまま、周囲の温度を急降下させながら振り返ったミルに、思わずアルトの口から情けない声が漏れた。
周囲の冒険者も、寛いでいたところに謎の悪寒が走り腰が浮く。
違和感と敵意を感じ、即座に臨戦態勢を取るあたり一流なのだが、今は無駄でしかなかった。
「え、ええっと。そう、願い事。例の願い事にします! 頼めませんか?」
「ぐぬぬ……分かりました。武士に二言はありません」
しかし、ミルの威圧に負けずに言うアルトに、フランシスカを説得した見返りの“何でも言う事を聞く”という条件を持ち出されたミルは渋々折れた。
無茶なお願いだったら消す気満々だったくせに、と冗談だったとは知りつつもクリスは思う。消すまではしないでも、頭をどついて記憶喪失にするくらいはやりそうなミルなので、ある意味無難なお願いにクリスもほっとしたのだった。
「さて夕食ですが、二人は何を持ってきていますか?」
何気なさを装い、結構真剣に二人に聞くミル。二人がまともな食料を持ってきていたら、たかる気満々である。
「私はあまりインベントリが大きくないので、アルトに任せています」
「サンドウィッチを沢山買ってきてあります。インベントリの節約で一種類しかありませんが」
この世界のインベントリの仕様として、同じ種類のアイテムなら複数個が一枠に入るため、インベントリ枠の節約したい時は同じ種類のアイテムで揃える事がある。
食事にこだわる冒険者は色々な種類の料理を持ってきていたりもするのだが、普通の冒険者は一種類の料理をひたすら食べ続けるのが一般的だ。クリスも不味い保存食四種類よりも、普通に料理を四種類入れれば何も問題なかったのだが、インベントリが時間経過しない事を知らなかったので仕方がない。
「なるほど、私たちは道中で狩った鳥を焼いて食べる予定ですが、良かったら一緒に食べませんか?」
「いつの間に。そういう事ならぜひお願いします。サンドイッチに追加で挟んで食べるのもいいですね」
その言葉にニヤリと笑うミル。計画通り。これでサンドイッチにもありつける。
「では処理を手伝ってください。四匹仕留めていますから、一人一匹ずつ羽をむしってください、解体は私がしますので」
「あ、そういう事なら解体は私に任せてもらえませんか。村ではよくやっていたので自信あります」
「そう? じゃぁフランお願いね」
頷くフランシスカにミルもほっとする。狩人や解体師のスキルはあるから何とでもなるとは思うが、実際に鳥を捌くなど初めてだったので不安があったが、経験者がしてくれると言うのなら安心だ。
フランシスカも、ここに来て初めて役に立つことが出来てどことなしか嬉しそうである。
ミルが皆に配るため取り出した鳥を見て、アルトが驚きに目を見張る。
「ミルさんそれ、バーサークターキーじゃないですか! すごい、どうやって仕留めたんですか!?」
バーサークターキーの習性を知っていたアルトとフランシスカは驚く。この鳥は一度手を出せば下手すれば村くらいなら滅ぶほどの危険な鳥だ。
冒険者やタラップ平原周辺の町や村でも、絶対に手を出してはならない部類の相手で有名だった。そしてその身の美味しさも同じくらい有名だった。
数年に一度、高値が付くその肉に目がくらみ手を出した冒険者が犠牲になるほどの高級食材だったのだ。
「狩り方は企業秘密です。さぁ美味しく食べるために、まずは毟りましょう」
笑顔で言うミルに、しばらくその場は羽を毟る音が響くのだった。




