完全犯罪
「と、ところで、ギルドマスターの話は何だったんですか?」
十分後、何とか復活したアルトが気になっていたことを聞いてきた。
多少どもっているのは、先ほどからずっと自分を睨んでくるミルの存在を気にしてだ。
「ん? あぁ指名依頼だった。なんでもアリア教会のお偉いさんとギルドマスターが首都に行くらしくてな。それの護衛なんだと」
「へぇ……受けたのですか?」
「ああ」
依頼内容をべらべら喋るのもどうかと思うが、口止めされた訳でもなし隠し立てする内容でもないため素直に話すクリス。
一方アルトは、話の内容にアリストとグレアの事だとピンと来た。
「……良ければその依頼、僕もパーティメンバーとして参加させてもらえないでしょうか?」
大暴走の事はまだ知らないが、ミルとクリスの正体に薄々気付いているアルトは、自分も無関係ではないと思い、同行を申し出ることにした。
「うん? どうだろうな。俺とミルの指名依頼だったから増えるのは聞いてみないと分からん」
「そこは私の方で話してみます。決してお二人にご迷惑を掛けることはしません」
「まぁ先方が良いと言うなら構わない。いいだろミル」
「ダメ」
「問題ないそうだ」
ミルの発言を華麗にスルーして話を進めるクリス。
アルトはミルの視線が一層険しくなったので、ビクビクしながら思う。あれ、僕何か悪い事したかな!?
しいて言えばイケメンなのが悪い。何かイケメン行動をする度にミルのヘイトがガン上がりするのだから報われない少年だ。
「……首都」
不安と緊張で集中した聴覚が、横から聞こえてきた、か細い声を拾った。
アルトは、話題の中心を替えるべく声を発したフランシスカを見る。なぜミルが怒っているか分からないが、自分の何が悪かったのか探る時間が欲しかった。
「そう言えばフランは首都の学院に行くんだよね。丁度良いし君も同行したらどうだい?」
「! そうです一緒に行きましょうフランちゃん!」
アルトの発言に天啓を得たりとミルが目を輝かせた。
アルトは自分から視線が逸れほっとする。
「…………いえ、あたしが同行してはご迷惑にしかなりません。それに自力で首都に行くと決めました」
「そうかい……。い、いやその志は立派だと思うけど、機を逃さないのも優秀な冒険者に重要な要素だと僕は思うな。チャンスは掴まないと!」
長い逡巡の後、それでも初志貫徹を決めたフランシスカに、それなら仕方ないかと納得しそうになったアルトだったが、肯定しようとした瞬間にクワッっとしたミルの威圧感の伴う視線を感じ、慌てて説得に回る。
言いながらミルを見れば、よしよしと頷いていた。正解だったらしい。
「有難いお話ですが、もう決めましたので」
それでも己を曲げないフランシスカに好ましい物を感じるが、ミルの視線がそれを許さない。
「しかしですね―――」
「まぁいいじゃないか。フランがしたいようにさせてやれば。彼女が一緒に来たいと言えば拒むつもりはないが、無理強いする事でもないだろう。ほら、ミルもそんな顔してないで諦めろ」
「ぐぬぬ……分かりました」
見かねたクリスが割って入り、その場は何とか収まった。
フランシスカとしても、命の恩人の好意からの申し出を何度も断るのは気がとがめるため、ほっとした様子だ。
「では、あたしはお世話になったシスター達に挨拶をしてきます」
多少居たたまれなくなったのか、そう言うとフランシスカはその場を後にする。
フランシスカを見送ったミルは、アルトに向き直るとちょいちょいと手招きした。
「何でしょ―――うっ!?」
「彼女と一つ屋根の下で寝るのは許しましょう。ですが手を出すことは許しません。いいですね? 許しませんよ」
近づいてきたアルトの肩をガシッと掴んで引き寄せ、万力のような力で締め上げながら至近距離で言うミル。
アルトはむしろ少女とは思えないような力よりも、吸い込まれそうな美しい赤い瞳と至近距離で見つめ合った事に緊張する。よくよく見ればかなり欲望に濁っているのだが、残念なことに邪念だらけの内側を見通すにはアルトはまだ若すぎた。
「も、もちろんです!」
「……いいでしょう。その言葉信じます。そして、これはお願いです。彼女が私たちと同行するよう、一晩かけて説得してください」
「えぇ!? 彼女の意志は大分固そうですが……難しいと思いますよ?」
「何とかしてください。もし彼女が同行する事になったら……そうですね、何でも一つ、言う事を聞いてあげます」
「なんでも!?」
「ええ、なんでも」
アルトは大概紳士であるが、思い人にここまで言われて冷静さを保てるほど枯れていない。妄想の一つや二つ捗ると言うものだ。
微笑むミルにドギマギしながら視線を逸らせば、不機嫌そうにこちらを見るクリスの姿が。
「あっ、ぼ、僕も関係者の方に挨拶してきます! 彼女には必ず同行してもらいますので安心してください! それでは!」
シュタッと手を上げ逃げ去るアルトに、がんばれよーと声を掛けるミル。
そしてそんな二人を、なんとも言えない顔で見るクリスだった。
■◇■◇■◇■
「いいのかよ、あんな約束しちまって」
場面は宿に戻り、多少不機嫌そうにクリスは言った。
「あんなって?」
「……何でもするってやつ」
クリスの様子を不思議そうに見つめて聞くミルに、気持ちを落ち着かせるべく食後のお茶を飲みながらそう答えるクリス。なぜ自分の心がこんなにもささくれ立つのか分からないが、何故か面白くない。
ミルはあぁなんだあの事かと思い出した。
「何たっつん。心配してくれてるの?」
「……まぁアルトなら無茶な事は言わないと思うがな。お前もそう思ったからあんな事言ったんだろ?」
「いやあのヤリチンなら一発ヤらせろくらい言ってくるかなって思ってるよ」
「ブッ!? ゲホッゲホッ!」
ミルの答えに思わず飲んでいたお茶が変なところに入り咽る。咽た拍子に零れたお茶がズボンを濡らした。
「おま、マジでそうなったらどうすんだよ」
クリスの言葉に、ミルは悲しそうな目をすると遠くを見た。
そんなミルの様子に、クリスは更に動揺する。こいつまさか覚悟を決めてるのか? 好きでもない相手に体を許すほど、フランの同行が重要か!?
クリスの動揺を知ってか知らずか、ミルは愁いを帯びた声音で言葉を紡いだ。
「知ってる? たっつん。完全犯罪って事件にならないんだよ」
「怖っ! 消す気満々じゃねぇか!」
ツッコミつつも、クリスはやっぱりミルはミルだったと安心する。こいつが男に靡くとかそうそうあるまい。
安心したとたんに、濡れたズボンが不快になりクリスは席を立った。
「ったく、お前はそういう奴だったよ」
「ん~? ひょっとして嫉妬して……ってわぁ!」
装備を外し、濡れたズボンと上着を脱ぎ去ると、下着姿になるクリス。
クリスの様子をからかおうとしていたミルは、突如パンツ一丁になったクリスの姿に目が釘付けになる。
昼間に触った魅惑の腹筋が目の前に! やばい興奮する!
ここで顔を赤くして両手で目でも覆えば可愛げもあるのだが、残念ながらそんな物は未実装だった。
「はぁはぁ。たっつん、ちょっとだけ、お腹のその固いの触らせて……」
「言葉選びに悪意を感じるな!? つか嫌だよこっちくんな!」
ふらふらと筋肉に引き寄せられるミルに身の危険を感じ、クリスはささっと別の服を着てしまう。歌舞伎役者もびっくりの早着替えだった。
「あぁ、僕の腹筋が……」
「お前のじゃねぇし。つかお前そんなに筋肉フェチだったの? 自分の鍛えたら?」
「僕の見た目にシックスパックはないわぁ。理想の逆三角が目の前にあるんだから、それ見て満足するよ」
「幼馴染の男に視姦されてもキモイだけだっつの」
残念そうなミルに、こいつの何がそこまで筋肉に引き寄せられるのかと考える。多分に余り過ぎな男心だろうか。
クリスは着ていた服を纏めると、インベントリに仕舞って洗濯に行くことにした。
すでに異世界生活三日目の夜。結構汚れ物は溜まっている。
「それよりお前洗濯物ある? 昼間のと一緒に洗ってくるけど」
「あ、いいの? 流石たっつん女子力高い。じゃぁお願いね」
「オッケー……ってお前も脱ぐのかよ! ちったぁ恥じらえよ」
汚れた服をインベントリから取り出し、今着ていた服もパンツとキャミ以外脱いで渡してくるミルに思わず突っ込むクリス。
「お前が言うな、最初に脱ぎだしたのそっちだし」
「そりゃそうだが……まぁいいや俺は幼馴染の男に欲情するような変態じゃないからな」
「全部たっつんの腹筋が悪い。男女とか幼馴染とか関係ない造形美。正に芸術。魅惑のシックスパック」
「ぜんっぜん嬉しくねぇな……」
色々諦めたクリスは踵を返してドアに向かう。
と、思い出したかのようにミルに呼び止められた。
「ねぇたっつん、ちょっとこっち見て」
「あん?」
振り返れば、紐パンに肌が透けそうな薄着のまま、腰に手を当てて仁王立ちするミルの姿が。
「なんだよ」
「いや、やっぱりたっつんに見られても恥ずかしくないなーと思って。ギースさんに見られたときは死ぬほど恥ずかしかったのに」
「……さよか」
「なんでだろうね」
「しらねぇよ……そうだ、洗濯終わったら明日の準備に買い物してくる。遅くなるからそのつもりでな」
「わかった。アリアリの書でも読んで待ってるよ。あとミツミちゃんに体を洗う布とお湯頼んどいて」
「あいよ。つかお前パンツくらい自分で洗えよ」
「めんどー」
「女子力低ぃなおい」
呆れたように扉を閉めるクリスを見送り、ミルはインベントリからアリアリの書を取り出すのだった。
■◇■◇■◇■
「えぐっぐすっ、アリアリさぁん。がんばったよぅ、偉いよぅ、尊敬するよぅ。びえーん」
「なにごと!?」
洗濯と買い物を終わらせたクリスが部屋に戻ると、滂沱の涙を流すミルに出迎えられた。
「ずびっ、あ゛だっづんお゛がえり゛ぃ」
「何言ってるか分からねぇってか何より先にお前はまず服を着ろ!」
紐パンに肩からタオルをひっかけただけという危うい姿をさらすミルに、洗濯したばかりの寝巻用のワンピースを投げつけるクリス。明らかに体を拭いた後に、そのまま本を読んでのめり込んだ格好だ。
ミルは投げつけられたまだ濡れた服を顔面でビターンとキャッチし、そのまま鼻をずびーっと。
「ぬあ!? おま、せっかく洗ったのに!」
「あ、ごめん丁度いい所に濡れた布が来たからつい……」
「つい、じゃねぇよ! ゲロの次は鼻水って、お前の女子力マイナスなんじゃねぇの。容姿で稼ぐにも限界あっぞ」
「容姿が100点だから問題ないのだ」
「美人は三日で飽きるって言うだろ。飽きられないように容姿以外の自分を磨いたほうが俺はいいと思うな」
「ひどい。旦那様は私の事飽きて捨てちゃうのね。よょょ……」
「今すぐ生ごみに放り出したい気分になってきたぞ」
「きゃー。僕は萌えるけどゴミじゃないのー」
「俺の萌えポイントを押さえてないあたり致命的なんだよなぁ……んで、どこまで読んだんだ」
ひとしきりいつものじゃれ合いを楽しんだあと、クリスはミルの抱くアリアリの書を指さし問う。
「んと、三か国連合を結成して魔王城に乗り込むあたり」
「……まだそこ? お前クライマックスの大分前であれだけ泣いたの? 最後の方もっとひどい事になるけど大丈夫か? 水分出し過ぎて干からびて死ぬんじゃね」
「えぇ!? ここまででもかなり大変だったと思うけどラストはもっとヤバイの? ……どうしよう読める気しない」
「まぁ俺が読んでるしざっくり説明しようか。まずパーティメンバーのザックが―――」
「ぎゃーやめてーネタバレやめてー! 読むの怖いけどネタバレはもっとヤなのー!」
「難儀な奴だな!? まぁいい、俺は明日に備えて寝るからお前もあんまり夜更かしするなよ」
パジャマに着替えてベッドにもぐりこみ、布団をかぶるクリス。明日の集合時間は早いのだ。
「分かった……そういえばたっつん、今まで黙ってたんだけどさ」
「ん? なんだよ」
神妙な顔でそういうミルに、何事かとクリスは布団から首だけ出して問うた。
「実は僕……寝る時はパンイチ派なんだけど」
激しくどうでもいい事だった。
「服着ろ」
「いやでも服着てると寝ずらくって」
「着ろ」
「だって何かもやもやするじゃん? だから―――」
「うるせぇ着ろ! 明日パンイチだったら全裸にして放り出すぞ!」
「えー」
ミルの抗議の声を布団でシャットアウトし、クリスは今度こそ寝る体制に入った。
~~~ 深夜 ~~~
「びえーんびえーん。アリアリさぁん……」
「……寝れねぇ」
結局、クリスが寝付けたのは日付が変わったころだった。
次の話でようやくアダムヘル脱出! ということで切りが良いのでここで第一章を完として次話から新章になります。
誤字報告とても助かっています。ありがとうございます。感謝感謝アンド感謝。
そして、ここまでで少しでも面白いと思って貰えたならば、ブクマ・評価・感想などで教えて頂けると、作者がとても喜びます。読者様方の反応が作者のガソリンです。気が向けば是非お願いします。




