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男は狼なのよ


「むぅ……心配だ。フランちゃん大丈夫かな……」


 夕食を済ませた【兎の尻尾亭】の部屋で、アルトとフランシスカと別れたミルが不安そうに呟く。


「まだ言ってんのかよ。そんなに心配なら一緒にアルトの家に泊まればよかったじゃねぇか。むしろギルマスに呼び出された時点で教会に一緒に行けばよかったのに」

「イケメンと一つ屋根の下とか無理。鳥肌立つ。それにギルドマスターに直々に呼び出されたら、流石に行かない訳にはいかないじゃないか」

「そーいやお前、俺に対してと戦闘にはやたら強気だけど基本コミュ障のヘタレだもんな。偉い人に呼び出されたら断れないか」

「だってギルドマスターだよ? スキンヘッドにシイタケの煮物みたいな傷の入ったガテン系オッサン出てくると思うじゃん? 出てきたのは事務系ナイスミドルで一安心だったけど」

「お前のギルマス像ってどっから持ってきてんの? ちなみにそういうガテン系オッサン出てきても今のお前なら指先一つでヒデブできるだろ」

「ビジュアルが無理。泣く、むしろ泣いた」


 林業のオッサンを思い出すミル。あれは怖かった。


「事後かよ。泣かれたオッサン可哀そうに」

「そこは泣いた美少女を慰めるとこじゃない!?」


 見た目だけは儚げな美少女にガチ泣きされて、心に傷を負ったであろう見ず知らずのおっさんに同情するクリスにミルは不満そうだ。


「まぁオッサンの事はいい。んでギルドマスターの話はどう思う?」

「どうって? 普通に都合がよかったんじゃない? 教会の偉い人も知り合いなんでしょ」

「そりゃそうだが、ちと出来すぎててなぁ。まぁ向こうも色々と思惑があるんだろうが」


 相手の手のひらの上で転がされているような不快感を覚えながら、ギルドに戻った時の事をクリスは思い出した。




■◇■◇■◇■




 ギルドに戻ったミルとクリスは、アルトにフランシスカのギルド登録の案内を任せ、オーク討伐の報告をした。

 フランシスカをアルトに任せることにミルが激しく難色を示したが、依頼達成の報告は極力自分ですることが推奨されているためしぶしぶ任せることにした。


 オークの討伐数を確認するため二人のギルドカードを受け取ったアーシャは、結果を読み取る魔法具にギルドカードをかざした途端、あんぐりと口を開き年頃の少女が人に見せてはいけない顔を十数秒晒した後、大慌てて二階に駆けあがりすぐに降りてきた。

 そして告げられる『ギルドマスターがお呼びです』という、異世界物の小説や漫画にありがちなセリフを言うと、有無も言わさず二人をギルドマスターの部屋に連行しようとした。


 だがクリスが連れが居る事を告げると、そういえばと思い出したようにアルトとフランシスカを呼びに行き、四人が合流すると全員連行しようとしたのだが、フランシスカが日が出ているうちにまずは知人の弔いを優先したいと別行動を申し出た。

 そこで改めてギルドマスターの元へ行くのはミルとクリスだけでいいか確認したのち、遺体をアルトに引き渡しアルトとフランシスカの二人を教会に送り出したのだった。


 アルトを付けたのはフランシスカに知人の遺体を持たせるのはどうかと思ったのと、アルトが昨日の依頼で行ったアリア教会が目的地だったので、案内に丁度いいと同行してもらったのだ。ミルは未だにこの判断にご立腹だが。


 ギルドマスターの執務室に入ると、線の細い中年のハーフエルフに出迎えられた。

 この町のギルドマスターであるという彼は、生粋のエルフほど美形ではないが、人からすれば充分に二枚目に入るであろう顔にエルフよりも人間寄りの感性で年を重ねた皴を刻み、線の細さに相反する重厚さと力強さをその身に纏う人物だった。


「あ、あの時のナイスジェントル」


 ミルは届かなかった依頼票を取ってくれた紳士が、実はギルドマスターだったと知り、思わず呟く。

 クリスはその呟きに一瞬、ミルと同じ紳士(ロリコン)かと勘違いしかけたか、改めてアリストと名乗る人物の立ち姿を見て、真の意味での紳士(ジェントル)なのだろうと考えを改めた。

 アリストもまさか天人様の片割れに、初対面でいきなりロリコン疑惑を持たれたとは思うまい。

 クリスはミルに毒され過ぎである。紳士とはロリコンの代名詞ではない。


 気を取り直して話を聞いてみると、オーク村殲滅に対しての確認と賛辞。そして人命救助に対しての感謝だった。

 途中、受注可能ランク外の依頼を強制的に終了したことに対して多少の難色を示し、ランクアップ後はさらに危険な依頼が増えることから自重するようにとの忠告もあったが、それを差し引いても概ね好感を持たれているようだった。


 そしてその話が終わると、ランクアップの話に移った。

 本来、Cランクへのランクアップには、ランクアップに必要なGptを貯めたのち、Cランクの5Gpt以上の依頼を達成することでランクアップするのだが、今回オーク村の殲滅というBランク相当の依頼を達成したことで目出度(めでた)くCランクへランクアップとなった事を伝えられた。


 ランクアップに必要なGptは溜まっただろうと思っていた二人は、明日にでもランクアップのためにCランクの依頼を受けるつもりだったので、これはうれしい誤算であった。


 そして最後に、指名依頼の話に移る。むしろアリストにとってはこちらが本命。

 明日の朝、アリア教会の大司教と自分が緊急の用向きで首都リネージュに旅立つので、それの護衛をしないかという話だった。


 先日クリスの回復魔法を見た大司教が、パーティメンバーもぜひ一緒にと指名した。と言うのは建前で、当然二人を首都に連行するための方便である。

 グレアにしてもアリストにしても、二人にはとっととCランクでア(チュート)リアの墓参り(リアル)を終わらせてもらい、大手を振って大暴走(スタンピード)の相談と対策をしたいのだ。

 チュートリアル達成前に、協力を求める案も勿論検討したが、報告に上がってきた戦闘力が常軌を逸していたため二の足を踏み保留された。まだ確認して三日目で、人柄を把握しきれなかったというのもある。


 本当は、この依頼をCランクへのランクアップ試験として使うか、そこまで行かずともCランクへのGpt(ギルドポイント)の足掛かりになればと考えていた。

 流石に一日でCランクへのランクアップ分のGptを稼ぐのは厳しかろうと思っていたアリストの予想を大きく上回り、さらっと半日でオークの村を殲滅し、オークリーダーを倒して戻ってくるなど、予想外もいいところだった。


 ちなみに討伐したオークの数は、オークが132体(内子オーク23体)、ハイオーク4体、オークリーダー1体であった。

 村の殲滅依頼が元々5パーティでのレイド依頼だったので、まず150Gptをパーティ数で割り振り、それからさらにパーティの人数分で割られるので、5人5パーティのレイドだと一人頭5Gptの依頼である。

 それを3人の1パーティだけで行ったので、一人頭50Gptとなり、さらにそこに上位ランク依頼達成ボーナスの二倍が入るので一人100Gpt、純粋なオーク討伐分も合わせて十分にランクアップに必要なGptを稼ぎだしていた。


 二人にとってもいい話ではあるのだが、ミルは目でクリスにどうするか問う。Cランクになったんだから首都まで走った方が早くね? と顔に書いてあった。

 いやいやそれお前だけだから、と視線を返すクリス。

 馬で首都リネージュまで五日はかかるらしい。馬が一日でどの程度移動できるか知らないが、早めの自転車で30km/hくらいだから、それよりは早いだろう。仮に30km/hで8時間移動したとして、一日240km。五日で1200kmだ。休憩時間や高低差、曲道によるロスを考えればもっと近いだろうが、数百km単位を自分で走るとかやってられない。


「分かった。その依頼受けよう」


 穏やかに微笑むギルドマスターにそう返し、クリスとミルは冒険者ギルドを後にしたのだった。




■◇■◇■◇■




 二人は冒険者ギルドを出ると、先行させたフランシスカとアルトに会うためにアリア教会に向かう。

 アリア教会に到着したころには、日もかなり傾いた時間になっていた。


 ミルとクリスの二人が聖堂に入ると、フランシスカとアルトは女神像に向けて熱心に祈りをささげているところだった。

 ステンドグラスから差し込むかすかな夕日と、蝋燭のゆらゆらと揺らめく光に照らされた二人の姿は、不思議と絵になるものがあった。


 「チッ」っと横から聞こえる下品な舌打ち。

 クリスが横を見ると、忌々し気にアルトを睨むミルの姿が。

 お前はブレねぇな、と呆れるクリス。


 弔いの祈りに声をかけるのもはばかられ、しばらく静かに見守っていると、アルトがこちらに気が付いて立ち上がり、遅れてフランシスカが続いた。


「もういいのか?」

「ええ、十分に弔わせて貰いました。連絡先が分からず共同霊廟へ入れることになってしまいましたが……それでもオークの村で朽ち果てるよりは、ずいぶんと救われたはずです」

「……そうだな、弔ってやれただけ彼らも浮かばれるだろう」


 彼らの冥福を祈り黙祷を捧げるクリスとミルの二人。

 彼らはオークリーダーにかなり甚振(いたぶ)られたうえで殺されたと聞いており、クリスに苦いものが混じる。

 自分たちがもう少し早く着いていれば、という思いもあるが、今更言っても意味のない事であるのでその思いには蓋をした。

 【死者蘇生(リザレクション)】も出来ないような酷い状態であったが、彼らが稼いだ時間で間一髪フランシスカの純潔が散る前に間に合ったことを考えれば、彼らの死も決して無駄ではなかっただろう。



 そんな事を思いながらアルトとフランシスカが祈っていた女神像を見上げ、ふと、何となく見たことのある顔に「あれ?」と思うクリス。


「祈っていた女神様はアリア様か?」

「ええ。アリア教会のご神体であらせられる大国母様。アリア=アリネージュその人です」


 そこには大分美化されているが、在りし日のアリアリさんを彷彿とさせる像があった。

 アリアリさんが亡くなってからかなり経っている割には似ている……気がする。そこまでしっかりと彼女の顔を覚えているわけではないのだが。


「これは似ているのだろうか?」

「さぁ? ただ、アリア様の墓標に当時作られた像があります。それを(もと)にアリア様の像は作られますから、完全に別物という事は無いと思いますよ。墓標の像はもっと凛々しいお姿ですけどね」


 【不屈の立像】と呼ばれている墓標の像をを思い出し、そう答えるアルト。

 こちらの像はゆったりした服に慈愛に満ちた表情で、こちらを包み込むように手を広げているが、不屈の立像は、立てた剣に両手を添えて立ち、毅然と前を見る姿だという。


 不屈の立像の名前の由来は、その立ち姿が何事にも決して屈することのなかった彼女の生涯を表しているという事と、今では製法の失われた高硬度の金属で出来ており、雨風に晒されても錆びず、欠けず、細部の意匠まで変らず現存している事からその名がついたと言われている。

 まるで生きているかのように細部までこだわり抜いたと分かる造形に、アルトは造形師の高い矜持と信仰を感じるという。


 やはりアリアリさんは相当慕われているらしい。

 ぜひ生きているうちに話を聞きたかったと、改めて思うクリスだった。






「さて、フランはこれからどうする予定なんだ?」


 しんみりした空気を払うように、そう問うクリスに、しかしフランシスカは口ごもる。


「……出来れば教会の倉庫か納屋にでも、泊まる場所を貸してもらえないか頼むつもりです。それが無理なら……野宿ですね。生憎と無一文なもので」


 恥ずかしそうにそういうフランに、クリスとミルは驚いた。


「いや、流石にそれはダメだろう。それに死ぬような思いをした直後なんだから、しっかりと寝ないと体を壊すぞ」

「そうですよ。女の子が野宿なんて論外です。私たちの宿においでなさい。部屋が空いていなくても何とか相部屋が出来ないか頼んでみますから」


 心配そうにそう言い募る二人に、しかしフランシスカは毅然とした態度で言った。


「いえ。オークの村を出るときにも言いましたが、お二人にこれ以上迷惑を掛けられません。あたしは自分の事は何とかするので、気になさらないで下さい」

「いやいや、気にするから。せっかく助けた相手が、野宿して次の日帰らぬ人とか勘弁してくれよ」

「そうですよ。都会は怖い所なんですから、遠慮なんかせずに私たちの宿に行きましょう。そして今日は一緒に寝ましょ?」


 断固とした決意のもと言葉を発するフランシスカに、二人も多少気圧されるが、この不幸な少女を野宿などさせた日にはどんな目に合うか分からないため必死に説得した。ミルだけ若干欲望が漏れている。


 しばらく押し問答を続けたが、フランシスカの意志は固く、二人がどうしたものかと思っていると、横から声が上がった。


「フラン、良ければ僕の家に来るかい? 狭いけど一軒家を借りているから、ベッドは一つしかないけどソファーもあるし、二人で寝る分くらいの場所はあるよ」

「え、アルト、いいの?」

「構わないさ」


 アルトの申し出に驚くフランシスカ、そしてミル。

 フランシスカとしてはミルに対するアルトの思いの確認を、馬上だけではやりきれなかったため、根掘り葉掘り聞ける時間を貰えるなら大歓迎だった。馬上で話すうちファーストネームで呼び合う程度には仲良くなり、アルトの人柄は十分理解できていた。アルトの性格上、フランシスカは自分が襲われるとは微塵も思っていなかった。

 むしろ自分の予想が正しければ、この少年なら女などより取り見取りだ。わざわざ自分のような貧相な小娘を襲わなくても、女は向こうからいくらでも寄ってくるだろう。

 それに片思いの相手であるミルの存在もある。離れていても告げ口されるリスクを考えれば、万が一にも自分が襲われる事は無いだろう。リスクに対してリターンが少なすぎる。理論派のフランシスカは損得勘定から冷静にそう判断するが、彼女は思春期男子の性欲を甘く見過ぎである。アルトはそうそう狼になるタイプではないが、それでももっと警戒するべきだ。この辺りに、対人経験の少なさからくる危うさと無防備さが見え隠れした。


 一方のミル。

 たった数時間のトークで地味っ子の心の壁を取り払い、名前を呼び捨てで呼び合うまでになるイケメンのコミュ力に戦慄。と同時に、激しく動揺。

 普段ならアルトに嫉妬するだろうに、せっかく助けた美少女の卵が愛でる前にイケメンに掻っ攫われる、とそれどころではなく顔を青くして必死にフランシスカの説得に回った。


「ふ、ふ、フランちゃん。ダメだよ! 未婚の男女が二人っきりで同じ屋根の下なんて、は、はしたない!」

「いえ、私のような貧相な小娘に発情する奇特な男性はいませんよ。それにアルトなら信用できます。彼はそんな人ではありません」


「そんな事ない! クリスを見なさい! こんな爽やかな顔をして毎夜毎夜、私にどれだけ悪戯する事か!」

「ぬわっ!? お前は何を口走ってやがんだ!」


 信頼の視線をアルトに向けるフランシスカに、ミルは更に動揺して思わず口を滑らした。

 まさかの飛び火に動揺するクリス。性的な意味合いは皆無だったが、悪戯した事実があるだけに否定しきれない。

 ビン底眼鏡の下で驚愕に目を見開き自分を見るフランシスカから思わず目を逸らす。完全に無言の肯定である。


 クリスさんほどの人物(イケメン)でも狼になるの!? と身を引くフランシスカに、慌ててクリスも抗弁した。



「俺がそういう事をするのはミルだけだからっ」



 完全に墓穴である。

 言ってからしまったこれじゃダメじゃんと気付くクリスだが時すでに遅く。フランシスカはもう半歩後ずさり不安そうにアルトに向き直った。が。


「ア、アルトも夜に狼に……あれ?」


 そこには、真っ白になって教会の壁に寄りかかるアルトの姿が!

 一連の会話で一番ダメージを受けたのは間違いなく、絶賛ミルに片思い中の彼だったのだ。

 

「えっと……うん。アルトは大丈夫です。心配ない」

「ええ!?」


 燃え尽きて口から魂がはみ出しているアルトを、慈愛に満ちた瞳で見つめるフランシスカ。哀れみともいう。

 そして仲睦まじげに見えなくもない二人の様子に、ミルは絶望し崩れ落ちた。







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