Dランク冒険者アルフレット
ラウディの私刑……もとい罰を伝えるためシスターを呼んでしばらくすると、グレア大司教の部屋に、ノックの音が響く。
「失礼いたします。予定のお客様がいらっしゃっていますが、いかがいたしますか?」
「うん? 予定…………あ」
シスターの言葉にしばし怪訝な顔をしたグレアは、すっかり忘れていた約束を思い出した。
正確には今日の朝までは覚えていたのだが、朝からのごたごたでそれどころではなく完全に失念していた。
「おや、予定があったのかい? すまないね長々と話してしまって、そろそろお暇するとするよ」
「あ、あぁ大丈夫だ。……いや、そうだなこの際だから一緒に挨拶を済ませてしまうか。お主もう暫く時間はあるか? お主も知った顔が来ておるのじゃが」
数瞬悩み、時間も無いことだしついでに訪問者の顔合わせも終わらせてしまう事にしたグレア。
グレアの言葉に、アリストは浮きかけた腰をもう一度ソファに落ち着けた。
「こっちのギルドの根回しはそこまで時間が掛からないから大丈夫だけど、私の知り合いとは誰が来たのかな?」
「孫じゃよ孫。あやつも今年十五になったからのう。恒例の修行じゃ」
「あぁアルト君か。最後に会ったのは十歳の誕生日だったから、五年ぶりかな。やっぱり人の成長は早いなぁ。ついこの間誕生日プレゼントを贈ったばかりの気がするのに」
「安心せい。それは儂も同じ気持ちじゃ。年寄は皆そうじゃて」
「と、年寄って……見た目完全にジジイの君に言われたくないなぁ」
「世界的ジジイのお主にジジイ扱いされたくないわい」
「ははは、国際的ジジイが言ってくれるねぇ」
話しているうちにお互いが額に青筋を浮かべながらも、とこか楽しそうな二人の気安いやり取りに、訪問を告げたシスターは目を白黒させて戸惑った。
グレアとアリストの関係を知らないこのシスターには、アリストを案内して小一時間で、往年の親友のようになった様に見えたのだ。
長き人生を人と共に歩み、使い込まれた高級革細工のような大人の色気を放つナイスミドルのアリストと、幾千もの年月を激流に晒され続けてなおそそり立つ、苔むした巌のような深みを感じるナイスシルバーのグレア。
二人の関係を思い、年若いシスターの胸に得も言われぬトキメキのようなものが沸き上がった。
彼女が道を踏み外した瞬間である。
「おぉすまない。孫を通してくれるかの、それとラウディに伝言を頼む」
シスターにラウディの処罰を大司教権限で厳命し―――不意を打たれた際の無装備状態集団戦闘訓練とか適当に言っておいた―――、初体験のトキメキにぼーっとしていたシスターが、疑いもせずそのまま命令を伝えた結果、ラウディの部下たちの大司教への好感度を大幅に上げる結果となった。
■◇■◇■◇■
「失礼いたします」
そしてしばらく後、ノックと共に入ってきたのは一五歳前後の深い色の金髪とブルーダイヤのような煌めく瞳を持つ、美しい少年だった。
まだ幼さを残し、体も出来上がっていないが、それゆえの少年から青年へと羽ばたく直前の意気と活力が、溢れんばかりに輝いているようだ。
「うむ、アルフレットも息災のようで何よりだ。最後に会ってから五年ほどか、見違えたぞ」
「恐縮です。そちらもお元気そうで何よりです。アルグレア御祖父様、それにそちらは……もしやアリスト大叔父様ではありませんか?」
グレアにまず挨拶したアルフレットは、続いて向かいに座るアリストを見ると驚きを隠せずに問いかけた。
「あぁそうだよ。久しぶりだね」
「お久しぶりです! アリスト大叔父様も御壮健の様で何よりです。アルグレア御祖父様の次に冒険者ギルドへもご挨拶に向かう予定だったのですが、こちらにいらっしゃったのですね」
「あぁ、急用があってね。それとそんな堅苦しい言葉遣いは無用だよ。それに君はもう冒険者なのだから、そんな言葉遣いでは浮いてしまう。昔のようにアリストおじさんで十分さ」
「いえ、その程度の使い分けは心得ております。尊敬する大叔父様に対して礼を欠く態度など取れません」
毅然と態度を崩さないアルフレットに、アリストは苦笑を返した。
「本当に立派になったねぇ……おじさんちょっと悲しいよ」
「子供の成長は喜ばしくもあれ、寂しくもあるのう。今ならお主の気持ちがよく分かるわい」
嬉しさの中に少しの寂しさを含ませるアリストの言葉に、グレアもしみじみと同意する。
そんなグレアにも複雑そうな顔をするアリストが、突如いたずらを思いついた子供のように顔を見せた。
「そうだろう。君の子供のころもすぐ終わってしまったからなぁ。今からでも遅くないからまた“アリストおじちゃん”と呼んでくれないかい?」
意地の悪い笑みで昔をからかうアリストに、グレアもまた笑顔で答えた。
「わあい、アリストおじちゃぁん(高音)」
「……ごめん鳥肌立った」
「……奇遇じゃな儂もじゃ」
「お二人とも何をしているのですか」
グレアの精一杯の茶目っ気に、二人してダメージを受けるアリストとグレア。そしてそれを苦笑して見るアルフレット。羽目を外し気味の大人よりよほど大人っぽかった。
「うおっほん。さてふざけるのもこのぐらいにして、アルフレットの話をしようかのう」
「そうだね。君の噂は色々とこちらにも届いているから、首都での話も聞かせてくれるかい?」
グレアにとっては自分の四分の一、アリストにしたら二十分の一以上の年の差の少年に微笑ましそうに見られ、さしもの二人もバツが悪そうだった。
今までの距離感から急に近づいたことにより距離感を掴みかねている二人を、事情を察せないながらも好ましそうに見守っている様は、この瞬間では一番落ち着いて見えるほどだった。
「あぁそれと、儂は今はグレアで通っておる、其方もそう呼ぶように」
「そうでしたねグレア大司教。では私の事もアルトとお呼びください」
防音は完璧な部屋ではあるが、念のため名称を改める二人。
グレアはまだしも、アルトの方は身分がバレると色々と面倒なのである。
「うむ。ではアルトよ、本当に大きくなったのう。あの鼻たれ小僧が、修行に出る年齢になったとは……月日が流れるのは早いものよ。」
「話は聞いているよ。あのブルクハルト卿やカテリーナ卿ともいい勝負ができるようになったそうじゃないか」
「いえまだまだです。本気になったあの方々にはとても及びません。何とか一本取ろうと努力はしているのですが、なかなか……」
照れたように苦笑して答えるアルトに、グレアは考える。その年で、剣士と魔導士の最高峰である二人が、手加減できぬこと自体が異常であろう、と。
彼の孫は、菲才ならざる彼をして瞠目するほどの才能と持つのだ。天才という言葉が似つかわしいほどに。
「そうかいそうかい。聞けば一か月ほどでDランクに上がるスピード昇格だったそうじゃないか。君ならすぐに上位ランクに上がれるだろうが、慢心と油断をせずに励むようにね」
「はい、心得ております。アリスト大叔父様に頂いたこの剣に恥じぬよう。精進いたします」
そう言葉の途中でインベントリから取り出した剣を掲げ、誓いを口にするアルト。
華美ではないが決して安物には見えぬ上品な設えの長剣で、当時の彼が振るう者の事を考えてか普通の物より若干細身に作られているが、決して華奢な印象はない立派な一振りである。
「おや、五年前にあげた物をちゃんと使ってくれているんだね。当時の君には身に余る大人用のロングソードだったのに」
「当然です! 当時は振り回されてばかりでしたが、今では己の手足の延長と思えるほど馴染んでいます」
「それはよかった。まだ体が出来上がっていない段階でそれほど使いこなせているのなら、もう少ししたら新しい物も用意しなければならないかな。その剣も決して悪い物ではないのだけれど、物足りなくなりそうだね」
「とんでもない! アリスト大叔父様から頂いたものなのです。使えなくなるまで大切にしたいと思います!」
「んー……それは嬉しいけど、武器は冒険者の命綱なんだ。それよりいい物があればすぐに替えるべきだよ」
「はあ、しかし、……いえ、そうですね、機会があれば考えます」
納得できなさそうにしているアルトに、アリストは苦笑する。
「そうだなぁ。もしCランクになってもまだ良い物が見つからなければ、私から昇格祝いで送るとしようか」
「っ!! はい! 俄然やる気が湧いてきました。すぐに上がって見せます!!!」
尊敬するアリストに発破をかけられ、テンションが上がるアルト。
そんなアルトの子供らしい姿に、緩みそうになる頬を引き締め、表向き厳格を保つアリストとグレア。
先ほど崩れた威厳を無かった事にして、見かけだけでもアルトが敬愛する先達の威光を見せるあたり、年の功である。もし先のシスターがここに居れば、先ほどの子供っぽいやり取りが夢だったのではないかと思ったことだろう。
「王都での冒険者としての活動はどうであった? 駆出しの仕事は退屈なものばかりではなかったか?」
「いえ、慣れないことに悪戦苦闘の毎日でした。ですが、せっかくですので人々との触れ合いを楽しませて貰っています」
グレアの言葉の通り去年成人を迎えたアルトは、王都での準備期間を終わらせ“家業”を継ぐための修行として、冒険者としてランクを上げながら各国を巡る旅の出発点として、このアダムヘルを訪れたのだ。
「うむうむ。その目でよく見、耳でよく聞き、頭でよく考えなさい。それがそなたの糧となり、道しるべとなる。そして、これから出会い心通わせる者は、そなたの生涯で掛け替えのない宝となるであろう。儂やそなたの父がそうであったように、な。冒険者の仕事には命の危険や、この世の負の部分を見せつけられることも多々あるが、だからこそ、それを乗り越えたとき多くを学べるのだ」
自分の体験を元に、歴代の家長が連綿と受け継いできた家訓を思うグレア。
家業の修行の為に危険な冒険者の仕事をするなど、普通に考えれば正気の沙汰ではない。
冒険者とは普通、はみ出し者や食うに困った者、田舎から出てきた出稼ぎ労働者や貧困層が行う、ありていに言えば底辺の為のセーフティネットだ。
生活の為、起業の軍資金稼ぎ、名声を高め仕官に、中にはまだ見ぬ冒険や戦いを求めたり、己の技能を磨くためという冒険者もいるが、少数だ。
冒険者は須らく金か名声の為に仕事をしているのであって、仕事をすることが目的ではない。
だが彼らは、仕事をするために冒険者をする。そこに確かな『意味』を求めて。
常人には理解しかねる行動原理ではあるが、彼らの実家はそれを是とする、否、積極的に行う一風変わった家訓があるようだった。
「はい! 実は今日、こちらに着いて早々素敵な出会いがあったのですよ」
「ほほう。早速そなたのお眼鏡に叶う者と会ったか」
「頼んでいた引越しの荷物の配達に来た冒険者でしたが、素晴らしい方でした」
配達系の依頼となると低ランクの仕事だ。それでいて、まだ若いながら目が肥えているはずの孫が目を掛けるとは、よほど異彩を放つ者だったのだろう。配達で異彩を放つというのものが想像できず、興味がわいたグレアは思わず訪ねた。
アリストは何やら嫌な予感がした。
「どのような者だったのだ? 配達の仕事なら駆け出しの少年かのぅ?」
アルトはたずねるグレアから視線をはずし、頬を染めると夢見るように視線をさまよわせる。
そんな恋する乙女のようなアルトの姿に、グレアの方も何やら不穏な気配を感じる。
「本当に、素晴らしい方でした。寡黙ですが仕事は完璧に、かつ迅速にこなし、その意思の強さを表すような赤い瞳に見つめられただけで、僕の心臓は締め上げられたように鼓動を増し、その銀の髪が美しく風になびく度に僕の心も川を流れる木の葉のように揺れに揺れて―――」
「ま、まて、ちょっと待て、落ち着け」
突然虚空を見ながらポエムを読み始めた孫に多少動揺するグレア。引っ越しの仕事をするような冒険者にまさか……という疑念が膨らむ。
同じくこちらは嫌な予感が膨らむアリスト。
「ひとつ確認なんだけど、その冒険者の性別は?」
嫌な予感を抑えつつ、何でもないように問うアリスト。
グレアの方は可愛がっていた孫のまさかの変化にも、動揺をほとんど出さないあたり流石である。そこにクリスと対峙した時の無様な面影は微塵もない。当の本人には、そんな評価より心の平穏が一番ほしいだろうが。
「はい? もちろん素晴らしく可憐で美しい女性ですが」
アリストの心配をよそに、アルトは何でそんな質問を? という顔で答えた。
横を見ればグレアはほっと胸を撫でおろしている。配達のような力仕事をするのは男の冒険者が殆どであるから、孫が男色に目覚めてお家の危機! と心配したが杞憂だったようだ。
だが、真相はある意味もっとまずい。
ポーカーフェイスにも限界が来たのか、アリストの眉間にとうとう皺が寄る。
「なるほど、アルト君はその銀髪に赤い瞳の美少女に心奪われたわけだ」
「はい……恥ずかしながら、初恋で一目惚れです」
「ほっほぅ!ではその銀髪赤眼の可憐で美しい少女に儂も逢って、みたい……銀髪赤眼?」
くすぐったそうに照れ笑うアルトに、美少女の特徴を強調してグレアをちら見するアリスト。
そしてグレアもようやく気付いた。その最悪の予想に。
グレアは昨日と今日だけで何度も報告された内容と、それに合致する容姿の人物に心当たりがあり、かつ彼女がいましているであろう依頼を思う。アリストもその身体的特徴を聞いていたから、すぐに同じ考えに結び付いた。
まさか、先ほど冒険者ギルドの掲示板で依頼票を取ろうとしていた少女が、天人の片割れだったとは。奥方という情報と彼女の外見の幼さに完全に別人だと思い込んでいた。
グレアの方も動揺を隠せない。
いやいやまさか、そんな偶然あるわけないじゃろ? と心は訴えるが、理性ではその可能性を否定できなかった。
「その、冒険者の、名前は?」
グレアは恐る恐る、孫に問うた。間違いであって欲しいと願いつつ。
「ミルノワールと言っていました」
その聞き覚えのあり過ぎる名前に、グレアとアリストはそろって片手で両の目を押さえて、天を仰ぐ。
グレアは始まる前から終わっているであろう孫の初恋を思い、己の立場と意志の強さからちょっとやそっとじゃ諦めそうにない孫に指の間からチラリと視線を向る。
まぁ初恋は実らないと言うしなぁ、と初恋を実らせた自分の事は棚上げしたうえで、話に聞く天人様ならバッサリスッパリいい感じに振ってくれるだろう、と丸投げした。
一方アリストは、未だに引きずる骨董品級の初恋を思い出し、のた打ち回りたい気分になりながらも、彼の行く末に幸有らん事を、とエールを送る。出来れば己と同じ過ちは繰り返して欲しくないなぁ、とも。
そして二人が一番心配することは一つ。
願わくば、“俺の女に手を出しやがって!”とクリスタール様が怒り狂いませんように、と。
今のミルとクリスの関係ではあり得なさそうだが、そんな事は知るよしもないありきたりな二人は忠告する事しかできなかった。
「あー、うん。女性には紳士的にな?」
「そうだね。横恋慕とかダメゼッタイ」
「当然ですよ御祖父様!大叔父様!」
キラキラと爽やかイケメンスマイルするアルトに一抹の不安を覚えつつ、まぁ大丈夫……かな? と思うことにした二人だった。




